『星降る夜空に願うのは』 その11
「オレ、本当は、こんな口先だけじゃなくてちゃんとしたお礼がしたかったんだけど、アンタ、知らねえ間にうちのリーダーとすっげえ仲悪くなってるし」
自分が所属するユニットの建前もあって、なかなかこうして二人きりで話す機会が見つからなかったということだろう。
さらに言えば、いつそのような機会が訪れてもいいように、夕はいつもトートバッグに楽譜を入れて持ち歩いていたことになる。
「別に構わないさ。お前が上手くいっていたソロ活動をやめて今のユニットを選んだんだ。それだけ、『Bell Ciel』の期待値が高いということだろう。かくいう俺も、お前達には期待してはいるんだ。ついつい喧嘩腰になってしまうがな」
妙な口ぶりだった。彼と美琴は犬猿の仲だ。とてつもなく嫌っているとすら感じるやり取りも、夕の前で何度かしていた。それなのに、そんな相手なのに、一体何を期待することがあるのだろう。
「……なあ、オレは、アンタと出会ったあの時から、何かを見落としちまってるんじゃねえのか?」
どうしてだろうと、考えたことがなかったわけではない。その疑問は、常に頭の隅に引っかかってはいたのだ。
なぜ、自分のユニット『Nacht』での活動が順調なこの男が、暇な時間を活用してより自分のユニット高めるのではなく、わざわざ夕に手を差し伸べてきたのか。
「噂に聞いたし、美琴からも聞いた。アンタ、学園長との関係を引き合いに出されるのは地雷なんだってな。それを聞いて、ふと思ったんだ。誰にもなんの歯牙にもかけられてない、『魔力』の弱さから劣等生でいることしかできなかったオレに、アンタはなんで手を差し伸べてくれたのか」
――アンタ、本当は、父親に反抗したかったんじゃねえのか?
我ながら、この考えは的を射ているのではないかと夕は思った。
なのに、司狼は違うと否定する。
「そうでもないさ。ただの『クソ息子くん』の道楽。ユニット活動も軌道に乗って来て、暇を持て余していただけだ。お前の演じる「男の娘」アイドルには随分と笑わせてもらったぞ。誰よりも男らしいものに憧れる清楚系純情男の娘アイドルだ。人間、性別の壁なんて些細なものだと思い知らされたよ。そうそう、ソロ活動をやめた後も、旭姫のためだけに事情を知っている五人の前でわざとらしい演技をしてただろう。あれもなかなかに傑作だった」
自分で言っていてツボに入ってしまったのだろう。司狼は悪役のような声を出して笑う。
「……はぐらかすんじゃねえっつうの。こっちは真面目に訊いてんのに。そういうとこ、ほんとにうちのリーダーそっくり」
「……アイツと一緒にされるとは心外だな」
しかたないからリクエストに応えてやる。そんな素振りで司狼は肩をすくめた。それもまた、美琴のよくやる仕草と似ていると思ったのだが、口に出すと面倒なので心の中だけにとどめておいた。
「俺は別に、親父に反抗する気などない。そういう風に躾けられて育ってきたからな。だが、親父はトップアイドルを養成すると言いながら、どうにもそのイメージが偏っているように思えて仕方ない。……要するに、彼はただ、自分がアイドルだった時代の幻影を追いかけているに過ぎないんだ」
学園長が組んでいたユニットの話は、風の噂で少しだけ聞いたことがある。『プレライ』制度が始まる少し前に解散してしまったそうだが、とてつもない人気を誇っていたことが伝説として残されていた。
「そんな彼に、俺は言いたかったのかもしれないな。アイドルは様々な可能性を秘めている存在なのだと。だからこそ、たとえ『魔力』があろうとなかろうと、劣等生扱いはいただけない。彼と学園にこびりついた固定観念を剥がしたかったんだろうな。そういう意味では、反抗と言えるかもしれないが……」
司狼の本音に、夕は少し応える声のトーンを下げた。
「……ごめん。そんな大切な事、途中で何も言わずに放り出すような真似して……オレ、男らしくなかったよな」
「別に気にしていないと言っただろう。そもそも、男らしさに憧れるお前が男の娘アイドルプロデュースという案に乗って来るとは思っていなかったし、ソロ活動中、男からラブレターをもらったり男にストーカーされたり挙句の果てに体育館倉庫で男から襲われかけたりした時にはもう止めると言い出してもおかしくないと思っていたが、それでもお前は続けてくれたんだ」
それに、『Bell Ciel』に期待していることも本音だ、と司狼はかしこまって言った。
「親父がトップを目指そうとして作ったアイドルユニットが俺達『Nacht』なら、その逆をいく『Bell Ciel』は、学園に沁みついてしまったくだらない価値観を一掃する要素として十分期待に値するだろう。メンバーにお前もいることだしな」
――俺は、アイドル瀬ノ尾夕の、新しい門出を祝福するよ。
それから、司狼はあの時と同じように、もう一度夕に手を差し伸べた。ただし、今度はプロデューサーではなく、ライバルユニットのリーダーとして。
もちろん、「まあ、あのリーダーに嫌気がさして再びソロに戻りたいと思った際は、またプロデュースしてやらんこともない」という余計な一言を付け加えるのを忘れなかった。
そんな彼らの微笑ましい、ある意味で神聖な会話を、盗み聞きしている人物がいると、微塵も感じることはなく。
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