『星影祭当日』 その6
奇しくも、その日の『Nacht』の『プレライ』は、『星影祭』に参加している者達から、「去年より素晴らしい」「最高だった」と評されるものになったのである。
季節は秋。夏の太陽はじりじりと肌を焦がすまま空に居座っているとはいえ、季節は秋、である。
「今日俺達が行う『プレライ』はただのプレライじゃねえぞッ!」
そう言って、司狼が観客席に向かって何かを投げる。と言っても、観客席には片手で数えられるほどしか観客は存在しないのだけれど。
皆運動神経がいい人達ばかりなのか、ぱしんっ、と心地よい音を響かせて、司狼が投げた小道具――旭姫が身体を張って、文字通り身体を張って手に入れたそれをキャッチする。
「スポーツの秋、読書の秋、色んな秋が皆の数だけあるって、僕は思ってる!」
そして旭姫が舞台の上から指を鳴らして合図する。スポットライトの光が調整され、舞台の全体がここで初めて照らし出された。
白。一面見渡す限り白。足元からモニターまで、真っ白な布が敷き詰められた、白い海。
「……今日は、『星影祭』、だから」
そう。『星影学園』が養成するのは、主に芸事に特化した生徒達だ。
「だから、今日は、僕達の「芸術の秋」に、付き合ってほしい!」
司狼が観客席に向かって投げたのは、絵筆だった。大きいものから小さいものまで、咄嗟に集めたそれはばらばらで、どの筆がどの客に行くかは完全なるランダムでしかないのだが、それくらいは許してほしい。
「それはただの筆じゃねえ! 俺達が『魔法』をかけた、特別な筆になってる! ぞんざいに扱ったらただじゃおかねえからなッ!」
そう。小道具を調達した後、楽屋でひたすら、本番が来るまでひたすら、絵筆に魔力をかけ続けていた。それがいい感じの単純作業で、旭姫と司狼は直前にあった心の動揺を抑え、頭をからっぽにできた。
「今日はサイリウムのかわりに、それを振ってほしいんだ!」
いきなり言われても観客は戸惑うだろう。事実、今日の採点者として『プレライ』に呼ばれた人は皆初老のお偉いさんばかりで、どうすればいいのか戸惑うばかりだった。
「……じゃあ、お手本、見せる」
まず、眞白が筆を振る。まるで筆が指揮棒であるかのように、一振り目で音楽が流れ出す。歌い出しは司狼。音に声が乗ると、筆から色が放たれ、ステージ上の画布に絵を描き出す。
「さあ、みんな、続いて!」
これが、今回の『魔法』の演出だ。絵具に毒性が入っている以上、こんな風に思いっきり筆を振ることなんて、『魔法』でなければできはしない。
「みんなの描きたいものは何?」
「夢、とか、愛とか、何でも、いいよ……!」
「これでもう分かったよな! てめえらの想いで、俺達のステージというキャンバスを埋め尽くしてやってくれッ!」
衣装は、『美術学科』の生徒から、サイズの合うツナギを借りてきた。それをあらかじめ絵具で汚して、あたかもこの演出のための衣装であるかのように見せかけた。
『魔法』は、時間が経てば消えてしまう。それは『魔法』によって作られた絵具も同様で、『プレライ』の後には、このステージはただの白い布で覆われたものに戻ってしまうだろう。
それでも、この日の『Nacht』は、『プレライ』における演出の歴史の中に、確実な足跡を残したのだった。
『プレライ』には、普通の学校の定期考査と同じく、一応ではあるが点数が着く。ライブの成功が基本点となり、成功していれば合格であることに変わりはないが、高得点を叩き出すと、今後の会場などを優遇してもらえるというメリットが着くため、野心のあるユニットはこぞって満点を狙う。
ライブ成功以外の採点基準は、どれだけ迅速かつ的確にトラブルを解消できたか、ライブ前後や最中に呼吸の乱れや発汗などから、メンタルに異常が見られなかったか、などといった多種多様な項目が用意されている。
絶賛を受けた『Nacht』の『プレライ』。しかし、結成したばかりであるにもかかわらず、このユニットと同得点を叩き出し、称賛を浴びたユニットがあった。
そのユニットの名は、『Bell Ciel』。
ちょうど、『プレライ』の前に、初めての顔合わせを済ませたユニットだった。
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