第18話 転生悪役令嬢の専属執事見習い

アルリックは私の側にいない。足の経過を見るために、医師の診察を受けている。しかも、今日はシェームスもその場にいるはずだ。

私はお茶を楽しみながら、ちらりと目の前に視線を向けた。


「ーだから、時間はあるわよ」

「何故、シェームス殿がいらっしゃるのかお聞きしても?」


目の前には代わりにというか、その隙を狙って部屋にやって来たバルクが手に数枚の書類を持って立っていた。シェームスはダンゼルク家の専属医であり、使用人には使用人の医師がいる。疑問を持つのは当然なので私は答えた。


「別に時間稼ぎというわけではないのだけれど、杖をつくアルリックをみて言った事をシェームスに聞かれて興味を持たれてしまったのよ」


足を負傷したアルリックの移動は、当初下男二人に脇を抱えられた状態で運ぶといったものだった。が、流石に見目が悪いし下男にも仕事はある。

それで、すぐに負傷者用の杖を手配し、侍女にフォローさせたのだが、違った意味で問題が起こった。アルリックの支え役を巡って、若い侍女達がもめ事を起こしたのである。

自分を巡ってのいさかいだというのに、アルリックは実際に目のあたりにしても我関せずといった風だった。確かに最初は支えなどいらないと言っていたのだから、勝手に揉めている侍女達の事など知ったことではないのはわかるけれど。

だが、そんな涼しい顔をしたアルリック様子もまた、侍女達を夢中にさせる1つにのエピソードになりつつあるらしい。


ーこれだから、顔のいい男はっ!


思わず舌打ちをしようとして、バルクの前だと思い出す。途中で思い止まったので唇が変に歪んだが、バルクはピクリと眉を動かしたのみで見逃してくれたようだった。


「興味とは?」

「アルリックの使っていた杖よ」


アルリックの使っていた杖は、単純な作りのものだった。長棒の頭に横木をつける、つまり細長いT字の形だ。

横木を脇の間に挟み、移動する時は棒を掴む。ただ、縦に伸びる棒を掴んでいるので握力が必要だし滑りやすい。だから、侍女を補佐つけようとしたのだがこの有り様だ。

結局1人で歩く事になったアルリックが時折手を滑らせているのをみて、『松葉杖って理にかなっていたのね』とつぶやいてしまったのをシェームスに聞かれたのだ。

それから『松葉杖とは?』と何故か興味津々で聞かれ、松葉杖の由来からその形まで色々答えさせられてしまった。『なるほど、なるほど』と頷いていたシェームスは、その後人を巻き込んで松葉杖を作成してみたらしい。今日の診察の時にアルリックで試してみたいと言っていた。

私は松葉杖のお世話になったことがないからわからないが、背の高さや持ち手の位置など個人差があって調整が必要みたいだとシェームスに言ったので、その辺もアルリックで試すのかもしれない。

まあ、いずれにしろ今日はいつもより時間がかかるはずだ。


「まさか、シェームスがあんなに張り切るとは思わなかったわ」

「ご夫人が刺繍の授業をお引き受けしてから、普段もいつもより元気な様子をみせるようになったとシェームス殿がお話になった事がございます。シェームス殿も感化されたのでごさいましょう」

「……そうなのかしら」

「ご夫人の変化のきっかけがお嬢様なのだとしたら、そのお嬢様の漏らされたお言葉に興味引かれるまま行動を起こせば何か良い変化を得られるやも、と思ったのかもしれませんね」

「バルクはそんな事までわかるの?」

「最近、私も感じていることでございますから………お嬢様」


にこにこ微笑み始めたバルクの様子にいたたまれない気持ちになる。


「只の思いつきを言っているだけなのに」

「ですが、出来た物は大変興味深いものばかりです」

「プリン……蒸し菓子や冷やし菓子の事?」

「旦那様も奥様も大変お喜びでした。私も味わわせて頂きましたが大変美味でございました。お嬢様の思いつきは良いものばかりでございます」

「そんな事はないと思うのだけれど……。まあ、皆が喜んでくれたのならそれで良いわ」


更にこそばゆくなってきたので、この話題を終わらせようとした私の前で、バルクは『そうでございました』と思い出したような仕草を見せた。


「冷や菓子でございますが、お嬢様のお申し付け通り、あの日魔術研究所の方にお出し致しました」

「え?それは報告を受けているわよ?」


バルク自身からではなかったが、その日の内に侍女から報告をうけた。あれから数日経っている。バルクが改めていう理由はなんだろうか。


「先程、その時の方々からあの冷や菓子の作り方を知りたいとのご要望がございました。いかがいたしましょうか」


思いがけない話に一瞬ポカンとしてしまう。流石に令嬢らしくない反応にバルクが指摘するように咳払いをした。もちろん、すぐに気づいて口を閉じる。


「……材料さえ揃えられば簡単に出来るものだから構わないのだけれど………魔術研究所の方なのよね?何故、知りたいのかしら」

「研究所は、副所長を筆頭に戦い以外の魔術の活用の普及を目指しているとの話もございます。あの冷や菓子はその体現の1つでございましょう。どのように活用されたのかを知りたいのではないでしょうか」

「どのようにって……料理をそんな風にとらえなくても……」

「そうでございますね。本当のところは、お連れの方が菓子を大層お気に召したようで、もう一度食べさせたいという親心かと」


ん?今、お連れの方と言った?


「あの日来られたのは魔術研究所副所長ハイマン・ロイエンタール様。お連れの方は御子息のハキム様でございました」

「っ!聞いてないわよっ!」


カチャン、と思わず音を立てて茶器を置いてしまう。


「申し訳ございません。ハキム様の調査は旦那様もご存知でございまして、ハキム様がいらしたことは内密にするようにと命を受けておりました」

「どうしてお父様が…?」

「未来の夫になるかもしれぬ可能性のあるハキム様に、お嬢様が関心を持たれてしまわれぬように、と思われます」

「え?未来の夫……?」

「ロイエンタール家はダンゼルク家と充分に釣り合うお家でございますから。それに、お嬢様がお調べになっていらっしゃいますし、旦那様もご心配でございましょう」

「お父様が調査の事を知っているのは別にいいとして……どうして結婚話につながるの…。っ!まさか、バルク?」

「………調査を始める際に、お嬢様が旦那様と奥様を見て婚姻の素晴らしさを感じ、将来の自分の夫になる方はどんな方だろうと思いを馳せております。ですので、その可能性のある方々を簡単に調査してご報告するお約束になっています、と旦那様に説明致しました」

「んもうっ!バルクったらっ!」


ちっとも申し訳なさそうな素振りを見せないままバルクは頭を下げた。まあ、調査の理由を話していないまま承諾してくれたのだし、お父様に上手く誤魔化してくれた。

そもそも、ハキム・ロイエンタール他攻略対象者の調査はお父様に漏れても構わないと言ったのだから仕方ないのだけれども。


ー私はどんな夢見るスイーツ女子なのよ。


そういうのは数年後に出会うであろう、ヒロインだけで充分である。


「そのハキム様ほか、お嬢様の未来の夫になるかも知れない方々の現在の調査報告はこちらでございます」


言葉とは裏腹に、バルクは一瞬にして厳しい表情に切り替え、持っていた書類を差し出した。

そうだ。随分と前置きが長くなってしまったけれど本題はこれだ。

私は受け取って、その場でパラパラとめくる。詳細は後で読むとして、わかったのは私が調査するように命じた攻略対象者は確かに存在するということだ。

ああ。

これで乙女ゲームがベースとなっている世界だとほぼ確定した。


「……例の方に関しては、報告書としてはあえて用意しておりません」


パラパラとめくる私に、バルクは声を落として告げた。書類からバルクへと視線を向けるとその表情は心なしか暗い。


「流石、バルクね。周りに注意を払わなくてはならないけれど、私への報告は最終報告の時まで口頭で構わないわ。中途半端な物をなるべく形には残さないで。…………で?存在は確認出来た?」

「まだ、ご本人にはたどり着けておりません。可能性のある幾人かの女人の現在地を確認し、周辺の調査に着手し始めたところです」

「幾人かって……お父様ったら」

「その件に関しては私からは何とも申せません。ですがお嬢様、例の方の調査は慎重に慎重を重ねて進めてますので、時間がかかってしまいます。お許し下さい」

「構わないわ。時間より秘密厳守よ。引き続き頼むわね、バルク」


は、とバルクは一礼をした。

さて、本題は終わった。前置きよりあっさりと話は終わったのだが、逆にそれでいい。だらだらと長引けば秘密が漏れる可能性も高くなるのだ。


「お嬢様、本日はもう1つご報告がございます」


すっかり冷めてしまったお茶を入れ換えてもらうか考えていた私は、【もう1つの報告】に心当たりがなく首を傾げた。


「何かしら」

「お許し頂けた、お嬢様の専属執事の補佐の件でございます」

「補佐………ああ」


私のワガママでアルリックをすぐに復帰させたが、やはり専属執事の仕事は万全ではない。かと言って、お父様についているバルクがアルリックのフォローをするのはおかしい。するなら、全てバルクに任せた方が良い。

侍女達の揉め事が起きた際にその話にもなり、やはりアルリックは休ませるかという雰囲気になった時、バルクが申し出てくれたのだ。


『旦那様、お嬢様。私の下の息子もいずれお屋敷にお仕えすることでしょう。それをほんの少し早める事は可能でございましょうか』


アルリックもバルクの補佐として入ってきている。アルリックの弟もいつかは兄の下に入って仕事を学ぶ予定ではあったのだという。

現在、復帰させたままアルリックの戦力不足を補うには、うってつけの人材ではある。それにある意味、アルリックの弟とってもその仕事をいち早く学ぶチャンスと言えよう。

問題は、専属執事を3人も抱える事になるということだ。普通に考えれば、雇い主にとっては負担になる。

だが、お父様はあっさりと許した。1人くらい増えたところで、ダンゼルク家には些細な問題にもならないからだった 。

こうしてアルリックに補佐……いや、専属執事見習いをつけることになった。


「ーそういえば、アルリックの弟が来るのよね?」

「明日からアルリックとともにお仕えいたします。アルリックの下につきますので、後ほど二人で参ります」

「明日からなのに今日来るの?」

「本日はご挨拶だけさせて頂きたく……」


コンコン。


遮るように扉からノックの音が響いた。バルクが扉を開いてノックの主を迎え入れる。

「失礼致します」と入って来たのはアルリック。その両脇にシェームスの作品であろう松葉杖が挟み、これまた上手に扱って歩いてくる。


へえ。木製の松葉杖か。


私の知ってるものより不格好ではあるけれど、確かにそれは松葉杖だった。絵も説明もざっくりとしたものだったのに見事な再現である。


「ただいま戻りました。お嬢様」

「………………松葉杖、上手に使えてるじゃない。前の杖よりはどう?」

「……まだ、試作だとおっしゃっておりましたが、シェームス殿のお陰で随分と歩きやすくなりました」

「そう。試作ならまだ改良する気があるのね。アルリック。シェームスに協力なさい」

「かしこまりました」


アルリックは松葉杖を脇にから外して片手に纏めると、背筋を伸ばして私をまっすぐに見た。


「お嬢様、本日は見習いとして私の下につく者を紹介させて頂きます」


アルリックの後ろから、同じ執事服を着た少し小柄な青年が真横に出てくる。バルクと同じダークブロンドの髪に、ダークブルーの瞳。アルリックとはまるで色彩の違う、だがやっぱり目の惹く美青年。


「明日よりお仕えさせていただきます、ウルリックと申します」


初対面の挨拶ということで、アルリックの弟ウルリックは片膝をついて深く頭を下げた。

そして頭をあげ、その深い青の瞳と視線があったとき、脳裏に爆発が起きる。 そして浮かび上がって来た、それはー。





【貴女に心から仕えていると思っていましたか?】

【何故、裏切るのかと………?それがわからぬ貴女は本当に愚かですね】

【私も、父も、貴女を決して許さない】

【貴女が………………兄を殺したのだっ…!】


憎々しげに顔を歪めて指を突きつける、目の前より年を重ねたウルリックの美麗スチルと、画面下に表示される彼のセリフ。






ああ。

ウルリックこそ、悪役令嬢の専属執事なのだ。

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