第19話 転生悪役令嬢の脳内会議

夜、寝室にて。



『それでは会議を始めます』



………冗談よ。

でも、まさか頭の中であってもそう言ってみたくなるとは思わなかった。

とりあえず、一旦整理をしよう。


まずは、バルクに頼んでいた攻略対象者の調査結果からだ。

魔術長官直孫ハキム・ロイエンタール、騎士団長嫡子リカード・エイベル。

この二人は容易に調査を進める事が出来たはずだ。

ロイエンタール家もエイベル家も「王族・貴族名鑑」に当たり前に載っている。それに、彼らの身内はお父様同様にこの国の重要な役職についているのだし、それどころか、大小あれど度々怒る戦いに赴き必ず勝利をあげて帰ってくる両家の名は、ダンゼルク家より広く知られているのではないだろうか。


だとすれば、好奇心を満たそうとする者や何とか縁をむすぼうと糸口探る者も多く見れるはず。そこに1人や2人増えたところで目立ちはしないだろう。

そう思っていたのだが、ハキムの方が我が家にくるとは思わなかった。バルクと……お父様のお陰で接触することはなかくて助かった。なんの心の準備もないままで会いたくはない。



ーそれに、ハキムとリカードの人柄を知りたいわけではないしね。


知りたかったのは、彼らが実在しているか。現在の家庭環境がどうなっているかだけだ。

確か、ゲームの設定では……。





ハキム・ロイエンタール。

ミクラ王国二大部隊の一つ、魔術部隊の長官の直系の孫。戦いを嫌う研究者気質の父が殺された事をきっかけに冷徹で残忍な性格となり、未成年ながら祖父の下で戦いに明け暮れる日々を送るようになる。




リカード・エイベル。

ミクラ王国二大部隊の一つ、王国騎士団団長の嫡子。未来の騎士団長として生まれた時から期待を一身に浴びる事になる。オリヴィオ王子の友人としても早々に決定され、本人も期待に応えてその才能を花開かせ着実に実力もつけていく。が、彼には出生の秘密があり、心に闇を抱えている。





ーで、ヒロインは定番通り彼らのトラウマなりコンプレックスなりを綺麗事で癒して差し上げるわけよね。



そして、彼らは実在する。

報告書を見る限りでは、まだハイマン・ロイエンタールは生きているし、リカードの心の闇も確実なものになっていないと思われる。

さて、どうするか。

はっきり言って、彼らが設定通りの未来にたどり着こうがどうでもよい。だが、それは彼らと関わらずにいられるならばだ。

それに私が知っているのは「ゲーム上の設定」だけ。つまり、彼らの辿る結果だけを知っているだけであり、その経過にダンゼルク家やルゼナが関わっているかもしれないのだ。



やっぱり様子を見つつ、ヒロインが登場するまでに、彼らの未来が少しでも良くなっているように策を練った方が良いのかしらね?

ーはあ、めんどうね。



ため息をつきながら、私は報告書の文字を目で追った。と、その文字が最近見慣れている文字だと気づく。

アルリックの字だ。そういえば、この二人の調査には彼にも協力させる事をバルクに許した。

バルクはあの言い訳をアルリックにしたのだろうか。そして、アルリックはこの調査に何を感じたのだろう。

そう考えて、ふと笑ってしまった。



何も思うわけないわよね。せいぜい、またおかしな事をしているというくらいかしら。



冷ややかな人形の顔を思い出す。そして、先程その隣に現れた彼の弟の顔も。


実に正反対の兄弟だ。感情のない兄の横で弟は感情豊か。出会いが逆であれば、挨拶後に見せたウルリックの人懐っこい笑顔に一目で心奪われ、是非に側に置いておきたいと思っただろう。だが不思議な事に、そんな笑顔よりもアルリックの仕草1つに微かに表れた感情の方がずっと私の気分を高揚させてくれている。そんな面白いアルリックを手離せるはずがない。


ウルリックが本来のルゼナの専属執事だとしてもだ。


そのウルリックの「裏切りエンド」では、聞き逃せないことを言っていた。


【貴女が………………兄を殺したのだっ…!】


私が……アルリックを殺した?

それはいつ?理由はなに?


これもまた「ゲーム上の設定」しか知らない事のデメリットだ。

ルゼナが私になった事で変化は確実に起きているはず。だけれど、その変化が良いか悪いかわからない。アルリックが死ぬフラグをすでに折っているかもしれないし、これから立つかも知れないのだ。


ああ、もう。


いずれにしろ、私はアルリックを殺すつもりはない。これもまた、様子を見つつ対応していくしかないだらう。そして、「裏切りエンド」の可能性を一つでも潰すべく、使用人達を注意深く見ていかねば。もちろん、ウルリックの好感度を下げないようにもしないと。


…となると、挨拶の時に素っ気なくしすぎたかしら。


あの時の挨拶に対して「ああ、そう」とだけ言ってしまい、ウルリックは一瞬不快そうな表情を見せた。思えば、素っ気ない所ではない。

だが、仕方がない。あの時は、頭に浮かんだスチルの衝撃に少し呆然としてしまって、目の前の本人に気が回らなかったのだ。







私は書類をサイドテーブルに置いて、後ろに倒れこんだ。それを上質な寝台が柔らかく受け入れる。


ー結局、何の解決もしなかったわね。


それでも、少しは頭の中が整理出来た。今日のところはここで寝よう。

サイドテーブルの上の呼び鈴を鳴らせば、一呼吸置いて寝室のドアが開かれた。

ドアを開いたのは侍女。その後ろに松葉杖のアルリックが控えていた。


「寝る前に、アルリック」


サイドテーブルの上の報告書をアルリックに向かって差し出す。アルリックは扉を抑える侍女の横を通り、寝台に近づいて報告書を受け取った。


「継続して、何かあれば知らせて」


バルクから渡されたそれを己に返されたのが不思議なのか、アルリックはじっと私を見つめる。


「アルリックの字くらい、流石にわかるわよ。バルクにも伝えなさい」

「………かしこまりました」

「もう寝るわ」

「お休みなさいませ」


アルリックは書類を懐にしまい、部屋を出る。それを見届け目を閉じた私を確認した侍女が部屋の灯りを消した。


そして、ドアが閉じられる音がし、暗闇に包まれた私は眠りに落ちていった。

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