第11話 転生悪役令嬢の仕切り直し
奇妙な緊張感が走っている。
時は昼過ぎ、場所はバルクの執務室。
部屋の主のバルクは実に何とも言いがたいと複雑な表情を浮かべていた。
今、バルクは上座にあたる執務机についている。対して下座の椅子にすわるのはバルクが仕える主の娘のルゼナ・ダンゼルクの私。
何度も立ち上がろうとするバルクを目で抑え涼しい顔をして見せる私は口を開かない。
だから、この部屋には奇妙な緊張感が走っている。
「お嬢様……。これは、一体どういう事でしょうか」
「バルク。貴方に教えを乞いに来たのよ」
ーバルクの表情が歪んだ。
そもそも日本で爆発的人気を得た某執事漫画のせいだ。いや、私も大好きだからこれは言いがかりだとわかってはいる。
つまり、何が言いたいかといえば。私は「執事」という仕事をわかっていないということなのだ。
ルゼナは、使用人に興味がなかった。そして、私も馴染みがないから某執事のイメージで見てしまったのだ。
その上、先日シェームスと話してお仕置きがお仕置きになっていない事が判明し、私は反省した。
執事の仕事を一通りでも知ってきちんとお仕置きをしよう。そう決めたのだ。
なら、なぜアルリックにお使いに行かせてまで、バルクの元へ来たのか。そして、部屋の主であるとは言えバルクを上座に座らせて置くのか。
半分はお仕置き相手のアルリックに聞くなんて出来ないという理由で、あとの半分はバルクへの嫌がらせだ。
それは先程バルクが見せた表情で、成功したといえるだろう。
仕方ありませんね、とバルクは話してくれた。
それによると、確かに主の行動に付き添い命に従うが、それ以外の時間は屋敷の管理を任されいて、各担当者に指示を出していくのが主だという。
某執事漫画のように執事から庭師までこなす事はないという。使用人が少ない屋敷ならそれもあろうが、公爵家ある我が屋敷でそのような事はあり得ない。
ざっくりと教えてくれた後、バルクは困った顔を見せた。
「お嬢様。これをお聞きになるのは今回限りにして下さいませ」
「どうして?」
「料理人はお嬢様の為に料理を作りますが、作る課程を知って頂きたいのではなく、お嬢様に美味しく召し上がって頂きたいのです。私どもも同じでございます。……おわかり頂けますか」
そう言えば、執事は究極のサービス業だとも言われると聞いたことがある。気付かれないくらい行き届いた環境を整えるのが仕事の達成であり、私が裏側を見るのは彼らに満足していない、もしくは信用してないと言っているようにもとれるのかもしれない。
「わかったわ。もうしない」
私は約束した。
分かった事はもうひとつある。この屋敷には「執事」が二人いるということだ。だが、この家の管理する司令塔は、バルク一人でいい。では、もう一人はどうしている?何をしている?
「バルク。貴方がいまやっている仕事でアルリックに任せられる仕事はあるかしら」
「それはもちろん。彼の仕事だったのですから」
「……ああ、そうよね」
……バルクが呼び戻されたのは、私が理由。
そしてアルリックを宝の持ち腐れにしてるのも私よね……。
「失礼致します」
ノックの音がしてドアが開いた。
「お嬢様。こちらにいらっしゃいましたか」
「……あら、もう戻って来たの。」
息一つ乱さず、きちんと身なりが整えられた姿で部屋に入ってくるアルリック。
私は新しい銘柄の茶葉とフルーツ菓子を探して来いと命じていた。金をかければそれほど難しい事ではないから、貴族御用達のような店からではない、私に出しても恥ではない1品を選んでくるようにと指定したのだが、思っていたよりも早く戻ってきた。
「私が命じた事は出来たのかしら」
「ご用意出来ました。……お口に合いましたなら幸いです」
私は心中で舌打ちした。
お茶の用意をしましょうかとアルリックが問うて来たが、お茶の時間はまだ早い。それにもう少しバルクに話がある。
そう思ってバルクを見れば、どうぞお好きにと言うような眼差しをしていた。
「バルク。まだ聞きたい事があるの。その時間、アルリックに何かさせて。ー遊ばせるわけにはいかないわ」
「畏まりました」
一つ用事を終えたばかりのアルリックに容赦なく次の仕事を与える。お仕置きになってないと気づいたからには、もう甘やかしてやらないのだ。
バルクは執務机から何枚か書類をアルリックに手渡し指示をだし始めた。そのアルリックは私を見ようともしない。真っ直ぐに確認にバルクの元へ歩み寄っている。
……私は主よね?
アルリックを牢から引きずり出してから、また少し彼は変わった気がする。相変わらず私を見る目には感情が見られないけれど、何かの踏ん切りがついたとかそんな感じだ。放っておけない危うさはまだ消えてはいないので、引き続き見張っている必要があるのだが。
それにしても、なぁんかイラつくわ。
アルリックはバルクとやり取りしているけれど、なんだかハキハキしていないかしら。
口数も多くなって、素直にバルクの言葉に頷いたりしているし。
むうう。
「では、早速ー」
「アルリック。……ではお嬢様、彼をお借りします。お茶のお時間まで、よろしいですか」
バルクがさりげなく止めたが、アルリックは引き継ぎを受けてそのまま部屋を出ようとしていた。
主である私を忘れていたわね?
改めて彼は私に関心がないと気づかされ、一言言っておきたくなる。今私を思い出したという事を隠していないアルリックを見た。
「随分と張り切っているようだけど、立場を忘れてはいないかしら?」
「…申し訳ございません」
「まあ、良いわ。バルクの時間を貰っているのだもの。さっさとお行きなさい。……お茶の準備も整えておくのよ」
「畏まりました」
今度はきちんと私に一礼をしアルリックは部屋を出る。それを見送って私はバルクに向き直った。
「バルク。今後はアルリックにいくつか仕事を与えて。それから、アルリックの苦手な事は何かしら」
「特に思い当たりませんね」
バルクは執事としてのアルリックを育てる際に不得意なものでもある程度は克服させて来たらしい。余計な事を。
「では、したことがない事はないのかしら」
「そうですね……。誰かを教える事でしょうか」
「?使用人達に指示をだしていたのではないの?」
「物事を効率よく進めるために教えるのと、育てる為に教えるのとは違いますよ」
「では、本当にした事がないのね?……じゃあ、バルク。私の勉強道具を揃えて後で届けなさい」
「お嬢様、それは……。アルリックでよろしいですか」
「彼に伝えては駄目よ。あたふたする顔を見てやるんだから」
「……お嬢様はお優しいですね」
「何が言いたいのかしら。アルリックを遊ばせておくのが嫌なだけよ。……それより。バルクに調べて欲しい事があるの」
「なんでございましょう」
私は届けて貰った「王族・貴族名鑑」を差し出す。バルクは「私の方からまいりますのに…ありがとうございます」と受け取ったところで、本の間に何枚か紙が挟まれているのに気づいた。
「これは?」
「紙には人物と調べる内容を書いたわ。誰にも知られないようにお願い」
バルクは本を開こうとして留まる。私の話がまだ終わっていないのに気づいたからだろう。
「それから、これを」
胸元から更に紙を取り出したところ、バルクは眉を潜めた。4歳とはいえ女の子がはしたないと言ったところか。だが、私がこれからお願いする調査内容にそんな顔をしていられないだろう。
バルクは本を机の上に置きやけに仰々しく両手で受け取る。が、紙を開いて不思議そうな顔をした。幼児の書いた拙い文字が更にその内容の重大さをわからなくしているだろう。
中はある人物の名前と年齢。そして、私が覚えているだけの情報が書き出してある。だがそれでも情報は足りないかもしれない。
「バルク。この人を探して頂戴。ただし、この人だけは貴方と私以外の人に絶対知られてはならないわ」
「旦那さまにでもでしょうか?」
私がお父様にも内密でと言った事で、バルクはただ事ではないと表情を引き締める。だが、私がなぜ彼を探すのかを明かした途端、更にざっと顔を青ざめさせた。
「……お嬢様、それはどこからお聞きになられました。なぜ、この方をお探しになられるのです」
「言えないわ。でも、家の者からではないわよ。とにかく極秘で頼むわね」
「しかし、それが事実だとしたら旦那さまに報告しなければなりません」
「……まあ、そうよね。でも、その役目と時期は私が決めるわ」
「お嬢様……」
「命令よ、バルク」
バルクはぐっと口をつぐんだ。その様子に私は話してしまったことを少し後悔した。しかし、命令を撤回したところでバルクは調査を進めるだろう。
それに、私の話を否定しなかった。もしかしたら、思い当たる何かがあったのかもしれない。
まあ、この手しかなかったんだし、仕方ないわよね。
バルクがもう一度慎重に紙を見直し、それを上着のポケットにしまいこんだ。顔を青ざめさせたまま、しまいこんだメモに触れるように胸に手をあて黙りこんでしまった。
「バルク。本に挟んだ方はアルリックに手伝わせても良くてよ。貴方にはその胸の方をしっかりしてもらいたいから」
バルクははっと顔をあげ、執務机の本に挟んである紙を1枚抜き取った。そして目を通した彼は少し不安気な眼差しを向けた。
「こちらも理由を教えて頂けないのですか」
「……上手く言えないわ。まあ、いずれね」
「旦那さまにはよろしいのですか」
「バルクが上手に言ってくれるなら、ね」
「……畏まりました。御言葉に甘えて、アルリックにもやらせます」
「じゃ、頼んだわよ」
用事は済んだ。椅子から立ち上がり部屋を出ようとする。すかさず前に出てドアを開けてくれたバルクを見上げれば、まだ暗い表情をしていた。声をかけたくなったけれど、何を言えばいいのか。
「ーそう言えば、バルクはお父様になんと言ってあの本を持ち出す許可をもらったの?」
「……お嬢様が姫と王子の童話をお読みになり、本物の王子に憧れを抱いていらっしゃると」
「なあに?とっても甘いお菓子のような話ね」
「旦那さまも少し慌てていらっしゃいましたよ」
バルクはその時の事を思い出したのか、漸く表情を和らげた。
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