第12話 転生悪役令嬢の勉強は戦い

翌日。


「さあ、教えなさい 」


ふんぬと仁王立ちしながら命じる。

部屋に入った途端手を引っ張られ、昼食の合間に届けられた新しい勉強道具が置かれたテーブルの前に連れてこられたアルリックは、足元でふんぞり返る私を冷めた目で見下ろした。


何を言い出したんだ、こいつ。そんな目をしている。

主の前でそんな感情を出すなんて懲罰ものだ。だが、私はアルリックが目で語るような感情を見せた事に、そうこなくてはと思ってしまう。


「今日から私は勉強をするのよ。当然、貴方は私を支えなくてはね?」


わかるでしょう?と可愛らしく首を傾げれば、少し目を細めた。


「……道具は父が揃えていたようですね」

「ええ。昨日、手配させたわ」

「……ご指導される方がお見えになってないようですが?」

「あら、出来ないと言いたいのかしら」

「………………」


ふふんと挑発するように笑ってやれば、アルリックはぴくりと眉尻を動かした。


「ー畏まりました。ですが、お嬢様。今しばらくお時間を下さいませ。教材となるものを見繕って参ります」

「早くね」


アルリックは一礼をして退室する。その瞬間、はガッツポーズをした。






貴族の令嬢には教養がなくてはならない。

読み書き計算に加え、縫い物、刺繍などは必要技術であるし、花嫁修行としてマナーや礼儀作法、料理などの他に、社交界でも必要とされるダンスや芸術音楽なども学ばなくてはならない。

しかもそれは最低限で、ダンゼルク家の一人娘の私は、時として主に代わって家を守り管理する事も想定しておかねばならず、家やお金の管理に法律の勉強も必要になってくるらしい。



無論、今の私が法律の勉強なんてするわけがなく、読み書きから始まるだろうと思ってはいたのだが。



「お嬢様。これは何を表していらっしゃるのです?」

「……お父様よ」

「【お父様】と書いていらっしゃると。確かにそうお聞きすれば読めないことはございませんが……。旦那様がお気の毒ですね」


むうううっ!

読めないことはないわよっ!バルクはちゃんと読んでくれたんだからっ!


私は、読むことも書くことも普通の4歳児よりは出来るらしい。それは一緒に読書時間を過ごしていたので、アルリックには把握されている。

その為、彼は基本の読み書きをあっさりと飛ばし、私をおだてつつ挑戦状を叩きつけてきた。


『お嬢様は大変聡明でいらっしゃいますね。……そんなお嬢様の美しい手紙を頂ける事が出来たなら、お相手の方は大変嬉しい事でしょう』


そんな風にして最初の授業、読み書き【美文字】の時間が始まったのである。


目の前の羊皮紙には、沢山の文字が並んでいる。私の周りにいる人々の名前を書いていけと言われ思い付くままに書いているのだが、大きさも文字間もまちまちで筆圧も安定せず、読みにくい事は一目瞭然だった。

アルリックはそれをみて小さく笑い、次々と評価していったのである。


「しかし、お嬢様が知るお名前は少ないですね……」

「特に困らないわ」


ルゼナ、お父様、お母様、シェームス、バルク、アルリック。紙に並んだ名前はそれだけだ。もう何度も繰り返して、紙の半分位が文字で埋められている。さらに、アルリックに指摘された修正点に注意されながら書き進めていた。

もくもくと書く私の手元にそっと小さな影が落ちる。アルリックが様子を見ているのだと思い、私は手を止めなかった。が、その影はアルリックの手だった。

大人の男の手から伸ばされた長い指が、最初に書き出した名前の部分をなぞっていく。


「お嬢様、旦那様、奥様、シェームス医師に父………そして私、ですか 」


殊更、自分の名前が書かれた部分をゆっくりと撫でる。インクは乾いていると思うが指が汚れたりしないんだろうか。


「それがどうかして?」

「お嬢様は、私の名前を知っていらっしゃったのですね」

「………?何を言っているの?」

「いえ、何でもありません」


つい、と指が離れていく。

さすがに手が止まってしまった私は、その手を追って見上げてしまう。すると、アルリックの戸惑った表情を目にする。が、私の視線に気づいたアルリックはすうっと冷ややかな人形顔に戻してしまった。


「手が止まっているようですが?」

「……飽きたわ」

「もう、ですか?」

「邪魔したのは誰かしら」

「その程度の事で……いえ、お嬢様はまだ4歳であられましたね」


アルリックはやれやれとため息をついた。やはり、気のせいではない。少し感情が出てきている。


「ふふ。面白い」

「……お嬢様?」

「人形も悪くないけれどそういうのが、ね」

「……何を仰っているのかわかりませんが、飽きたと仰られてもせめてその1枚の最後まで練習なさって下さい」


紙にはまだ空白部分が4分の1ほど残っている。

私はその空白いっぱいに【アルリック】と大きく書いてやった。


「終わったわよ 」

「…………そうですか。では、気分を変えて違うものをものを勉強してみましょうか」


私の挑発に、アルリックはぴらりと別の紙をとりだした。もくもくと私が練習をしている間に、準備をしていたらしい。その紙にはお手本になると認めざる得ないくらい美しいアルリックの字で、こう綴られていた。


【りんごがいつつあります。おじょうさまがみっつたべました。のこっているのはいくつでしょう】


……………………………。


「お嬢様は数を数えられるようですので、数の数え方は必要ないでしょう。これは計算といいます。数が増えたり減ったり分けたりする時に決まったやり方をすれば、その結果を簡単に知ることが出来るようになります。……お嬢様、いかがなさいました?問題が読めませんでしたか」

「まさか」

「では1度、お嬢様自身で考えてみて下さいませ」


アルリックは冷ややかに。いや、微妙にやってみろと挑発的な目をしている。


「……問題、次々考えておかないと大変よ。アルリック」





本日2回目の戦いが始まった。

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