第10話 転生悪役令嬢の可愛いお仕置き

さて、アルリックの事ばかり構ってられない。私自身の事も準備を始めなくては。


事故から1月経った。

私は動きやすい服装になって部屋で本をめくっている。

題名は「王族・貴族名鑑」。王族貴族の名前と簡単な人物紹介が書かれている本だ。


社交界が重要な貴族にはこう言ったものが必要らしい。

出版した貴族院の厳重な管理があり、誰にでも所持を許されているものではなく、入手にも破棄にも届け出が必要なのだそうだ。

もちろん高額であり、貴族と言えど低位であれば入手出来なかったり、所持しているのも最新のものでなかったりするらしい。

もちろん、わが家のは最新版だ。お父様が宰相なのに入手が困難な訳がない。

それに、お父様は長年続く宰相の一族であり、そこに嫁いできたお母様は先代王の降嫁した姉の孫に当たるので、そういった面からもお父様の権勢は強固だ。

それでなのか、本来その都度届け出てから入手するはずのこの本は、わが家では手続きを整えた貴族院の者がやって来る。手続き書類を確認して署名をし、最新版に差し替えているのだそうだ。


最初は、この国の重要人物の名前くらい執事に聞けばわかるだろうと、報告書を届けにきたバルクに問うた。

たが、バルクはこの本の存在を明かし、旦那さまの許可があれば持ち出せますが、いかが致しますかと逆に問うてきた。

出来るならお願いと答えると、今朝方届き、今ここにあるというわけだ。


さて、この本によると。

この国の王には、3人の王子と生まれたばかりの王女がいる。

第1王子ケルヴィン8歳(母は第3妾妃)、第2王子オリヴィオ4歳(母は王妃)、第3王子カーヴィン2歳(母は第5妾妃)、第1王女テレーザ(母は王妃)0歳。

…王族としては普通なのか知らないが、意外と子沢山だ。

それはさておき。肝心なのは、第2王子なのだが、結論から言えば、大当たり。

攻略対象者の名前と見事に一致した。第1王子の立場が弱いのも、このままだと王太子になるだろう事も、設定通りだ。


これで乙女ゲームの世界への確信をひとつ得た。実に残念だが、どうせならもう少し判断材料を得ておこう。

そう思って他の攻略対象者を調べるべく、ページを開きかけたところで。


「お嬢様。お時間になりました」


静かに部屋に入って来たのは復帰したアルリックだった。




天候が良い日の午前中に、公爵家の庭を散策する。それがシェームスから伝えられた私の訓練課題。

体もほぼ回復し、シェームスからの完治宣言が出るまで恐らくそう遠くない。私はその日に向けて、機能回復訓練の真っ最中なのである。


「……また、気を散らしているようね、アルリック」


ぴくっと私の手を包む大きな手が震えた。そんな反応こそ、私が言った事が正解だと答えているも同然だった。

アルリックは私の手をとり付き添って共に歩いている。メイドであっても務められる事ではあったが、私が彼に命じていた。


「いつもやっている事だから、気を散らしてしまうのかしら」


私の言葉に無言のアルリック。きゅっと握り直された手からは感情は読み取れなかった。

ゆっくりゆっくり。

二人で手をつなぎ、私の歩調で中庭を歩く。

会話は少ない。というか会話だろうか。


「これはなんという花?」

「クレチマスですね」

「あっ!あの木にいる鳥は?」

「……シメのようですね」

「あの庭師の持っているチューリップ。初めて見たわ」

「ブラックチューリップ……。クイーンオブナイトですね。昨年秋頃、東方の商人より購入したと聞いております。今年が初咲きだからでしょう」

「花言葉はあるの?」

「……申し訳ございません」

「もう。……次までに調べておいて」

「畏まりました」


目についた花や鳥や…とにかく目についたものを尋ね、アルリックはそれに答える。

そこから何か他に話題が出るわけではなく、ひたすら質疑応答を繰り返している。

だが、これもいつもの事だからそのまま歩き続ければ、小さな東屋の前に到着した。

ここは素通りしているが、今日は先客がいた。東屋の中から私を見て、立ち上がり礼をする。


「シェームス」

「こんにちは、お嬢様。今日もきちんと励んでおられるようですね」


今日は東屋で休憩をすることにした。

東屋は少し高床に造られていて、中にはいるには数段階段を使う事になる。

アルリックに手を取られながらよいしょと登っていけば、その先にシェームスの暖かい微笑みがあった。


「どうかして?」

「……いいえ。随分とお元気になられたようで安心したのですよ」

「昨日、診てもらったばかりよね……?」

「お嬢様」


シェームスの言葉に首を傾げる。

後ろからアルリックの声がかかったので自分の両脇を開けると、彼の手がその隙に入りひょいと椅子に乗せられる。

東屋の椅子は少し高いので、いつもそのように座っていたのだが、それを見たシェームスはくしゃりと微笑みを深くした。

またしてもよくわからないので、そこには触れないことにした。


「今日はどうしたの?」

「……奥さまのご様子を伺いに参りました」

「そう、お母様の」


シェームスは珍しく口ごもる。話の続きを聞きたくて、アルリックに顔を向けた。


「少し、シェームスとお話するわ。貴方が屋敷に戻ってお茶の用意をして持ってきてちょうだい」

「畏まりました」


貴方が、とわざと命じたのに、アルリックは表情一つ変えずに受け入れて、しかもさっさと屋敷に戻り始める。

何となく面白くない気持ちでそれを見送って、シェームスに向き合った。


「お母様の様子はどう?」

「体は問題ないんじゃよ。ただ、心がまだ不安定じゃ」

「まだ……?」


もう一月経っているのにまだ、なの?そんな気持ちが顔に表れていたんだろう。シェームスは苦笑いをした。


「嬢ちゃん。心は治る目処というものはたてられるものじゃないのじゃよ。それこそ人それぞれじゃし、目に見える症状が出るとはかぎらんしの」

「そう、なの……」

「奥さまは不安なんじゃ。普段の生活が一番安心出来るものじゃとわかってくれば、少しずつ落ち着かれてくるじゃろう。嬢ちゃんも、あまり気にせず奥さまと会って話でもしてくれんかの」

「わかったわ」


アルリックはまだ戻って来ない。まあ、先程言ったばかりだし当たり前なのだけど、ちらりと屋敷に続く小道を見てしまう。

そんな様子を見て、シェームスはクスクス笑った。


「嬢ちゃんは、あの執事くんと仲良うなったんじゃの」

「は?」


顔を戻してシェームスを見れば、面白そうにを私を見ていた。そして私の反応にちょっと驚いたように表情を変化させた。

おっと、いけない。以前の私が出てしまった。これはルゼナらしくない。

だが、シェームスはそこに触れずに再び楽しそうな笑顔になる。


「仲良くなんかないわ」


むう。アルリックを強引に側に置いているけれど、正直どうしたら良いかわからない。

バルクに言った通り、細々と仕事をふっているのだけれど、気にすることもなくひょいひょいと片付けてしまっていくのだ。

アルリックのあの変化の理由は仕事ではないようだ。ではやっぱり私が理由なのだろうか。


「……気に入らないわ」

「ほう。執事くんは仕事が出来ない子なのかの?」


60を越えたシェームスにとってはアルリックも子供であるかもしれないが、子呼ばわりはちょっと変な感じがある。


「お仕置き中なのよ。沢山仕事をさせているの。なのに、全然平気そうだわ」


すると、シェームスは声を立てて笑った。

その姿にむうっと頬を膨らませば、シェームスは笑いを少し抑えて私に笑った理由を教えてくれた。


「嬢ちゃん。良かったら、どんな仕事を執事くんにさせているのか、教えてくれないかの」

「どんなって……」


朝起きて支度を整えた頃に部屋に迎えに来させる。

食事の手配はもちろん配膳をさせ、中庭の散歩に付き合わせる。

昼食後は私の自由時間だが、よく読書や手遊びの相手をさせる。

お茶の用意をさせ、用意させた菓子や茶葉に注文をだし、次までに用意するよう命令する。

夕食後は寝室にて本を読ませ、私が寝るまで側にいる事を命じた。

執事の仕事があるから朝は早いはずだし、夜は私が命じた事の準備がある上、バルクに報告書を出さなければならない。

そして、基本ずっと側にいるように命じているので昼間に私の事以外の仕事ははかどらないはずた。

そうすると、アルリックは普段よりは時間も労力も使って1日の仕事を終えなければならなくなる。それは、今までよりも疲れるはずだ。

ふむ。我ながらいい作戦じゃないだろうか。


が、シェームスは口を抑えて笑っている。


「………シェームス?」

「嬢ちゃん。それは仕事というより子守りじゃの。しかも、嬢ちゃんはまだ完治しておらん。昼間に少し体を休める時間があるじゃろう?」


ガンっと衝撃を受けた。何かにつけてアルリックを呼び出し色んな用事を命じてきたが、確かに子供のお使いである。

しかも、確かにお昼寝の時間が半刻ほどあって、その間はアルリックは自由だ。


衝撃を受けた私の顔に、シェームスはまた笑う。


「ーバルクともう一度話をするわ」


私の方からこの作戦を提案したとはいえ、バルクはこの穴だらけの作戦に気づいていたはずなのだ。

ちゃんと、最初から話し合わなくては。


「バルク殿も、まずは嬢ちゃんの意向を尊重したのじゃろうて。執事くんにたくさん仕事をさせるのなら、バルク殿にある程度お任せしたが良いじゃろうな」


また頬を膨らませてしまった私に、シェームスは優しく語りかけた。

そんな二人の耳に、食器がふれあう音と足音が聞こえてくる。

振り返れば、お茶の道具と菓子を乗せたトレーを持ったアルリックが戻ってくるところだった。

アルリックを見る私に、シェームスは呟いた。




「嬢ちゃん、だけど先程の二人の姿は悪くないのう。……手を繋いで、まるで年の離れた兄妹のようで可愛らしい姿じゃったよ」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る