第9話 転生悪役令嬢の企み

私を手慣れた様子で着替えさせ寝台に納めたメイドが寝室から退室する。その後、寝室のドアをノックする音が聞こえた。


「入りなさい」

「……失礼致します」


ドアを開けたのはバルク。アルリックと別れ部屋まで戻ったが、話があると待機させていたのだ。

後は体を休めるだけと整えた後に入るように言っておいたが、彼はドアを開けたまま留まっていた。


「お嬢様。私がここに入って本当によろしいのですか」


令嬢の寝室に専属執事と身内以外の異性が入ることはあまり宜しくないらしい。

それにバルクは私の専属執事ではない。お父様が激変したあの時は例外で、主の異変に専属執事として緊急対応しただけなのである。

異性との醜聞になど成り得ないくらい幼い私に、そのような気遣いをみせるバルクの真面目さに少し嬉しく思いながら私は笑って答えた。


「私が待たせたのだもの。構わず中へ入って。……扉は閉めてね」

「畏まりました」


バルクはドアを閉め、寝台の側にやってくる。マナーとして未婚女性の部屋に異性が入る場合は少し扉を開けておくというのがあるので、これは内密の話があるのだと理解したのだろう。言われずとも近いところまで歩み寄ってくれた。


「お父様の所へ戻らなくてはならないのだろうけど、もう少し時間を貰うわね」

「いえ。旦那さまはお仕事中でございますから、私の今やるべき事は限られております。旦那さまもご承知の上ですので、何なりとご用命下さい」


そうだった。お父様は宰相として城に行っているのだから、バルクの付き添いが可能だった。ならば、気は使わない。


「じゃあ言うわね。まず、一応アルリックの体に問題がないか医師に診てもらって頂戴。そして、食事をきちんと取らせてしっかりと体をやすませるように」

「畏まりました」

「大丈夫なら、予定通りに明日からアルリックを復帰させるわ。もちろん、初日から今まで以上に務めてもらう。でも、体を壊させるつもりじゃないから、バルクの方でも気に止めていてくれないかしら。私が気づかない時は言って欲しいの」

「…畏まりました」

「それで1日の務めが終わったら、彼にその日の報告書を書かせて頂戴。そして、10日事にその報告書と貴方のアルリックに関する報告書を纏めて、私に提出して」

「………畏まりました」

「後は……アルリックにも言ったのだけれど、彼が戻った事で他の使用人達が心を乱すかもしれないわ。そうならないようにして」

「……………畏まりました」

「アルリックの事はこれくらいかしらね。バルク、色々頼むわ」


空気を変えるようにポンと上掛けを叩く。

思い付くままに並べ立てて、ふとバルクを見れば彼は随分と優しい目をしていた。


「バルク?」

「私の方から、お伺いしてもよろしいですか」

「なあに?」

「……愚息とお話になった事です」

「アルリックと話した事?……いいわ、貴方も心配していたでしょうしね」

「ありがとうございます」


そう言えば、バルクを伴ったのは立ち会わせる為だった。しかしあの展開では、立ち会わせた私の意図がわからないだろう。

ならばと寝台の横に置かれた椅子に座るよう促せば、バルクはそのような立場ではないと固辞をした。

座ってくれる方が気が楽なのだが、そう言うのなら仕方がない。


「それで?何を聞きたいのかしら」

「………アルリックに理由をお尋ねになりませんでしたね」

「そのつもりだったのよ」

「では、どうしてでございましょう。……不思議でございました。突然あのようなやりとりされた事も、愚息を戻すと仰られた事も……。お嬢様はそれでよろしいのですか」

「バルク。私はアルリックを許さないわ」


バルクははっと目を開く。優しい眼差しが一瞬にして覚めたような感じだった。


「でも、一番知りたかったのはアルリックに何があったのかと言うことだったの」

「それは、いったい……」

「バルクはどう感じたかしら?私は彼を見た途端何だかこのままではいけないと凄く嫌な感じがしたの。」

「お嬢様、それは……」

「アルリックは自らお父様に告白したわ。でも、あの姿は後悔も反省もしていなかった。なら何なのかしら。どうして大人しくお父様の処分を待つのかしら。もしかして、むしろ早い処分を待っているんじゃないのかしら。そう思ったら、なんだか腹立たしくなってしまったのよ」


直感だった。話を聞くためにもらった時間だけど、話だけしてまた時を置くのは良くない。

全てを投げ出したようなあんな瞳の彼を、そのままにしておけない。


「私はそれを許してなんかやらないし、思い通りになんかさせないわ」


なんだかわからないけれど、アルリックは心で良くないことを考えている。だからそんな事考えていられないくらい私のそばで追い使ってやるのだ。

それで、ゆっくりと理由を聞き出してやると言い切れば、バルクは顔を感情を堪えるように顔を歪めた。


そして突然、膝を着いて頭を下げる。


「バルク?」

「お嬢様。感謝申し上げます……。これからも、愚息をよろしくお願い致します」


私は笑った。

追い使うと言ったのよ?聞いていたの?と問えば、バルクは顔を上げて微笑む。


「どうぞ、ご存分に」

「バルクったら。ーもちろん、貴方も手を貸すのよ」

「喜んで」





そして、また二人で笑った。



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