第8話 転生悪役令嬢の仮面

あらあら。

さっきまで死体のようだったのに、ごほごほと咳き込んで大変そうだわ。

私がお腹の上に乗ったままだから、体を捩る事が出来なくて、ちょっと苦しそうにも見えるけれど大丈夫よね。


してやったり、とにんまりしそうな顔を懸命に無表情に保つ。

私はアルリックと話に来たのだ。

ちょっとやつれた黒髪の美青年の悶える姿を堪能しに来たわけではない。それどころか、逆に乱れても美しさを損なわないこの男に軽く舌打ちしたくなるくらいだ。


むう。

そう思うと、先程の勝利感も色褪せる。早速話をしよう。早く落ち着かないかしら。


腹の上でふんぬと腕を組んでアルリックを待てば、彼は大きく息をついてぐったりとした。やっと、うっすらとこちらに視線を向ける。


「きちんと、起きれて?」

「……寝てはいませんでしたが」

「まあ。じゃあ、何か空想にでも耽っていたのかしら?まあ、ここではすることもないでしょうしね」


アルリックは「まあ、そうですね」とまた、ふっと遠い目をしている。

むうう。さっきから気に入らない。


「ルゼナ・ダンゼルクの専属執事アルリック。こちらを見なさい」


こんな肩書きに、彼がもう何の価値も見ていない事はわかっている。だが、彼とはその繋がりしかないから、私と向き合わせる為にあえて口に出す。

彼はお父様の処分を待つと言っていた、と聞いた。私には無関心だが、お父様に与えられた役目には無関心になって放りだしていないはず。

思った通り彼はまた私に視線を戻した。幾分か目に力が戻っているようだ。


「貴方。お父様からの処分を待ってるそうね。でも、おあいにくさま。貴方はこれから、私と一緒にここを出て屋敷に戻るのよ」

「………え」


アルリックは、じっと己の上に腕を組んで座る幼女を見つめた。

私の事を観察しているのだろう。先程から、目に宿る感情も強くなってきている。それが私へのマイナスの感情であっても、構わない。


「何かしら、その顔。当てが外れたといったような……失礼ね。でも、まあ、貴方の思い通りにならなくて良かったかしら?」

「……………」

「お父様の処分は下らないわ(今はね)。その代わり、貴方(の時間)を私がもらったの」


正確ではないが、決定事項を伝える。

すると、微かに私を見るアルリックの瞳に色んな感情が揺れているのが見えた。

悪くない……と、ここでニヤリと笑ってしまう。


「貴方、面白いわ」


アルリックは、何を言われたかわからないような訝しげな表情を見せた。


「……なんで、気づかなかったのかしらね。これから、楽しみだわ」

「私を、どうなさるおつもりで?」

「もちろん、専属執事のままよ。今まで以上に務めてもらうわ。貴方は優秀だもの。有効に使わなくっちゃね」

「それでは、これまでと変わらないではないですか」

「そう?じゃ、私に忠誠を誓いなさい。私に逆らっては駄目よ」

「それは…………」


アルリックの目に剣呑な気配が一瞬宿る。

そうか、私に誓うのは嫌か。その場での思い付きだったけど、彼の感情を揺さぶるには有効な手だったようだ


「お父様から貴方をもらった、と言ったはずよ。私を見殺しにしようとした貴方が何かいう理由はあって?」


なんて傲慢で高飛車だ。何様のつもりだ。公爵令嬢ルゼナ様だ。そしてそれは私だ。

心中、色んな思いが渦巻くが口が止まらない。ああ、もう構うものか。このままで行こう。


「逆に私は言うことが出来るはずよ。貴方に殺されそうになったのだから」


感情に任せて上半身を起こしかけたアルリックに、私から顔を寄せた。


「でも、貴方は幸運なのよ。何故なら、あの時あの場所で貴方がお父様に告白したから。あれで私は興味をもったの」


ぎりっとアルリックは唇を噛み締めた。

ああ、悔しいのかな。憎らしいのかな。でも、止めてはあげない。

アルリックのシャツの胸元を掴んで引っ張る。


「貴方に償いの機会をあげる。………そうね。とりあえず体が完全に回復するまでは、私の身の回りの世話をしなさい。心をつくして、ね」


もう、ぐっちゃぐちゃだ。4歳でもないし、ルゼナでもないし、私でもない。だけど、演じ切った。蛇足になる前に撤退だ。

突き放すように、私はアルリックのシャツから手を放した。


「ーバルク。戻るわよ」


暖かく太い腕がアルリックの腹の上から私を浚う。大きな胸に抱え込まれると、その力強さにほっとする。無論、顔には出さない。


「ついて来なさい」


声だけかけて、バルクに牢を出るように促す。バルクは無言のまま牢をでた。が、数歩進んで止まる。


「バルク?」

「ー何をしている、早くしなさい」


バルクは首だけ振り返らせ、部屋の入口に向かって声をあげる。

一拍おいて、ドカンッと何かがぶつかる音。アルリックがベッドを蹴ったか殴ったかしたのかもしれない。

驚いた私はバルクにしがみついてしまって、ぽんぽんと背中を叩かれあやされていると、剣呑な雰囲気を残したままアルリックが出てきた。


「何という顔をしている。身を正しなさい」


再びバルクに注意されたアルリックは、私の目の前で姿勢を正し、表情をすうっと人形に戻していく。

私?私はすでに公爵令嬢に戻った。剣呑なアルリックをみた瞬間、バルクにしがみついた姿なんてみせられないと思ったから。





バルクの足は屋敷へと歩きだす。敢えて見ないがアルリックもついて来ていた。

3人は無言で屋敷に戻り、ダンゼルク家の私達の部屋と使用人達の部屋へと左右にわかれる廊下の分岐点にでると、私はバルクに止まるように命じた。

そこは少なからず使用人達が行き交う場所で、私達3人の姿に皆が驚いてすれ違って行く。


「アルリック。貴方は明日の朝からでいいわ。今日はもう部屋に戻って体を休めなさい。それから」


すれ違う使用人ひとりの歩みがゆっくりになるのに気づいた。何がしたいか、わかり易すぎる。


「………それから、もう一度言うわ。これからは、私に逆らっては駄目よ。正式に私のものになったのだから、全てにおいて私を優先しなさい」


聞きたいことは聞けただろうか。いくら目を合わせないようにしても、今の私の言葉に驚いた表情は隠しきれていなかったが。

そして、不自然な歩調の使用人が去った後、廊下は他に誰もいなくなった。

まあ、自ら晒し者になるのはこれくらいで良いとして、今の隙に、念を押しておかなければならないことがある。


「1つ確認して置くわね。使用人の常識として口が固い事があるのだけれど、優秀な貴方には当然それはあるわよね」

「……もちろんでございます」

「ならば、過ぎた事であっても口にすることはないわよね?………………お父様の為にも」


アルリックは何故かじっと私を見つめた。パチパチと瞬きをして、口を開きかける。


「バルク、疲れたわ。ー貴方ははいつまで立っているの。もう行きなさい」


また新たに使用人が通りかかり、私はアルリックが返事をする前に話を終えた。そして追い払うように手を振ってアルリックから目を背ける。これもまた、使用人に見られていたが、もう、どうでも良かった。



言ってみて実感したが、本当に疲れてきたのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る