第7話 転生悪役令嬢のおねだり
ダンゼルク家の屋敷の中で、風景が私の目の前を流れていく。私はそれをいつもよりずっと高い位置で楽しんでいた。
流れる風景には、いつもより遠くが見える廊下の先、窓の外に広がる身長位の木々の並ぶ先、そして驚いたように目を開いた同じ視点の高さで見える使用人達の顔があった。
表現がおかしいかもしれない。でも、私からはすればそうなのだ。
では、驚いた使用人達からの視点で言えばどうかというと、なんということもない。私はバルクにお子さまだっこをされ、廊下を移動しているのだ。
ケガから1週間。
初診では全身打撲に頭部坐創で全治2週間と診断された。
それほど高くない位置から落下した事と、柔らかい子供の体であった事で骨折はしなかったが、頭部も打ち、出血があったので絶対安静を強いられた。
だが1週間経ち、眩暈や頭痛等が見られないので、回復と引き換えに落ちた体力を戻す為に徐々に体を動かす事になった。それに、付き添い付きでベッドから出ることも許された。
そして今回の付き添いはバルク、ということである。
「お嬢様。ご気分が悪くなったりしておりませんか」
50を越えてもなお、逞しい体つきを維持するバルクの鍛えられた腕にしっかりと守られている私は首を横にふった。
「大丈夫よ。逆になんだか楽しいわ」
「それは、よう御座いました」
私はちらりとバルクを見上げる。
お父様は約束通り度々顔を見せてくれるようになり、話し合いからすぐ側に戻ったらしいバルクは、お父様と共に姿を見せた。
ほっとしたけれど、お父様が部屋を出た時に呼び止めて、これからもお父様の側につくと自分の意思で思ってもらえるか、一応聞いて見た。
それに対して『お許し頂けるなら、元よりお仕えしたいと思っておりましたよ』と、頬に青アザが残るダークブロンドの髪の美丈夫は微笑んでくれたのだった。
「ーお嬢様。この度は愚息が致しました事、本当に申し訳ございません」
視線を歩く先へ向けたまま、バルクは静かに言葉を吐き出した。思考に耽っていた私は、はっとする。
今回の騒動は、普段通りに戻ったお父様によって少し情報が解禁されていたが、アルリックの殺意(というほどでもないと思うが)は公表できるはずもなく、公爵が激昂するほど取り返しのつかないミスをしたとの実に曖昧なものになってしまった。
その上で、お父様がどこまで明かしたかわからないが、私はバルクと彼の息子についてきちんと話してなかった。だが、彼も優秀な執事。公爵家で勤めている間は私人ではなく、私人になれる時間は公爵家と接している時ではない。息子の事をどれ程心配しようが、自分から口に出すことは出来なかっただろう。
だが、今バルクはそれを破って口にした。それは多分、私が付き添いにバルクを指名し、アルリックがいる部屋へ向かっているからだ。意味がないわけがない。
「…バルクはお父様に何と聞いたの」
「お嬢様をお守り出来ず、愚かな考えをもったと。どの様なものかも、知っております」
「そう……。アルリック自身からは?」
「旦那さまの処分をまつと言うのみで、他には口を開かないのです」
申し訳ございません、とまた口にするバルクの首もとに、私はきゅっとしがみついた。
すれ違う他の使用人に万が一聞かれないようにするためでもあるが、バルクの気持ちに何となく寄り添いたい気分になったからだ。
「私も知りたいと思ったのよ。だから、お父様から時間をもらったの」
アルリックをちょうだい、とおねだりをした。状況からして、おねだりは逸脱しているが、4歳ができる形はそれくらいしかない。
案の定、お父様は何を言い出すのかと渋い顔をし、玩具ではないし何のつもりかと問うてきた。
なので正直に『余りにも突然で、アルリックの気持ちを知りたいのよ』と話せば、お父様は目を丸くする。
その表情に想像がつく。使用人を使い捨てていたルゼナが初めてと言ってもいいくらい身内以外に興味を示したのだ。そして、悩ましい顔を見せた。
『ルゼナは……人を思いやるようになっているな。シェームスは元々例外だったが、バルクにまで……』
おねだり前まで話していた事を思い返しているようだった。そういえばあれもまた、聞きようによっては人を思いやっての発言であると言える。
アルリックはお父様の信頼を失ったが、彼に託した結果、ルゼナには育てたかった心が芽生えている(実際は芽生えているわけではないが)。
ー裏切りと成果。その二つをもたらした彼をどうすべきか、迷っているように見えた。
『お父様。私、アルリックがあんな風に思ってる事は仕方ないと思うの。私はそう思われる行動をしていたから。でも、どうしてあの時に口にしたのかしら。それが不思議でならないの。だから、それがわかるまで、アルリックの時間をちょうだい』
お父様はおねだりを許してくれた。実のところ、元々お父様も彼を切り捨てるには迷いがあったのだろう。あの日から3日も経ちながら、アルリックは治療を受けて謹慎し、処分を待っている状態だったのだ。
ただ他の使用人との接触を避けるためと、牢に入っていたのは予想外だった。
「旦那さまはお優しいですよ。これでも、破格の扱いです」
アルリックのいる牢へ向かいながら、私を抱くバルクは囁いた。
本来、貴族は下の身分への扱いにはそれほど気を向けておらず、その貴族の気質が酷ければ、あのアルリックのような告白がなかったとしても、令嬢にケガをさせるような状況にした時点で、問答無用で死罪も当然となるらしい。
そもそも、ダンゼルク家は貴族の中でも穏やかな気質をもつ一族だと言えるそうだ。ならば、【悪役令嬢】の未来をもつルゼナ(私)だけはそんな貴族みたいだったかと言えば、可愛らしいわがままでしたというところでしょうか、と上手にかわされた。
が、一転して不安げな声で私に問いかける。
「お嬢様。私には何が出来ますでしょうか」
「一緒にいてアルリックを見てて。後は……相談にのって」
「…………かしこまりました」
内緒話はここでおしまい。バルクは口を閉ざしたし、私はしがみついた腕を解いて、しばし高い視点からの風景を楽しんだ。
アルリックが謹慎している牢は、屋敷の裏側の離れにある。地下にも牢はあるが、重罪人や逃亡を警戒しなければならない者が入れられるのが主で、すぐに警吏に引き渡せる者や逃亡の恐れがない者はこの牢に収容されるらしい。
バルクから説明を受けて、負傷し自ら処分をまつアルリックを隔離するなら、こちらなのは納得できた。
警備の者からの敬礼を受けて建物内に入れば、牢というイメージから遠い光景に驚いた。
警吏とはいえ外部の者が入る可能性があるからか、格子つきの窓は大きめで太陽の光が存分に入っており、石造りの壁や床は綺麗に清められ、粗末ながらもベッドや寝具は整えられていた。
これなら、アルリックにもそれほど悪い環境ではあるまいと少し安心したのだが、彼の入る部屋につき鍵を開けられて中の様子が見えた瞬間、なんとも言えない気分になった。
アルリックは目を閉じて、寝台の上に横たわっていた。
鍵を開ける音や扉が開かれる音が聞こえていないわけではないだろうに、彼はぴくりとも動かない。
バルクは私がお願いしたからか、言葉を発しなかった。
眠っているのか、動けないのか……。
嫌な予感にちょっとドキリとして様子を窺えば、横たわる彼の胸はゆっくりとした一定のリズムで上下していた。
白い生成りのシャツに黒いズボンを身に付けた体には、きちんと治療が施されているのも確認できひとまず安心した。
ならば、やっぱり眠っているのか。
そうならばどうしようかと考えを巡らせた瞬間、うっすらと彼の目が開き、こちらを確認しているのがわかった。が、彼はまた目を閉じる。
へえ。ケンカ売ってくれるわけね。
アルリックの関心が変わらず私にないことを確認でき、その態度にむくむくと闘争心が沸いてきた。
私はバルクに囁く。
「バルク、私をあそこに下ろして。遠慮なくね」
「…………ぐうっ!」
アルリックの腹の上に、私という幼児爆弾が落とされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます