第6話 転生悪役令嬢の父は娘に弱い
ふう。
思い返してため息をついてしまうと、シェームスは痛ましいとばかりに、目を細めて私を見ていた。
だから今度は、私がぽんぽんと両手の中にあるシェームスの手の甲を叩くと、いつもの仕返しに気づいたのか、彼はちょっと微笑んでくれた。
「お父様とお話ししなくちゃ、ね」
「それは、旦那さまにとっても大事な事じゃの」
「……お母様の方はどうかしら」
「時期に落ち着かれるじゃろうて」
お母様は気丈に私を庇ってくれたが、嵐が去った後に心に来てしまい寝込んでいるらしい。父も正気に戻ったものの、自分が起こした事にすっかり参ってしまい、仕事以外は私室に閉じ籠りがちになっている。
そして、アルリックやバルクは負傷して私の寝室から出されたのだが、外聞が悪いと他の使用人にも原因内容はふせられた。しかし、執事父子は使用人の中でも慕われており、彼らの中でその二人の負傷と私の事故とを結びつけて憶測が飛び交い、よくない雰囲気になりつつある。
良くない。非常に良くない。
「シェームス、お母様もお父様も………みんなをよろしくね」
私はまだ動けない。自ら動き、両親に会う事も、使用人達の動揺を静める事も出来ない。
シェームスに体のケアだけでもお願いすることしかないのだ。
バルクとアルリックも頼むと、言外に含ませた事をシェームスはわかってくれた。だが、彼は頷いた後、心配そうな表情になる。
「嬢ちゃんは、大丈夫かの?」
「え?」
「怖い目にあったからか……。少し、変わったのう」
「…………駄目なのかしら?」
「なに。人は変化していくものじゃ。ただ、傷にならねば良いが……と思っているだじゃ」
「ありがとう。私にはわからないから……何かあったらお願いするわ」
「いつでも言うとくれ」
ぎくりとしたが、わからない振りをした。シェームスもそれに気づいているだろうが、いつものように優しく包んで終わらせる。
それじゃあの、とシェームスは部屋から去った。客人が去った後で部屋を確認に訪れたメイドに、お父様との昼食後の面会を頼んで、私は目を閉じた。
さてさて。随分と考えることが増えた。
両親の事も、使用人達の事もこのままにしておけない。だから、まずはお父様と話し合わなければと思ったのだ。
どんなに屋敷の中が不和を起こそうと、お父様は当主で一番上に立つものだ。下の変化は上に伝わりづらいが、上の変化はすぐに伝わる。今回は悪く伝わったが、良くもすぐに伝わるはずだ。
だから、いつものお父様に戻れば、問題のいくつかは解決するだろう。
後は、バルクだ。バルクはアルリックの父であるけど、今回は完全にとばっちりだろう。彼とお父様との間をどうなっているのか、確かめないと。
できれば、お父様に対して恨みをもってもらいたくない。更に出来れば、お父様の側に戻ってきて欲しい。
そして、最後にアルリックだ。
彼については、お父様に生殺与奪権があり、いずれ行使されるかもしれない。でも、彼とは私が決着をつけたいと決めたのだ。お父様には一時的にでも譲ってもらいたい。
これも、お父様と話し合わなければならないわね。
私の希望が通り、お父様は昼食後に寝室にやって来た。愛娘に見られたくなかったであろう姿を晒した事で、表情はやはり暗い。
午前中シェームスが使った同じ椅子にお父様は座ったが、続くのは長い沈黙。互いに喋りだしを探ってる感じだった。
では、始めるか。
「お父様。お話、聞いて?」
「……ルゼナ」
お父様はぴくりと体を震わせた。それでも、私と視線を合わせ、上半身を倒してより声が聞こえるように顔を寄せる。
「私、ちょっと怒ってるのよ。どうしてか、お父様にわかる?」
「…………」
「理由はふたつ。ひとつはね。お父様がお顔を見せてくれないことよ」
「……………………え?」
「お母様は来られないのでしょ。お父様まで来てくれなかったら、寂しいわ」
最初の言葉に体を震わせたお父様は、続いた言葉にポカンと口をあけた。
最初は、お父様が恐れていたことを責められると思ったのだろう。でも、怒ってるのはそこじゃない。
お父様はこの国の宰相だ。仕事ぶりはどうか知らないが、その地位にいられる何かはあるはずだ。それなのに、娘の前で暴力をふるってしまった事にいつまでも後悔して、部屋に閉じ籠り、屋敷の雰囲気をほったらかしにするなんて。
面会を希望した後、お父様とどう話し合おうか考えているうちに、そう沸々と沸き上がってきていた。だが、吐露した瞬間に見せたお父様の顔に、私は理解した。お父様は仕事は出来ても、家庭は上手く出来ないタイプの人なのかもしれない。
……仕方ないわね。
横たわったままお父様の頬に手を伸ばせば、お父様はきゅっと眉をのせてその手を握る。
「ちゃんと、お顔を見せてくれる?」
「……っ!…ああ、約束しよう。悪かったな、ルゼナ」
「じゃあ、約束」
若干表情が明るくなったお父様と、ふふふと笑いあう。でも、これで終わりじゃないのだ。
「……でもね、お父様。怒ってる事、もう1つ残ってるのよ」
「えっ!」
「バルクまで、罰を与えたでしょう?」
「それは……」
「私はそれに驚いたの。………それにね、お父様。使用人達も驚いているそうよ」
何が言いたいか、お父様はわかってくれるだろうか。お父様とじっと見つめあう。
「バルクは、お父様の側に戻って来るかしら。バルクはシェームスと同じくらい優しいの。………私、お父様の側にいるバルクが大好きなの」
「ルゼナ」
握られた手できゅっとお返しをすると、お父様はその手に視線を落とし、微笑んだ気がした。
「そうだな。お前を……皆を驚かせてしまったな。バルクには今まで通り私についてもらおう」
言いたいことは通じたらしい。そして、お父様は応えてくれた。とりあえず、お父様の心は少しは晴れ、状況を考える余裕は戻ってきたみたいだ。バルクの意思は確認していないけど、屋敷の事はこれでなんとかなっていくだろう。
「お父様。お願いがあるの」
私は微笑んで、寝台の上の自分の隣を手で叩く。
お父様、ここに座って。
お父様はためらいながら、寝台の上の私の隣に腰をおろす。お父様に手伝ってもらって少し上半身を起こした私は、甘えるようにお父様に寄りかかった。
娘にベタ甘なお父様は普段から、抱き締めたり頭を撫でたりしていた。今回、娘を怖がらせたかと様子を窺った彼に、そんな事はなかった言葉で匂わせたけれど、それが本当だと証明するにはこうして娘として甘えた方が分かりやすいだろう。現に、隣に座るお父様の雰囲気が少し柔らかくなった。
お父様の心を上げたり下げたり、弄ぶようで嫌だけど……。
「ルゼナ、お願いとはなんだ」
ーさあ、ここからが本番だ。
「アルリックを私にちょうだい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます