第25話 転生悪役令嬢の父は不機嫌
「……あら?先生はご休憩中ではないの?」
アルリックの足マッサージを終えた後、一旦私室に戻って体を拭い(ここは流石にメイドの仕事よ)、着替えてから、私は先生の待つ部屋へ向かっていたはずだった。
アルリックも着替えに戻っているので、私を先導するのはウルリックだ。
「もしかして、玄関に向かっているのかしら」
「先ほど父からお嬢様をお連れするようにと、連絡が来ました。先生がお帰りになるようです」
「……まさか、バルクが失礼な事をしたのではないでしょうね」
「…申し訳ございません。その様な報告は受けておりません」
客人に対して失礼な事をしたなら、ウルリックにとてその知らせは入るはずだ。
たが、ウルリックは見習いなので、それが確実な事ではないということを考えて返答したのだろう。
そうならば、最初から彼に……
「……聞いても無駄だったわね……」
まあ、バルクがそんなミスはしないでしょう。
気持ちを切り替えるように大きなため息をついた私は、思わず口に出た言葉がウルリックの耳に届き、ため息で彼が肩を震わせた事には気づかなかった。
無言のままに玄関ホールに差し掛かると、身支度を整えた先生と向かい合うように立つバルクの背を目にとらえる事ができた。
「ー先生。もうお帰りになってしまうのですか?」
バルクと言葉を交わしているところへ声をかけ、自分が無作法をしてしまった事に気づく。
いくら相手が家人であろうと、客の話をいきなり遮るなど。
だから私は、思わずといったように駆け寄って先生へ手を伸ばし、今気づいたように躊躇した。
「…失礼しましたわ、先生。お話中でしたのに」
先生はそんな私に、少し膝を折って目線の高さをあわせ、微笑んだ。
「いいえ、お嬢様。失礼な事は何もございませんわ。むしれ、失礼なのは私の方でした」
「先生が?」
「いつもなら、お嬢様とアルリックさんとお話する時間でしたのに、こちらの都合で中止にさせて頂いたのです。わたしからご挨拶すべきでしたのに、お嬢様にここまで御出頂くなんて……本当に申し訳ございません」
「先生がお帰りになるならお見送りしたいので、私がここに来ることは何でもないことですわ。でも、先生にご予定があったのに、私は引き留めるような事したのですね」
「お嬢様。そうではありません。実は、お嬢様とアルリックさんのレッスンについて、失礼ながら、バルクさんに相談させて頂いていたのです」
「バルクに、相談?」
「はい。お嬢様方が次の段階に進む為に」
「一体、それはどのような……?」
先生は口を開きかけて、何かに気づくように周りを見ると、その後困ったように笑った。
「申し訳ありません。この場でお話するには相応しくございませんね」
「お嬢様。…後ほど、私からご説明させて頂きます」
傍らのバルクが補足する。
私はバルクを見て、先生に視線を戻した。
「では、それについては聞きません。…バルクは先生のお役に立ちました?」
「もちろんですとも。ですが、想定以上でございましたので、少し心が落ち着かず……今日は、中止にさせて頂きました」
「想定以上……?」
バルクは何の相談を受け、何の手助けをしてやったのだろう。
聞きたい。
聞きたいが、確かに玄関ホールでする話ではない。
「先生。バルクは失礼をしていないのですね?次回も……来ていただけるのですね」
「もちろんですとも」
「……わかりました。では、また次回もお会いできる事を楽しみにしております」
「はい。私も、お嬢様と…………アルリックさんとお会いする事を楽しみしております」
最後の方で先生は膝を伸ばし、私の後ろに視線を向けた。
振り返えれば、いつもの執事服に着替えたアルリックが立っていた。
「…ご指導、ありがとうございました」
「はい。アルリックさんも、次回からは少し違ったレッスンになると思いますので、よろしくお願いします」
そうして、私達は先生を見送った。
その後、バルクとアルリックを伴って、私は部屋へ戻る。
ウルリック?
執事が二人も仕事を離れるのだがら、その間のフォローに回らせたわよ。……バルクが。
「それで?先生は、何をあなたに相談したの?」
アルリックは、私のお茶を入れている。
先生と楽しむはずだったお菓子を今は一人で食べながら、テーブルの前に立つバルクの報告を待つ。
「お嬢様のパートナー探しです」
「…パートナー?」
「はい。アルリックでは、充分な役目を務められませんので」
ー確かに。
ステップはともかく、腕を組んでの練習は私が育たない限りできない。
「じゃあ、バルクはその相手を見つけたの」
「いえ。私ではなく、旦那さまがお決めになりました」
「え?お父様がどうして?」
「お相手が決まれば、この屋敷に出入りする事になります。そして、その方は身元も身分もしっかりした者でなくてはなりません。ですので、前もって旦那さまにお話をし、許可を頂く必要がございました」
「それは当然よね」
「その際に、私から何人か候補を上げさせて頂きましたが、旦那さま自らお相手を探す、と仰いまして」
「…お父さま……」
ルゼナの父は娘を溺愛している。
この国の宰相という文官の最頂点の位にいて、武は門外漢である為に不得手と思われがちだか、ルゼナの転落事故で我を失いアルリックに暴行してから、娘に関しては人が変わると認識されている。
「やはり、お相手として望ましいのは、お嬢様と年の近い異性となるわけですから、旦那さまが慎重になられるのも致し方ないかと……」
たかが、ダンスの練習相手。
まだ4歳の私に、異性だのなんだの気にする事はないとは思うのだが、バルクの言いたいこともわかる。
「…まあ、いいわ。それで、お相手はどんな方なの」
「それは、………お嬢様に見合った方だとだけ申し上げます」
「どういうこと?」
「旦那さまが直接お話になりたいとの事で……お嬢様には、明日お時間を頂きます」
「ええっ」
「お嬢様、はしたない言葉遣いですよ」とバルクは注意しながらも、私の反応に仕方なしといった表情を浮かべ、アルリックは我関せずといった風に側に立っている。
「先生にはお伝えしたのでしょう?」
「はい。次回からのレッスン内容に関わってきますから」
「でも、私には教えてくれないのね?」
「申し訳ございません。旦那さまのご意向です」
私ははあ、とため息をついた。
バルクが言うのだから、身元も身分も大丈夫なのだろう。
だけど、先生が動揺して帰ってしまう相手って事よね……。
何だか嫌な予感がするわ。
そして、翌日。
珍しく日中に家に戻ってきたお父さまに呼ばれて書斎に向かった私が見たのは、この上無いくらい不機嫌な顔だった。
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