第24話 転生悪役令嬢のダンスレッスン

「1、2、3、4。…お嬢様、動きが硬いですよ。アルリックさんは相手をよく見て」


パン、パン、パン、パン

手拍子と共に、先生の指導が入る。

今は、やぶ蛇で始まったダンスの時間だ。

私とアルリックは、先生の手拍子に乗ってステップを踏んでいる。


スロー、スロー、クイック。

スロー、スロー、クイック。


以前の記憶の中にもダンスの経験はない。

だが、耳で覚えているダンス用語を使って、脳内でリズムを刻んでいる。

そうすると、数字でカウントするよりもリズムに乗れて、ダンスをしている実感が沸いてくるのが不思議だ。


意外にイメージって大事なのね。


私はアルリックにリードされ、ステップを踏みながらぐんっと方向転換した。





授業は意外にもやりやすかった。

私には、何故か初めから男女でがっつりと組んで、ひたすら踊るというスパルタなイメージがあったのだ。

初心者なのだから当然そんな事はなく、私もアルリックも、まずはステップを刻む事から始まった。


先生の両側に私とアルリックがそれぞれに立ち、リズムに合わせてステップを踏む。

それを何回も繰り返し、ステップの種類を増やしていった。


『じゃあ、組んでみましょう』


ーピシリ。

レッスンの段階が進んでそう言われた時、アルリックと向き合った私は不覚にも一瞬思考が止まった。

ここに来て、ダンスの密着度に恥ずかしくなってきたのだ。


…むうう。

…相手はアルリックじゃないの。

恥ずかしがる事が恥ずかしいわ。


『お嬢様?いかがなさいました?』


それでも躊躇って、相手が組みやすい様にと両手を上げかけたまま止まる私に、先生から声をかけられる。

相手はアルリックなんだから、ともう一度自分に言い聞かせて見上げれは、思った通りやっぱり彼は無表情であった。


『お嬢様、失礼致します』


言葉とほぼ同時に大きな手が右手を包み、左脇から見かけよりたくましい腕が回って、肩甲骨辺りに大きな手のひらを感じる。


えっ!ちょっと待ちなさい!

やっぱり、心の準備が―。


―ぽすっ。


…………………………………………。


私だけでなく、アルリックも先生も動きが止まった。


一瞬の浮遊感があって、何かに押し当てられて視界がふさがれる。

感じるのは、顔から伝わるアルリックの腹筋の硬さ。

そして地につかず空を切る足の不安定感。

つまり、アルリックに抱き上げられ……というよりは吊り上げられているのだった。


『………ぷっ』


聴き逃せない先生の笑いをきっかけにアルリックが腕を解き、私は地上に戻った。

それからすぐに振り返ったのだけれど、先生は綺麗に表情を消している。


ー先生。なかった事にしてもう遅いわよ。


かと言って、教えをこう立場である以上、何も言えないのだが。


『流石に、身長差がありますね。そういった方とのダンスの機会はままあることですけれど、お二人は始めたばかりですから、ステップをきっちりと覚えましょう』


先生から改めて提案されたのは、向かい合って両手を繋いだ形だった。


身長差なんて、みればわかるでしょう。

最初からこうして欲しかったわ。


両手を繋いでのレッスンがそうして始まり、二人で踊る事に慣れ始めた今、さらに次の段階に入っている。





手拍子に合わせて、私達は踊る。踊る。……踊る。





「お嬢様。もう少しですよ、頑張って下さい。1、2、3……アルリックさん、ステップが乱れてますよ」


このレッスンの成果ははいずれ、社交場で花開くはず。

私は気力が途切れそうになるのをぐっと堪えてステップを踏み続けた。


そもそも子供にとって社交場というのは、顔を知って貰い、関心をもってもらい、繋がりのきっかけのためにあるので、その目的に一番効果を上げられるダンスは必須になる。

婚約しているとか、体調不良だとか、理由がなければ、パートナーを代えて踊り続けるのだという。


社交場でのダンスは、1曲平均3分間ほどで、場合によっては、パートナーが代わって連続5回くらい踊り続ける事もあるらしい。


体力作りもかねて、私とアルリックは3分ごとにステップの種類を変えながら踊り続けているのだ。

今は4回目の3分間に入っているが、随分とスムーズにステップを踏めるようにはなってきたと思う。

ただ4歳児の体なので、気力で踏ん張っていなければ、たちまち疲れを自覚し足をもつれさせてしまうだろう。


ずっと手拍子をしている先生だって、楽ではないのだし、これが多分最後の3分間だ。

頑張れ、私。






「お二人とも、お疲れ様でした」

「先生、ありがとうございました」

「ありがとうございました」


レッスンが終了し、私達は先生を見送る。

先生は、礼をする私達に微笑みながら頷くと、メイドに先導されてレッスン室を出ていった。

先生が通る為に扉を開いて待っていたのはウルリック。

彼もまた礼をして先生を見送ると、一言あって別のメイドと共に入ってきた。


「お嬢様。お湯と綿布をお持ちいたしました」


アルリックが椅子を持ってきたので座る。

その膝の上に、ウルリックが膝掛けをかけた。

足元では、メイドが敷布の上に温めのお湯が入った木桶置き、綿布を浸している。


「ウルリック。先生の方も手配は出来ているの」

「はい。先生の御手を解すメイドを二人、部屋に待機させております。処置が終わりましたら、お茶とお菓子をお出し致しまして、おくつろぎ頂きます」

「そう」


本来ならば、レッスンが終わればそのままお茶を共に頂く。

それは、先生と生徒の関係を一旦区切って、レッスンの反省点や目標だけでなく、時には個人的な話をしながら交流を深める大切な時間だ。


だが、このレッスンの後では、すぐにとはいかない。

ダンスは運動だ。からだ全体が汗ばんでいる。

体力は奪われ、ステップを踏み続けた足は思い出したように悲鳴を上げ始めていた。

先生は気にしないかも知れないが、貴族の私はそんな姿のままお茶をする訳にはいかない。

なので、レッスンが終わったら先生とは一旦お別れし、別室にてくつろいで頂く事にしたのだ。


「お嬢様がお戻りになるまでは、いつも通り父が話のお相手をさせて頂きます」

「わかったわ」


私が身支度を整えるまで、先生の話相手をするならば専属執事のアルリックだが、彼も練習着のままでお相手するわけにはいかない。

かといって、見習いのウルリックがするのは失礼かもしれない。

さて、どうするかと迷っていたら、バルクが自ら引き受けてきたのだった。

私はバルクの申し出を素直に受け、ウルリックにその他の手配を任せる事にする。

そのウルリックも、私が何も言わずとも、少し前から手拍子を打ち続けた先生への手入れの為に、それを得手とするメイドを手配するくらい、先を読んで動いている。


ー私からは特に言うことはないわね。


「それではお嬢様。失礼致します」


アルリックが私の足元に膝まづく。そして、ついっと私の足首を掬い上げられ、丁寧に靴と靴下を脱がされた。

アルリックの手が小さい私の足先を包み、そのまま優しく木桶のお湯に浸される。

メイドがドレスの裾を引き上げ、ふくらはぎをさらけ出した。アルリックはそのふくらはぎに丁寧にお湯をかけてほぐし始めた。


ちらりとウルリックを見れば、複雑な思いが顔からにじみ出ていた。


専属執事とはいえ、普通なら職務でないことをさせているから?

4才とはいえ、女が男の前で足をさらけ出しているから?

大好きな兄が、こんな公爵令嬢の言うなりだから?


ウルリック自身が私に言えるはずがないので、推測するしかない。

もし推測が当たっているのなら気持ちはわかる。

でも、待って。

確かに私がアルリックに命じたけれど。

確かに「幼女の足を洗う男」の姿に笑ってしまうかもしれないと思ったけれど。

いざやらせてみたら、物凄く丁寧に靴や靴下を脱がせて足を解すアルリックに、笑いよりも恥ずかしさが込み上げてしまった。

私は、「男の人」にこんな風に触れられたことなんてなかったのだ。


ー盲点だったわ。


でも、命じたからには撤回するのも悔しい。。


だから、その視線には気づかないことにして、いつだってツンと顔を上げているのだった。

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