第23話 転生悪役令嬢の思いつき

「ご購入頂き、誠に有難うございます」


店主はにこにこと微笑みながらそう言った。

結局、私は店主が薦めたほとんどの本を購入する事にした。

最初に探した連作物と似た傾向の作品が多いが、特に気にする事でもない。

新しい本が読める、それだけでいいのだ。


「それでは、後程、お屋敷の方へお届けします」

「待って。このまま持って帰るわ」

「…お嬢様」


店主は目を丸くし、アルリックはすっと目を細めた。

本来は、店の方から貴族の要望を受けてそれ以上の準備をして伺うのが普通であるし、外出先で買い物をしたとしても後で店が運ぶのが普通だ。


「全部、とは言わないわよ。半分だけ」

「よろしいのですか?」

「これらが屋敷に届くのはすぐ、というわけには行かないのでしょう?私は帰ってすぐに読みたいの」

「……では、どの本をお持ちになりますか」

「そうね。……ウルリック、こちらへ来なさい」


兄がいながらウルリックを直接呼んだためか、当の本人も少し戸惑う表情を見せた。が、すぐに私の側へやってくる。


「選んだ本を、先に馬車まで持っていきなさい。護衛を一人連れて行っても構わないわ」

「……畏まりました」


その後、私が選んだ本を抱えたウルリックを出入り口まで送った店主は、戸惑った表情のまま私のところへ戻ってきた。

私はウルリックにその本を運んだら、馬車の近くで待機していろと命じ、店に残ったからだろう。

その表情に、私は思わず笑ってしまう。


「そんな顔しないで貰いたいわね。まだ、用事はあるのよ」

「え、あ。…失礼致しました」

「私の用事は終わったのだけれど……、ここには他にも色んな種類の本があるのよね?」


笑いながら、改めて店内の本棚を見やる。

本を求めるのは物語を好む人だけじゃないはず。ざっと見ても辞書や参考書、専門書に研究書らしきものがある。


「そうですね。場所柄、様々な方々にご利用頂いております」


ここは王都で、王宮に近い貴族街だ。

王宮に勤める者、魔術に関わる者、剣を振るう者とて本を必要とすることもあるだろう。

もちろん、家族と共にここに居を構えている者ならば、子供の教育の為に必要とする事もあるだろう。


「それもあってそれなりに種類は揃えておりますが、店自体は小さいのでここにご要望の物がなければ、ご相談となります」


なるほど。

説明を受けてもう一度ぐるりと本棚を見たあと、後ろに控えるアルリックに視線を向けた。


「じゃあ、アルリック。貴方が必要とするものを選んで良いわよ」

「…お嬢様?」

「今、あなたには色々と私に教えるように言っているわね。でも、あなたは私の執事であって、先生ではない。………だからといって、私が命じた事が出来なかったという結果に終わらせるのは許さないわ。………だから、選びなさい」

「よろしいのですか」

「それも、仕事よ。……まさか、何か勘違いしていないわよね?早くなさい」


ぐだぐだと会話を交わすのが面倒になった。

実は、単なる思いつきだったからだ。

ついまったりと本を読んで待っていたが、自分でも本を見てみたくなった。と、いうより、もう少しこの店にいたかったのだ。

アルリックに、自分の教材に役立つ本があるなら選べと遠回しに言ったのは理由付けの時間稼ぎだった。


理由が理由だから、ちょっと気まずいわね。


ふいっとアルリックから顔を背けると、アルリックは畏まりましたと礼をし、店主に顔を向けた。


「…ご店主。では、私もいくつか選びます」

「は、はい。お手伝い致しましょうか」

「ありがとうございます。ですが、できればお嬢様の側に。……本は選んだ後でとって頂けますか」


アルリックがそう言うと、店主はよろしいのですか?と私に視線を向けた。


「アルリックがそう言うのなら、それで良いでしょう」


店主が私の側に来ると、アルリックは本棚の前に立ち、本を選び始めた。

そして、欲しいと思った本の題名を懐から出した簡易筆記用具と小さな用紙に書き記し、リスト化していくようだった。


さらさらさら。

さらさらさら。

……………

さらさらさら。


アルリックは本棚を見れば書き記し、書き記してはリストをじっと見つめ何かを探すように本棚を見る。

その繰り返し。


……遠慮がないわね。

まあ、私が許可したのだから、今さら良いのだけれど。

さて。私も本棚を見てみるとしましょうか。


「私も見るわ。良くって?」

「は、はい」


一応店主に声をかけながら、許可を得る前に本棚に近づく私に、慌ててついてくる店主。

執事とは違う不馴れな様子でついてくるのがが可笑しくて悪戯心がわき、ついっと店主の手をとって引っ張るように歩くと彼は目を丸くした。

手を繋いだままも失礼か、振り払うも失礼か、と焦った表情も面白くてまた私は笑った。

可哀想なので、面白そうな本の前に来たら解放してあげる。


「じゃあ、この本を持って下さる?」

「…はい」

「こちらも、お願い」


そのまま店主を引き連れて本を選んでいくと、部屋の一番隅まで来た。

そこは変わっていて、壁にカーテンが敷かれていると思っていたのだが、近づくと壁ではなく本棚がまだあるのだとわかった。


「ここは特別な本でもあるのかしら」

「特別、というよりは、取り置きの本です」

「取り置き?」


店主が「少々お待ち下さい」と抱えていた本を一旦置きに行って戻ると、件の本棚のカーテンをそっとめくった。

その本棚は他とは違っていた。

ぎっしりと詰まってはいなかったが、店に並ぶ本と同じような本やそれ以上に豪華な表紙の本の他に、紙の束や表紙がない未完成の本などがあった。


「ここにはなかった為に取り寄せた本や、特別な装丁を施された本などですよ」

「本の形になっていないものもあるわね」

「本の中身を作るもの、本の形に整えるもの、装丁を施すもの。それぞれに職人がいるのです。お客様なご要望により、時折こうしてここに保管する事がございます」


一番身近にあった、くるみ表紙だけがない本が並ぶ棚を指差す店主。

後から表紙をつける事で隠れる為か、背表紙部分に題名の覚え書きがある。それは先ほど店主に補完してもらった連作物で、1作目からそろえられていた。


「あら?これなら、売り物の方にあったわよね?」

「こちらは贈り物なのですよ。読書好きのご兄弟のお誕生日に贈るため、特別な装丁の本になさりたいとのご要望でございまして」

「まあ。素敵な話ね」

「…そうですね。そんな思いに本がお役にたつならば、私にとっても喜ばしいことです」


本当に本が好きなのだろう。

店主はふんわりと優しい笑顔を浮かべる。が、すぐに私の視線に気づいて顔を赤らめ小さく咳払いをした。


「ふふふ。ありがとう。面白いものを見せてもらったわ」


そろそろ、アルリックの方も終わっただろう。


店主と共に彼の元へ向かえば、彼は何故か本棚の前で固まっていた。

相変わらず無表情だけれど、彼より少し高い位置の本をじっと見ているようだった。


なんなの?


らしくないアルリックへ声をかけようとした時、彼は思わずといったようにその本へと手を伸ばした。


…この、愚か者!


「アルリック!」


ビクと体を震わせて、アルリックは動きを止めた。

良かった。素手で本に触れるのを阻止出来た。


「何をしているの」

「……申し訳ございません」


この世界では、本は貴重で高価なものだ。

ましてや、アルリックが触れようとしたのは、まだ購入していない物なのだ。

貴族の私であっても、店で気軽に触れたり手にとったりするのは躊躇われる。

店主でさえも手袋をして宝石の如く扱っていて、そんな彼から先ほど「読んでも良い」と本を渡されたのは異例な事であるのがわかったから、それを許してくれた彼に失礼な事はしたくなかった。


「その言葉は私に向けるものではないでしょう。主である私に恥をかかせる気?」

「………申し訳ございません」


アルリックは店主に向き直り、深々と頭を下げる。

私も店主に向かって軽く頭を下げた。


「私の執事が無礼をしましたわ。お詫び致します」

「いえいえいえっ!」


私とアルリックなやりとりに呆気にとられていた店主は、その視線が自分に向けられると焦ったように両手を胸の前で振った。


「お嬢様がおっしゃっているのは、彼が素手で触ろうとしたことでございましょうが、結果、触れてはいないのですし、お気になさらずとも結構です」

「そう言って頂けるのは嬉しいのだけれど、やってはいけないことだわ」

「……そうですね。出来ればご遠慮頂きたい事ではあります」


店主は言葉を交わす内にすぐに落ち着きを取り戻し、私の「やってはいけない」と言ったのを「出来ればご遠慮頂きたい」に優しく言い直して微笑んだ。


「ですが僭越ながら言わせて頂きますと、私の目にはお嬢様の執事はとても優秀な方に見えます。そんな彼が、思わず手を伸ばした……。実はそんな行為をさせた本は何であるのかとそちらが気になっているのですよ。ですから、それはもう終わりにしまして、……本を見てもよろしいですか?」

「まあ」


店主はなんと優しい気質の人なんだろう。

しかし、アルリックの無礼より、本か。確かに、アルリックが思わずといった感じで触ろうとしたのは何なのか、私も気になる。


「ご店主がそうおっしゃるなら。…アルリック。あなたが、触れてしまいそうになったのはどれなの」

「…こちらです」


これまた珍しく、アルリックは一瞬動きを止めた後、一冊の本を指差した。


「これですか」


店主はアルリックが指し示した本を取り出す。

私はその本を見るべく店主に近寄ると、彼はパラパラと中身を一瞥してパタンと閉じた。そして、私に表紙を見せる。


「何の本なの?」

「これは、神話の本ですね」

「神話?」


なんでまた。


つい、沈黙を守るアルリックに視線を向けると、アルリックは無表情のままだった。

理由を聞こうかと思ったが、店主ののんびりとした声が続いた。


「お嬢様。彼の事情はさておき、この本はお嬢様のお歳でも充分に楽しんで読める、とても良い本ですよ」


この国や他国で伝わる神話を、幼児用に編纂された本だと店主は言った。


幼児用?

では、アルリックがあのような行動をしたのは、彼の幼少期の何かにまつわる本なのかしら。

…………知りたいけれど、そんな状況ではないわね。


「そう。……アルリック、そんなに読んで見たかったの?」

「……申し訳ございません」


答えになってないわよ。

でも、アルリックに纏わるものとしても、神話という内容にも、あの本にはちょっと興味が出てきたわね。

それに、アルリックの意外な一面を見ることも出来たし……。


「良いわ。それも、購入するものに入れなさい」

「お読みになるのですか」

「アルリックが欲しいのでしょう?……私は……そうね」


後から借りるとかして、本はアルリックにあげるつもりでいたのだけれど……。


私はくるりと店主の方を向いた。


「同じ本をもう一冊、良いかしら?」

「同じ本、ですか」

「ええ。だけど、特別な装丁にして欲しいの」


先ほど聞いた兄弟思いの話が何故か心に残っていて、あんな本を自分も持ってみたいと思った。


店主は目をぱちくりさせている。


「出来るのでしょう?」


コトンと首を傾けて、店主に問う。


「勿論できますが……いえ。では装丁はどのように致しましょうか」

「それは…アルリック!」

「はい」

「あなたが考えなさい」


思いがけない命令だったらしく、アルリックは目を見開いた。

その表情に、何故だかスッとした気分になる。

ついでにもう少し、意地悪したくなった。


「ダンゼルク家の紋章を入れてね。私に相応しい装丁にするのよ。……ああ、いくつか絵にしてみてもいいかも知れないわね」


刺繍の授業で、アルリックが壊滅的な絵の才能の持ち主であることは判明していた。

そんな絵を見せられる事になる店主には申し訳ないが、アルリックが少しは四苦八苦するだろう姿を想像するだけで楽しい。


「………畏まりました」

「ご注文、承りました」


そして店主とアルリックの二人が、リストアップした本と特別注文の手配について話し合いをした後、私達は今度こそ本屋を出ることにした。


「ー御来店、ありがとうございました」


アルリックに手を引かれた私を、店の外まで出てまで店主は見送ってくれた。

繋がれたアルリックの手の反対側には、あの神話の本がある。

私はそれをちらりと見て言った。


「どんな本が出来上がるのか……楽しみにしているわね、アルリック」




こうして、私のお出かけは終了した。

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