第22話 転生悪役令嬢の本屋

きっかけは、執事兄弟があらかた私の部屋にあった本を整理し終えた時だった。


「少ないわね」


読み終えた物や好みに合わない物などを取り除いた本棚は、すっきりとし過ぎていた。


「それに、これは巻がバラバラよ」


スッキリしすぎて本棚の一角に纏められた本の数冊を指差す。

それは創作小説で、一冊一冊話は完結しているものの、並べてみれば連作もので、抜けている巻があるのは明白だった。


「抜けている巻は、お父様の書斎にあるのかしら」

「こちらは、ダンゼルク家に来訪されましたお客様より贈られた物ですね。様々な方がその時々に贈られておりますので、揃っていないのでしょう」


ウルリックは不要になった本を部屋から運び出している作業中だった。応えたのは、運び出した本と、残した本のリストを作成中のアルリックである。

私が指摘した本の一冊を抜き出し、パラパラと中身を見ている。


「……そうですね。確認してはみますが、お嬢様のお年の方が好まれる内容のようですので、あるものは全てこちらに納められているでしょう」


悪かったわね。

内容は子供向けの冒険物語よ。

確かに子供が出入りしない当主の書斎に幼児書があるのはあまり考えられないか。

でも、贈り物でもバラバラなら、買ってでも揃えようとしないのかしら。


「どうして、そろえないの」

「……お嬢様は、最近、随分と本を読むのがお好きになりましたね」


アルリックは、ピタリと動きを止めて、足元から見上げる私に冷たい視線を投げかけた。


その瞳は、今まで本など興味なかっただろうに急に何を言い出すのだ、といったところかしら。

むうう、生意気ね。


「あら、わかっているのなら、もう手配はしているのよね?」

「……申し訳ございません」

「あなたは優秀なのでしょう?…しっかりして欲しいわ、アルリック」


私とアルリックのやり取りに、作業中のウルリックが目を見張っているのを視界の端にとらえていたが知るものか。


「すぐに、手配致します」


弟がいる為か、アルリックはすっと態度を戻して彼に視線を送る。弟はその意図を察して頷いていた。

なんだか面白くないが、私はもう一度すっきりとした本棚の全体を見た。


「……新しい本も欲しいわね」

「それでは、その他に幾つかお嬢様のお好みに合うような本を幾つか持ってくるよう、本屋に伝えましょう」

「本屋?……本屋がここにくるの?それで、私が気に入るものがなければまた来るの?」

「ダンゼルク家が求めるならば、本屋に限らず皆喜んで何度でも参りましょう。お気になさることはないと思いますが」

「何度も来られたら、こちらが面倒だわ。……そうだ、アルリック。私を本屋に連れていきなさい」


再びアルリックの目が冷ややかに細められ、これまた何を言い出した?とばかりに言っていている気がしたが、それよりも自分の思いつきに胸が高まるのを感じていたー。







ーそんな経緯があって、私は本屋にいる。


改めて店内をみる。

私に続いて執事兄弟が入ると、護衛が待機する店の扉が締まり、外の喧騒から切り離される。

途端に静かになった店内は、窓は本が詰め込まれた場所に光が当たらないように調節されたカーテンかひかれていて薄暗く、その為に幾つかの灯りがつけられていた。

それだけなのに、何故か店内の時間はまるで夜のようにゆったりと流れている感じがする。


「お嬢様、こちらへどうぞ」


店主イゴールが本棚の方へと促すように動くと、その体で隠されていたL字型の大きな机が姿を現れた。

私の身長では、広く見ることはできなかったが、机の上に一冊の茶色い革表紙本と手袋が置かれていたのはわかった。


「……あれがあなたに時間を忘れさせたものかしら?」


私の視線を追って、机の上の本に気づくと、顔を赤らめて気恥ずかしそうに笑った。


「御明察です……でも、商品の確認は仕事てすので」

「ふふ。先程もそう言っていたわね。…ああ、でもあの手袋はやはり商品だから、かしら」

「はい。いずれ 大切にしてくださる方の元へ行く大事なものですから」


私は笑った。

店主は不思議そうな顔をする。


「その言いよう。まるで、お父さん、ね」


ふふふ、と笑い続ける私に、店主はまた顔を赤らめた。


「……では、お嬢様の元へ行くかもしれない本を見てくださいますか」


再び促されて店内の奥へ進めば、ずらりと本が並ぶ本棚の下に来た。

そもそも天井が高く作られている為か、本棚も遠目から見たときよりずっと高かった。


「凄いわね……」


本棚を見上げていると、店主が棚梯子を運んできた。


「本日はどのような本をお望みですか」

「アルリック」

「はい。……店主。この連作の所持していない作品とお嬢様のお好みに合う作品を幾つか取り揃えて欲しい」

「畏まりました」


店主は、アルリックから受け取った用紙にさっと目を通すと頷いた。


「今から、始めます。お嬢様は、奥のお席でお待ち下さい。お茶もご用意致します」

「ウルリック、御店主に力添えをさせて頂きなさい。…お嬢様?」


部屋の中央には長テーブルがあって、その上にも幾つか本が山積みされていたのだが、 アルリックがやりとりしている間、その本の題名を何となく見ていたのだ。


「その本に興味がおありですか?…よろしければ、お待ちになっている間、お読みになってもよろしいですよ」

「良いの?」

「お嬢様は大切にしてくださる方でございましょうから」


店主の許可を得ると、私が見ていた本をアルリックが手に取った。


「私がお持ちします。お嬢様、御店主がおっしゃる通り、こちらで待っていましょう」


エスコートするように差し出されたアルリックの手にひかれ、本棚の対面にはある大きなソファにむかった。

ソファに座るとアルリックから本を手渡され、店の奥から女性の従業員がお茶のセットを持ってくる。


「私がやります」

「よろしいのですか?」

「執事ですので。…ところで、こちらのカーテンと窓を少し開けてもよろしいですか」

「はい。できれば、本棚の方に光があまり当たらぬように願います」

「承知しました」


従業員とアルリックがやりとりしているのを耳で聞きながら、彼が開いた窓から差し込んだ光の下、私は本を開いた。





本の内容は優しい恋物語だったが、いつしか私は読みふけっていたらしい。

第一章を読み終えたところで息をつき、目を上げれば目の前には本が積まれた小さなテーブルがあり、その傍らにはウルリックと店主が控えていた。

もちろん、アルリックは横に控えている。


「その本も、お嬢様のお好みにあったようで何よりです」

「そうね。この本も頂くわ。それで、私が望むものは用意できたのかしら」

「ありがとうございます。連作作品はお買い上げが決まっているとの事で、こちらにはその他の作品を色々お持ちしました」


読みかけの本をアルリックに手渡し、私は本に近づいた。

大きさも厚さも装丁も様々な本が、自分だけの為に積み上げられている。

何故か、気分が高揚してくる。


……意外に私は本が大好きだったみたいね……。


(全く、……は、いつだってそうだね……)


…ん?

今、ふっと沸き上がってきた言葉はなんなのかしら。

耳、いや頭に囁かれたような言葉。

ふっとやってきて、もうどんな言葉だったか、囁いたのは男か女か、たちまち分からなくなってしまったのだけれど。


………なんだか、泣きたくなってくるわ。

これは、なんなのかしら。


「ルゼナ様、……お気に召しませんでしたでしょうか」


店主の声が、いきなりすっと耳に入ってはっとした。

内心の焦りをなんとか隠して店主に視線を向ければ、彼は戸惑ったような困ったような心配しているような表情をしてこちらを見ていた。

ウルリックとは違う穏やかなそれでいて感情豊かな彼の気質が垣間見え、先程までの泣きたくなるような気持ちが霧散し自然に微笑んでしまった。


「そんな事はないわ。……どれも、とても面白そうね」

「それは、よろしゅうございました」


私は、じっくりと店主お薦めの本を選ぶ事にした。

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