第21話 転生悪役令嬢のお出かけ
ー独特な匂いよね。
アルリックに手を添えられ、馬車から降りた私の第一印象はこうだった。
「ーお嬢様、それでは歩きますよ。よろしいですか」
アルリックの声に周りを窺っていた視線を前に戻す。
手は添えられたまま。というより、これからも歩くので、私が転ばぬようきゅっと握られた。
「お嬢様の足では少し遠いですが、馬車は入らぬ道ですので歩くしかありません。お許し下さい」
「わかっているわ。大丈夫よ」
「ーそれではお嬢様。我々はここでお待ちしています」
振り返れば、ダンゼルク家の紋章が入った馬車の前で、今日の外出に同行した四人のうち二人の警備兵が装備を確認をしていて、ウルリックが手荷物を持って待機していた。
その彼らの中央で、御者と残りの警備兵が礼をとっている。
私が頷き再び前を向くと、アルリックは私の手を引いて歩きだし、ウルリックらが後に続いた。
今日はダンゼルク公爵家令嬢ルゼナが物心ついてから、初めてのお出かけである。
外出先は王都の貴族街。
というか、私が住んでいたのもそこだったのだから目と鼻の先の場所だ。
そもそも王都の貴族街は、地方に散らばる貴族が王都で滞在する為の屋敷が集まって出来た街、と言っても良いらしい。
ということで、ダンゼルク家も他の貴族と同様に、王都に屋敷を設けていた。
そこで、王城に近い場所で広く大きな屋敷をもつ事を許されたのは、さすが公爵家というところだろうか。
もちろん、ダンゼルク公爵領も地方にあり、そこにはダンゼルク家の本邸がある。
だがお父様の役職上、本邸を主な居住地にしてしまうと色々都合が悪いし、お母様はそもそも王都育ちでずっと社交の場が務めだったので、今さら知らない土地に移る事には不安があった。
だから自然と王都の屋敷が主な居住地になり、そんな両親の間に生まれた私は、この屋敷にいることが当たり前だった。
そして今まで屋敷の外に出たことはなく、恥ずかしいことに外出許可を得てから初めて、自分が住んでいる場所の事を知らないことに気づいたのだった。
まあ、4歳のルゼナには王都の屋敷でも広く、自分が思い通りにできる優しい世界だったのだから、屋敷の外を知らなくても充分だったろう。
ー今となっては、好き放題出来る自分勝手な狭い世界だったのだとわかるけれど、ね。
アルリックに手を引かれながら、私は初めての貴族街を改めて観察する。
屋敷から馬車で四半時かけてついた貴族街の商業地域。
馬車を止めた場所は、馬車が横に3台並んでも余裕なくらい広い大通りだった。
通りに沿って洋服やお菓子や宝石など様々な店が並ぶが、やはり客層が富裕層の為か高級そうな店構えだ。
ワイワイ賑やかな感じではないけれど、私と同じように供を連れて買い物を楽しむ貴族も少なからずおり、度々すれ違う。
「お嬢様。周りばかり見ていますとぶつかってしまいますよ」
そう注意を促すアルリックも、私に言われたお使いを果たしに良くここに訪れているんだろう。
松葉杖も必要としなくなった彼の足はすいすいと人を避けながら進み、上手に私を誘導していく。
「それにしても、歩道は石板が張ってあるのね」
屋敷からここまでも、大通りも整えられているが土の道だった。
石板を張るのならば、大通り全部に張ってしまえばいいのに。
「出来ない訳ではありませんが、お金や人手も多くかかります。それに、石板を張った道が馬や馬車に良いとは必ずしも言えないのですよ」
なるほど。
硬い地面が馬の足には逆に負担になってしまうから、柔らかい土の方がいいのかも知れない。
「それよりも、お嬢様。この路地を入りますよ」
くいっと軽く引っ張られて宝石屋と帽子屋の間の路地に入った。
ここもまた石板が張られた路地の道は、大人二人が普通にすれ違えるほどの幅しかない。
手をつなぐ私とアルリックとすれ違うには道の端に寄らなければならないだろう。
そんな道の両側は白い壁の建物が並び、その窓からは貴族ではない(恐らく店関係者や警備関係者など)人々が普段着らしい身なりで過ごしている姿が見える。
道も狭く、建物にも挟まれて窮屈感があるのに、白い壁のお陰か、意外とゴミも落ちていない綺麗な石床の道のお陰か、なんだか気分が高揚して私は歩き続けた。
「……お嬢様。見えて参りましたよ」
白い壁の建物が続く中、アルリックの声と同時に、一際入り口の大きな建物が現れた。
明らかに住宅ではない外観。他に比べて違うのは入り口の大きさだけでなく、その扉も重厚なものであった。
アルリックがいうのならば、ここが私の目的地である店だ。
一応、先触れとしてバルクが店の方に私が行くと伝えているはずだが、私の歩みが遅くて少し遅くなってしまった。
アルリックが呼び鈴を押せば、扉の小窓が開いた音がする。
私の身長ではどうなっているかはみえないのだが、中から誰かが覗いているらしく、アルリックがその主と小さい声で何かやり取りをしているようだった。
カタンと小さい音がし、少し間を置いてようやくその重厚な扉が開かれた。
「……ようこそおいでくださいました。お嬢様」
アルリックが少し脇により、扉から現れた主が私の真正面に来る。
青緑色の髪に片眼鏡で簡素なロープを纏った青年が優しく微笑んでいた。
「店主のイゴールと申します。わざわざのお越し、お礼申し上げます」
「ルゼナ・ダンゼルクよ。少し、予定の時間より遅れてしまったかしら。悪かったわね」
「…お気になさる事はございませんよ。元よりここは、人によっては時間を忘れる不思議な場所でございまして、店主である私でさえも新商品を確認しておりますと、時折その不思議な魔法にかかってしまうのです。実は、先ほどまでかかっておりまして、お嬢様のお約束は忘れてはおりませんでしたが、時間の方はすっかり忘れておりました。……こちらこそ、お許し頂けますか?」
にこにこと微笑む店主はどこまでも柔らかい雰囲気を漂わせ、私に許しを請う。
ある角度から見れば店主の言動は無礼だが、何故か私はふふふと笑ってしまった。
「貴方がそういうのなら、許しましょう。それよりも、とても面白い事を言ったわね?」
「ありがとうございます。面白い事ですか?」
「ええ。時を忘れる場所なのでしょう?早速その場所を見せてくれないかしら」
店主はキョトンとした目をパチパチ瞬かせると、また笑った。
「畏まりました。では、どうぞお入りください、我が店へ」
店主は身を引き、外から中へと招き入れるように腕を伸ばして指し示した。
見えるは本。
店内の棚いっぱいに詰め込まれた本の壁と机に積み上げられた本の山だった。
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