第26話 転生悪役令嬢の違和感

ちょっとお待ちなさいな。

その不機嫌な顔を見せられるこちらの身になってくださらないかしら。


アルリックを従えて書斎に入った途端、感情を隠そうとしないお父さまの顔と向き合った私は、ため息を付きそうになった。

そうならなかったのは、お父さまの後ろに控えるバルクが優しい表情を浮かべていたからだ。

私風に言い表せば、「この親バカは本当にしょうがないな。許してやって」といった感じ。

いくら、バルクがお父さまに遣えて長いとはいえ、そんな事は決して口には出さないだろうが。


「お父様。お呼びにより参りました。………私は久方ぶりにゆっくりと会えて私は嬉しいと思っていましたのに…」


そこで、コテンと首を傾げる。


「お父様は怖い顔。………私、お父様に嫌われてしまったの?」


あざといと自分でも思いながら、目線を下げしゅんとして見れば、バルクはほんの少し目を見開き、お父様は慌てたように顔を押さえて椅子から立ち上がった。


「いや、ルゼナ。違うのだ。そうではない」


そのまま少し慌ただしく足早に近寄ってきたお父様は、身を屈め私を腕の中に囲う。


「悪かった。決して、ルゼナが理由ではない」

「本当に?」

「ああ」

「…良かった」


近くなったお父様の首に抱きつけば、応えるようにお父様もぎゅっと抱きしめてくる。

それは優しい力で、雰囲気もぐっとやわらかくなった。


不機嫌な理由は結局よくわからないけれど、まあ良かったわ。


と安堵した瞬間、膝の裏に腕が回って、ぐんと持ち上げられる。

あっという間に抱き上げられ、お父様と同じ背丈の視界になった。


「ルゼナ、不安にさせたな」


そんな事をいうお父様の方こそ少し不安げな様子を見せながら笑みを浮かべていたので、もう一度抱きついた首に顔をすり寄せた。


「大丈夫よ。…それでお父様。ご用は何でしたの?」


同じ位置になった顔に向かって微笑むと、やっと安心したような表情になったお父様は、私を抱えたままその場ですぐに応えずに、椅子に戻って座った。

膝の上に座らせ抱え直してから、お父様は何だか渋々といった風に、ようやく用件を話したのだった。


「ルゼナ。ダンスの先生から聞いたな?お前の練習相手についてだ」

「ええ、お父様。先生が探してらっしゃると。でも、お相手は、お父様が見つけて下さるとバルクから聞きました」

「ああ。そうだ。実は、今日、その相手が来る」

「…まあ、今日ですか」

「ああ。急だが、ルゼナはご挨拶できるな?」

「もちろんですわ、お父様」


はっきりと応えると、お父様は嬉しそうに目を緩ませた。


「そうか」

「それで、お父様。その方はどんな方です?」


すると、なぜか、一転してお父様の体も表情も強ばった。


「それは……」


コンコン、コンコン

ノックの音で話が中断する。

音の方へ目線を向ければ、出入り口の扉の脇に控えていたアルリックが一礼し、扉を開けに向かった。


「ー失礼致します、旦那さま。お嬢様。お客様がご到着されました」


扉の向こうには、来客を伝える侍女の姿があった。


「ー旦那さま」


私を抱えたまま動かなかったお父様は、バルクに声をかけられると、諦めたようなため息をついた。


「ルゼナ、残念ながら待ち人がついてしまったようだ。会いに行こう」

「…はい、お父様」


私は膝から下ろされ、立ち上がったお父様と手をつなぐ。

その際、乱れた服を調えんとさっと近づいてきた各々の執事に視線をやると、バルクはまたうっすらと先ほどの表情を浮かべ、アルリックは安定の無表情だった。


「ーアルリック」


私の視線に気づいて、お父様がアルリックに声をかける。

アルリックは姿勢を正して起立し、お父様の言葉を待つ。


「はい、旦那さま」

「ルゼナの練習相手には連れがいる。彼女はお前の相手だ。娘の専属であるならば、お前もそれに恥じぬよう、心して励め」

「……畏まりました」


私へとは打って変わって厳しい口調で、お父様はアルリックに命じる。

そのままじっとアルリックを見つめるお父様の目は冷ややかだ。


もしかして、お父様はまだアルリックを許していないのかしら。


「では、ルゼナ。お父様と共に行こう」


ちらりと見たのに、お父様はそれ以上話さず、私の手をつないだまま歩き出した。





「……よくぞ、参った。アルジェリオ・ガラン子爵」


ダンゼルク家当主らしく威厳ある振る舞うお父様に続いて、私も応接室に入る。

まだ、紹介されていない身なので、影に隠れるように後ろに控えていたが、ちらりと様子を伺えば、お父様と同じくらいのおじさまと、10になるかならないかの少年が下座のソファーの前に並び、後ろには20代半ばの簡素な身なりの女性が立っていた。

おじさまと少年が一礼をする。


「ー宰相閣下。この度はお招き頂き、誠に光栄でございます」


ガラン子爵?

聞いたことがあるような、ないような。

頭の中で、「王族・貴族名鑑」をパラパラとめくってみるが、はっきりとしない。


「ルゼナ、来なさい」

「はい。お父様」


声をかけられ、お父様の後ろから隣にでる。

やっと、ちゃんとした姿を見れるわね。

おっとその前に。


「初めまして。オリバー・ダンゼルクの娘、ルゼナでございます。本日は、ようこそお越し下さいました」


公爵令嬢として今出来る精一杯の礼儀をもって、淑女の挨拶をする。


「初めまして、ルゼナ嬢。とても美しい挨拶をありがとうございます」


顔を上げれば、子供相手だからかやや柔らかい口調になったガラン子爵が微笑んでいた。

彼がどんな立場にいるかは今はわからないが、栗色に深い青い瞳をもつ優しい感じの男であった。

だが、お父様と同じくらいの年であろうに、ずっと細身で、顔もすっきりしているというよりは痩せていた。


…もしかして、つい最近まで体調が悪かったのかしら。


「本日は、私の息子をつれて参りました。……ご挨拶させて頂いてよろしいでしょうか」


後半は、私からお父様へと視線を向けた子爵に、お父様が頷く。

すると、子爵が一歩下がり、隣の少年が一歩前に出る。


ーん?


「初にお目にかかります。ルゼナ嬢。私は…アルジェリオ・ガラン子爵が六男、………ケビンと申します」


一瞬の違和感を吹き飛ばすかのように、父親と同じような柔らかい雰囲気を持ちながらも、打って変わって存在が強い少年が真っ直ぐこちらを見て挨拶をする。


先ほどはガラン子爵への挨拶だったので、改めて今度はケビンへと挨拶を返した。


「立ったままでは疲れるだろう。座るがいい」


私の手を引いて上座のソファーに自分達が先に座ってから、お父様は子爵らに着席を促した。

アルリックは私の後ろに控え、バルクは一礼をして一旦部屋を出る。

きっと、お客様へのもてなしの為に出たのだろう。


「ルゼナ」

「はい」


案の定、すぐにメイドを従え戻ってくる。メイド達は、お茶を提供していく。

そんな彼女らを横目にお父様は私の両手をとり、隣に座る自分の方へ体を向けさせた。


「先ほど話をしたな?今、ここにいらっしゃるケル……ケビン殿が、お前のダンスの練習相手をしてくれる」

「まあ……ありがとうございます」


わかっていることだが、一応驚いてケビンを見、嬉しそうに微笑んでみる。

対して、ケビンは、実に紳士的な貴族のように微笑みを返してきた。


「私の方こそ、ルゼナ嬢のお相手を務めさせて頂くなど、とても嬉しく思います」

「でも、ケビンさま?私はまた4歳です。ケビンさまがおいくつかはわかりませんが、私よりも年の近い練習相手がよろしいのではなくて?私の方こそ、ケビンさまの練習のお相手になるのかしら」


正直どういった経緯で、お父様が彼を練習相手として決めたのかわからないから、変な質問になってしまったかも、と気づいた。

公爵であるお父様が決めて、子爵にお願いしたら、彼らは断れる訳がないのだ。

しまった、と思ったところで、ガラン子爵がふっと言葉を紡いだ。


「ルゼナ嬢。お心遣い感謝いたします。良ければ私から説明致しましょう。……実は、我が息子

は生まれながら体が弱く、つい前まで寝室から出られないる事の方が多かったのですよ」


え?


目の前のケビンとはイメージの違う話に思わず彼を見てしまう。


ーこれは、どういうこと?


ふっとよぎった違和感が、また再び胸の内に沸き上がる。

ガラン子爵の顔は悲しみが現れているのはまだしも、隣にいるケビンもまた悲しみの表情で父を見ていたからだった。


が、じっと見ていた私の視線に気づいたケビンは、こちらを向いて小さく微笑んだ。


「ー8歳になった今年、この通り回復しましたが、剣やダンスは最近始めたばかりなのです。ルゼナ嬢は近い年の方がと仰って下さいましたが、むしろ、貴女の方が私よりも学んでらっしゃるかと」


そう言うと、ケビンは席を立ち、ソファーをぐるりと回ると私のそばで膝をつき、目線を合わせた。


「同じ師に学ぶなら、ルゼナ嬢は私の先輩です。どうか、貴女の後輩でいる事をお許し頂けますか」


いきなり側へ来たので驚いて、お父様から手を離してしまった。

ケビンは、膝まづいたと同時にその解放した手を両手で捕まえてしまい、私はますます心が乱れてしまった。


「あの!ケ、ケビンさま!?」


いきなりのスキンシップに、鼓動が激しくなる。

恥ずかしくて、体が熱くなっていく。

もしかして、顔も赤くなってきているかもしれない。


ー8歳ですって?子爵令息ですって?

ー少し前まで体が弱かったですって?


ー何故、子爵は自分の息子の事を悲しそうに言うの?

ーなぜ、彼の振る舞いに、お父様も子爵も何も言わないの?

ーそれどころか、子爵は息子に遠慮しているようだわ?


ーどうして?何か、変よ。


ぐるぐると思考を巡らす私の様子を、ケビンは観察していたようだった。

側に来てくれた事で、こちらもずっと近くで見る事ができた、彼の微妙にグラデーションする濃青の瞳。


「ー!!」


その瞬間、私は気づいた。

それは、神に選ばれた証とされる、この国で最も貴き血筋の直系に現れる印である事を。

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