第27話 転生悪役令嬢の考察

乙女ゲーム【星降る夜に君に捧ぐ】には、攻略対象者それぞれにトラウマと、エンディングを盛り上げる要素として『星』に纏わるエピソードがある。


攻略者の一人であるオリヴィオ王子にも、もちろんあった。

ゲーム内での彼の設定は俺様キャラ。といっても、『ハリボテ』の俺様王子だ。

それは、第一王子の存在とその出自が要因で、周りから『未来の王太子』というプレッシャーを与えられ、身と心を守る為の必死で組み立てた鎧であったからだ。

これもまたテンプレだが、後に現れるヒロインによって、俺様から王太子に相応しい気質と覚悟を身につけ、鎧は愛しい女と国を守る鎧となり、共に試練を乗り越えて『正式』に王太子の資格を得る事になる。


そして、エンディングへ……となるのだが。


現時点ではこのオリヴィオ王子に限らず、王以外の直系は全て、目の前の少年のように近づかなければ気付かれないくらいのグラデーションする色彩のはずなのだが、『正式』に王の後継者と認められると、夜更けから夜明けのようなグラデーションになり、まるで『星空』のような瞬く光が宿る…………らしい。


ゲームでは実写ではなくスチルだったから、それほど違和感はなかったが、こうして少年を前にして思い出すと、本当に中◯病のような設定だ。


ー私は思考を巡らす。


今はそれよりも。

問題は『目の前の子爵令息を名乗る少年の正体と取り扱い』についてだ。


まずは彼の正体よ。

とは言っても、彼がこの瞳を持ち、8歳で、お父様が言いかけた名前から、答えは明白なのだけども。


じっと彼を見つめれば、きゅるり、と少年の瞳の色が変化する。


…………この瞳の変化は感情に関係あるのかしら。


「…ケビン殿。ルゼナはまだ幼い。感心しないな」

「こ、これ。………ケ、ケビン。初対面の女性に何て事を」


見つめあって動かなくなった二人に、お父様とガラン子爵が声をかける。

何故か彼の瞳をじっと観察してしまっていた私ははっとして、二人をみると、お父様は不機嫌になっているものの抑えているような顔をして、子爵は父として注意をするものの、どこかおそれるような顔をしていた。


次は、これね。

二人の様子から、彼の正体を承知している。

だけども私が気づいた事を、ここでそれを明かしてしまって良いのかしら。


…いいえ。

止めた方が良いわね。

だって、私は公爵令嬢。

王族と交流するに相応しくない身分ではないもの。

ゲームでは、オリヴィオ王子の幼なじみの立場から婚約者になった設定だったのだし。


だけど、最初から彼らは敢えて隠している。

理由はわからないけれど、この場では言わない方が言いようだ。


「…ルゼナ嬢、私がご一緒にダンスを学ぶのはお嫌ですか?」


ケビンは少し悲しそうに若干目を細めた。

それを見て、私はまた考える。


…この場では彼の正体をばらさないとして、彼に対してはどうするか、よ。


彼は悲しそうに振る舞っているけれど、やはり、目は口ほどにモノを言う。

彼もまた、こちらを観察しているのは間違いない。

その観察が何を意味しているか、だ。


「……ルゼナ。ケビン殿は嫌かい」


やや低いお父様の声に再び思考から戻る。

いけない。とりあえず、この状況から次へ行かなければ。


「いいえ、お父様。お父様がお選びになった方ですもの。ケビンさまが良いのでしたら、喜んでお受け致しますわ 」

「本当ですか、ルゼナ嬢!」


ケビンの顔がパアッと明るくなる。

何故か、きゅっと私の手を握る力が強くなる。


「きゃっ!」

「ルゼナ嬢?」

「あ、あの。こう言うのは恥ずかしくて…ごめんなさい」

「なんと…可愛らしい」

「!!」


言外に「離して」って言っているのに、こともあろうにケビンは私の手の甲に唇を落とした。

たまらず手ををひいて逃れようとしたのに、それを許さず 口つけたまま見上げたその目は、からかうように笑っている。

気恥ずかしさもあったけれど、私はこれを挑発と受け止めた。


これは、何かを試されているのかしら?


「これ……ケビン!」


慌てた子爵の声と共に、私の胸の前をお父様の腕が回ってぐいと後ろに引き寄せられ、無理やりケビンから手を離された。


「ケビン殿、おいたはいかんな」

「申し訳ございません、公爵」

「……とはいえ、まあ、ケビン殿も子供だ。以後、気をつけてくれるならば、それでいい」

「ありがとうございます」


「失礼いたしました。ダンゼルク公爵」

「…………うむ」


お父様とガラン子爵とのやり取りの後に、ケビンは立ち上がって謝罪をし、お父様も素直に謝罪をうける。

ケビンは一礼後、スタスタとソファーに戻った。


ーその顔には、明らかに反省はない。


「それでは、ルゼナも承知したところで、もう一人も紹介しよう。…アルリック、前へ」

「はい」


お父様の声に、そう言えばと振り向こうとして気づく。

ケビンから引き離された時に、どさくさ紛れにお父様に膝の上に抱えられていたのだ。


ちょ、お父様。お客様の前よ。

流石にこれ恥ずかしいわ。


パタパタと慌てる私とケビンの目があう。

お父様が呼んだアルリックが前に出て皆の視線が集中する中、ケビンはずっと見ていたらしく、私の醜態に対して面白そうな笑みを浮かべた。

しかし、お父様の視線が戻ると、すぐに表情を消した。


むうう。

この国の第一王子は、なかなか良い性格をしているようね。


よろしい。

それならば、それなりのお相手させて頂こうじゃないの。


ケビンに対して、私の中ではふつふつと色々な思いがふくれていたが、話は進む。


「ーこの者が、ルゼナの専属執事だ」

「アルリックと申します」


アルリックが子爵らに向かって挨拶をすると、子爵は頷いて、後ろを振り向いた。


「では、私の方も。……彼のお相手を務めさせて頂きます。ケビンの専属侍女でございます」


それまで、アルリック同様、後ろに控えていた質素な装いな女性が、一歩前に出て一礼をする。


「セリーヌと申します。未熟ではございますが、よろしくお願い申し上げます」

「私の方こそ、恥ずかしながら始めたばかりでして、教えて頂く事が多いかと存じます。よろしくお願いします」


私とケビンよりもスムーズに挨拶は終わり、二人ともまた後ろに下がった。


「では、互いの顔合わせも終わったな。ガラン子爵、ケビン殿と侍女は、次回のレッスンから参加できるのか」

「はい」

「その際、二人の他に誰が付き添うのだ。出来れば、その者達の顔を私の執事に覚えさせたいのだが」

「そうですね。何人かは今日も連れておりますから、会って頂くのは可能かと」

「そうか……ん?」


次回からの打ち合わせを始まったところで、私を抱くお父様の腕の服を引っ張った。


「どうした?ルゼナ」

「お父様。お客様の前で、これは恥ずかしいですわ。下ろして下さいませ」


お父様は私の状態に気づいて、笑いながら下ろした。

素早く側に来たアルリックに服を軽く整えてもらうと、お父様を見上げる。


「お父様。まだ少し、ガラン子爵さまとお話があるようですわね」

「ん?そうだな。……色々と確認しておく事はある。…どうした?疲れたか」

「いいえ、そうではありません。よろしければ、その間、ケビンさまをレッスン室にご案内してもよろしくて?」


お父様の目が見開かれる。


「もちろん、アルリックと……そちらのセリーヌも。ガラン子爵さま、お許し頂けるかしら」

「え、ええ」


ガラン子爵は戸惑ったように、お父様を見る。

お父様は、じっと見つめ、仕方ないと頷いた。


「次回から共に学ぶ者同士と言っても、今日はお客様だ。ケビン殿に失礼のないようにな」

「はい、お父様」


「ケビン、ご一緒させて貰いなさい。セリーヌ。頼んだぞ」


ガラン子爵が声をかけると、セリーヌは頷き、ケビンは立ち上がる。


「それでは、お言葉に甘えまして、ご一緒させて頂きます」


ケビンはお父様に挨拶をし、私の元へまた歩み寄ってきた。


「……では、行きましょう。ケビンさま」

「はい、ルゼナ嬢」


後ろからの視線を感じつつ、私はケビンを隣に、執事と侍女を後ろに応接室を出た。








「ここが、レッスン室になります。ケビンさま」


そうしてレッスン室に入り、アルリックが扉を閉め、部屋に四人だけになった。

それを確認して、私はケビンと向きあう。


「ールゼナ嬢?」


視線が合って、不思議そうな顔をする彼。

私はピンっと背筋を伸ばした。


「我がダンゼルク家へ、ようこそお越し下さいました。ーケルヴィン王子さま」


そして、改めて臣下の礼をとったのだった。

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