第28話 転生悪役令嬢の秘密の友達
「ーふうん。やっぱり気づいてたんだ」
頭を垂れた私の上から、少年の声がふってくる。
彼がどんな顔をしているかは、礼を解く許しを得ていないために顔を上げて見ることもできない。
「僕の名前を、正式に言ってごらん?ルゼナ嬢」
「はい。貴方様は、このミクラ国第一王子、ケルヴィン・ノディス・ミクラ様でございます」
「正解。ーああ、頭を上げていいよ」
言われて頭を上げれば、少年が腕を組み、口角をあけ興味深そうに目を輝かせてこちらを見ていた。
「気づいたのは、やっぱり、この眼かい?」
「はい。殿下であると確信しましたのは、その通りです」
「ふん?じゃ、いつからもしかしたらと思っていたのかな」
既に、上に立つ血族らしい振る舞いを身につけていらっしゃるけれど威圧はない。
王子が私を見る瞳はどこまでも好奇心だ。
私は、少し体から力を抜いて微笑む。
「初めからです、殿下」
「え?」
「ガラン子爵様が、息子を紹介すると一歩下がったからですわ」
「…………………ガラン子爵は弁えている人だから、ね 」
王子は一瞬眉を寄せて、にっこり笑った。
「ところで、ルゼナ嬢。ここで構わないから、二人で話す事が出来るかい」
二人で?
私は隅に控える、執事と侍女に視線を送る。
彼らは付き従う者。
主に忠実であらなければならないために、例えこのまま王子と話していても、他には漏れないはずだ。
だから今だって、王子と二人きりであるのと同じなのに。
「その方が良いんですの?」
念のために聞けば、王子は頷いた。
「ー恐れながら、殿下。よろしいでしょうか」
流石に黙っているわけにはいかないのか、アルリックが進み出た。
「ご無礼を承知で申し上げますが、いかに殿下でございましょうとも、お嬢様と二人きりとは承知致しかねます」
「…ああ、わかっているよ。だから、…アルリックと言ったっけ?君はセリーヌと外の庭にいてくれないか。僕達の姿が見えれば良いだろう?」
王子はレッスン室の窓の外を指差した。
レッスン室はそれなりに広い。
くるくる回っても大丈夫なスペースと、先生がダンスを見ている際に座って頂く簡素なテーブルセットがある。
そして、楽士を何人も呼んで生演奏で練習する際に、彼らをぞろぞろと屋敷内を歩かせずに外から入れるよう、部屋と外の庭を繋ぐ出入り口があった。
確かに、そこから外へ出て部屋の前まで来れば、窓から中を見ている事にはできるだろう。
「それはー」
「わかりましたわ。……アルリック、殿下の仰る通りに」
「お嬢様」
「セリーヌに庭を見せて上げなさい。……貴方達も話しておいた方がよい事があるでしょう?殿下は、今後、お越しになるようになるのですから」
「セリーヌ。彼と話してくるといい」
「…畏まりました」
「畏まりました」
セリーヌは直ぐに、アルリックは一拍おいて応えた。
そして直ぐに命じた通りに出入り口から外へ出て、その扉が閉められたのを見ると、王子は口を開いた。
「とりあえず、座らないかい?ルゼナ嬢。長くなるつもりはないが、立ってする話でもないからね」
「はい」
自然と伸ばされた王子の手をとり、テーブルまでの短い道をエスコートされて私は座る。
王子は窓側、私はその向かい側に座ったために、王子越しに窓から外が見えた。
すると、屋外に出たアルリックとセリーヌの姿があり、何やら言葉を交わしつつも二人並んでこちらを見ているのがわかった。
私の視線が外にあるのを見て、王子もそちらを向き頷く。
「彼らもこちらが見えているようだね。…さて」
王子は私と向き合い、姿勢を正して座り直す。
「ルゼナ嬢。僕が名前を偽ってここに来た事情を知りたいよね」
「…教えて下さるのですか?」
「もちろん。まあ、きっかけは、君の父親が愛娘のダンスの練習相手を探していたからだよ。それはわかるよね」
「ええ。直接ではないですが、探していることは聞いておりました」
「どうしてか、その事を父上が知ってね。色々あって、父上から僕が指名されたのさ」
「………色々、ですか?」
殿下の仰る父上とは、国王陛下の事よね。
お父様は宰相なのだから陛下の近くへ行くだろうし、交わす言葉も仕事の事だけではないだろう。
だから、陛下が話を知るのは不思議ではないけれど、かなり省略されているのではないかしら。
…殿下。事情を説明して下さるのでは?
視線に含んだ質問に気づいたのだろう、王子は笑った。
「色々、だよ。……何故、僕を指名したかは推測できるが、父上が決めた事を推測でいうわけにはいかない。それに、それは僕の方の事情だしね。…君が知る必要はない」
「…………はい」
「だけど、ダンゼルク公爵側の条件を満たしているのは、僕であったことも事実だよ」
「お父様の、条件ですか?」
「君の年とそう離れていなくて、公爵令嬢の相手に失礼のない身分。そして、将来、君の結婚相手の可能性が低い事。………特に、最後の条件が、公爵が一番重視していた条件だったそうだよ」
きょとんと表情で反応を返した私に、王子はまたもや笑った。
「公爵は本当に娘を溺愛しているんだね」
「お父様ったら…」
わかってはいたけど、恥ずかしい。
顔が火照るのを感じて、私は顔をしたに向けてしまう。
「…まあ、決めるまでの父上と公爵とのやり取りは、僕も知らない。そこが知りたければ、君が公爵に聞いてみるんだね」
「はい、そうします」
さらりとそこまでの話を纏められたので、私は顔を上げる。王子は笑みを消し、私を真っ直ぐに見ていた。
「次に、僕が何故子爵令息の名を騙っているかということなんだけど」
「はい」
「はっきり言って、ダンゼルク公爵や君と接触している事を公にしたくないからさ」
「……………」
第一王子と公爵家との接触を知られたくない、ね。
つまり、接触を心良く思わない人達がいる、ということかしら。
まあ、第一王子の立場もあるし、こちらとしても陛下が現時点で王太子の地位を指名していない以上、特定の王族と接触するのは危険よね。色々。
私自身としても、攻略対象者のオリヴィオ王子に繋がる縁をなるべく避けたいから、王族の方からそうしてくれるのは助かるわ。
「……へえ。何故、と聞かないか」
また、じっと見つめていた王子の瞳の色が変わる。
「……家の事でしたら、お父様が承知しているでしょう。私が知る事ではないかと思います。それより、続きを聞かせて頂けますか」
「いいよ。…それで、僕の身分を隠す事にしたんだけど、誰が良いかという話になってね。探して見たら、セリーヌがいたんだ」
「…セリーヌ、さん?」
「セリーヌは、確かに僕の専属侍女だけど、れっきとしたガラン子爵の令嬢さ」
「!!」
そうだ。
貴族でも身分の低い者や、跡継ぎに関わる可能性が低い令嬢が、行儀見習いの為に王宮に入る事があるのだ。
子爵令嬢ならば、将来の嫁ぎ先の為に入っていてもおかしくない。
公爵令嬢である私には関係ないから、それに気づかなかった。
「子爵家の内情を僕が言うのも変だが、彼女には同腹の弟がいて、彼が僕と同い年だった」
「そのお方が、ケビンというお名前ですの?」
「そうだ。僕は彼、ということだね」
「……ご本人が承知されていらっしゃるのなら、何も言うことはございませんけれど……」
ガラン子爵やセリーヌがこの屋敷に来ているのだ。
王子がケビンの名を騙る事は承知しているのだろうけど、どうにも先ほどの子爵の様子が気になるのだ。
「どうしたんだい?」
「…殿下。子爵さまは、父としてケビンさまを語ってらっしゃる時、何故か悲しそうに見えましたの。……いえ、余計な事でしたわね」
「……そうか。君はそこまで見ていたんだね」
「殿下?」
「いつかは聞くだろうから、僕から言っておくよ。ケビンは…もう死んでいる」
「!!」
「彼の体が弱かったのは本当だ。そして、回復する事なく、息を引き取った。彼の名を借りると決めたのも、それが最近で、身内ぐらいしかその死を知らなかったからだ。子爵らには酷だが、それを利用させてもらったということだよ」
私が何かを言いかけて、言葉にできない様子を見ながら、王子は続ける。
「ルゼナ嬢。君はあの場で、僕に気づきながら言わなかったね。それは感謝する」
「…………」
「子爵にはケビンの死の公表は延期させている。…たかがダンスの練習相手の事で、話は大きくなったと君は感じているだろう。だが、そのまま子爵の前では言わないでくれるかい。君が【知らない】でいる事も、必要なんだ」
「……畏まりました」
王子の言う通り、たかが私の練習相手を探すだけが、なんと大きな話になっているのかと思う。
陛下が何を思って、王子に決めたのかはわからない。
それでも、お父様の不機嫌の理由はわかったような気がする。
それでも、お父様は陛下の臣下であり、…心中はどうあれ、息子の死が利用される事を良しとしたガラン子爵も、臣下として誠実な人なんだろう。
…いずれにしろ、大人の事情なんだから、私が何かいうことでもないわね。というか、関わりたくないわ。
私は、はふうと息をつく。
「殿下。これは内密の事でしょうけど、アルリックには話しますよ。セリーヌ嬢に失礼があってはいけません」
「公爵令嬢の専属執事なら、知らなくても失礼な事はしないと思うけどね。……信頼しているんだね?」
「………私の専属をしているのですから」
王子は目を丸くし、クスクスと笑った。
「殿下?」
「いや、我が国の宰相が娘を溺愛していることは有名で、僕でも知っていたんだけど……その愛娘に実際会ってみると、何とも不思議な子だなと思ってね」
「有名なのです……か」
お城で、何をやっているのかしら。お父様は。
眉をしかめた私を、王子はまたクスクスと笑う。
「実際会って見れば、確かに可愛らしくて公爵の気持ちはわかるよ。その上、子供らしい反応を見せるかと思えば、大人のような頭の良さと受け答え……」
私は急所の近くを引っ掛かれ、ぴっ!と背筋を伸ばしたような心持ちになる。
パチパチとまばたきをして王子を見れば、目の前の彼の目がすっと冷ややかになった。
「ー実に、気味が悪いね」
!!
きゅうっと心を捕まれた。
恋愛小説なんかじゃ恋に落ちた時にそう表現されるけど、これはそうじゃない。
恐怖だ。
ルゼナ・ダンゼルクとして、異質になった自分に突きつけられた事実への恐怖だ。
ルゼナではない私。私ではないルゼナ。
このままでいていいのか、周りは受け入れてくれるのかという、私が目覚めてからこびりついていた恐れを、王子の言葉が言い当てたような気がした。
ー王子が怖い。だけども、悔しい。
あんたが何を知っているというの?
あんたに何ができるというの?
感情がぐるぐる回って、なぜか怒りが沸いてきた。
思わず、きっと睨んでいたらしい。
王子が驚いたような顔をして、なんだかわかったような微笑みを浮かべた。
「なるほど……君は怒るんだね。面白い」
面白い、ですって?
「そうか……怒っても良いんだね。うん…」
何故か先程の冷やかな雰囲気は解除して一人頷く王子をじっと見つめていたけれど……どうにも悪意は見られなくて、私は少し冷静になった。
「殿下。どういうおつもりですの?」
「怒らせてしまったのは謝ろう。でも、君に対して思ったのは嘘ではないよ。4歳の少女としてはなんだか気味が悪い……でも、僕は嫌いじゃないかな」
再度気味が悪いという王子に、私はまた眉をしかめる。
「失礼ながら、仰っている意味がわかりません。……私がお嫌でしたら、はっきりと仰って下さい。ダンスのお相手の件も、私からお父様に言ってなしにいたしますわ」
「嫌いじゃないって言ったよね?ここまで事情を話して無しなんて出来ないよ。それに、父上のお決めになった事だよ」
「では、先程のはなんなのですか」
「質問に質問を返すようだけど…。じゃあ、ルゼナ嬢からみて、僕はどう見える?……ああ。立場は気にせず正直に言っていいよ」
………むうう。
先程から彼の意図がわからなくて、モヤモヤする。
王子をどう思っているか?
ならば、言わせてもらおう。
私の方こそー
「気味が悪いですわ」
「…………本当に?」
「!!……ええ。気味が悪いですわ!」
今更子供のような目をして念をおす王子に、遠慮なく私は言いきった。
立場を気にするなと言ったのだもの。
遠慮するわけないわ。
ふんぬ、と見据えてやれば、何故か王子は声を立てて笑いだした。
「…なんなんですの」
「ははっ。……やっぱり、君は面白いね。そんな顔でいうなんて……。何度も、気味が悪いって怯えられたけど…怒って言われるのは初めてだよ…」
………………。
………なんですって?
王子も、言われた事があるというの?
私の視線に気づいた王子は笑いを抑えた。
「……まあ、僕も小さい頃から、子供らしからぬ子供だったそうだよ」
とはいえ、本人にとっては普通の事だから子供らしくしろって言われたところでわからないよねぇ、と続けた王子の表情は少し寂しげに見えた。
「…ルゼナ嬢には同じ感じがしたんだよね」
「だから、あのように言って見たのですか?…失礼です」
「はっきり言うね。やっぱり、いいな。……ねぇ、ルゼナ嬢」
「…はい。殿下」
王子の口調と眼差しが柔らかくなったことに、嫌な予感がする。
「僕と友人になろうよ」
「………………………………はい?」
「これから何度も顔を合わせるのたから、構わないよね」
「…ダンゼルク家との接触は公にしたくないのではなかったのですか?」
「そうだよ。だから、これは期間限定の友人だ」
「期間限定?」
「ああ。まず、ケビンの死をいつまでも非公開にしておくわけにはいかない。いずれ、練習相手のケビンは役目を終える。それまでの間だよ」
「それまで…」
「そう。それ以後はそう接触することもないだろうね。君は公爵令嬢で、順当にいけば、弟と婚約する最有力候補だ。………僕と関わってはいけないだろう?」
「殿下」
「ほんの少しの間だ。…駄目かな」
また、そんな寂しげな眼をして。
「………仕方ありません。…殿下。私達は友人ですよ」
「ルゼナ嬢!」
「ですが、アルリックやセリーヌ嬢以外の大人がいる場所では、それなりに振る舞いますよ」
「ああ、わかった」
「秘密の友達、ですわね。…期間限定ですが、よろしくお願いしますね、殿下」
「こちらこそ、お願いするよ、ールゼナ」
早速名を親しげに呼ぶ殿下に目を丸くした私に対して、彼は嬉しそうに微笑んだ。
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