第29話 転生悪役令嬢の依頼と新菓子

夏が終わろうとしている。

暑さのせいでここ最近は頻繁に来ていたけど、今日は冷凍室の点検と魔力補充の定例日だ。

担当の魔術研究所の職員は、すでに屋敷に入り作業に入っている。

彼らはいつも通りバルクが対応しているが、応接室では、私の前にも一人関係者が座っていた。


ハイマン・ロイエンタール。

攻略対象者、ハキム・ロイエンタールの父。

だが今日は、魔術研究所副所長として座っている、はずだ。


「来ていただいてありがとうございます。ハイマン副所長」

「いえ。ルゼナ嬢。私も機会があればお会いしたかった。その機会を作っていただいて感謝します」

「私に?」


予想外の返しに、私は虚をつかれた。

そんな私の顔が可笑しかったのだろう。ハイマンは表情をふっと緩める。


「……なぜと聞いてもよろしいですか?」

「頂いた菓子です」

「菓子?冷や菓子の事でしょうか。あれはそちらが開発した冷凍室があったからこそなので、お気になさらなくても」

「バルク殿から、そう聞いています。だが、その上にあの菓子の調理方法を教えて頂きました。感謝を申し上げます」

「それについても、お気になさらずにとお返しします。……少し、不思議な要望だとは思いましたけれど、混ぜて冷やすだけの菓子は研究所の方々でも簡単に作れるでしょうし、欲しいということは、気に入って下さったと言うことでしょうから、それは嬉しいでしかったので」

「ええ。おかげさまで、暑い夏の職員達の楽しみになって、結果、効率も研究の進捗状況も改善したのです」

「お役にたてたのでしたら良かったです」

「その事は勿論なのですが、ルゼナ嬢に感謝を申し上げたいのもう1つあるのです」

「…何でしょう」


嫌な予感がしたけれど、ここで聞かない訳にはいかない。


「私にはルゼナ嬢くらいの子供がいるのですが、一度、私の連れとしてお邪魔させて頂いた事があるのです」

「バルクから聞いています」

「それが、あの冷や菓子を頂いた日でして…。あの菓子とバルク殿からお伝え頂いたルゼナ嬢の言葉に、子がいたく心揺さぶられたようです」

「…………え?」

「我が一族は、魔力の強い一族でしてね。代々それに関わる職についているのですが、子は少し先に不安を覚えておりまして」

「え、あの、ハイマン副所長?」


あの。

そちらの家庭の事情なんて、聞きたくないんですけど?

私は、息子と同年代ですよ?

子供相手に何を言い出してるのかしら。


「……ああ。これはルゼナ嬢には関わりのないことでした」


こちらの戸惑いに気づいて、ハイマンは言葉を止める。


「…つまり、戦い以外で、魔力が活用される場を知り、感謝される喜びを知り、己の道の先を何か見つけたようです。……ルゼナ嬢のおかげです」


実はアイスのレシピを要望したのも、息子が冷凍室の存在から生まれた菓子を喜んでくれたから、という親バカぶりをサラリと出したハイマンに、私はうっすらと笑み浮かべるしかなかった。


感謝は嬉しいけれど、関わりたくないことに変わりない。


「…ハイマン副所長のお家の事は、私には難しく良くわからないのですけど…、それは私の菓子が理由ではなく、副所長の仕事ぶりを見ての結果ではないかと思います」

「え?」

「副所長の作った物で、誰かが喜んだ。……今回は私ですね。そして、私は副所長のお子さまと会ってはいません。お子さまが見たのは、副所長としての父の背中。その様子をご覧になって、何かを感じた。………ほら、副所長のお陰です」


ちょっと強引だが、ロイエンタールの事情はそちらの内で納めてもらおう。

だから、私は関係ない。関係ないったら、ないのよ。よろしくて?


「……そうでしょうか」

「そうです」


一線は引いて置きたいので、私はしっかり頷いて笑った。

ハイマンは、釣られるように、それでも嬉しそうに笑い返してくる。


「それでは、私も子に幻滅されぬよう、頑張らないといけませんね」

「…では、頑張りの一つに、今度は私のお話聞いていただけますか?」


ここからは仕事の話。ハイマンも表情を変えた。

流石は大人。そして、魔術研究所副所長だ。

私も姿勢を正して、ハイマンを見る。


「先ほど誉めてくださった菓子なのですけど、今度は秋冬に合うものを作りたいんです」

「はい」

「今度は菓子と決めていなくて……温かいものをと思っているのですけど……。秋はともかく、冬は作ってしばらくしたら、どうしても冷めてしまいますでしょう?」

「そうですね」

「それで、温かい料理が入った器を乗せたら、温かさを保つ……台みたいなのを作る事はできないかと思って……」


思い描くのは卓上電磁調理器だ。

目的は保温だけなので、温度の調節は最悪なくても良い。ただ、熱を発したままなのは危険なので、切り替えが出来るようにはして欲しい。


「魔術研究所の副所長にお願いする事ではないかもしれませんけれど、我が屋敷の冷凍室をお作りになった副所長しか、私には相談できる方が思い付きませんでしたの」


話している内に、公爵令嬢であろうと、こんな子供が地位もある大人にいきなり頼むのは、いかがなものかと思ってきて、つい、声が小さくなっていく。

しかし、それとは逆に、ハイマンはまた柔らかな表情になってきた。


「いいえ。よく、私に相談下さいました。魔術研究所は、魔術部隊の為の研究や魔法具作成をしていますが、私は生活の中でも活用できる魔法具もあってよいのではないかと思うのですよ。そうして出来た一つにが冷凍室なのです」

「ええ。あれは便利ですわ」

「今、ルゼナ嬢が仰ったものは良いものだと思います。温かいものを、温かいままで食べる。……うん。作って見たくなりました」

「……では?」

「とりあえず、案を起こしましょう。料理ということは、ルゼナ嬢だけでなく、料理人や家事に携わる人からも意見を聞いた方がよろしいでしょう」

「まあ。ありがとうございます」

「ところで、ルゼナ嬢。私の方は良いのですが、そちらのお父上はご承知ですか?」

「あ………っ!」


すっかり忘れていた私に、ハイマンはついにクスクスと声をたてて笑った。


「お父様には内緒でしたわ。…でも、作って下さるというのでしたら、ちゃんと言わなければなりませんね。…私からきちんと説明します」

「お父上のお時間ができましたら、私もご挨拶させて頂きたいのですが、よろしいですか」

「……バルクに良い日を伝えさせます。副所長、……ありがとうございます」


また一つ手間を掛けさせて申し訳ないと言いかけて、言葉を直す。

謝る言葉をつい出してしまうのは、元の私の癖だ。そもそも、その言葉はふさわしくない。


「いいえ。お父上のお許しが頂けたら、よろしくお願いします。私も楽しみにしています」


その選択は間違っていなかったようで、ハイマンは優しい表情のままでいた。


「お茶が冷えてしまいました。取り替えましょう」


話を一段落させて、私は後ろを振り返った。

出入り口のそばにはウルリックが控えており、私の視線を受けて頷く。


「直ぐにご用意致します」

「ルゼナ嬢。お気をつかわなくても……」

「副所長。実は、新しい菓子を作りましたの」

「新しい」

「ええ。あの冷や菓子ばかりというわけにはいかないでしょう?」

「確かに。これからは寒くなりますしね」

「だから、お茶にあうお菓子を作ってみましたの。大人の男の方のお口に合うか、副所長として実験に付き合って下さい」


私の言いように、ハイマンは「そういうことでしたら」と頷いた。

そんな短いやり取りの間に、ウルリックはメイドを引き連れて戻ってきた。

そして、私とハイマンの前にお茶とお菓子を並べていく。

ハイマンは皿の上に数個置かれた一口サイズの菓子を興味深そうに眺めている。

見るからにふわふわとしたきつね色の部分を上下の濃い茶色で挟んだその菓子は、あまりに見た目が簡素だ。


「副所長。蜂蜜入りの蒸し焼き菓子です。どうぞ、お試し下さい」

「では」


添えられたフォークを使って菓子を口に入れた途端一瞬動きを止めたが、ハイマンは味わうようにゆっくりと噛み締めている。


「…美味しいですね。とても優しい味がします」

「男の方でも、好まれる味でしょうか。……例えば、お父様とか」


ハイマンは私の言葉にパチパチっと瞬きをする。そして、実験の理由を察して、優しい笑顔になる。


「確かに、甘い菓子を好まない男もいるでしょうが、この菓子ならば大丈夫でしょう。お父上はこの国で重要な役割を持っておられる方です。成すべき事は多々あるでしょう。…ルゼナ嬢のこの菓子の優しい味が、お父上に一時の安らぎと次への活力になるでしょう」

「副所長…。そう言って下さってありがとう」

「もちろん、私も気に入りましたよ」

「あら、では、今来ている職員の人たちの分も含めて持ち帰れるよう、手配しておきます」

「良いのですか?…ありがとうございます」


私は視線だけでウルリックに命じる。


それから私とハイマンは雑談をした。

4歳の私の話など、大人のハイマンにはなんてことない内容だろうけど、笑顔だったし話も弾んだと思っていたい。

私も楽しかったから、ついついお菓子の事や勉強の事まで話してしまった。


だけどそれで、何故かダンスの先生の手拍子の話題から、「振り子式音楽速度計測器械」をもハイマンが開発する流れになってしまったのは想定外よ。

「ルゼナ嬢の発想は素晴らしいです」とハイマンは言うけれど、ルゼナの発想ではなく私の知識。

楽しいけれど、これ以上、ハイマンの好奇心を刺激して、より繋がりが深くなってしまってはいけないわ。


名残惜しい風を装いつつも話を切り上げて、メイドに彼をバルクと研究所職員達がいる冷凍室へと案内させた。





応接室に残るはウルリックと私の二人きり。


「…それで?アルリックの方はどうなのかしら」


私は後ろに控えるウルリックに問いかけた。

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