第14話 転生悪役令嬢のプリン

ああ、今日は実にいい日和だ。



季節は初夏に差しかかかってはいるけれど、気温はまだそれほど高くなく、肌に触れる風は心地よい。

またその風が草木や花を揺らして目を楽しまるとともに香りを届け心を和ませる。


場所は中庭の東屋。

私はドレスのスカートをつまんでひろげ少し膝をおって礼をした。


「ルゼナのお茶会へようこそ、お母様」

「お招きありがとう。小さなお姫さま」


お茶会の準備が整えられたテーブルにつくお母様は、そんな私の様子に柔らかい笑顔を浮かべた。


「お母様。お外はどうかしら。緑もお花も鮮やかでとっても美しいでしょう?」

「そうね……」


また風が吹き花の香を運んでくる。お母様は目を瞬かせたかと思えば、目を閉じて花の香をじっくりと楽しんでいるようで、嬉しそうに口元を緩めていた。


「とてもいい香りだわ。もう、こんなに時が経っていたのね」


お母様の体から少し力が抜けたようだ。そんな様とこぼれた言葉に、後ろに控えていたお母様の専属侍女がほっとしたような顔になった。

ほっとしたのは私も同じだ。

お母様を寝室から連れ出す。

これが最大の目的だったのだから、この時点で私の作戦は大成功と言える。


私は母の対面に座る。その気配を感じてお母様は目を開いてその様子を見ていた。


「ルゼナ。本当に体は大丈夫なの?」

「ええ。お母様。シェームスにもお墨付きをもらったのよ」


ちらりと東屋の外を見る。そこにはこの日の為に準備された小さなテーブルセットがあり、傍らに立つシェームスの姿があった。

お母様の視線を受けてシェームスは頭を下げる。お母様は手に持った閉じた扇をパサリと振ってその礼を受けた。


「シェームスを呼んだの?」

「このお茶会は私のワガママだもの。大好きなお母様に何かあっては悲しいわ。万が一の為なの」

「まあ。ルゼナは意外と心配性だこと」

「お母様、ひどいわ」


お母様は扇を少し開いて口元を隠し、ころころと笑った。

その仕草は思わず見とれてしまうほど雅である。今は少しやつれて柔弱ではあるけれど、こうして笑っていると育ちの良さがよくわかる。

もちろんお母様は生まれながらのお嬢様だ。だけれどお母様についた肩書きは強力で、その肩書き故に色んな政略に利用されようとしただろうに、まるで砂糖菓子のような雰囲気でいられるのか。

どうしてこんなにふわふわとしていられるのか。

そんなお母様を羨ましく思うと同時に、それは別次元の人のようで少し怖い。


そんなお母様から生まれた私が思うのもなんだけれど、ね。


「お嬢様。お茶をお持ちいたしました」

「ああ、来たわね」


若い侍女二人がお茶とお菓子をそれぞれ乗せたトレーを持って現れる。私の指示に従ってお茶を入れ、クロッシュで覆われた二つの皿を並べた。


「ルゼナ。気持ちは嬉しいのだけれど、お菓子は食べられないかもしれないわ」

「このお茶会はお母様とゆっくりお喋りしたくて開いたのだから、お茶だけでもいいの。でも、良ければ一口味を見てほしいわ」

「ルゼナ?」

「実は、今日のお菓子は私が考えて作らせたものなの」


その言葉に合わせるように、侍女がクロッシュをとる。二つのうち一つにはフルーツの盛り合わせ、もう一つには銀のスプーンを添えた茶器より少し小さい陶器が2・3個乗せられていた。

器の中は黄色いものがみっちり入っており、お母様がそれを見ようと思わずテーブルに手をついた振動でぷるるんと揺れた。


「これは……何かしら」

「卵とミルクの蒸し菓子なの」


つまり、プリンである。


お母様に告げた通りこのお茶会は部屋から出し母娘としてゆっくり話す事が目的ではあるけれど、お茶とお菓子は用意しなければならない。

だが、お母様は食が細くなっている。そんな相手に口に入れてもらうものとなったら、通常用意されるお菓子では駄目だった。

なんせ、菓子の主流が重いものばかりなのだ。そして、それらには砂糖が使われていた。


ダンゼルク家だけあって、使っている素材も最高だし味も悪くはないわ。

だけど………ねぇ。


ルゼナだったら気にしなかっただろう。だけど、日本の記憶を持つ私には甘すぎた。それに加え、砂糖の使い方が口に合わなくなっていた。

砂糖は貴重品で高価なものらしいし、その砂糖を惜しげもなく使った菓子を出せるというのも、貴族としての格を示す部分もあるらしい。

だからといって口に入れた途端ジャリジャリと砂糖そのものを感じるような菓子はないだろうと思っていた。

それもあってアルリックに色々探させたが、中々好みの菓子は見つけられなかった。ましてや、食が進まない人でも食べられそうなものなんて。


だから考え、思い付いたのはゼリーとプリン。

そして厨房に常備されていた材料からプリンを作ろうと決めたのだ。


「蒸し菓子?」

「焼いたりしたのではなくて、お湯の熱で固めたお菓子なの」


お母様が興味を示したので、侍女に視線を送って目の前に用意させた。

お母様は不思議そうな顔をしたまま器の中のプリンをみている。そして、銀のスプーンを手に取り一匙すくって口に入れた。


「!」


お母様が驚きの表情を浮かべた。

今回のプリンはすごくシンプルで簡単なものだ。卵と牛乳と砂糖のみ。砂糖もいつもの菓子よりずっと少ないし、バニラエッセンスをがなかったので卵くささが少し残ってるかもしれない。

一応、料理人に何度も作らせた上で出したのだが、やっぱりお母様の口には合わなかっただろうか。


「まあ………美味しいわ。ルゼナ」


そんな心配をした私の前で、お母様はほわわと顔を綻ばせた。


「とても柔らかくて不思議な口当たりで……ちゃんと甘くて……食べやすいわ」

「良かった。お母様のお口にあって」


お母様はもう一匙、とプリンを掬う。

どうやら食が進んだようだ。私は、侍女に命じてシェームスにも持っていかせれば、シェームスがプリンを口にしお母様と同じように驚きの表情をしたのが見えた。


それからお母様とたくさん話した。

季節の事、庭や花の事、お菓子の事。最近読んでいる本や招待状の文字の事。私の体やお母様の体の事。ただ、お父様の話になると少し表情が暗くなるのが気になった。


「お母様。……お父様が嫌いになった?」

「え?」

「あの時のお父様は怖かったわ。お母様は今も怖い……?」

「嫌いになんてなっていないわ。ただ、私もあの時は少し怖かったわね。……だから、ルゼナ。お母様はお父様にどんな顔をして会ったら良いかちょっと困っているの」


お母様は慌てたように首を振り、そして困ったように微笑んだ。


ーどうしてかしらね。お母様は嘘をついているよ うな気がするわ。


なぜなら、もうあれから一月以上経っているからだ。お父様にも何回かは食事の時間に顔を合わせているからだ。

嘘でもなく真でもなく。娘への気遣いもあって、意図して嘘をついているというよりは、今の気持ちを最も近い形で表現しているといった感じだろうか。


「……お母様も私と同じだったのね」

「ルゼナ?」

「でも、私はお父様も大好きだからちゃんとお話しようと思ったの。だから、お母様もお父様とお話して欲しいわ」

「そう……そうね」


お母様はそれでも迷うように私から視線を外した。が、何かを思い出したようにまた視線を戻す。


「そう言えば、ルゼナ。貴女、専属執事をまだ側に置いているそうね。何故?」

「お母様にはまだお話していなかったわ!」


お母様にとってもアルリックは評価が高かったのか、あのまま処分はもったいないと思ってはいたようだ。だが、何故被害者である私が側に置きたがっているかが不思議でならなかったらしい。

私は経緯と現状を話した。私のワガママな言い付けをやらせている事には若干眉を寄せたが、私の教師をやらせていると聞いた時には面白そうに目を輝かせた。


「まあ、じゃあ。あの招待状は勉強の成果なのね。……今日はその先生はいないのかしら」

「今はバルクの手伝いをさせているわ」

「あら、残念。ルゼナの様子を彼からも聞きたかったのに」

「……お母様、いいの?アルリックの顔を見ても大丈夫?」

「どうして?………ああ、私の為だったのね。ありがとう。でも……大丈夫のようだわ」

「じゃあ、呼んでもいいの?」

「ーええ」


お母様は一旦胸に手を置き目を伏せて考えた後で笑って答えた。

この場所に、お母様の心痛の起因であるアルリックの姿があるのはどうかと思って違う用事を言い付けたが、お母様が望むならそれでいい。



私は、若い侍女の一人にアルリックを呼んで来るように命じた。

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