第15話 転生悪役令嬢のお茶会はまた嵐
どうやら、アルリックは間もなくこの東屋にやって来るようだった。
ーほほう。
アルリックは随分とおモテになるのね。
瞼がピクピクするのが自分でもわかる。
アルリックがこの東屋に到着するまでには、中庭の中であれど少しの距離がある。
使いに出した侍女はまだ屋敷に入って間もないのか、私がいる東屋から見える範囲がわかってないらしい。
東屋の下にいるシェームスからはともかく、東屋の上に座る私からは、ここへ至る小道の遠くまで見えてしまうのだ。
その距離で見えるのは、アルリックが歩く横を不自然なくらい身を寄せた侍女の姿。
顔の表情まではわからないが、侍女はアルリックに不必要なまでに肩や腕を触れていた。
そして、時おり内緒話をするように少し強引に腕を引き耳に口を寄せていた。
「随分と積極的な子だこと」
私から見えるということは、お母様からも見えるということだ。
アルリックに目をとられていた私がお母様の方を向けば、お母様もアルリックの方を向いて閉じた扇を口に当てている。
その後ろの専属侍女は不機嫌さを隠そうともしていなかった。
そのまま二人ら寄り添ったまま歩いて来るつもりなのかと思いきや、アルリックは立ち止まり侍女に何か囁きながら触れる彼女の手を引き剥がして再び歩き出した。
残された侍女は一瞬固まったが、直ぐにアルリックの後について歩き出した。だがその歩みは俯き加減でトボトボしたものである。
「あら。彼は相手にはしていないようよ。良かったわね、ルゼナ」
アルリックの振る舞いに幾分スッキリとしたが、お母様のよく分からない「良かったね」を頂いた。
首を傾げても、お母様はうふふと笑ってその意味を教えてくれない。
まあ、わからなくてもいいことよね。
心の中で早々にこの件に関しては追求しないでおこうと決める。
何故なら、こうしてお母様と話していてもわかるくらい二人の足音が聞こえてきたからだ。
「やっと来たわね」
私の声が届く距離まで二人が東屋に近づいてから声をかける。
「お待たせいたしました」と一礼して見上げた彼はいつも通り感情のない冷ややかな瞳をしていた。
それはそれでつまらないと後ろの侍女に目をやれば、 アルリックにならって顔をあげた彼女は東屋の中にいる私とお母様と専属侍女の視線の不穏さに気づき顔を青ざめた。
「奥様。お嬢様。真に申し訳ございません……」
思わずといった感じで専属侍女がため息と言葉をもらす。
「私は特に。……ルゼナ。貴女はどうしたいの?」
「…アルリックも見目は良いから仕方ないわ、お母様。…………人手も必要でしょうし、このままで。ただ、私の前には出さないで頂戴」
前半はお母様に。後半は専属侍女に伝える。
そこにきて、自分の行いを見られていた事に気づいたらしく、若い侍女は挙動不審になった。
「あ、あのっ!」
「目障りだわ。今すぐここから去りなさい」
「……シーラ。ルゼナの言うとおりにしてあげて頂戴」
「一時、離れてもよろしゅうございますか」
「もう一人いるのだし、ルゼナの執事もいるから大丈夫でしょう。ね?ルゼナ」
「ええ」
やはり若い侍女は未熟者らしい。不満をあからさまに出した目を一瞬私に向けた。
確かにたかが4歳の子供に言われるのは嫌だろう。しかし、ここにはお母様もいるのだ。
「愚かね……。これ以上邪魔をされたくないから、早く連れていってちょうだい」
追い払う仕草をすれば、お母様の専属侍女は一礼して東屋から出る。
そして未だにどこか素直に従おうとしない若い侍女の手を強引に引いて屋敷に戻っていった。
「ルゼナは中々厳しいところもあるのね」
「あれでは流石にそうなっても仕方ないでしょう?お母様。でも、もうこの話は終わりにしましょう。…アルリックが来たのだもの」
「そうね。じゃあ、あなた。こちらに来なさい」
東屋の下で待つアルリックをお母様が呼ぶと、彼はちらりと私に視線を送る。
今度は主の意向を確認しているようだ。
よしよし。
「アルリック、そばに来なさい。お母様が貴方に聞きたいことがあるそうよ」
アルリックは私の許可を得て東屋に上がってきた。が上がり切ったところでお母様にむかって膝をつく。
「奥様。お嬢様の命の危機にさらし、旦那様奥様の心に傷をつけるといった大罪を犯した私がお嬢様のそばにいること、今更奥様に顔見せること…誠に申し訳ございません」
「そうね。でも、ルゼナがあなたを傍に置くと決めたのだから、私はそれを許しましょう。だけれどその代わり、これからは死んでも守りなさい」
「!………命にかえても」
「それよりも聞きたいことがあるのよ。立ちなさい」
お母様とのやりとりが終わってアルリックは立ち上がる。
そして私の後ろへつくためにようやくこちらに顔を向けたが、その瞳にはやっぱり感情は見えなかった。
しらじらしい。なによ、この茶番は。そこに「アルリック」がないのは見え見えだわ。
命に代えても守るという「仕事」は、己で口にしたのだからするでしょうね。
だけど与えられた「役目」を淡々とこなすのは楽なのよね
…絶対にそんな楽はさせないんだから。
「それで?あなたはルゼナの勉強を見ているそうね。どうかしら、私の娘は」
「…大変聡明でいらっしゃいます」
「まあ。じゃあ、今はどんな事を学んで、どんな様子なのか具体的に教えてくれるかしら」
「今、嬢様が学んでいらっしゃるのは主に読み書き算術です。ですが、普段より本をよくお読みになっていらっしゃるので読み書きはほぼ満点でございます。ので、段階を進めさせていただいて、社交の場で必要とされる言葉や美しい文字を習得中でございます。そして算術ですが大変才能がございます。こちらは、正直どこまで段階を上げていけばよろしいか思案中でございます」
アルリックに表情は見られていないだろうが、私は盛大に顔をしかめてしまっていた。そんな私の表情を含めてお母様はまたころころと笑う。
「まあ、ルゼナ、良かったわね。…でも、マナーやダンスはしていないのね」
「…私は男ですのでその部分に関しては知識も乏しく…指導にはふさわしくないと思われます」
「それもそうね」
「じゃあ、アルリックも学べばよいわ」
「!お嬢様?」
「女の主に仕える執事が知っていて損はないでしょう?あなたも勉強しなさい」
アルリックの不得手な部分を発見し、私は嬉々として思い付きを提案した。が、その言葉を受けてお母様がにっこりと笑って付け加える。
「あらあら、ならばルゼナはマナーやダンスの勉強も始めるということね?」
「…あっ!」
「それならば、講師を手配するように伝えましょう。…ルゼナ、頑張りなさい」
「はい、お母様…」
読み書き計算は私の知識の土台があるからハードルは高くないが、ダンスやマナーは未知の分野だ。
墓穴を掘ってしまった…。
お母様は満足そうに頷いて、ふっと視線を横へ向けた。私もならって同じ方向を見れば、シーラというお母様の専属侍女がこちらに歩いて来ている。どうやら、戻ってきたようだ。
と、同時に風がふき、お母様と私は少し寒さを感じた。暖めようと飲みかけの茶を口含めば、それはすっかり冷めてしまっていた。
「……そろそろ頃合いですね、お母様」
「そうね、お開きにしましょう。少し、疲れてしまったわ」
「!それは申し訳ありません!私が気づくべきだったのに」
「良いのよ、ルゼナ。私がはしゃいでしまっただけだわ。それこそ、こんな事で疲れてしまうような体にしてしまった私を許してね」
「そんな、お母様」
「楽しかったわ。また招待してくれるかしら、私の小さなお姫様」
「っ!もちろんですわ、お母様」
お母様はほほんで立ち上がろうとした。まだ、シーラが戻って来ていないのに無茶をする。
一人残っている侍女も、シェームスに給仕していたため直ぐに駆けつけられない。
私は立ち上がり、後ろのアルリックを見た。
「お母様を支えなさい」
アルリックは私が言い終わるより先にお母様に歩みより、失礼致しますと手をとった。
「あら。じゃあ、下まで降りるのを手伝ってもらおうかしら」
「かしこまりました」
手をとったままアルリックが先導して東屋の階段を降りようとした時、また風がふいてお母様のまとっていたストールを乱した。
「あっ!」
それはひらりとはためき、階段の手すりに引っかかる。
ただ、それだけだったのだが、下へ降りようと足を踏み出していたお母様のバランスを崩すのには充分だった。
「お母様っ!」
東屋の下の侍女が茶器を落とし、シェームスが真っ青な顔で立ち上がる。
私も咄嗟に動けなかった。
そんな私達の前で、お母様は階段から落ちていく。皮肉にも、それで引っ掛かりがとれたストールがまたひらりと空を舞ったのだった。
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