第33話 転生悪役令嬢の事情聴取

改めて対面に座るキリルをみると、やはり緊張しているようだ。


こんなちびっこでも、貴族令嬢だしね


思わずふふっと笑いを漏らすと、それでまたキリルは戸惑うように目を瞬かせた。


「彼女の様子を聞きたいだけだから、それほど時間はとらせないわ」

「は、はい」

「…それで?聞いても良いのかしら」


彼を見ていたいところだけれど、そういうわけにはいかないから、早速本題に入る事にする。


「そちらから知らせは寄せて下さっているとは思うのだけれど、私の執事の練習相手なのだし、ダンゼルク邸で体調をくずされたのですもの。子爵家の方から直接聞きたかったの」


そう言われて、キリルは何故か驚いた目をアルリックに向けたが、続いた私の言葉に視線を戻した。


「……お気にかけて下さるとは……。ありがとうございます。私にわかる範囲でお話しさせて頂きますが、診断して頂きました通り、特に目立った外傷もなく、今は体を休めているようです。ただ…」


キリルはふっと表情を暗くさせる。


「これまでに色々と体に無理させていたようで、もうしばらく体を休める必要があるとの事pです」

「まあ…やはり、私のせいね。執事の相手をお願いしたから」

「っ!…いいえ、いいえっ!そうではありません。セリーヌさ……彼女は、そもそも身の丈以上に励むところがございまして」


セリーヌの呼び名を改めたところを見ると、何らかの事情で彼女がダンゼルク家で侍女だと称している事は知っているようだ。


あ。あの時に連れ帰っているのだから、知っているに決まっているわよね。


「溜まっていたそれらが、出てしまったようです。…私共も、現在彼女が身を置いている職場でも、いつかこうなるのではと思っていたところもございまして、この機にしっかりと体を休めた方がよいと判断したようでございます。決して、今回の事が原因ではございません」

「彼女は頑張りやさんでしたのね。お会いできないのは残念ですけれど、確かにしっかりと直した方がよろしいわ」

「重ね重ね、お優しいお言葉、感謝申し上げます。…私ごときが申し上げる事ではございませんが、……彼女の体調が調いました後、また助力させていただけたら、幸いでこざいます」

「もちろんよ」


にっこり微笑んで返せば、キリルはほっとした表情になる。


……先程から思っていたのだけれど、彼はセリーヌにずいぶんと同情しているのね。


一喜一憂といったように、表情を変えるキリルを見つめてしまう。

私はあのとき、セリーヌが彼に抱かれて浮かべていた表情を思い出した。


側仕え同士なら、気安いような打ち解けたような雰囲気はわかるのだけれど、主従の関係……のはずよね?

でも、あの時、彼に抱えられていた彼女も笑顔だった。

………………ふむ。


「あの……お嬢様?他になにか知りたい事がおありですか?」

「お嬢様」


じっと観察している事にアルリックも嗜めるように声をかけてくる。


ーそうだわ。


「ねえ。アルリック。私、彼女のお見舞いにいきたいわ」

「えっ!」


驚きの声をあげたのは、キリル。

アルリックは無言のまま、しかし「了承できるわけないだろう」とばかりに、眉間にシワを寄せた。


「お嬢様。…彼は、彼女について事情は心得ていると思われますが、子爵家としてはいかがなものでしょうか」

「え?」


アルリックはちらりとキリルを見て口を開く。


「…失礼ながら、彼女は子爵令息ケビン様の侍女です。彼女へのお見舞いは、許されません。…お嬢様が強く願えば叶うでしょうが、その場合、叱責を受けるのは彼女の方でしょう」


私はくるくると思考を巡らせる。

つまり、身分のある者が他家の「ただの」侍女に見舞いに行くなんていうのは、あり得ないのか。

なら、身分がある同士なら?


「……じゃあ、ケビン様お見舞いに行くという理由はどう?」


キリルはぎょっとした表情になる。

アルリックは、そんな私とキリルを見て小さくため息をついた。


「お嬢様の練習のお相手は子爵令息であるケヴィン様ですので、子爵家に訪れる理由は成り立ちます。お嬢様が行くと先触れを出せば、子爵は歓迎して下さいましょう。ですが、まず、婚約者でもない異性の方の屋敷に出入りする事は、旦那様もお許しにならないでしょう」

「こ、婚約者?」

「お嬢様のお年でも、早いということはないのです。旦那様もすでにお考えになっていらっしゃるでしょう」


婚約者、か。

「乙女ゲーム」では、第二王子の7歳の生誕パーティーで彼に会い、「ルゼナ」が彼に一目惚れして、強引に婚約者になるのだったかしら。

だから、今後はそうなる可能性があって、ちょっと不安になっていたけれど、まだ時間があると思っていたわ。

だけど、「ルゼナ」が言い出したから、王子の婚約者として直ぐに決定したわけではないだろう。

王妃の第1子である事と彼を取り巻く権力者たちの動きを見ながら、婚約候補のリストアップは前から行われていたはずだ。

そう考えたら、すでに始まっているかもしれない。

だとしたら、お父様も色々動いているかもしれないわね。

ーできれば、その候補から外すべく動いてくれると良いのだけれど。


ちょっと考え事が逸れてしまったのに気づいたのか、アルリックに「お嬢様」と声をかけられる。


「……その話はさておき、…現時点では、お嬢様の願いは難しいと存じます」

「そう…残念ね」


納得したから、渋々前言撤回する。

だけど、アルリックに止められた私に対して、ほっとした表情を見せたキリルをちょっとむうっとなる。


つまんないわ。

もう少し、キリル……とセリーヌについて聞きたかったのに。


まあ、セリーヌが復帰したら、聞いてみよう。


これ以上は聞く事も話す事もないので、改めて彼女へのお見舞いを言い、キリルを解放することにしたのだった。





「お嬢様、本日のご用は何でございましょうか。新しい本のご購入でしょうか」


うさミミメイドが新しいお茶と交換する中、それまでキリルがいた椅子に座った店主。


「そうね。それも良いかしら」

「おや、ご用は違ったのですか?」

「アルリックとあなたにお願いしていた特注品の様子を聞きに来たのよ」

「お呼びして下されば、喜んで参りましたのに」

「ここに来たかったのよ。本に囲まれるって、悪くないから」


店主は目を見開いて一瞬動きが止まる。


「ーそれは、光栄でございます」


そして、実に嬉しそうに微笑んだ。

そんな店主を前に、私は少し恥ずかしくなって目をそらしてしまった。


「そ、それで、どういう状況かしら」

「はい。今は執事殿の図案から、専門の意匠図案家による手直しをさせて頂いているところでございます。公爵家の紋章を入れるとの事ですので、その両方を美しく活かせるよう、執事殿とも相談させて頂いております」

「そう。それで、意匠が決まったら、後はもう作るだけなの」

「そうですね。ただ、意匠によってはもう少しお時間がかかりますね。表紙だけでも、使う皮の種類や色選び、染色や刺繍など、工程はまだまだございますから」

「そうなの」

「…それで、お嬢様。こちらの手違いで、期日をお伺いしていなかったようですが、……この際、いつまでとお嬢様がお考えか伺ってもよろしいですか?」

「あら、きちんと言っていなかったわね。実は、決めていないのよ。でも、そうね。逆に決めた方が良いかしら」

「時間があるのでしたら、執事殿の希望により近い、さらに良いものに仕上げさせましょう。ですが、もちろん、お嬢様のご希望の日にあわせて仕上げます」

「ふふ、有難いわね、アルリック」


アルリックに視線を送ると、応じるように目を閉じて軽く一礼した。


「確かに、時間があれば、よ色々できる事もあるでしょうけど、期日を決めないのも駄目よね。…そうね、じゃあ。私の誕生日に間に合うようにしてちょうだい」

「誕生日ですか」

「それなりに時間はあると思うわよ。雪の女神の月ですもの。詳しくはアルリックに聞いて頂戴。…ああ。当日でなく、前後5日間の内で構わないわ」

「雪の…。ありがとうございます。では、その辺りも執事殿とお話させて頂きます」


「更に出来上がりが楽しみになってきたわね」と店主と笑いあう。

そうして、ふと、店主の後ろに控えるうさミミメイドに目をやった。


「…彼女は初めまして、よね?」


店主は後ろを振り返り、彼女を見てああと呟いた。


「彼女はアリスと申します。見ての通り、兎人族の娘です。…お嬢様は、獣人族をご覧になるのは初めてですか」

「ええ……屋敷にはいないわよね?」


アルリックに聞くと頷いた。


「はい。ですが、獣人族の国アズイールから働く為にやってくる者が最近多いと聞いております。いずれ、屋敷でも下働きから雇う可能性がございます」

「そうなの」


じゃあ、彼女もかしら。


再び、メイドに視線をやれば、店主は頷いた。


「ええ。彼女も働きにこの国に入りました。……ですが、彼女はその際にちょっと不幸な目に会いましてね」

「不幸な目?」

「ええ。……お嬢様。先程、執事殿が仰っておられましたね。獣人族の入国が多くなっていると。そうすると、それを手助けする商売が生まれるのです」


斡旋業ね。


「商売ですから利益がなければ成り立ちませんが、欲を多く持たねば、関わる人皆が幸せとなります」

「……つまり、彼女は欲を多く持った商売人と出会ってしまったのかしら」

「ええ。私の知人がそんな境遇の彼女と出会いまして。詳細は申し上げられませんが、色々あって知人が彼女を引き取る事になり、……彼から一時預かっているのです」

「あら?先程、彼女はあなたを主と呼んだのではないかしら」


そう言うと、店主はちょっと困ったように微笑む。


「そこのところはですね…。知人が、私をこの店の主なのだから、そう呼んだらよいと面白がって、アリスに教えたからなのです」

「まあ」

「アズイール国も含め共有語が広く使われてございますが、彼女の生まれたところでは、兎人族の言葉で充分だったらしく、共有語をほとんど知りませんでした。ですから、まずは始めに共有語を教え、今では意味がわかっているはずなのに、彼女は直してくれないのです」


やれやれといった店主の様子に、私はくすくす笑ってしまった。


「まあ、今は従業員として預かっている訳ですから、間違いではないのです。…知人に返すときまでには直るように頑張りますよ」


ふと、店主の言う「知人」が何故アリスを手元に置いて置けなかったのかと聞きたくなった。

だが、私自身がその知人を知らないし、店主は経緯を「色々あって」としか言わなかったし…踏み込み過ぎよね。


「彼女は可愛らしくて、好感がもてる方だと思うわ。ただ、身分のある方には、少し注意が必要なところはあるわね」

「何か、失礼を?」

「…いいえ。彼女から見れば、私はただの幼い子供でしょう。年上の者として、とても優しい振る舞いでしたわ。…ただ、年は関係なく、己に誇りを持ってらっしゃる方には、仇になってしまうかもしれないの。だから……頑張って頂戴ね」


釘をさすというより、軽い指摘となるよう、微笑んで言葉を結ぶ。

店主も意図に気づいたのか、一瞬青ざめて引き締めた表情をふわふわと緩ませる。


「お言葉を胸に。……ありがとうございます、お嬢様」


あらかた用事が終わったので、私はまた新しい本を数冊購入して、店を出る事にした。

他の客がいないため、店主もアリスも出入口まで見送ってくれる。

そうして、出入口を挟んで彼らと向き合った時、そういえばアリスとは最初以来話していなかったと思い出す。

でも、まずは挨拶。


「今日は楽しい時間を過ごせましたわ。御店主」

「私共も、楽しい時間でございました」

「…最後に、御店主。アリスに聞いても良いかしら」


アリスは自分の事だとわかって、店主の様子を伺う。

店主は「どうぞ」頷いた。


「あなたは、この国に来て不幸な目にあったそうだけど、今はどうかしら。引き取って下さった方や御店主は優しい?」


私の共有語を聞き取ろうとしてか、うさみみをピクピク動いたままで、頷いた。


「フタリトモ、トテモヤサシイデス。イマハ、フコウデハナイ…デス」

「そう。よかったわね。……ところで、引き取って下さった方は何とお呼びしているの?」


ちょっとの好奇心を付け加えれば、アリスは変わらず人形のような表情のまま答えてくれた。


「ルトサマト。ホントウハ、ゴシュジンサマ。デモ、ソレハイヤダト、イワレマシタ」

「私も嫌だと言ったはずですが」

「ルトサマ。ソノママデト、イワレマシタ」

「…本来の主の方の意見が優先……まあ、そうでしょうけど」


店主がまたやれやれと言った表情になるので、私も笑ってしまう。


「……お嬢様。そろそろ」


いつまでも、立ち話をしているものではないと、アルリックが促す。

私達は、そうして別れた。




公爵家に戻る馬車の中で、店主やアリスとの会話を思い起こしていたら、唐突にある可能性に気づいた。


『ルトサマ』


ルトヘル・ストッケル。

絶えた貴族の血筋唯一生き残りと判明する教師。攻略対象者。


ーまさかね。

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