第4話 転生悪役令嬢の専属執事という男

部屋の隅で人形のように気配も表情もなく佇むのは、記憶のトリガーとなった瞳の持ち主。あの時、動かなかった彼。


私の専属執事、アルリック。


私の視線が己に向いた事に気づいたのか、瞳孔が少し広くなった気がしたが、たちまち人形に戻ってしまった。


両親とシェームスはまだ語り合ってるから、私は改めてアルリックを観察してみる。


歳は25・6くらいだったはず。背は高めで細身。柔らかく少し癖のある黒髪を短く整え、少し少年っぽさが残る優しい顔立ちの………うん、美形だ。

だが、こちらを向く黒い瞳は今になっても、曇っているような、意思が感じられない存在感でそこにある。


………へえ。徹底しているじゃない。


私に興味がない。……これはやはり確実で、現在も持続中なんだろう。

だが、私は公爵令嬢で、彼の守るべき主の一人。

原因は確かに私にあるが、それでも彼は私を守らねばならなかった。その上、守るどころか一旦放棄した。

私は助かったものの、彼が執事として見過ごせない過ちを犯したのは事実であり、自身の今後も危ぶまれる状況になっているというのに、あの時の瞳のままで人形のように立っている。徹底していると感じたのは、その在り方だった。


……なんでだろう。悪くはないわよね。


それが初対面の第一印象と感想、と言ったら不思議に思われるだろうか。


実は、これまでルゼナは彼を側に置いて共に時を過ごしていたものの、彼を人と思っていなかった。

彼だけじゃない。生まれる前から知っているという、ある意味弱点を握られているシェームス以外、すぐに代えのきくダンゼルク家の使用人達を人とは思っていなかったのだ。

それ故に、ルゼナは物心つく頃から玩具のように振り回し、時に八つ当たりをし、簡単に取り替える。

ゲーム通りに進むのが本来だったなら、彼女の【常識】は成長しても直らず、ワガママは酷くなってヒロインをいじめまくり、没落が決定した途端に家族からも使用人からも見放される悪役令嬢になっていたのだろう。


けど、今アルリックと会ったのは、私なのだ。

だから、私は彼とは初対面であり、その【第一印象】は案外悪くないと感じたということなのである。


さて、こうなると逆にこちらの興味が湧いてくる。


まず、ルゼナの目を通して見た彼はこうだったろうか?

執事としては、公私をきっちり分け仕事ぶりは優秀だったし、認めてはいた。そんなのは関係なくルゼナは彼を振り回していたが、その優秀ぶりでついてきてくれていたと思う。

でもその時でさえ、もう少し感情は見せていた。少なくとも、今みたいな雰囲気はなかった、はず。

では何故なのか?いつからなのか?

これはわからない。気になるけれど、今わかる事じゃない。

気になる事の答えを得るには、推測する手がかりすら全然足りない。やっぱり、もう少し彼を観察しなければ、答えに近づけないか。


「ルゼナ?どうしたんだい?」


お父様は、私が自分達とは別の方へ視線を向けていた事に気がついたようだった。

その先をたどって、お父様も彼の姿をとらえる。


「アルリック?ああ、執事が側に居なくて寂しかったのか」


……お父様。見事なまでの見当違い、ありがとう。


「アルリック。お前も良くやってくれたね。こちらへおいで」


彼はお父様に言われるままに私の側にやってくる。表情はないまま、視線は私ではなくお父様に向けて。

お父様は笑顔でアルリックの肩に手を置いた。


「お前の判断が的確だったから、シェームスの処置も間に合ったと聞いた。さすがアルリックだ。ルゼナを任せて本当に正解だった」

「バルクの息子はやはり優秀なのね。私からも礼を言うわ。これからも娘をよろしく頼むわね」


両親からの褒め攻撃に、流石に心が動いたのか、アルリックは少し眉をひそめ、その場に膝まついた。


あ、それじゃあ、彼の表情が見れないじゃない!


「アルリック!?」

「旦那さま。奥さま。申し訳ございません。私は職務を全うする事が出来ませんでした」

「……………どういうことだ?」


お母様が声をあげる前に、お父様がそれを押し留めてアルリックに続きを促す。

戸惑いと緊張がじわじわと部屋を覆いはじめているのが私でもわかるのに、彼は淡々と事実を口にする。



「あの時……私は、お嬢様を見殺しにしようとしていたのです。……死んでもかまわない、と思っておりました」



彼の言葉はそれまでの部屋の雰囲気を全てを吹き飛ばし、その場を一気に凍らせてしまったのである。

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