第31話 転生悪役令嬢の専有宣言

もうこれから使う予定のない応接室に、セリーヌを誘い込んだのは賢いと言おう。

さすがに側仕えの二人が、主用の部屋に行くとは思い付かず、現に、この部屋の周りは未だに人の気配はないのだから。


そこまで知恵を働かせてまで、セリーヌを誘い込んだ理由は何かと言えば……。


「アルリックさんっ!どうして、そんな女を庇うの!」


清々しいほど、分かりやすい。


……勘弁してほしいわ。


部屋の扉から頭だけ出して中の様子を伺うと、思ったより扉の近くに三人はいた。

私と向き合うように一番奥で嫉妬むき出しで立ち喚く女は、ダンゼルク家のメイド服を着ている。

位置的に私の姿は目に入りそうなのだが、彼女にとっては見逃すわけにはいかない二人が手前にいるので、気がつかないようだった。

益々彼女を激昂させている二人とは、勿論、アルリックとセリーヌだ。


二人の側のテーブルは定位置からずれ、その反対側には花器が壊れて花が散らばり水が床を濡らしている。

明らかに争った跡が残る中で、セリーヌは小さく震えながら仰向けに横たわり、その彼女をアルリックは膝まづいて囲い込むように抱きしめている。


「さっさとアルリックさんから、離れなさいよ!」


…これが、恋した女の嫉妬の暴走というのね。


状況も立場も忘れ果て、感情の赴くままに恋しい人を「欲しい」と訴えている。

それは凄いと思う。

けれど、その欲しい人を腕の中に抱え込んだって、一番欲しいその人の心はわからない。

それどころか変わり続けるのに、手にいれたいと………側にいたいと思うのか。


思っているんでしょうね、このメイドは。

まあ、それほどの欲を持てる相手がいるのは、羨ましいところではあるのだけど。


「…さて、どうしましょうか」


私は気づいた。

このメイドは見たことがある。

お母様とのお茶会で、私の目のつくような場所にくる事は禁じた侍女ではなかったろうか。

あの時から見かけなかったという事は、お母様付きの侍女から、メイドへ配置替えをされていたのだろう。


あの時も、アルリックの気を引こうと頑張っていたけれど、諦めていなかったのね。

侍女からメイドになったなら、私と顔を合わせる事を避けられるけれど、かえってアルリックと接触する機会が増えたのかもしれないわね。


そして、この事態を引き起こす程強い想いが育っているならば、アルリックの気を惹こうと励んでいたのかもしれない。


でも、とりあえず、彼女の事情は捨て置いて。

この状況を終息させて、早くセリーヌを保護したいのだけれど、問題は私だ。

三人の前に出ていくべきか、どうか。

私に、主の一人として前に出て、激昂している彼女に立場をわからせる力があるだろうか。


お茶会で接近禁止を命じた際の彼女の表情を思い出せば、「子供のくせに」と言いたげな苛立ちを含んだ眼差しから考えても、私を軽んじていた。

そんな私が姿を現して、直ぐに立場と状況を理解する……程の敏さがあれば、そもそもこんな事をしでかさないだろう。


良いのだ。別に、彼女が私を「子供のくせに」と突っかかってきても。

ただ、そうなると、アルリックの負担が増大になるだろう。

一刻も早くセリーヌを医者に見せなくてはならないのに、メイドは大人しくしていてくれそうにない。

その上、私が出てしまえば、専属執事として私を守らなければならなくなってしまう。



やはり、とりあえず、私が誰かを呼んで来た方が良いわね。


私は扉から離れ、人がいる方へ廊下を走った。





緊急事態だから、令嬢らしからぬ足取りになってしまったのは許して欲しい。


幸い、すぐにメイドを探して現場の応接室の近くまで来ていた下男や他のメイドに遭遇した。

下男には同行するように命じ、メイドには医者の手配とバルクヘの報告、ウルリックの呼び出しを命じた。


そうして下男をつれて、部屋へと戻る。


「ーアルリックさんは私を選んでくれたんじゃないの!」


部屋の中ではまだ、修羅場は続いているようだった。

ついて来た下男には、簡単に中の状況を説明し、真っ先に喚いているメイドの身柄を押さえるように命じる。

さて、準備は整った。では、出るとー


「私を愛してくれたじゃない!」


えっ?


「夜を共にしてくれたじゃない!」


メイドの叫んだ言葉はあまりに赤裸々で、私の思考は停止した。


メイドが暴走する程の強い想いには、何か理由があるのだろうと思ったのだけれど………そう。そうなの。

考えてみれば、メイドもアルリックもそういった付き合いが出来る年齢。互いが求めれば、夜の………そういった時間も過ごすのよね。


急に生々しい事実に、私の思考はまだ上手く働かない。

だが、その雰囲気を切り裂くような、アルリックの声が響いた。


「ーそれが、どうした」

「…え?」

「確かに、共に夜を過ごしたな。だが、それがどうしたと言ったんだ」

「え?え?」

「毎晩の如く私室に押し掛けて、一夜でも良いからと言ったのはお前だろう。それだけだが?」

「でも、アルリックさんっ!あなたは私と何度も過ごしてくれたわっ!それは、私を選んでくれたのじゃないの」


アルリックの冷ややかな発言に、メイドは焦ったように反論している。


「そんな事を言った覚えもない」

「そんなっ!では何故、受け入れてくれたのっ!」

「あまりにしつこいかったからな。夜を共に過ごすだけでも、というからそうしただけだ。……明かせば、お前のような女は初めてではない。何故か知らないが俺の体を与えてやればそれで良いらしいから、面倒で願いを叶えてやっただけだ。」

「そんな!そんなっ!」


……ひどい話。


アルリックはモテるだろうし、女性からのアプローチもあると思っていたけれど、こんな状態だったとは。

押し掛ける女も酷いが、アルリックの対応も酷い。

手段はともかく純粋に彼を慕っていたならば、メイドにも同情してしまうところなのだけど、それよりもアルリックが自分の事を語る声のその冷ややかさに、何故か悲しい気分になった。


こんな話を耳にしても、暴走したメイドよりアルリックが気になってしまうのは、身近にいる人だからかしらね。


「お嬢様…」


流石に子供に聞かせる話ではないと、下男に心配気な様子でおずおずと声をかけられ、はっとする。


「ーそれよりも、お前はわかっているのか?」

「え?」

「お前が何を思い、何を勘違いしているか知らないが、お前が害したこの人は客人だ」

「それはっ!でも、たかが子爵家の侍女よ!」

「お前にとってたかが子爵家の侍女だろうが、関係ない。この人は、ダンゼルク家の客人だ。……本当にわからないのか」


「ーそうよ。彼女は、ダンゼルク家の…私の客人よ」

「!」

「…お嬢様」


ようやくタイミングをつかんで、私は部屋の中へ入った。

メイドは目を見開き、アルリックは気づいていたのか無表情なままで、私を見た。


「彼女を取りおさえなさい」


命じられた下男が素早くメイドの後ろにまわり、拘束する。


「きゃ……」

「よくもまあ、ダンゼルク家の名を汚してくれたものね」


メイドは強引に後ろ手で拘束されて小さな悲鳴をあげていたが、やはり、私を軽んじていたんだろう。私の言葉にきっと睨みながら顔あげた。

だが、反射的に睨み付けたものの、私を見ると同時にアルリックの顔も視界に入ったらしく、すぐさまはっと青ざめた。


「…ここまできても、その態度。よくわかったわ」


パタパタと足音が聞こえてくる。


「失礼致します、お嬢様!」


数人の下男とメイドを連れて、ウルリックが姿を現した。

ウルリックと後ろの下男達は、中の惨状に驚きの表情を浮かべる。

私は、アルリックに守られたままぐったりとしているセリーヌに視線を向ける。


「来たわね。…まずは、彼女を運ばないといけないわ。ウルリック。医師は待機させていて?」

「はい」

「頭を打っているかもしれないわ。慎重に運びなさい」

「畏まりました」


アルリックの腕の中のセリーヌを、慎重に数人で下男の背中に移動させると、メイドと下男達は一足先に部屋をでた。

のこされたのは私と執事兄弟とメイドと彼女を抑える下男だけ。


「ウルリック。彼女をしかるべき部屋に入れておきなさい。これ以上余計な事はしないよう、人はつけて」

「はい」

「私はアルリックと部屋に一旦戻るわ。客人の診察が終わったら報告に来なさい」

「畏まりました」


ウルリックの指示で下男に抑えられたまま部屋を出されるメイドは、その際、すれ違うアルリックにすがるように声をかける。


「嘘よね…。私を選んでくれたのよね…アルリックさんの心は私のものよね……」


いい加減、このメイドに対してイラつきが増してきていた私は、思わず挑発的に笑った。


「先程から、何を言っているのかしら。……選ぶも何も、アルリックは私がお父様から頂いたものよ。だから、どうこう出来るのは私だけなの」


私の言葉にメイドと………ウルリックが驚いたような顔する。


「あなた。客人に対して『たかが子爵家の侍女が』と言っていたわね。…ならば、私も言って良いかしら。たかがメイドの分際で、主のものを欲しがるなんて…許されると思っていたのかしら、と」


私はふっと笑顔を消した。


「ー1度は許したわ。だから、今度はちゃんと罰を受けなさい」



その罰が、子供の私に言えないようなものかも知れないけれど、ね。


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