あの時の自分は、バカだった。きっと、かっこいいセンパイに愛莉より可愛いみたいなことを言われたことで、舞い上がってしまったのだろう。


 時は進んで夏休みのことだった。夏希たちはいよいよ近づいてきた学園祭――そこでミスコンが開かれる――の準備にいそしんでいた。ミスコンの運営って、すごい。学園祭実行委員会と連絡をとって会場の確保をしたり、起こりうる様々な問題を想定しつつタイムスケジュールを組んだりするのは当然、さらにスポンサー企業に挨拶に行ったり、宣伝のためのホームページを作ったり、場合によってはテレビ局に行って番組に出してもらうよう頼んだり……仕事を数え上げればきりがない。夏希は広報の、ホームページ及びSNS担当だ。


「いやー、夏希ちゃん、本当に優秀だよね。今年のホームページ、かなり評判良いみたいだし、SNSのほうのつぶやきも、ちょいちょい小ネタとか挟んでる感じが話題になってるよ。シェア数もかなりのもんだし」


 このような誉め言葉は色んな人に言われた。――だけどやっぱり、大島センパイに認めてもらうのが、一番嬉しい。


「夏希ちゃんは、1年生で一番だよ」


 ――これが、今の私への、魔法の言葉。


 しかし最近、気になることがあった。


「大島センパイー。あたし、ミスコンで上手くやれますかね」

「うん?いつも通りの愛莉ちゃん自身を表現すれば、優勝だって夢じゃない」

「大島センパイ!この間はありがとうございます!センパイの言葉にはいつも勇気付けられます」

「あ、そう。それはよかった」


 最近、愛莉がやたら大島センパイとベタベタしようとするのだ。何?私への当て付け?と夏希は憤る。センパイの態度がわりと冷たいのが、救いだ――大島センパイのことになると、未だに余裕がなくなってしまう自分がなんか惨めだ。


                ✳✳✳


「ねえ、聞いてよ」


 夏休みのある日、愛莉と夏希は偶然二人っきりになるタイミングがあった。――大体、愛莉の「聞いてよ」は、聞かなくていいことの方が多い。


「なにー?」


 夏希はサークル共用のパソコンの画面から目を離さないまま、返事をした。――運営ブログの更新で忙しかったのだ。


「あのね。あたし、大島センパイと付き合うことになったの」


 嬉しそうに、そう言ってのけた。本当に、嬉しそうに。


「……え」

「何びっくりしてるのよー。大学の醍醐味って、恋愛でしょ」


 わざと無邪気にそう言い放つ愛莉の笑顔が、悪魔のように見えた。――この子、絶対にわかっている。夏希が大島センパイを好きだってこと。


「マジで?……あ、愛莉、大学に入って初めての彼氏じゃない?……お、おめでとう」


 余裕を見せようと祝福の言葉を述べるが、声が震えた。――これでは逆効果だ。


「……ふふ。ありがと。夏希も早く自分の恋を見つけてね。その時はあたしにも教えて」


 また、その時はあんたから奪ってみせるから。そのように聞こえた。勝ち誇った様子で愛莉は部室から出ていった。




 どうして。大島センパイはいつも夏希が一番だと言ってくれた。愛莉は参加していない会議に夏希だけ参加させてくれたし、愛莉のことはあまり可愛いと思っていないような発言をし、夏希こそがミスコン候補者にふさわしいと言ってくれた。大島センパイは、いつも「愛莉の隣にいる子」だった夏希を、初めて「夏希ちゃん」にしてくれて、愛莉を「夏希ちゃんの幼馴染み」にしてくれた。


 絶対に、大島センパイなら夏希を差し置いて愛莉を選ぶなんてこと、しないだろうと思っていた。涙があふれる。


 「……愛莉を自分の一番にした大島センパイなんて、嫌い」


 そう小さくつぶやいて、夏希はちょっとだけ不思議に思った。――今まで恋していた人を、こんなに簡単に嫌いになれるものなのだろうか?


「……仕事しよ」


 こういう最悪な気分は、目の前にあるやっかいごとを片付けながら忘れるに限る。

 

 ――今はとにかく、ミスコンの運営を頑張ろう。愛莉はきっと、優勝しないだろう。これは決して愛莉の応援にはならないはず。ずっと絶世の美女だと勘違いしてきたけど、冷静に見れば、親が厳しかったことで地味な格好をさせられていた夏希と比べておしゃれだっただけだし、何より、ひとつのサークルにしか所属していない愛莉は他の候補者と比べて団体票が入らないことが明白だった。――大事なところで抜けているのだ、愛莉は。それとも。


「別に、勝たなくてもよかったのかな……」


 もしかすると、だけど。夏希はそう考えてみて、ちょっとだけ怖くなった。――自分のために夏希が下働きをする姿を見て、楽しみたかったのかな。


 いや、まさか。


 コンピュータに向き直る。そうだ、SNSの管理、今日はやっていない。候補者たちがそれぞれのミスコン用公式アカウントでどんなことをつぶやいたかをチェックし、それに対する世の中の人達の反応を見る。――今のところ、誰も炎上していない。こんなことを言っては不謹慎だが、つまらない。


 インターネット接続履歴を辿る。そして夏希は、あることに気づいた。ミスコン候補者の中で一番最後にSNSをこの共用パソコンから使ったのは、愛莉だったのだ。――ミスコン公式アカウントに接続した後で、自分のプライベート用アカウントでログインしていた。そして、適切なログアウトの手続きを取らず、ブラウザを閉じている。慌てていたのだろうか。


 もしかして。いけないとは思いつつ、夏希はその履歴をクリックした。やはりログアウトされないままだったらしい、愛莉のプライベート用アカウントにすんなりと入ってしまった。


 そんなに呟いている数は多くない。だけど、気づいてしまった。――愛莉は、特定のアカウントに、執拗に誹謗中傷ともとれるようなリプライを送り続けていたのだ。


 誰のアカウントだろう。――「cherry」というアカウント名。とりあえず夏希の知り合いではなさそうだった。女の子だろうか。



 そして、夏希は愛莉の二つのアカウント――プライベート用と、ミスコン用――に、ある小さな「爆弾」を仕掛けた。本当に小さな爆弾トリック。最悪、不発に終わっても、まあいいか。そう思いながら、冷静になれない自分を宥めるためにその爆弾を仕掛けたのだ。




※作者より……はい、一応書いておきますと最後に夏希がしたことは恐らく不正アクセス禁止法にあたります(笑)トリックは第3話で暴かれますが、イタズラに使おーなんていって真似してはいけませんよ!ただのフィクションとしてお楽しみいただければ幸いですm(_ _)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る