小学生の初恋をめぐる出来事をきっかけに、愛莉には女子の友達を作ることが難しく思えるようになった。いつも、どんな子といても、自分が相手より勝っているのか劣っているのか、相手は自分のことをどう思っているのか、馬鹿にされているのではないか――そんなことばかり考えてしまうのだ。


「あたし以外の女の子は、そんなの今までも当然だったのかな」


 そう考えると、ぞっとした。そして思うのだ。――幼馴染みの夏希は、どうなのだろうと。いつも自分の隣にいて霞んだ存在だった、夏希は。幼稚園の頃は文句なく「仲良し」と言えた愛莉と夏希だったが、いつのまにか少し疎遠になっていた。それが不安で「あたしたち、親友だよね?」と何度も訊いた。その度に夏希ちゃんは「うん、そうだね」とひきつった笑みを浮かべるのだ。夏希ちゃんは、愛莉と違って賢いから。ずっとずっと昔にこんなこと、わかっていたのかもしれない。


                ✳✳✳


 中学生になると、夏希は私立の女子校、拓真は私立の男子校を受験し、そこに通うことになった。――愛莉だけが、地元の中学に通うのだ。


 そこで出会ったのが、山本やまもと さくら。確かアメリカからの帰国子女だった。帰国子女――なんておしゃれな響きなのだろう。英語もペラペラなんだろうな。こんな子と一緒にいたら、それこそ自分がみじめに見えそう。愛莉は最初、桜には近づくまいと思っていた。


 中学に入ってからはじめてのテストが返却されたとき、愛莉は絶望した。――数学、15点。他の成績も散々なものだった。夏希や拓真と比べると明らかに頭の回転が遅いのは気づいていたけど、ここまでとは思っていなかった。きっと、あたしがクラスで一番、ビリだ。絶望的な気持ちのまま愛莉は、周りの人の返却されたテストをちらちらと盗み見た。


 瞬間、目に入ったのは20という数字。――そう、帰国子女だった桜は国語が極端に苦手だったのだ。便利な情報を手に入れた。愛莉はそう思った。


「――転校生の山本さんだけど」


 テスト返却後数日経って、愛莉はクラスでも派手なグループの女の子に声をかけた。


「やっぱり日本に慣れてなくて、いろいろ苦労するみたいね」

「えー?愛莉、急にどうしちゃったの」


 愛莉が他の子を思いやったりするような人間じゃないことを、きっとその女子はわかっていたんだと思う。


「うーん、なんかね……」

「なによ、教えなさいよ」


 愛莉がわざと言い淀むと、面白いものでも聞くかのような目をしてひじでつついてきた。


 国語20点だって。ちょっとヤバイよね。





 愛莉が渡したそのくだらない情報は、桜を惨めにさせるだけでなく、いじめが始まるのに十分なものだったようだ。ただ国語の成績が悪かっただけだ、何も悪いことはしていない。だけど、クラスの女子は「あの子、帰国子女だからってなんかエラソーだし」「エラソーなのに馬鹿って、救いよう無いよね」と自分達のいじめを正当化した。


 そして愛莉は桜に声をかけた。


「私なんて、数学15点だよ。――秘密にしてね」


 そのときの桜がどんな気持ちだったのか愛莉にはわからない。――だけど、成績も悪く、クラスの女子からのいじめを受けている、そんな惨めな桜の近くにいれば、愛莉も自分を惨めだと思わなくて済むかもしれない。そうして愛莉ちは「親友」になったのだ。中学入学後、初めての「親友」。


 夏希の代わりが、出来たのだ。

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