⑦
その晩、大島センパイから夏希にメールが届いた。
✉ ✉ ✉
件名:明日、時間ありますか
夏希ちゃん
夜遅くごめんね。明日もミスコンの運営の件で、14:00からキャンパスに来てくれると嬉しいです。
その後、二人で一緒に晩御飯でも食べませんか?よければお返事下さい。
大島
✉ ✉ ✉
二人で、って。センパイ、愛莉とつきあってんでしょ?夏希はスマホの画面に向かって舌を出した。――それともなに?こっちは告白もしてないのに、わざわざ振ろうとでもしてんのかしら。残念、大島センパイのことなんて、今はもう好きじゃない。夏希を一番だと思ってくれない、大島センパイのことなんて。
了解しました、とだけ返事を送り、夏希は自室のベッドに倒れこんだ。なんか、全部バカみたいだ。愛莉と再会し、断りきれずに愛莉の下働きとして広告サークルに入れられて。そこで出会った大島センパイにあこがれ、それすら愛莉に取られる。――愛莉の哀れな嘘を知ったとき、絶対に勝てると思ったのに。結局愛莉にも、センパイにもバカにされて、夏希の青春は終わる。
✳✳✳
ちょっとおしゃれだけど、学生でも入れる程度のイタリアン。――きっとこの人、今までいろんな女の子を口説いているんだろうな。その度にここに連れてきていたりして。夏希はそんなことを考えたりもした。
いつも通り、を意識した。いつも通り、ミスコンの運営の愚痴を言い合い、サークル員の笑い話をする。これでいいじゃないか。お互い、楽しいじゃないか。どうして愛莉のことなんか。愛莉のことなんて、忘れてくれればいいのに。
「……それでね、夏希ちゃん」
突然、大島センパイがあらたまった様子で夏希の名前を呼ぶ。――ああ、ついにこの時間が来てしまった。夏希が、愛莉に負けることが決定する瞬間。
「……好きです。付き合ってください」
……え?
「センパイ、ちょっとどういうこと……」
「僕は、夏希ちゃんのことが好きなんだ。――気づかなかった、かな」
ふざけるな。
「私、知ってます。――愛莉と付き合ってらっしゃるんですよね。そういうの、アンフェアじゃないですか」
思いっきり、センパイを睨み付けた。――センパイは、困ったような表情を浮かべた。
「愛莉ちゃんと……俺が?付き合ってると?」
そう言って、小首を傾げる。……あれ、この反応、すごいデジャヴ。
「それ、誰から聞いたの?」
「愛莉が、そうだって」
「愛莉ちゃんが?……もしかして、愛莉ちゃんは俺のことが好きだったのかな?」
よくそんなこと、自分で言えたものだ。いや待て、どういうことだ。……もしかして。
「夏希ちゃん、愛莉ちゃんの嘘にまた騙されたパターンじゃね?……ほんと、困った奴だなあ」
やれやれ、とでもいうような表情を浮かべる大島センパイの顔を見ていたら、きっとこの人は嘘をついていない、と思った。
さいごのさいごまで、愛莉は哀れな嘘を重ねた。――夏希に勝ちたい一心で。それにいちいち翻弄される夏希も哀れなものだが。
「じゃあ」
夏希は口を開いた。
「センパイは、別に愛莉を……」
「なんとも思ってないし、付き合ってもいないよ」
「……よかった」
なぜか、涙が溢れてきた。――嬉し涙。大好きなセンパイが自分の元に帰ってきたから?
違う。
「誤解が解けて、よかった。――夏希ちゃん。俺と、付き合ってください」
ごめんね、センパイ。
「……すみません」
「?」
「ごめんなさい。付き合うことは、できません」
「ど、どうして……だって今」
「違うんです」
「違うって、なにが」
「とにかく、私はダメなんです。――失礼します」
自分の夕食代だけ机の上に叩きつけ、夏希は店を出た。
センパイ自身になんて、別に興味ない。――愛莉じゃなくて夏希を一番にしてくれる人であれば誰でもよかった。幼い頃からの、コンプレックス。それが、愛莉。だけど今回の件で、それも無くなった。
愛莉が何を考えて夏希や、あの「cherry」というアカウントの女の子に攻撃を仕掛けていたのか、よくわからない。だけど、哀れな嘘を重ねて、SNSであんな裏アカウントまで作って、自分の身の回りの人を貶めることばかり楽しむ女の子――ああ、醜い。醜い、醜い。
愛莉って、醜かったんだ。――そんなものと張り合い、劣等感を持っていたのだと思うと情けなくなる。出来ることならそんな過去、忘れてしまいたい。
自分には、愛莉とは比べ物にならないくらいの価値がある。今はそう信じている。あんな子、もう自分の人生には関係ないのだ。忘れてしまえ。そして、愛莉に勝った証――大島センパイなんて、もう夏希には、いらない。
人ごみにまぎれ、夜の街を歩きながら夏希はふと思い出した。――SNSに仕掛けた、小さな爆弾。あれは、いつかはぜるのだろうか。
爆発しないでくれ。急に、思った。そして、恐ろしくなった。
だって、あの仕掛けが動いてしまったら、自分は愛莉と同じ程度のものになってしまうじゃないか――?
もう遅いかもしれない。だけど、あの
『ミス・キャンパスの隣』 fin
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