⑤
「恋、ねえ……」
桜先生は苦笑いをした。
「そういえばこの間、私と大学時代のサークルが一緒だった男子と、今病院で一緒に研修受けている同期の女の子の初デートのお膳立てをさせられたわ……告白するだのしないだの、大変だったんだから。しかもその二人、幼馴染みだったらしくてさ。……なんだよ!幼馴染みの恋を今頃成就させてんのかよ!あいつらもうそろそろアラサーだろ!ああもう、幸せかよ」
「何荒れてるんですか」
「私ももう、26歳なんだなあ……人の恋愛ばっか応援している場合じゃないよ……」
「そろそろアラサー」
「うるさい」
「まあまあ、今日は飲みましょう」
人のことアラサーって言っておいて、自分が言われたら怒るんですか!と雅は心の中で突っ込んだ。
「仕事が楽しくて、まだ良かったよ」
口を尖らせながら先生はそう言った。
「そんなに、楽しいんですか」
雅には、想像がつかない。――正直、勉強が少しだけ、つらいから。
「まあ、そりゃあ大変だけど、小さな頃からの夢が叶ったようなもんだからね……そういう意味では、あいつらと私、同じくらいの幸せを掴んでるかもね」
同じくらい。一番じゃないかもしれない、だけど確かに桜先生は今、幸せみたい。
「学生時代ね、きっと私、本当は楽しかったんだわ」
桜先生が唐突に言った。――少し、酔ってるのかな。
「ずっと、未来の事しか考えないようにしてた――将来の自分は、自分の力で手にいれたものを武器にして、誰よりも強くなってるんだろうって。でも、今になって思うの。いつも満足することのなかった学生時代、もう戻れないけど、あの時だって私は普通に幸せだった」
「先生は、ずっと正しく生きようとしていたから幸せになれたんですよ、きっと」
ありきたりな言葉だ、と自分でも思った。しかし人に意地悪をされても、本当は少々ゲスいことを考えたりしてしまっても、人を貶めたりせず、自分の幸せだけを願って生きる強さをもった先生が、充実した人生を送ることが出来なかったら、この世の中はなんなんだろう、そう思ったのだ。自分にはそんな強さはきっとない。
「間違っても、大丈夫なんだよきっと」
なのに、先生は意外なことを言った。
「さっき雅さんが話してくれた化粧品カウンターのお姉さん、人の彼氏を取るのが趣味だったなんて、明らかに間違っているでしょう。でも今、本気の恋を見つけて幸せになろうとしている」
確かに、そうだ。
「私だっていつも正しかった訳では無かったし。アラサーのくせに初恋を叶えた同期の女の子もさ、大学時代にほんの一時の気の迷いでサークル活動をメチャクチャにしてしまって、サークルをやめなきゃいけなくなった事があるんだって。今は、仕事場では本当に有能で、プライベートも充実してて、キラキラしている。――だから、大丈夫だよ」
桜先生は雅を見て微笑んだ。
「雅さんだって、ちょっとくらい間違っちゃったって、大丈夫だよ。――この世の中は必ずしも勧善懲悪にはなっていない。ちょっとアンフェアだって思うかもしれないけど、それはそれで気楽でしょ?」
隣にいるこの子より私は幸せ?私はクラスで何番目に人気があるの?いつも余裕のあの子は、私のことなんてライバルだとも思っていないんだろうな――少なからず、そんなことを考えてしまう自分のスケールの小ささに絶望する。
だから時々、女の子は間違える。
それだけに、学校生活で起きるほんの小さなことで幸せを感じられるのだ。身近な人に「勝った」と確信できた時。誰か一人でも良い、自分が一番だと言ってもらえた時。頑張ってきたことで、誰かに認められたとき。自分に心を開いてくれる人が現れたとき。
女の子にとって、全ての瞬間が醜くも、いとおしい。
『私の二十歳を、あなたに見せたい』 fin
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます