③
「……んで、どうだったわけよ、世間知らずさんの初バイトは」
――失礼なことを平気で言うのは、桜の合唱サークル同期の
「どうって……」
「どーせ、生徒にコケにされてたんだろ」
「るっさいな……」
「……あら図星」
正確に言うと、コケにされた、というほどではなかった。
✳✳✳
「……では早速だけど、今日勉強するように言われていることを順番にやっていこうと思います」
ノートに記されている通り、まずは数学の問題集から。一次方程式の基礎。――まあ、勉強するまでもないと言えばないのだが。
「先生ゲームとか好きじゃない?」
雅さんが突然、切り出した。
「?」
「この間新しいゲーム買ってもらったの。先生も一緒にやってくれるよね?」
まさかの対戦型ゲームのお誘い。……出会い端は不機嫌で無愛想かと思いきや、やたらフレンドリーに話しかけられて、桜は面喰らった。――いやいや。流石にダメでしょ。家庭教師が生徒と一緒に遊ぶとか何事。
「いや、おかしいやないかい。なんで私が」
「えー、ゲーム苦手なの?」
桜はゲームが得意だった。正直に言うと、煽られたからには受けてたつしかない、くらいの心境だった。――しかし、桜は今、家庭教師なのだ。
「んじゃあさ、ゲーム、やってあげるよ。ただし条件がある」
「なにー?」
「――まずは数学の問題集のノルマを、30分以内に達成すること」
「まーたそういうこと言って勉強させようとする」
「なにいってんの、当たり前でしょ?それにこれもゲームの一貫だし」
「はー?」
……先生に向かって「はー?」とか、なめている以外の何者でもない。
「だからー、数学の問題集がゲームのファーストステージってことよ」
我ながら、上手いこと言った。桜は内心自分の言葉に酔った。
「何上手いこと言った気になってんのよー」
……。
結局、桜は雅さんに乗せられてゲームをすることになった。
「……んじゃ、私が勝ったらちゃんと数学の問題集に取りかかること」
「いいよ。どーせ勝てないし」
本当に、ナメられたものだ。
雅さんは今までもこのように親の目を盗んではゲームに勤しんでいたのだろうか、確かにかなり上級者だった。しかし中高6年間、頑張ったことは勉強のみ、帰宅部、楽しみは家でゲームをすることしかなかった非リアをナメないでほしい。
「あーもう、ゲーム飽きた」
桜に惜しくも敗北した雅さんはコントローラーを放り出した。
「んじゃ。約束通り問題集進めてなー」
「……ちっ」
(し、舌打ちしよった)
雅さん自身の妨害がかなり入りつつも、その日のノルマは達成することが出来た。……桜には不思議だった。お母様はどうしてこんな遊んでばっかりの3時間で、簡単にクリアできてしまうような設定にしたのだろう。これからもこんなペースなのだろうか。
――ま、とりあえずの遊び金欲しさのバイトごときでそんなに深く考えるのもアホらしいけど。ゲームして、雅さんのお愛想をして、ちょっと勉強教えて、簡単な目標を越えていけばしばらくの間それなりのお金が手にはいる。
なんて簡単なお仕事なのだろう?
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