④
結局、生ぬるいノルマはそれ以降の授業でもずっとそのままだった。毎回3時間、お互いに無駄な時間を過ごしていると思いつつも、桜はノルマ以上のことをやろうとは思わなかった。正直、バイトなんてお金さえ契約通りに入ってくればなんでもよかった。
そんなことよりも最近、気になることがあった。――某SNSで、中学校時代の友人から友達申請が送られてきたのだ。
――「友達」って、なんだよ、と桜は時々思う。深くは考えなくてもいいってことくらい、わかっている。こんなのただのSNS用語のひとつだ。それに大学生にもなって「友達ってなんだろう」なんて考えるなんて、中二病が治っていないにもほどがある。
だけど桜はそれを考えずにはいられないのだった。「友達」をSNS用語のひとつと捉えたところで、「友達申請」を送る者は相手と「繋がりたい」と思っているのは確かなのだ。
どうしてあなたが、今、私と「繋がりたい」と思ったの?
――あの時はそんなこと、思っていなかったくせに?
✳✳✳
「……。……ぃ。先生!」
「えっ?……あ、ごめん」
雅さんの指導を初めて、二ヶ月位経っただろうか。――まだ桜はクビになっていなかった。慣れからだろうか、問題集を解き終わった雅さんの、桜を呼ぶ声に咄嗟に反応出来なかった。
「考え事、ですか」
文句を言われるのかと思いきや、雅さんは桜の目をみつめてそう言った。
「あー、そんなところ」
「……何を考えていたんですか」
「く、くだらないことだけどね」
生徒に「SNSがー、」などといった話は流石に出来ない。そもそも桜は自分のプライベートを生徒に語ることはあまりしないようにしていた。――生徒が教師に求めているのは人間としての繋がりではない。ただ、効率良く成績を上げてもらえればそれでいいのだろう、と。
「ごめんね、じゃあ今解いた問題採点するよ」
少しでも相手の時間を奪ったことを詫びつつ、桜は雅さんの解いた問題集の
採点を始めた。――出来ない子では、ないんだよなあ。ちょっと凡ミスが多い気もするけど。そんなことを考えながら、黙々と丸をつけていく。
「はい、採点終わりました。……この問題とこの問題!本当に単純な計算ミスしてるから、一回自分でチェックしてみ」
「マジか……はーい」
渋々ながらも、雅さんは間違えた2問の見直しを始める。初回こそ桜を無理矢理ゲームに誘ってきたものの、ここ2、3週間ほどの授業では比較的落ち着いた学習態度を見せていた。……ケアレスミスさえ無くせば、かなり優秀になるのではないか?と思わないではない。
「……できました」
「うん、正解!よくわかってるじゃん。……じゃあ次の単元に入っちゃいましょう」
せっかく、できる子なのに。
「あー、もう勉強飽きた」
――初回のイヤイヤが、今更復活してしまったみたいだ。
「飽きたって言っても、まだ指導時間だし」
「飽きたものは飽きたの」
「……あーもう!今度はなにをしたいの!テレビゲーム?トランプ?百人一首?」
「なんで百人一首なんて選択肢を思い付いたんですか……」
「古文の勉強にならないでもないから」
少しの間ゲームか遊びか何かに付き合ってあげれば、また渋々勉強に戻ってくれるのだ。それなら、少しだけこの生意気な女の子に無駄とも思える時間を割いてあげたっていい。
「そうじゃなくて」
「百人一首じゃなくて?」
「……考え事の内容。話してよ」
「本当に下らないことだって」
「話さなきゃクビ」
こんな下らない理由でクビかよ。桜はなんだか笑いそうになってしまった。別にそれはそれでいい。大学で話せばそれなりにネタに……ならないか。
クビでもいいよ、そう言いかけて桜は口をつぐんだ。だって、桜を見る雅さんの目を見たら、そんなこと言えなくなってしまったのだ。
――桜は、ある昔話をすることにした。
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