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 私は海外からの帰国子女で、中学入学と同時に日本に帰ってきた。基本的に日常生活の日本語で困ることは少なかったんだけど、国語や日本史は本当に苦手でしたね。


 中一の時、初めての中間テストで国語20点をとった事が判明した時から私への嫌がらせは始まりました。みんなにバカにされ、廊下を歩けば指を指されて陰口を叩かれる。それがエスカレートしていき、持ち物を隠されるようなことも有りました。――本当に典型的な、嫌がらせです。


 そんな私にも、優しく接してくれる友達がいたの。――その友達は「私なんて、数学15点だよ」そう言って、声をかけてくれた。仮にAちゃんとしましょうか。


 しかし私は海外の学校では勉強が出来ることで通っていました。だからプライドも、高かった。――友達に同情されるのは嫌だったし、更には「数学15点な奴と同類なんて」と思っていた。なかなか嫌なやつだね。


 心の中ではそう思っていても、自分に話しかけてくれる人はその子しかいない。それならば仲良くしておくことに越したことはない。そう考えました。――しかもAちゃんは、顔が可愛かったの。場合によってはその女の子と一緒にいることで自分の立場が上がるなんてことも有り得ないではない、そうも考えたみたい。


 必死で勉強した。周りに追い付け追い越せ、引き離せと。成績が悪すぎたことでいじめられたのであれば、成績を良くすればこの状況は打開できる。そう信じていたようです。中学生って吸収が速いのね、中一の三学期には中の上くらいの成績になっていたし、驚くべきことに中二の二学期の期末試験では総合で校内1位を取ったのよ。


 だけど、友達は増えなかった。――家庭教師が生徒に対してこんな発言をするのは絶対良くないとは思うんだけど、勉強が身を助くなんて甘い話はなかった。勉強が出来るようになったらなったで、「ガリ勉だから」「あいつは面白味がない」と言われて仲間外れにされていたね。だけど、劣等感が無くなった分、ずっと気が楽だった。だって、私にはひとり――Aちゃんが居たし。


 Aちゃんだけはいつも近くにいた。成績をあげる度に「すごいね」と褒めてくれるし、「私の本当の友達はあなただけ」って、いつもそう言われて、正直私は得意になっていた。Aちゃんと一緒にいることで私は劣等感を忘れることが出来た。だからAちゃんは、私にとって、居なくてはならない存在になった――


 中学三年のある日、Aちゃんはあるお願いをしてきた。


 ――カンニングに協力してほしい。


 もちろん断った。カンニングして良い点数を取ったって意味がないし、そもそもバレるのは怖い。だけど、Aちゃんが「私たち、友達だよね」って言ったらもう、逆らうことが出来なかった。「友達」を失うのは、誰だって怖い。


 Aちゃんは数学がすごく苦手だった。カンニングの方法は、簡単だった。Aちゃんと私は出席番号が近かったから、私が解いた数学の答案をAちゃんが見えるように置くだけ。本当に原始的なやり方。大丈夫、絶対バレないようにするって。万が一バレてしまったら「私が勝手に人の答案覗いただけです」って言えばいいじゃん。大丈夫、親友を売るなんてこと、しないよ。そう言うAちゃんの言葉を信じて私はただ一度、カンニングに協力してあげることにしたの。


 ――やっぱり、悪事って絶対バレる。


 挙動不審だったAちゃんはテスト後やはり先生に呼び出された。


「……本当にごめんなさい。全部私が悪いんです」


 Aちゃんはそう言って泣いたらしい。


「私が全部悪いんです。――今まで山本さんが、日本に馴れていないから、答案を見せてあげていたんです。それに対する見返りを求めて、今回のテストでは私が無理矢理数学の答案を見せるように頼んだんです」


 そう言って、泣いたらしい。


 みんなを見返そうと思って頑張って来たのに、ただ一回の過ちで、それらが全て嘘になってしまった。


 どうして嘘をついたの、とAちゃんを問いただした。そしたらAちゃんは、こう言った。


「私たちは、親友だよね?私だけが不幸で、桜だけが幸せになるなんて、私は耐えられない」


 結局私とAちゃんはカンニングのレッテルを貼られたまま中学校を卒業することになった。折角自分の力で成績をあげたのに、推薦は当然貰えなかったし内申書も悪くて、高校は私立の滑り止めに通うことになった。――ま、カンニングに協力している時点で罰を受けるのは当然なんだけどね。


 その後、私の努力を全部嘘にしたAちゃんがどんな生活を送ったのか、私は知らない。知ろうとも思わなかった。そんなことにかまっている暇はなかった。私は高校に入ってからも必死で勉強した。ちゃんと勉強して、さらに正しく生きれば、こんな私でも絶対幸せになれると証明したかった。


 そして無事に、国立の医学部に合格した。――大学生活はまだまだこれからだけど、楽しいサークルに入ることが出来て、友達も出来て、好きな勉強も出来る。――多分、私は私なりにやっと幸せになれたんだと思う。やっぱり、努力すればいつかは報われる。近くの人は認めてくれなくても、きっと、自分の事を認めてくれるどこかへ、羽ばたくことが出来る。


 最近、Aちゃんから連絡があって、彼女のことをふと思い出したの。その時、つい思ってしまったんだ。――今の私、Aちゃんより幸せでありますように、と。


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