②
最低最悪の入学式も終え、いよいよ本格的に大学生活がスタートした。医学部医学科の授業は、予想以上に忙しかった。空きコマが殆どなく、毎回小テストを実施する授業も少なくない。だから、昼休みだけはリラックスした時間を送りたかった。なのに。
「夏希ちゃーん。お昼、一緒に食べよう?」
チャット型SNSで、メッセージが届く。それを夏希は通知だけで確認した。――仲が良かった筈の幼馴染みからのメッセージなのに、背筋が凍るような気分がする。私はひどい人間なのだろうか、と夏希はふと思う。
あえてトーク画面は開かない。既読マークを付けたくないからだ。気づかなかったことにしてしまえば、責められることはないだろう。時間が経ってから
「ごめん、メッセージ気づかなかった」
と返せばいい。
✳✳✳
4限が終わり、ようやく帰宅しようと大学の門をでる時、また、あの細い腕が体に巻き付く感触がした。後ろを振り向かなくても、もう誰だかわかる。
「よかったー、今日も会えた」
可愛い笑顔を振りまく愛莉を見て、ああ、私が男だったらこの瞬間がどんなに嬉しいものだっただろうと夏希は考えた。しかし残念ながら夏希は女なのだ。愛莉と同じ、女の子なのだ。
「今日もって……ご近所なんだから外を歩けば大体会ってたでしょ」
「でも、中学校も高校も違った」
「ま、それはそうなんだけど」
夏希は私立の中高一貫校、愛莉は公立の中学から高校受験をして私立の高校に通っていたのだ。中高は、自由で楽しかったな。ふとそんなことを思った。
「んで、今日はなんの用なの」
不機嫌丸出しで、夏希は愛莉の腕を体からほどいた。
「もう、今日の夏希ちゃん、冷たいっ」
愛莉が頬を膨らます。――可愛い。可愛い彼女を見ると、イライラっ、とする。そしてつい、冷たく接してしまう。でも、ご近所さんだし、親同士も繋がりがある愛莉に、本当はそんな態度をとってはいけないことも、わかってはいる。
「私の塩対応はいつものことって、そろそろ気づいたらいいんじゃない」
「……うん、そうね、夏希ちゃんはツンデレだもんねっ」
愛莉が都合の良い解釈をする。違うんだよなあ、でもまあ、そう思ってもらった方が都合がいいな、と納得する自分がいる。
「ところで愛莉、なんで今日こんなに遅いの」
今日は愛莉は3限で終わりだと言っていたはずだ。なのになんで、こんな時間に学校にいたのだろう。
「あのね、サークルの新歓を受けていたの」
「何のサークル?」
正直興味もないけど、社交辞令として訊いておく。――そして、後悔した。
「広告サークルなんだけど。……広告する側じゃなくて、される側として、勧誘されたの」
「広告、される側?」
「ミス・キャンパスコンテストが毎年文化祭で開かれるじゃん?」
なるほど、そういうこと。愛莉は可愛いから。ミス・キャンパスに出場するんだ。そして夏希は――ミス・キャンパスの隣にいつも居る女の子、になる。
「お願いがあるんだけど」
「え?」
そして、愛莉のお願いは、昔からいつも夏希を惨めな気分にさせる。
「一緒に、広告サークルに入ってくれない?」
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