⑤
どうして夏希も桜も、愛莉を置いて自分だけ幸せになろうとするのだろう――あたしたち、「親友」なのに。ねえ、桜。あなたの幸せ、あたしにも少し頂戴。
「あのさ、お願いがあるんだけど」
そして、あの日が訪れたのだ。
「カンニングに、協力してほしいの」
大人になって思い出してみると、なんと馬鹿げた話だろうとさすがの愛莉も思う。中学生の頃の自分は、驚くほど間抜けで、幼かった。
信じられないかもしれないけど、桜は意外にもあっさりOKしてくれた。中学生の頃の愛莉は、一丁前に頼み事をするときにかける魔法の言葉だけは知っていた。「あたしたち、親友でしょ?」――
夏希も桜も、どういうわけかこの言葉を聞くと、ひきつったような笑みを浮かべ、愛莉の無理な頼みを聞いてしまうのだ。本当に、便利な言葉だ。――でも、いつから「親友」って言葉は便利なものに成り下がってしまったのだろう。これは、愛莉自身のせいなのだろうか。
最初は、ただ単にどう足掻いても成績の伸びなかった数学を、ちょっとだけ桜に手伝ってもらうつもりだった。愛莉もまだほんの中学生だったから、そんなことに意味はないとは知りつつも、どうしても衝動を抑えられなかった、ただそれだけ。
罪悪感と不安の中で決行したカンニングは、当然あっという間にバレた。職員室に呼び出されて初めて、愛莉は自分がいろんな物を失ったことに気づいた。先生や友達からの信頼。志望校に合格するための内申書も、悪くなってしまう。――もちろん、親にも連絡がいくだろう。
どうして、あたしだけがいつも不幸になるの。当然、みんな自業自得だと言うだろう。だけど、愛莉はどうすれば自分が幸せになれるのか、もうわからなかった。
幼い頃、大人たちは外見ばかり見て愛莉を誉めていたけど、自分は頭が悪いということには気づいていた。学力の話ではない。――自分自身で幸せに生きていく能力が、根本的に、誰よりも、劣っている。
だから愛莉には他の人を不幸にする事しかできなかったのだ。それが自分を守る唯一の方法。そして、ひとつの嘘をついたのだ。桜が積み上げてきたものを、全部ぶち壊す、嘘。
「私が全部悪いんです。――今まで山本さんが、日本に馴れていないから、答案を見せてあげていたんです。それに対する見返りを求めて、今回のテストでは私が無理矢理数学の答案を見せるように頼んだんです」
嘘をついたことが発覚したとき、さすがの桜も愛莉を問い詰めてきた。私に、なんの恨みがあるの。愛莉には関係ないでしょ?と凄い剣幕だったのは覚えている。
「関係あるよ」
そんな桜に、愛莉はそう言い捨てた。
「私、愛莉になにかした?確かに私は今回のテストで愛莉のカンニングに協力した、許されることではないよ。だけど、それは愛莉がそうしてほしいって言ったからで、愛莉が恨む事ではないじゃない!」
「……そういうことじゃない」
「そういうことじゃない?じゃあ私は何をしたの……?だって、ついこの間まで愛莉、私のことを親友だって言ってたのに」
「だからだよ」
どういう意味なのか、きっと桜には理解できなかっただろう。――自分で、自分がどう幸せに生きていくのか考え、実行することが出来る桜には。
「私たちは、親友だよね?私だけが不幸で、桜だけが幸せになるなんて、私は耐えられない」
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