②
明日は1月の第2月曜日、成人の日。同窓会には参加するつもりだ。中高時代の友人と、振り袖姿で再開するのは楽しみだ。振り袖の色は、赤に決めた。確かにオーソドックスな色だけど、それなりに気に入っている。綺麗って、言ってもらえるかな。――ま、みんな綺麗だろうから、わざわざそんなこと言わないかな。でもまあ、いいや。自分は自分が満足であれば、それでいいかな、と
――それに、本当に楽しみだったのは、明日じゃない、今日なのだ。
本当なら、振り袖を着たいような気分だ。だけど流石にそれは自重する。式でもなんでもないんだから。……というか、自分で着物の着付けなんて出来るわけないし。代わりに、うんと大人っぽい格好をしていこう。黒のワンピースを手に取る。――少し、地味かな。だけどこれを着こなせたら、かっこいい大人に近づける気がする。そして、ネックレスをつけた。大学に行くときにはめんどくさくて使わないんだけど、今日は特別。髪の毛は、どうしたらいいだろう。
久しぶりに、桜先生にメールを送ったのだ。二十歳を機に、一度お会いしたい、と。本当は大学に合格したときに会おうかとも考えたのだが、お互い日程が合わず、おじゃんになった。当時研修医になりたてだった桜先生もそうだが、雅自身、新生活に慣れるのが大変だったのだ。今回だって、きっと先生は忙しいはずなのに、ちゃんとメールに返事をくれた。それだけでも嬉しいことなのだが、幸い、成人式の前日である今日、二人の再会が叶うこととなったのだ。
今日だけでいい。少し、大人になりたい。――自分はもう二十歳。法律的にも大人だと認められているし、お酒だって飲める。なのにどこかまだ、子供が抜けきってないんだよなあ、と思うのだ。理由は、よくわからない。それでも桜先生に、「大人になったね」って言ってもらいたいのだ。
✳✳✳
「わお、雅さん。お久しぶり」
そう言って待ち合わせ場所の駅前に登場した桜先生は、記憶の中の先生そのものだった。少なくとも見た目は学生時代と大差ない。なんだか少し、安心する。
「お久しぶりです」
雅は頭を下げる。――そういえば初めて会った時、自分は挨拶すらまともにしなかった覚えがある。そんな失礼な生徒にも、桜先生はめげずに勉強を教えてくれたのだ。
医学部に合格したら一緒に行こうと約束していた、ちょっとおしゃれなアクアリウムレストランになんとかたどり着いた。
「桜先生……先生がそんなに方向音痴だなんて、私知らなかった」
「まあ、私が方向音痴なのは認めるけど……雅さんも地図まともに読めてなかったし、人のこと言えないじゃん」
「私、箱入り娘のお嬢様過ぎて一人で外出歩いたことないんですもん」
「ほう、言うねえ……」
久しぶりの再会にも拘わらず、このアホ師弟の関係性はあっという間に数年前に戻った。
「おお。……魚だねえ」
「はい、魚ですねえ……ここのレストラン、もしかしてこの水槽の中の魚さばいて料理してるんですかね」
「……んなわけないじゃん、熱帯魚だよこれ」
「冗談です」
「雅さんがいうと、なんか本気にしてそうで怖い」
あまりに内容のない話。――20代女性二人の会話だと、誰も思わないレベルだろう。それが、楽しい。雅はそう思いながらも、もし桜先生がわざわざ雅のために話題を合わせてくれているんだったら、なんか嫌だなあとも思うのだった。
医学部での勉強。サークル活動。アルバイト。――雅が今、頑張っていることの話を、桜先生は楽しそうに聞いてくれた。
「……じゃあさ、雅さんは学生生活を謳歌しているわけだ」
「はい。……まあ、テスト前とか、実習とかはかなりつらいんですけどね」
「まあ、また分からない事とか相談事とかあったらメールしてくれてもいいんだよ?すぐにとはいかないかも知れないけど、答えるから」
「……ありがとうございます」
桜先生はいつだってそう言ってくれる。中学生だったあの頃に比べて、雅はかなり成長したはずだった。しかしそれと同時に、桜先生だって年を取るのだ。先生はいつだって雅にとって「6歳上のお姉さん」で、今はもう「26歳の社会人」なわけだ。冷静に考えてみると社会人が、学生を見て「大人になったなあ」なんて、思うはずがない。――少し背伸びをしていたことが恥ずかしくなってきた。
「先生はもう、社会人なんですね」
「ま、社会人つったって、まだ研修医2年目だから半人前なわけだけど……」
「大人ですね、社会人って。……私、少し『社会』が怖いです」
「それ、私も学生時代思ったわ」
「社会」ってなんなんだろう。働いて、お金を稼ぐ場所?そこは人のエゴや欲望やプライドが渦巻く、弱肉強食の場所?自分はそんな世界でやっていけるの?こんなにも世の中を知らないのに。
「早く、大人になりたい」
雅は、思わずそうつぶやいた。
「いずれその時が来て、無理矢理社会に放り出される前に、大人になってしまいたい」
でもそんな雅の言葉を聞いて、桜先生は言ったのだ。
「そう?子供でいられるのなら、そっちのほうが幸せじゃない?――だから私は今でも学生のような人間でいるつもり」
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