⑫
「ぱ……パソコン?いいよ」
どうしてあの時、上手いこと言って断らなかったのだろう。後になって後悔するとは、この時は思っていなかった。
夏希と二人きりなんて、久しぶりかもしれない。――小さな頃、なんにも知らなかった頃に戻れないかな。戻れないな。だって、平穏だった毎日をぶち壊したのは、愛莉自身だったのだ。そんなことを考えた。
夏希は愛莉に背を向けたまま、黙々とパソコン操作を続ける。――夏希は、愛莉が居なくたって楽しいんだ。いや、居ない方が。小さな頃は引っ込み思案で、愛莉が居なければ誰とも喋ろうとしなかった。それからだんだん大きくなって、徐々に距離ができて――
だから、この時愛莉は夏希に酷い嘘をついたのだ。夏希が好きな大島センパイと付き合うことになった、と。
それを聞いたとき、夏希はあからさまに動揺していた。愛莉から、夏希へのカウンター攻撃。成長して、自分なんかよりもよほど強くなったように見えた夏希も、やっぱショボいわ。愛莉はそう思ったらなんだか安心してしまった。――不謹慎だけど、笑みがこぼれる。
✳✳✳
帰宅後しばらくして、愛莉は充電しておいたスマートフォンでまたSNSを覗いた。そして、桜のアカウントを見つけ、それをタップする。
「えー、別に大丈夫だよ。昔の付き合いの人だから、どうでもいいし」
普段見ているホーム画面には現れない、誰かに対するリプライが目にはいる。
タップ。
「桜、最近なんか変な人から変なリプライ来てるの?」
「大丈夫?困ったら相談に乗るけど」
なるほど、大学の友達が桜を心配して送ったリプライに答えていたのか。そして、「変な人」「昔の付き合いの人」は、愛莉。数々の攻撃的な投稿に、桜は全くしょげていなかったのだ。愛莉の事なんて、ダサくてみっともない中学時代なんて、「昔の事」でしかない。桜にとっては少なくともそうなのだ。過去は過去として割りきっている。そう思ったら、どんどん自分が惨めに思えた。――自分は一体、何をやっているのだろう?
「まーだ大学の友達の前で猫被ってんだ。でもそろそろ限界なんじゃない?あんたはいずれまたみっともない『ぼっち』になるの、昔を知っている人からすれば一目瞭然なのよ」
そして、送ろうとした。――画面の右上に表示されている自分のアイコンが目に止まる。白いワンピースを着て、ニコニコと微笑む、自分の姿。偽りの自分の姿。
「あぶな、ミスコン用のアカウントで送りつける所だった」
人へのリプライは他のユーザーのホーム画面に表示されないとはいえ、誰かが愛莉のアカウントをタップすればそれで見ることが出来てしまう。そんなところにこんな投稿があったら、炎上必至だ。
アイコンをタップして、アカウントを切り替える。ただのフリー素材を使った、個人用のアカウントに。操作している時に、なんともいえない違和感を覚えたが、特に気にしなかった。
送信。――そして少しすっきりして、少し、自分にがっかりする。いつもの事だ。
✳✳✳
夏休み期間だったが、次の日の朝一番に愛莉は大学に呼び出された。――大島センパイから、緊急の呼び出し。
「ミスコンの活動のことで相談があります。至急、学校の部室に来て」
どうせ、大したことじゃないんでしょ……?そう思いながらも、ほんの少しの嫌な予感と共に愛莉は身支度を整えるのであった。
「自分がしたことは、わかってるな?」
登校するなり、大島センパイの顔が険しい。
「……え、どういうことですか」
「愛莉ちゃん。――自分がミスコン候補者っていう自覚、ほんとうにあるの?」
「話が見えないんですが」
センパイは、呆れたように首を振った。
「自分のSNSが炎上しているのは、知っているのか?」
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