『平民出身の帝国将官』3巻発売記念! 読者応募のエピソードを主人公がズバッと解決する「ざまぁSS」公開

「次にくるライトノベル大賞2024」文庫部門6位にランクインした『平民出身の帝国将官、無能な貴族上官を蹂躙して成り上がる3』(著者:花音小坂/イラスト:くろぎり)。
3月19日、その書籍版3巻がファンタジア文庫より発売されます。

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これを記念して「ヘーゼンがズバッと解決!! イライラ上司&職場エピソード大募集特別企画」を開催。
読者がフォームから応募した「職場のモヤっとしたエピソード」を元に、主人公であるヘーゼンが痛快に解決するSSを著者の花音小坂さんに書き下ろしていただきました。

この記事では、そのうち1編を公開。「読者」さんからいただいたエピソードを元にしたSSです。 どうぞお楽しみください!

『締め切り』

 月末。職業人であれば、誰もが締め切りを守るために、ラストスパートをかけるこの時。下級内政官のローメ=リーは、焦りながら書類の作成に勤しんでいた。


 帝国将官には多くの決裁書類が存在する。特に月末は、短期間に数十もの書類を上官に承認してもらわなければいけないので、非常に忙しい。


 そんな中。


「んー……今日も1日いい天気だなー」
「「「「……」」」」


 上級内政補佐官のサノバチ=ソーコは、今日も、一人で優雅に紅茶を片手に、資料を一枚一枚ゆっくりと眺めていた。『管理職はプレーヤーではない』をモットーに、彼らがどんなに忙しくても、下の仕事は絶対に手伝わない。


 ただ、書類のチェックを行い、承認をするのみだ。


 そして……


「んー♪ ふんふふーんふふーん……ん?」


 突然の鼻歌中断。サノバチ上級内政補佐官の資料をめくる手がピタッと止まり、クワッと目を見開いて叫ぶ。


「んのぉーい! のぉーい! おい、ローメ下級内政官! ちょっと来いいいいいいいいいっ!」
「は、はい!」
「んこれぇ! これ間違ってるじゃないか! 誤字、誤字誤字誤字!」
「……っ」


 しまった、とローメは地獄に叩き落とされた心地になった。サノバチ上級内政補佐官は、自称『添削の鬼』。誤字・脱字のある文書は絶対に承認しない。


「はい、最初からやり直しえええええぇっ! や・り・な・お・しええええええええぇ!」
「は、はい」


 得意気に耳元で怒鳴る上官に、ローメは肩を落として席へと戻る。


「あーあー! もったいなー! 出戻りで時間もったいなー! でもぉ! お前が悪いんだからしょうがないなー!? あー、もったいなー面倒くさいー」
「も、申し訳ありません」


 これで、今夜は徹夜確定だ……いや、こうなることはわかっていたのに、チェックを怠った自分が悪いのだ。無理矢理、そんな風に言い聞かせる。


 そんな中。


 ヘーゼン中級内政官が入ってきた。


 彼は先日、この部署に配属されてきた直属の上官だ。だが、着任に間も無く、いろいろ挨拶周りがあるということで、今月の締め切りのある緊急資料には『上官不在』ということで決裁を飛ばす許可をもらっていた。


 ……だが、早速、ヘーゼン中級内政官の信頼を裏切ってしまった。


 そして。


「おい! どう言うつもりだ!? 部下の教育がまったくなってないぞ!」


 サノバチ上級内政補佐官が、鬼の首を取ったように、彼の机に資料を叩きつけた。


 一方で、ヘーゼンは怪訝な表情で資料を高速でめくり首を傾げる。


「特に内容的には問題ありませんね。通していいのでは?」


 !?


「んのぉーい! のぉーい! バカお前、目ぇついてんのか!? ここだよ! コ・コ! 間違ってるじゃないかー! 誤字誤字誤字誤字いいいいっ!」


 サノバチ上級内政補佐官は、顔をタコのように真っ赤にしながら怒り、書類にぶっとい指を叩きつける。


 だが。


「ああ、ここですか」


 !!?


「んのぉーい! んんのぉーおおおおいっ! お、お前っ……今、修正したな? そんなこと許されるとでも本気で思ってるのか!?」
「方筆で修正すれば、公式的には問題ない文書のはずですが。一つだけですし」
「……っ」


 方筆とは、魔力の籠った筆であるので、主に契約魔法や公式文書に広く使われる。


 そして、確かに、その制度は法的に認められているので、ヘーゼン中級内政官の言葉は完全に正しい。文書の効力もまったく問題がなく有効である。


 だが、サノバチ上級内政補佐官は、興奮のあまり、涎を垂らしながら力説する。


「そう言う問題じゃないんだよ! お前さぁ! なんのための上官だよ!? 誤字・脱字なんてある気合いの抜けた書類なんて、上は絶対に通さないぞー!」


 そうなのだ。誤字・脱字のある文書を修正・加筆すれば公式文書として決裁はしない。それが、多くの部署でまかり通っている慣例である。


 だが、ヘーゼンは真っ向から反論する。


「あまりに多いのは少し問題ですが、これくらいならば許容範囲でしょう。むしろ、より中身を重視した方が建設的では?」
「そう言う問題じゃないんだよ! 文書は綺麗でなきゃ意味がないんだよ意味が! いいかぁ! 私の目の黒いうちは、そんな腑抜けの文書は、上は絶対に通さないぞー!」
「……」
「んああ? 『自分は今回見てませんでした』とか言うつもりか!? あいにくなぁ、そんな生っちょろい屁理屈が通用する世界じゃねーんだよ、仕事ってやつぁ!」
「……っ」


 無茶苦茶だ。確かに、ヘーゼン中級内政官は上層部から嫌われているが、それでもあまりにも無茶が過ぎる。


「……ふぅ、わかりました」


 しかし、ヘーゼン中級内政官は言い訳をせず、小さくため息をついて返事をする。


「ふん、バカが! いーかー、今後も1つでも誤字・脱字があったら、私は断固承認しないからな! いいか! 何度でも言うぞ! 私は! 誤字・脱字のある文章に関しては一切承認する気はない! たとえ、締め切りに間に合わなくてもだ! これは、私のポリシーだ! 絶対不可逆的に、それを頭に叩き込め!」


 そう言い捨てて、サノバチ上級内政補佐官は自分の席へと戻って行った。


「ヘーゼン中級内政官。本当に申し訳ありません」


 代わりに激昂を受けた上官に対し、ローメは全力で頭を下げた。自分のケアレスミスのせいで、代わりにヘーゼンが怒られてしまった。


 罪悪感で、押しつぶされそうだ。


 だが。


「いいんだ。だが、これからはすべて、僕に提出してくれ。一つ一つ、誤字・脱字のないよう必ずチェックするから」
「は、はい」


 黒髪の青年は、ニッコリと笑った。


           *


「ククク……んのぉーい! のぉーい! 今日が月末最終日だぞー? 全然、資料が出てこないぞぉ! いいのかー、期限きれちゃってもいいのかぁー?」
「ああ、誤字・脱字のチェックをしてますので」
「ククク……急げ、急げよー。間に合わなきゃ、お前が徹夜してやれよー」


          ・・・


「ククク……昼だ昼ー! 仕事遅いなー、ヘーゼン中級内政官。お前、仕事遅いなー。マジで使えないわー」
「すいません、まだ、配属して間もないので確認が追いついてなくて」
「そんな寝言が言えるなんて、最近の若いヤツは生っちょろくていーね。私が若い時にはそんなこと言ってたヤツはボコだったけどな。ボコ」
「……」
「ククク……」


          ・・・


 そして、月末最終日の定時過ぎ。


「えっ? あっ! ちっ? ん? こっ? く? うううううううううううううっ!?」


 サノバチは、驚きのあまり、さまざまな擬音を発するに至った。目の前にある光景が信じられなかった。


 締め切り。


 締め切りはとっくに過ぎているにも関わらず、決裁書類が一つも回ってこない。


「んのぉーい! のぉーい! へ、へ、ヘーゼン中級内政官、どう言うつもりだ!? 今、何時だぁ!? ん全然、出てこないじゃないかあああああ!?」
「あっ、はい」
「……っ」


 返事が雑ー!?


「なんでだぁ! どうなっているんだお前の納期管理意識はぁ!?」
「誤字・脱字の確認中です」
「……っ」


 そ、そんなバナナ。


「んのぉーい! のぉーおおおおおおおおおおい! 締め切り過ぎてるんだぞ! 日付け越えたらシャレにならんぞ!? お前、マジでわかってるのかー!?」
「わかってますよ。でも、確認中なので仕方ないですよね? 誤字・脱字がなく、綺麗じゃないと通してくれないですものね」
「……っ」


 サノバチ上級内政補佐官は耳を疑った。月末締めの書類は、今日の日付が変わる時には、絶対に出さなきゃならない書類なのだ。


 でないと、全部、落ちてしまう。


 基本的に契約魔法で縛られているので、締め切りを落とすと、上級貴族領の経営にすら影響を及ぼす書類もある。いや……毎月、そんな書類のオンパレードだと言っていい。


 全落としは、前代未聞。ハッキリ言って、ヤバ過ぎる。


 苦情。


 苦情……いや、全部はマジで降格必至。


「お、お前わかってるのか!? 今日の23時59分が締め切りなんだぞ!? 死ぬ気でやれええええええええええっ! 多少は融通してやらんでもないから早く回せえええええええええええええええっ!」
「嫌ですね。私は、サノバチ上級内政補佐官の信念を全うします」


 !!!?


「んのぉーいいいいいいいっ! のぉーいいいいっ! お前、バカか!? 降格したいのか!? 降格するぞ! いや、クビになるぞ!?」
「覚悟してます」
「……っ」


 なんと言う、真っ直ぐな、瞳(迷惑)。


 もちろん、サノバチ上級内政補佐官にそんな覚悟なんてミジンコほどもない。締め切りを過ぎたものに関しては、死ぬほど文句を言って、ギリギリまでやらせて、本当にダメならば最後の手段として、泣く泣く誤字を見逃して通してやっていたのだ。


 んでも……まだ、1つも見てないはヤバ過ぎる。


「しょ、書類を見せてみろおおおおおおっ! とにかく……今日のところは承認してやるからあああああっ!」
「嫌ですね」


 !!?


「んのぉーおおおおおおおおおおおい! んんのぉーおおおおおおおい! ふざけるな、『押してやる』って言ってんだよ、何が不満だこらぁ!?」
「はぁ……わかりませんかね?」


 ヘーゼンは真っ直ぐにサノバチを見下ろしながら答える。


。その中途半端さが。ただ、それだけです」
「ぅ……ん……こ……く……ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 コイツはヤバい。


 すこぶる、明らかに、これみよがしにヤバ過ぎる。コイツはマジで、ガチで、ギチで、ヤバいモンスター部下だと、サノバチは実感した。


「ぬおいいいいいっ! お前ら、こんなバカはいいから、早く……早く決裁書類を全部、私の元へ持って来いいいいいいっ!」


 サノバチは、ヘーゼンに背を向けて、部下の部下である下級内政官たちに向かって、涎をベチャベチャに飛ばしながら叫ぶ。


 だが。


「そ、それが……全部、ヘーゼン中級内政官が回収してまして」
「……っ」


 またまた振り返って。


 サノバチは、ヘーゼン中級内政官に向かって胸ぐらを掴む。


「出せええええっ! どこやったー!? どこどこどこどこ! どこどこどこどこどこどこやったー!?」
「言えません。
「……っ」


 そんなバナナが止まらない。


「すいませんね、来たばかりなのでチェックに時間がかかっちゃうんですよー」
「……っっ」


 てへぺろな感じで、人質。決裁書類が、てへぺろな感じで、人質に取られた。


「押させてー! おさっおさおさ押させてよー! 押させてー!」
「ダメです」
「……っ」


 『押す』って言ってるのに。確認は省略してでもハンコを押すって言っているのに、『承認をしてやる』って言っているのに、どうしても、断固たる決意で絶対不可逆的に押させてくれない、部下。


「っと。君たちは帰っていいよー。あとは、私がチェックしておくから」


 !?


「んのぉーい! のぉーいいいいいいっ! 帰るなよおおおおおおおおっ! お前ら最初から作って私のとこまで持って来ーい!」
「間に合うわけないでしょう? バカですか?」
「……っ」


 カチ殺す!


「誤字・脱字はダメなんでしょう? 私が持っているのは、すべて書類ですから」
「す、すべてって! 本物のバカか貴様はっ!? 間に合わないだろうが! 貴様の監督責任だぞ!?」
「はい」
「どう責任を取るつもりだ!?」
「取りませんよー……
「……へっ?」


 カチッ。


『私は! 誤字・脱字のある文章に関しては一切承認する気はない! たとえ、締め切りに間に合わなくてもだ! これは、私のポリシーだ! 絶対不可逆的に、それを頭に叩き込め!』


 カチッ。


 !?


「あっ? っ? ちょ? ん? ぶ? りん? けぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 サノバチは、あまりの衝撃に対し、さまざまな擬音で驚きを表現する。


「一応、内政官なので、証拠エヴィデンスは用意してます。この蓄音機で保管した音声を元に、全身全霊で法廷闘争も辞さないです、私」
「……っ」


 ん一番面倒くさいタイプー!?


 完全に捨て身フルダイブで向かってくるガチモン。こちらには、完全にそんな覚悟もないのに、身勝手にガンギマリしてるマジでヤバいヤツ。


 覚悟が決まっているリアルガチヤバさん。


「ひっ……」


 ふと、時計を見るとすでに時間は2時間が経過。これから上級内政官の承認を控えていると考えると、本格的にマズい。


「た、頼む! 私が悪かった! 頼むから、書類を私に渡してくれ! とにかく、よこしてくれ! よこしてくれえええええええええっ」


 謝った。屈辱に塗れていたが、全身全霊を持って謝った。


 だが。


「絶対に嫌ですね」
「ひうううっ……」


 断固拒否。何がコイツをそうさせるのか、全然わからない。ゼンゼン、イチミリモ……ワカラナイ。


 そんな中。


「何をしているんだ? そろそろ、押してくれないと、マズイぞ」


 やがて、モルドド上級内政官が、至極迷惑そうな表情でやって来た。


「あっ……そ、それが……コイツがああああっ! コイツがあああああっ!」


 サノバチが涙目で叫び散らす。もう、こうなれば助けを求めるしかない。


 そして。


 モルドド上級内政官の袖に縋りついて、ヘーゼンの方を振り返って指をさした時。


「ああ、ここに。あとは、サノバチ上級内政補佐官の承認待ちです」


 !?


 ヘーゼン中級内政官が、机の引き出しの鍵を開けて、ゴッソリと書類を出してきた。


「か、貸せええええええええええええっ!」


 すぐに、ヘーゼンの隠し持っていた書類の束をひったくり、サノバチは高速の速さでハンコを押し続ける。


 ハンコを押した。一つの誤字・脱字を確認することなく、ただ、ひたすら……一心不乱に……


「アタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ! アタタタッ! アタァ!」


 押した。もう、すんごい押した。


 そして。


「はぁ……はぁ……あ……はぁ……はぁ……」


 息を切らしながら、放心状態で、その場にヘタリ込む。


 今は……


 今は、もう、今は何も考えられない。


 気がつけば。


 数十分が経過しており。


 すでに、モルドド上級内政官は呆れた様子で立ち去り、ヘーゼン中級内政官や下級内政官たちは、サイレント退勤していた。


「……」


 何が……何が起きたのか、よくわからない。


 世にも奇妙な物語。


 そして。


 さらに数十分後、モルドド上級内政官は焦った表情で戻ってきた。


「はぁ……はぁ……サノバチ上級内政補佐官……君は正気か?」
「えっ? も、申し訳ありません。それには深い事情が」


 やはり、誤字・脱字が……あんのクソゴミ部下ども……やはり、自分が見てやらないとーー






































「君は、自身の着服の証拠と告発状に承認印を押してるんだぞ!?」
「あへ?」


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気になった方は、ぜひ本編もお楽しみください!

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