母の愛 子の愛 4

1人暗闇の中を走る赤い影があった


浅間灯夜は走る

ただひたすらに走り続けた


ーーさっきの光景・・・なんだあれ


レオが見届けた後、トウヤはズキリと軽い頭痛に襲われた後、ひとつの光景を見た


下水道の部屋の中、割れた培養槽の前で笑顔で血溜まりの中で倒れ伏すハーデと、栗色の髪を振り乱しながら黒髪の女を喰い散らかすメーテルの姿を幻視したのだ


それに猛烈に嫌な予感を覚えた


「なんか、急がないとやばい・・・!」


トウヤは走る

最悪な未来を回避するために





暗闇の中で、彼女は1人思い出す

あの召喚された日のことを


それは今までも星の数ほど聞いた願いだった

大切な家族を生き返らせて欲しいという普遍的な願い


だが、彼女は違った

どこで知ったのか並行世界に散らばる娘の因子を集め、新たな身体を再生成してまで願ったのだ


その妄執とも言える程の行動はハーデの興味を引いた

最初は好奇心だった

好奇心で娘と共にに新たな肉体へと入り込んだ


しかし、娘の方が表に出ることを拒否したのだ

何故?と疑問を浮かべると、少女は悲しげな表情を浮かべながら言った


「私が出たらお母さんが前に進めない」


確かにこの肉体は不完全だった

寿命も持って数年だろう、だからこそハーデは入り込んだのだ

短い間だけでも再開した人間が、その後もう一度最愛の人間が死んだ時、どんな様子を浮かべるのか


だが、どうしようとも彼女は表に出てこない

だから、仕方なくハーデが表に出て娘のフリをする事になった


それからの日々はハーデにとっては珍しい体験となるのだ


女と共に食事をとり、出掛け、会話する

家族としての当たり前の日常、しかし、冥界の主として作り出されたハーデにとっては初めての奇妙な体験だった


だからこそ、日に日に狂っていく母の姿にも気付けたのだ


記憶と異なる娘の赤ん坊の様な舌ったらずな言葉遣い、やんちゃだったメーテルとは違う落ち着き過ぎている行動は母の精神をすり減らして行く


そうして薄々ながらも気が付くのだ

これは娘では無いと


問いただされた日の事を今でも思い出す


娘はどこと聞かれた時の顔

この身体の中に引き篭もってある事

身体の寿命が幾許も無い事


今娘として接している人物が娘では無いが、それでも母として接しようと無理をする顔


その時、自分はどんな顔をしていたのだろうか

ただ母の悲しそうな笑みを今でも忘れられない


だから協力した

あの哀れな犠牲者達の身体を抜き取り、再構築して新しい身体を作り上げる事に


だから協力した

人に近づき過ぎて、自分が神で無くなっても


だからこそ今、母の悲願が達成される事を嬉しく思う自分がいる事に驚きはない


「お帰りなさい、ハーデ」


「ただいま、お母さん」


母の嬉しそうな笑みに、ハーデも笑う


それ程までに愛して知ったのだ


「ハーデ、あなたのお陰でメーテルが帰って来るわ、本当にありがとう」


女が嬉しそうに笑顔で顔の前で手を合わせると、ハーデもまた嬉しそうにしていた


嬉しそうに培養槽を撫でれば中に浮かぶ者を愛おしげに見つめる女


「あとは、あなたがメーテルの魂を解放してくれたら全てが終わる・・・」


そう今メーテルの魂はハーゼと共にある

だからこそ、解放する必要があるのだ


机の上に置かれている1本の短剣を手に取ると、女は狂気の浮かんだ目でそれをハーデに手渡す


「はい、ハーデ」


「ありがとう、お母さん」


ハーデもまた、その短剣を何の迷いも疑いもなく受け取ると喉元に向けて突き立てた


全ては母の為そう思いながら、自身の内側から響く声には耳を傾ける事なく


その刃をもって首を貫く


『フレアシューター、スタンモード』


しかし、その刃は喉に届く事はなかった

寸前で赤い魔力弾に弾き飛ばされたのだ


母子は一瞬驚いた顔を覗かせた後に、魔力弾を飛ばしてきた者の潜む通路の暗闇を睨む


「おのれ・・・誰だ、邪魔をするのは!!」


忌々しげに女が叫べば、カツンカツンと音を立てて誰かが近付いてくる


しかして、闇から現れたのは赤いスーツに身を包む、1人のヒーローの姿だった


「あなたは・・・もう来たの?」


その姿にハーデは苦い顔を浮かべる

やはり、あの時始末しておくべきだったと


一方のトウヤは2人の姿を見つけ安堵している


幻視した光景にあった場所、ハーデと幻視の中で見た女の姿

その光景にトウヤは思わず呟く


「間に合った・・・」


「間に合わなければ良かったのにね」


その呟きに女はそう言い歯噛みする


「あなた誰?その様子だと、ヒーローという事で良いのかしら?」


「そうだ、ヒーローフレアレッド、それが俺の名前だ」


名乗るトウヤだが、女は心底どうでも良さそうに鼻を鳴らす


「あなたの名前なんてどうでも良いの、私達はね、大切な人を取り戻す為の儀式をしているの、邪魔しないでもらえる?」


その言葉にトウヤは仮面の中で眉間に皺を寄せ目を細めた

一言で言えば苛立ったのだ

彼女の態度ではなく、その言葉に


「その為に・・・他人の大切な人を奪ったのか?」


今回の一件で見つかった犠牲者の数は12名

一家全滅した世帯もあれば、行方不明になっていた家族の一部と暗い霊安室で再開した家族もいた


それがわかっているが故に、トウヤは怒る


自身の大切な人を守るのも取り戻そうとするのはわかるが、何も関係の無い人間を殺し、利用して取り戻そうとする行為に


だが、その言葉に女もまた怒りを露わにする


「それが・・・それがどうしたの!?あの子はね、もっと生きていけるはずだったの、もっとたくさん色んな光景を見て人生を謳歌する筈だった。それを奪われたのよ?取り戻そうとする事の何が悪いの!!」


トウヤの言葉の意味は、女にも理解できている

だが、心が拒否するのだ

その事実を認めたく無い


それ故に自身の行なっている行為が間違っていると指摘され怒り狂う

それは自身でもわかっている事からこそ、怒りに身を溺れさせ、理性を消して考えない様にするのだ


きっと正気に戻れば、引き返せない過去ばかりを見つめてしまうと、娘の存在が希薄になってしまうと思ったから


そんな彼女の言葉はトウヤの良心を刺激した

何があったのかはトウヤにはわからない、だが何かあったのはわかるし、家族を思う気持ちは胸がズキリと痛くなるほど理解できた


だが、その行動は理解出来ない


「気持ちはわかるよ、でも、その行動を容認するわけにはいかない」


「そう・・・なら敵ね、ハーデ、手伝ってくれる?」


「うん、わかったよお母さん」


ハーデの言葉と共に女が長杖をトウヤに向ける


「全てはメーテルの為に」


その言葉が合図だった


トウヤの足元に黒が滲み出てくる

それに気が付けばトウヤは前へ出た


杖を見るに女は古式魔法を使う術士、ハーデはおそらく遠距離も近距離もいける


ならば、遠中距離で戦ってもジリ貧になるだけだから前に出て肉薄した方が良いと考えた為だ


「コオト・メカラ・キマキツ・チウ・ケヤ・ノオホ」


女が詠唱する

そのひとつひとつに高濃度の魔力が籠った呪言を6節


長杖の先端に魔力が収束されていき、トウヤは身体の内側が熱くなるのを感じた

熱は強いに強くなっていく


「・・・!フレアジェット、レディ!」


『イグニッション、プレパレーション』


「イグニッション!」


マズイと思ったトウヤはすぐさまフレアジェットを起動し、肩から噴かして横に飛んだ


その瞬間、トウヤの先ほどまでいた場所のちょうど胸に当たる高さから火が噴き出てその場でトグロを巻く


「あら、勘が良いのね?」


嫌味っぽく微笑む女、その微笑みにトウヤは恐ろしさすら感じ恐怖故に引き攣った笑みを浮かべる


その間にも足元の地面から生まれた黒い滲みから無数の槍が突き出されていた


移動して躱わせばその位置に黒い滲みが出現し剣を突き出してくる


幸い、ある程度広い部屋の中だからか、壁からの攻撃は無いが、その分足止めをして来ていた


「コオト・ルシバ・ワーナ」


聞き覚えのある呪文に咄嗟に飛び上がれば、トウヤのいた位置に光の縄が作り出され結ばれる


「今よ、ハーデ」


「うん」


その言葉と共に天井に黒が滲み出る


「やばっ!」


それに気が付いた時にはトウヤの頭上から槍が降り注いでいた


急ぎ肩のジェットを噴射して降下するが、何本か首と肩を掠める


「グゥッ・・・!」


姿勢を整える暇もなく降下、というよりも落下した所為もあってか、噴射された燃焼ガスの勢いにより身体の節々に痛みを感じる


だが、そんな事などお構いなしにハーデはトウヤの足元に黒い滲みを生み出す


ーーあんまり遠くから戦闘したくなかったけど、仕方ない!


それに気が付き後ろに飛ぶとトウヤはフレアシューターを展開する


『フレアシューター、アクティベート』


「スタンモード!」


『フレアシューター、スタンモード』


その掛け声と共に引き金を引けば、スタンモードとなったフレアシューターは熱線ではなく魔力弾を撃ち出す


「無駄だよ」


しかし、撃ち出された魔力弾はハーデの生み出した槍の壁に阻まれてしまう


その後ろでは女が新たな呪言を唱え始めた


「コオト・キマキツ・チウ・トソ・ベテス・インジカ・ションゲ・ケヤ・ノオホ」


9節に及ぶ大詠唱の末、トウヤの前に小さな火球が現れる


前を見て目を見開き驚くトウヤ


「死ね」


「逃げろ・・・!!」


火球が膨れ上がり、トウヤに向けてその灼熱の奔流を放出する

彼女達の前を爆炎が覆い、部屋の外、通路までもを灼熱が覆う

たまらず叫ぶトウヤだが、その炎をモロに受け炎の奔流に飲み込まれる


「これで終わりね」


女は安堵の言葉を上げる


「・・・うん」


だが、ハーデ少し先ほどトウヤが発した言葉が気になる様子だった

何故、逃げろ、だったのかと


「それじゃ、気を取り直してやりましょうか」


バシンという小さくくぐもった音が背後から聞こえる


「ハーデ、あなたの傷はすぐ塞ぐから少しだけ辛抱してね?」


ピシリという音が鳴る

だが、女は悲願達成が間近で興奮しているためか気が付かない


唯一顔を向けたハーデだけが気が付いた

目を見開き、顔を亀裂の入った培養槽に押し付け、まるで動物が威嚇するかの様に歯を見せるメーテルの身体になる筈だった者の姿を


培養槽の亀裂がさらに大きくなっていく


そして、気が付けばハーデは母を押し除けていた


培養槽が割れた

何かが砕ける音と共に



女とハーデは思い違いをしていた

この世界では肉体とは魂を中心に構成される

それ故に肉体が消滅すれば魂は所謂あの世へと向かう


蘇生の術はあるが、それは魂がある状態でないとうまく機能しない

今メーテルの魂はハーデと同じ身体に収まっている


ならば、今、新しく作られた彼女肉体に入っているのは何なのだろうか


首筋を噛み毟られ、臓腑を貪られながらハーデはボンヤリと考えていた


遠くからは母の悲鳴が聞こえる

その声にハーデは安心感を覚えた

良かった。お母さんは無事だ、と


だが、いつまでも母は悲鳴を上げるだけではなかった

助けようと、ハーデを貪るそれを必死に引き剥がそうとする


身体強化魔法を使い両脇に手を入れて、引き剥がすと部屋の隅へと力一杯放り投げた


「メーテル?メーテル!しっかりして!!メーテル?聞こえる?メーテル!!!」


ボンヤリとした視界の中、母の悲鳴の様な叫びとポタポタと垂れる涙が見える


ーーお母さん泣かないで?


口を動かすが、声はうまく出てくれない

あれ?なんでだろう、そう考えた時、声が聞こえた


ーー行こう?


その声に導かれるまま、ハーデは手を伸ばすと、力無く落ちて行く


「いやぁ・・・嫌ぁぁぁ!お願い、返事して!!」


女は娘の身体に顔を擦り付ける

首筋から流れる血が、腹から溢れた臓腑が彼女の顔を、身体を赤く染めるが気にすることなく

縋り付く様に、自身の身体を押し当てるのだ

大切な物を懐に仕舞うように、離れたくない者がこれ以上遠くに行かないように


女に放り投げられたそれが、彼女達を睨み、歯を剥き出しにしながら唸る


そうして無防備な獲物に飛び掛かると、一条の光の線がそれの身体を貫いた


壁に火傷を負った腕を当て支えにしながら、それを撃ったトウヤはただ呆然とその光景を見つめる


「・・・また、間に合わなかったのか?」


ドサリと片膝をつけば、スーツの防御機構により変身を強制解除され元の服装に戻った膝が、未だ熱を帯びている地面に触れ肉が焼ける痛みがトウヤを襲う


だが、それに反応する気力が今のトウヤにはない


「お母さん、泣かないで?」


その声に反応し女とトウヤ、2人が反応し女の背後へと顔を向ける


「メーテル・・・ハーデ・・・」


そこには2人のハーデの姿があった


2人は手を繋ぎ、女へと、母へと笑いかけている


「あ・・・あぁ、ごめんなさい、私・・・間違いを起こした・・・失敗した・・・」


ボロボロと涙を流しながら、遺体を離すことなく片腕を2人に向けて伸ばす


それはまるで、離れたくないと、自分も連れて行ってと、そう言っているようだった


しかし、メーテルが困ったような顔をする


「私達すぐ行かないとダメなの、そこにお母さんは連れていけない」


「なんで・・・?あなたのいないこの世界に残るのなんて、いやよ」


母はまるで子供のように、首を横に振るう


「ダメだよ、ちゃんと生きて?生きてこの世界で私達の分も生きて?私達がお母さんに生きて欲しいの・・・ダメ?」


哀しげな笑顔でメーテルは願った

母が生き続ける事を、それはとても残酷な願い

大切な家族を失い生きる人生、その悲惨さは想像を絶する


だが、それでも生きて欲しかったのだ

生きて、色んな経験をして欲しかった

生きて、色んなものを見て欲しい


奇しくもそれは、母が願ったのと同じ願いだった


その言葉に母は力無く項垂れ、しかし、顔をすぐに上へと向ける

これ以上、涙が溢れないようにと願いながら

そうして、鼻を啜り息を吐けば

再び彼女達へ顔を向けるのだ


涙に濡れた笑顔を彼女達に向ける


「わかった・・・しょうがない子ね、あなたの・・・頼みなら断れないじゃない」


途中流れそうになる涙を堪えながら母は紡いでいく

娘に掛ける本当に最後の言葉を


故に我慢するのだ

最後に見せる姿は笑顔でいたいから


その事を理解したメーテルは、母の優しさに慈しむ様な顔を浮かべる


「ほら、ハーデ、あなたも言いたいことがあるんでしょ?」


そう言うと繋いだ手を揺らし、隣に立つハーデへと声を掛ける


「良いの?」


「良いよ、ほら言って?」


優しくハーデに言えば、ハーデは良い辛そうにモジモジと身体を動かす

それは言い慣れた言葉のはずだった

短い期間ではあるが、母に何度も伝えた言葉


それを今度はメーテルの代わりとしてでは無く、自分自身の言葉として贈る


「お母さん、ありがとう、娘として接してくれて」


照れながらはにかみながらそう言う


その言葉に母もまた、答えるのだ


「こちらこそ、メーテルを守ってくれてありがとう・・・」


記憶が過ぎる

共に過ごした日々の記憶

メーテルと過ごした記憶、亡くなったベガド防衛戦の記憶

そして、ハーデと共に過ごした記憶が、母の脳裏をよぎる


だからこそ、この言葉を娘達に贈るのだ


「2人とも、生まれてきてくれ・・・ありがとう」


我慢出来ずに溢れる涙は、2人に向けた最後の笑顔を熱く、冷たく彩る


その笑顔に2人もまた笑顔で答え、光の粒となり消えていく


後に残されたのは、何もない空間

娘達の遺体と、娘になるはずだった遺体


トウヤはゆっくりと立ち上がると、母に近付く


「ねぇ・・・ひょっとして、あなたメーテルと会ったことあるの?」


顔を向けることなく、呆然とメーテル達のいた方向を眺めながら母が呟く


「はい・・・すみません、俺あの子からあなたに伝えて欲しいことがあるって聞いてたのに・・・」


「・・・メーテルはなんて言ってたの?」


「私は大丈夫だから、無理しないでって・・・」


「そう・・・」


そう言うと、母は静かに遺体に顔を向けると頭を優しく撫でる


「あなたは・・・本当に、優しい子ね・・・メーテル」


その光景をトウヤはただ眺めておくことしかできなかった


ーーありがとう、伝えてくれて、お母さんを助けてくれて


不意にそんな声が聞こえた気がした

だが、あたりを見回してももう何もいない



そうして、事件は終わりを迎えた

歪んでしまった母の愛と子供達の愛の話

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