第6話 勇者見参!

その日新聞には大きくデカデカと書かれている見出しに人々は湧いた


最後の勇者召喚される


勇者

それはこの大陸を支配していた原初の魔王を撃破した勇気ある者という言葉から取られた名であり

今代で16代目になる異世界からの渡来人である


大陸を解放した初代勇者、そして、それ以降召喚魔法の確立により、2代目以降から大陸存亡の危機に異世界から召喚される存在であった


現在この大陸は北の魔王軍との戦争の真っ最中であり、未だその攻勢を止められず多くの国が亡国と成り果てている

そんな中で女神デアテラの許しを得た各国王族が勇者召喚の儀を執り行ったのだ


現在召喚されている勇者は12人

剣、槍、双銃、双剣、大砲、棒、盾、翼、長銃、拳、戦斧

そして、今回召喚された鎧の勇者である


大陸同盟軍はこの12人の勇者の訓練を行い3部隊の特務部隊を編成した後、これを主軸とした大規模反攻作戦に打って出る。というのが新聞の見出しに書いてある事であった


それを眺めながらへーとトウヤは声を漏らす


「何見て・・・あぁ、今日の新聞ね」


カウンターの中でグラスを磨くエオーネが新聞を見て察しがついたと声を上げる


「エオーネさん、勇者ってそんなすごい存在なんです?」


その問い掛けにエオーネはもちろんと言った様子で答えた


「そりゃもちろん、勇者様と言えばデアテラ様から与えられた武具や異世界の知識で持ってこの大陸の危機に駆けつけて何度も救って来た英雄よ」


「はー、すごい人達なんですね」


「そうよ、この冷蔵庫だって、勇者様が発案して工房が形にした文明の利器よ」


冷蔵庫を開けながらそう美しく笑う彼の言葉にトウヤは思わず驚きの声を上げた


「その訳わかんないくらい術式書かれてる冷蔵庫がですか!?」


そう驚くトウヤは、以前家具を買いに行った時に偶々その中を覗く機会があったのだ

そこに描かれていたのは長く伸びた術式の帯と魔法陣が回路のように張り巡らされた物であり、整備していた店員に聞けば術式自体の劣化を抑え魔力消費と氷魔法の威力を抑えた術式、魔力の逆流等の危険防止の術式などが書き込まれているらしいが、その緻密な術式の書き込みは彼の想像や認知を超え頭をショートさせた


その時の事を思い出し先の驚きに至ったのだ

そんなトウヤの驚く声を聞き、エオーネは可憐にクスクスと笑い頷く


「そうそう」


「私たちのスーツも、勇者由来」


「え!?これもですか!?」


隣でグラスに様々なフルーツ、クリームや発酵させた乳製品が美しく盛られたデザートにスプーンを差し込みながら発されたフィリアの言葉に、彼は自身の腕に装着しているブレスレットに指差しながら

またもや彼は驚きの声を上げ、そんなフィリアの言葉を聞き、エオーネはそう言えばそうだったわねと呟いている


「確か4代目勇者だったかしら?」


「あぁ、コロンブス合衆国宇宙軍第1特務艦隊所属の第1特殊装甲服大隊の隊長さんだね、彼は勇者の中でも最も特異な勇者と言われているんだ」


「へ、へー・・・」


いつの間にかカウンターへと座っていたオータムは、勇者の所属艦隊と部隊名を言ったかと思うとやけに熱の籠った言葉で4代目勇者の事を語り出す

その熱量に若干引いてしまうトウヤではあったが、その中でも気になる単語がツラツラと出て来る


「惑星間大戦と呼ばれる戦争に参戦していた彼だが、なんでも遠く離れた火星という惑星と月に植民地があるのだがそこが独立戦争を仕掛けたそうだ、そいつらは自由惑星解放戦線と名乗り、禁止されている地上への航宙攻撃。つまりは宇宙空間からの砲撃を敢行したり見た者の目を焼き膨大な範囲を消滅させる高威力誘導弾を用いて都市を焼いたりしたらし・・・」


止まらないやたらと饒舌な彼の言葉にトウヤは気圧される

このまま何時迄も彼の話を聞く事になるのかも、その様な事を思い出した所で、パァンとビリビリと空気を揺らす音が響く

鼓膜がキーンと甲高い音を上げ頭がビリビリする

そんな感覚に苛まれながら音の方を見ればエオーネが笑みを浮かべながら手のひらを合わせていたのでおそらく彼が音の発生源であろう事がわかった


合わせた手を離し、美しい所作でカウンターへと手を置くとオータムに笑いかける


「一旦ストップ、オータム?トウヤが付いていけてないわよ?」


「あ、あぁすまないトウヤ、つい熱くなってしまった」


「あ、いえ、全然ってかめちゃくちゃ気になる話を聞けて良かったです」


ぎこちない空気が流れる

その中でトウヤは身に沁みた事が一つあった


ーーエオーネさんは怒らせたらダメだな・・・




ーーーーーーーー


部屋にあったローブを羽織り少女は走る

外に出た時、そこに見知った光景はなかった

素朴ながらも小高い山や田畑の見える緑溢れるあの自然豊かな故郷の景色

今見えるのは高い壁に囲まれた現代というには古めかしいが中世というには発展し過ぎている。そんな監獄のような街並み


通りすがる人は平たい顔族と冗談混じりに言われた人種ではなく、全員が西洋風の顔立ちで中には緑の巨人や獣がそのまま立ったような見た目の人種、ケモ耳を生やした者までいた


「キャッ!?」


「イテッ!?」


何かに躓き転ける

何やら声がしたので恐る恐る剥いてみれば、緑色の目と耳が吊り上がった自分の太ももくらいの大きさしかない小人がいた

小人は怒ったような様子で少女へと捲し立てる


「この野郎どこ見て走ってんだ!気を付けろ!」


「ご・・・ごめ、ごめんなさい!!」


その異様さに謝りながら走り逃げ出す


「そこまで怯える必要ないだろ・・・」


残されたゴブリンの男はそう独りごちた



ーーーーーーー




バーエオーネを出たトウヤとフィリアは、街中の警邏をしていた


「改めて見てみるとこの国って結構いろんな人種の人がいるんですね」


「今さら?」


無表情ながらも呆れてるとわかるような声音でフィリアがそう言うが、トウヤは何も言えず、いやーあははとぎこちなく笑う


「なんか最近周りが見えるようになって来たというか、その、街中の警邏とかするようになってから、そう言えば俺のいた国って黄色人種しかいなかったなって思い出して」


「和国人だっけ?」


「そうですそうです。なんで黒人とか白人とか、それどころか緑巨人や緑小人なんかも見た事ないんですよ」


合点が行った。その様にフィリアは頷く

正直和国人がどの様な生態をしてるのかさっぱりなトウヤにとっては和国人?と聞かれても部分的にそうとしか言いようが無いのだが、それでも似た様な人種の様なのでありがたく有効活用している


屋台の前まで来た2人は、早めの昼食を取ろうと屋台へと並ぶと、野菜の入ったカゴを前にどれにするか選び始めた


「妖人種は?鬼とか」


「あ、あやかし人種?おに?」


不意に溢された彼女の言葉に思わず固まる

鬼ってあれか、鬼は外って豆を投げられるやつか等と思いながらトウヤは何とか回答を捻り出そうとするが、いくら考えど見た事ないと誤魔化すという回答出てこない


苦しい言い訳かも知れないと思いながらもその考えを口に出す事にした


「いやぁ・・・見た事ないですね、俺の住んでたとこ結構へきちぃっ!?」


幸か不幸か、言い切る前に背中に感じた衝撃により言葉が途切れトウヤの身体が宙を舞う、目指すは赤い熟した野菜が満載のカゴ

鋭敏化した感覚が周囲の感覚を遅くしながらそこに頭から突っ込む事になった


「ご、ごめんなさい!!」


そう言って当のぶつかった本人は慌てた様子で走り去っていく

残されたフィリアはカゴに頭を突っ込み微動だにしないトウヤへと声を掛ける


「大丈夫?」


その言葉にトウヤは無言で親指を立て返事をするのだった


籠から頭を抜き、赤い液体塗れにらなった顔を必死に手で拭っていく


「なんなんだよ・・・全く」


「水かけるね」


「え・・・?ちょっとまっ・・・!?」


言い切る前にバケツ1杯分程の大量の水がトウヤに浴びせかけられた

もちろん周囲に被害が出ない様に後ろに誰もいない、何も無い状況で掛けられているし、水の勢いはそれ程強くなかったものの、それはトウヤの汚れた頭だけでなく全身をずぶ濡れになってしまう


「綺麗になった」


そう達成感を表す彼女にトウヤはただ一言呟くしかなかった


「ありがとうございます・・・」


「いいえ、それよりもあの子、何か逃げてた?」


濡れた頭を振るうトウヤを他所に、フィリアは先程の少女へと思いを馳せる

確かにそれはトウヤも気になっていた


「ちょっと俺、様子見て来ましょうか?」


「良いの?」


「はい、ちょうど俺もあの子の事が気になってたとこですし、それになんか・・・既視感のある言葉を喋ってたので」


やけに急いで走り去っていて、まるで何かから逃げているようだ、もちろんそこも気になったが彼からしたら最も気になったのは彼女が去り際に喋った言葉にあった

ごめんなさい、そのイントネーションの様なものと形容すべきなのだろうか

何やら他の者とは違うノイズの様なモノをトウヤは感じたのだ


そして、その直感を確信させる様な言葉をフィリアが発する


「去り際の言葉、和国語みたいだった」


自分には普通に聞こえたが、彼女にはどうやら異国の言葉のように聞こえたようだ


「ならちょっと行ってきます!」


その言葉を聞き、トウヤもまた急ぐようにローブの少女を追いかける

フィリアの言葉からトウヤはひとつの仮説を導き出すが、未だ確定していない事なので、敢えてその事は告げ無かったが、もしそうであるならば、何故そのような人物がここにいるのか?

疑問が湧き出ながらもトウヤは少女元へ向かった


ーーーーー


狭い入り組んだ路地の中、少女は走りながらもこれまでの事に思いを馳せる

突然声が聞こえたと思い言葉を交わし、面白そうだと召喚されたら、そこは人外魔境の異世界だった


女神デアテラの加護を受けし勇者よ、私たちのために戦ってください

まるでテンプレのような言葉と異世界召喚という事実に胸が高鳴ったのを今も覚えている


だが、その後世界の事を教えられるにつれその認識は裏返る事になった


歴代勇者による技術的ブレイクスルーにより、急激なまでの発展を遂げる事になったこの世界ではあるが、それでも強力な大型魔獣による災害級の厄災や魔王軍との戦争など争いは絶えることはない


今回自分が召喚されたのも魔王軍との戦争の為であると


冗談では無い

自分は碌に学校にも行かない引きこもりである

そんな争いなんて出来るわけがないし、砲撃やビームの中を掻い潜るなどもっての外だと

そうして城から逃げ出して今に至る


だが、目に映る景色はどれも彼女が見た事がない人や物ばかり

1人逃げ出したは良いが、その心に募るのは1人故の孤独感


おまけに今問題を抱えていた


「キャッ!?」


飛んでくる銃弾が彼女前を掠め壁に当たる

路地の横道を見ればローブを纏った無貌の人型が、彼女に向けライフルのような物を構えていた

これが彼女の今抱えている問題である


先程から彼女はローブを纏った無貌の集団から追われていたのだ


迫る脅威に慌てて路地の更に奥へと逃げる少女だが、その先に広がるのは一面の壁だった


「えっ、うそなんで!?」


涙目になりながらも壁を両手で触り押したりもしたが壁が開くこともなく、無情にも反応は何も無い


その間にも後ろから迫る複数人の足音

振り返ってみれば無貌達が集結しこちらへとライフルを銃口を向ける


ーーあ、ダメだこれ


壁を背にへたり込む、抵抗できる手段はなく、逃げる場所もない、完全な八方塞がり


引き金にかけられた無貌の指に力が入り、少女は反射で腕で顔を覆う


弾丸は放たれ1人の少女の無惨な死体が路地裏で1人寂しく転がる


そんな光景が出来上がる寸前だった


「変身!」


『音声認識完了、アクシォン!』


少女の頭上から声が響き、自身の前に何かしらの落下音、次いで銃声と硬質な何かがぶつかり合い弾かれるような音が響く

声と音、いつまでもやってこない痛みに何事かと目を薄く開けてみれば、彼女の目の前には赤いヒーローがいた


青いマフラーをたなびかせ、伸ばされた左腕の手のひらから薄い膜を張り打ち出された弾丸を弾いていく


だが、このままでは防戦一方でジリ貧だ

そう思ったトウヤは僅かに右足を後ろにずらすと右腕に赤い炎を生み出す


生み出された炎を前へと押し出すように腕を結界魔法を解除しながら伸ばすと、撃ち出された弾丸すらも溶かしながら炎は前へと進み、無貌達を包んで行く


幾らか撃破出来たのだろう、短い噴射時間の中で幾つかの爆発音が確認できるが、その成否については炎の噴射を解除した時、既に姿がなかった為確認できなかった


「ふう、なぁ大丈夫か?」


ソッと差し出された手だが、少女はそれを見る事なく、ただ赤いヒーローを眺めてしまい

一言だけボソリと呟く


「仮面パンチャー・・・」


それはトウヤが憧れたヒーローの名だった

そして同時に、彼は自分の予想が正しかった事を知る


ーーやっぱそうか


そう思うと、へたり込む少女にトウヤは聞いた


「君、日本の何処から来たの?東京?」


その言葉に少女はえ?と小さく溢すと、困惑を露わにし、ひとつの可能性に行き着いたのか目に光を宿し、唇が震えながらトウヤに問う


「貴方、日本人・・・なの?」


「おう!俺も日本から異世界転移してきた!」


そう笑ってみせる彼の姿に彼女は安堵のあまり力が抜ける


心の内に巣食っていた酷く粘りつく様なたった1人しかいないという思いから生まれた仄暗い孤独感が晴れていく感覚がした


それを実感した時、彼女は嬉しさのあまり瞳から涙が溢れる


「え?おいどうしたんだよ、えーと・・・まいったな」 


突如として泣き出した少女にトウヤは慌てるが、そんなトウヤに対して、少女は首を横に振り違うと彼に伝えた


「違う、違うの・・・あの、貴方の名前は?私は雨宮天華、天の華って書いて天華、貴方何処に住んでたの?なんでここにいるの?」


「俺は浅間灯夜、灯す夜って書くんだ、よろしくな天華、取り敢えずここにいると危ないだろうし歩きながらでも良いかな?送るよ」


「え・・・いや、その・・・」


送る。その言葉を聞いた時、天華の様子が何やら気落ちした様に見える


これは何か戻りたくない理由でもあるのかと思い、どうしようかと暫し逡巡したが無理矢理連れていくのも嫌だったので訳を聞く事にした


「なんか、戻りたくない理由でもあるのか?」


「・・・」


そう聞くが、彼女は視線を彷徨かせ言い出しにくそうにしている

ならばとトウヤはひとつの提案を彼女にした


「とりあえず、ここから離れよう、またさっきの連中が来るかも知れないからさ」


兎にも角にもここに居続けるのは不味いと思い、そう言い変身を解除する

自身の素顔を見せながら笑顔で、な?と言い手を差し出すと、信頼して良いかどうか考えているのだろうか、彼女は差し出された手をじっと見つめるが、恐る恐るではあるがその手を取り立ち上がった


「それじゃ行こうか、この街も案内するよ」


ーーーーーーー


ぶちまけられた籠の清掃を手伝いながら待っていたフィリアではあったが、こちらに向け声を上げなから手を振り戻ってくるトウヤの姿を見た時、ほんの僅かに違和感を覚える


「隣の、誰?」


彼が目の前まで来た時、その違和感ははっきりとした形になったので、疑問符を浮かべフィリアはトウヤへとその言葉をぶつけた


当の本人はどう説明すればいっかなぁと呟きながら何やら悩んでいるが、フィリアにとっては何のことやらさっぱりなので益々疑問符を浮かべるばかりである


「この子どうも俺と同じ和国の辺境から来たみたいなんですけど、この国で迷子になって無貌に襲われていたので保護してきました」


「そう、大変だったね」


いつも通りの無表情で天華へと声を掛けるフィリアではあるが、言葉を掛けられた彼女はフィリアの無表情過ぎる顔にどの様な感情で掛けられた言葉なのか分からず、どう反応したものかと困惑を露わにしながらもとりあえず頷いていた


「とりあえず、その子、ギルドに預けようか」


「あ・・・それは嫌です・・・」


そう言うフィリアではあったが、天華はトウヤの時よりも明確に嫌だと声に出して来る

彼女のその言葉にフィリアは小首を傾げた


「なんで?」


「なん・・・でってそれは・・・その・・・」


トウヤよりもはっきりと疑問を露わにするフィリアの言葉に、天華は口籠る


だが、そこでトウヤが疑問の声を挟み込んで来た


「あれ?フィリアさん言葉わかるんですか?」


彼女を追い掛ける時に発された言葉、それをフィリアは和国語みたいだったと評したにも関わらず、今は何の問題もなく会話をしている姿に疑問を覚えたのだ


ただ、その事を指摘してみれば、彼女は何気なく答える


「大陸共用語使ってる」


「あ、そっかぁ、それもそうですね」


確かに言われてみれば話出来ているのはその国の言葉を使ってるからだと言うのは、普通に考えるならば当たり前の話ではあった


その当たり前の事実がわからなかったトウヤは羞恥心に襲われる


『聞こえるかい?フィリア』


そんな時、フィリアの持つ通信結晶から言葉が発された

声の主はゼトアだ

フィリアは通信結晶に魔力を込めると返事をする


「聞こえる」


『先ほど南4番地で4体の怪人出現の報告を受けた。建築物への破壊工作が目的の様で人質はいないみたいだ、向かってくれるかい?』


どうやら怪人出現の連絡らしく、それを聞いたフィリアは了解とゼトアへ伝えると通信結晶を切りトウヤへと声をかけた


「トウヤ、怪人」


「怪人・・・?」


その言葉を聞いた瞬間、トウヤの顔付きが変わる

天華はその様子に思わず息を呑む、まさかヒーローだけではなく怪人まで居るとは、あまりにも場違いな嬉しさと恐怖の入り混じった感情を内心抱く


「すまん天華、ちょっと行って来るよ、それまで・・・エオーネさんの店が近いし、そこまで案内するから店で待っててもらって良いかな?」


「あ、はい・・・わかりました」


「フィリアさん、ちょっと俺天華を送ってから行きます。すぐ向かいますんで」


「わかった」


そう言うと2人は行動を開始する

魔力を流しながらトウヤは腕を大きく回し両腕のブレスレット同士を繋げ、フィリアは片手を上げて指を弾く準備をした


『空間魔法、アクティベート』


「変身!」


「変身」


『音声認識完了、アクシォン!』


『音声認識完了、エクスチェンジ』


2人の声と機械音声が響き、全身を包み込んだ光を払う様に手を振りヒーローの姿が現れた


「凄い・・・」


陽光に照らされ魔力の破片がキラキラと煌めく

そして、フィリアは現場へと向かい空中を高速で移動する

一方のトウヤは、天華へと近付き背中と膝裏へと手を回し救い上げる様に抱き上げた


「悪い、ちょっと急いでるから勘弁してくれ」


「え・・・?え・・・?えええ!?」


彼女へと告げるとトウヤもまた、空へと飛び跳ね屋根伝いに移動を始める


エオーネの店はすぐそこだった為に対して時間を要することなく到着した


店の前に着地するとトウヤは天華を降ろす


「それじゃ、あの店の中で待っていてくれ俺の知り合いって言ったら良い感じにしてくれると思うから、じゃ!」


「じゃって・・・あぁ!」


それだけ伝えるとトウヤは現場に向かうべく走り出す


「フレアジェット、レディ!」 


その声と共に背部噴出口が露出し、機械音声が準備が出来たと告げる


『イグニッション、プレパレーション』


「イグニッション!」


噴出口から燃焼ガスが発生しトウヤは空へと舞い上がり、そのまま現場へと急行した


見えなくなったトウヤの姿を幻視しつつ、1人取り残された天華はどうすれば良いかと思案する


このまま彼の言う通り店の中で待っているべきなのはわかっているが、正直見ず知らずの店に入ってトウヤの知り合いです!などと言って居座る気分になかった


端的に言えば見に行きたかったのだ、ヒーローの戦いを、生の特撮の戦闘を

悲しいかな、それは治安が良く平和な日本に生まれたが故の野次馬精神なのか

それとも憧れ故の気持ちなのか


「よし・・・!」


そう言うと彼女はトウヤの飛んでいった方向へ向け走り出した


異世界に来たのだから、先ほど危うい目にあったが大丈夫だという安易な考えを抱きながら



聞こえる重厚な打撃音、ついで硬い金属の弾かれる音が通りに響く


もうそろそろだと思い、固唾を飲みながら角からそっと顔を覗かせればそこにはヒーロー達の戦っている姿があった


フィリアは空中を自在に飛び跳ね、両腕に太い触腕を持った一つ目の怪人2体と戦っている

空へと触腕を伸ばし振り、どうにかして彼女を落とそうとするがその機動性故に捉えられず1体の怪人の触腕が切断された


「うわああ!僕の腕が!腕がぁ!」


「よくも仲間を!殺してやる!」


怪人達の叫びが響き、暴れる様にして触腕を振るうが、彼女はそれをモノともせず防ぎ躱わす


一方のトウヤは、もう一体の同じ怪人と相対していた

黄色の魔力布をたなびかせながら振り下ろされた触腕の一撃を避けると、それへを掴み怪人の身体を引き寄せる

振り下ろした直後だった怪人は最も容易く引き寄せられ腹部へと彼の一撃が炸裂した

怯む怪人にトウヤは拳の連撃を加える

怪人が短い足を振るわれるが、それを後ろへ飛び退く事で躱わす


なおもう一体の怪人については、フィリアの奇襲により既に爆散している


「わぁ・・・」


本当に戦っている

フィクションではなくノンフィクションの戦いが目の前で繰り広げられている

そんな感動を天華は抱き目を輝かせた


「楽しいかい?お嬢ちゃん」


「はい!それはも・・・う・・・?」


突如として後ろからかけられた声に振り返ってみれば、白衣を着た女性の姿があった


女性は天華の返答に満足した様な笑みを浮かべている


「そうだろ、私の作った魔導服は飛び切り優秀だからね、見ているだけでも胸が躍るよ」


「はぁ・・・」


そんな事よりあなた誰?という思いがある彼女は、女性の言葉に何処か間の抜けた返答を返す


そうして女2人で話していると、バシン!という瑞々しい打撃音と共にトウヤの小さな悲鳴が聞こえた

女性があーあーという側で天華が振り返ってみれば、トウヤがこちら側へと吹き飛んでくるのが見える


あ、マズイと思いながらも近くに落ちてきたトウヤに思わず悲鳴を上げた


「すまん・・・!って博士、と天華!?お前こんなところで何やってるんだよ!」


声に気が付き振り向き謝罪するトウヤではあったが、そこにいたダーカー博士と天華の存在に驚きを露わにする


そんな彼の反応に気まずそうに目を背ける天華だが、それを面白そうにニヤけながらダーカー博士は見ていた


「こっちにばかり意識を向けていて良いのかい?ほら、なんか飛んで来てるよ」


「え?どわっ!?」


ダーカー博士の声で振り返ってみれば、振り下ろされる触腕の姿が目に映る


驚きの声を上げながら躱わすとマズイと思い、2人をカバーできる程の大きさの結界魔法を展開し受け止めた


伸び切った触腕はお椀型の防御結界の淵を沿うように叩きつけられる


結界内部では打撃音が響き、天華は思わず耳を塞ぎしゃがみ込む


「なんでこんなところにいるんだよ2人とも!」


怪人は触腕を引き戻すと再度引き上げ叩き付ける


そんな中ダーカー博士は笑いながらトウヤの疑問に答えた


「そりゃあんた達の戦闘を見たいっていうのと、新しい武器を作ったから丁度良いと思って持ってきたのさ」


「新しい武器?」


「新しいガジェット!?」


トウヤと天華、思い思いの反応をしながらダーカー博士の言葉に応じる


見ればダーカー博士は何処か近未来的な、おもちゃの様なデザインをした拳銃の様な物を持っているのがわかった


「ひょっとしてそれが新しい武器?ってか銃?」


「そうさ、あんたのブレスレットのデータを解析して作った新型武器、名前はまだないから勝手に決めてくれ」


「え!?な、ちょっと・・・!?」


身体強化術式を発動させるとひょいと天華を持ち上げ、怪人とは反対の結界魔法の外へと走り去る

去り際にポイっと銃を放り投げて来たので急いでトウヤは結界魔法を慌てて解除し、銃を受け取った


「これが・・・新しい武器、スゲェ・・・うぇっ!?」


惚れ惚れと手におさまった銃を返しながら見ていると、再び触腕が振り下ろされる

慌てて横に避け隙を晒してしまうが、怪人からの二の矢は飛んで来ない

見れば怪人は触腕を引き戻した警戒してるのかこちらの様子を伺う様に見ていた


ならばと、トウヤは笑うと怪人へと銃を構える


「こいつの名前はフレアレッドの持つ銃、フレアシューター!!」


『登録名称確認、フレアシューター、再登録』


機械音声がそう告げた後、トウヤはフレアシューターへと魔力を送り引き金を引く

引かれた瞬間、内部の術式が起動し膨大な熱を持つ炎魔法が薬室内部に生成され、前へと撃ち出される

撃ち出された炎魔法は銃身に刻まれた収束用魔法陣により収束され、1本の熱線となり射出された


撃ち出される2本の熱線は怪人の身体に撃ち込まれ耐熱性にも優れた表皮を焦がし溶かす


があぁぁ!?と悲鳴を上げる怪人

すかさずトウヤはフレアジェットを起動すると一瞬で近付き突く様に蹴りを見舞い、反動で宙を舞うと右足の踵からジェット噴射を行い独楽の様に回転し回し蹴りを放ち、その勢いのまま左足の踵からの回し蹴りも見舞う


2連回し蹴りにより左方向に体制を崩し転げ回る


「これなら!」


『オーバーパワー、アクティベート』


ヨロヨロと立ちあがろうとする怪人を尻目に必殺の一撃の準備をする

ブレスレットを重ね合わせ離すと、機械音声と共に色が赤から黄色へと変わり、魔力布は緑へと変わった

次いでフレアシューターの後部を上げ、外部魔力供給口を解放しブレスレットを擦り合わせる


『フレアシューター、オーバーロード!』


機械音声が鳴り響くとフレアシューター全体がその形を変えひと回り大きくなる

より広くなった薬室は多くの熱エネルギーを充填できる様になり、より太くなり延長された銃身は、収束機能が著しく強化された


フレアシューターは魔力を充填されながら光輝く、その中でトウヤは姿勢を低くすると、立ち上がった怪人の懐に潜り込む

反応出来ない怪人を、そのまま強化された膂力により怪人の身体を空へと殴り飛ばす


強烈な光を宿すフレアシューターを打ち上げられた怪人へと向け、両手で構える


『熱烈、一線!!』


強烈な輝きを放つ光が徐々に収束していき、その度に銃口付近の空気を歪めやがて小さな点となっていく


「セイヤー!!!」


『フレアシュート!』


気合いの声と共に引き金を引けば、機械音声が技名を唱え薬室内に充填されていた膨大な熱エネルギーが前へと押し出され、伸びた銃身内で収束され先程とは比べ物にならない太い一条の熱線が撃ち出された


「嫌だ、やめろー!!」


熱線は叫びを上げる怪人を包み込み焼却していき、やがて光の中で爆散する


必殺技を撃ち切ったフレアシューターは各所が解放されて冷却術式の起動と共に冷却状態へと変わった


外の空気を冷やし取り込み外へと白い煙となって吐き出され循環していく


自身の戦闘が終わり一息吐いたトウヤではあったが、向こうの様子はどうかと思いフィリアの方へと顔を向ける


どうやらあちらはすでに終わっている様で、いつの間にかフィリアの傍へと移動していたダーカー博士と何やら話していた


それならばと、怒られるとわかっていたのか近付いてしおらしく顔を俯かせている天華へ顔を向ける


「なんでここに来たんだ?店で待ってろと言ったろ」


「ごめんなさい・・・気になってつい・・・」


その言葉に思わず呆れ返る

つまり好奇心で来たわけかと、変身を解くと怒りを抑えようと深く深呼吸をしながら眉間に皺を寄せた


溢れ出る怒気に気が付いたのかダーカー博士とフィリアもまた2人へと近付いてくる


「まぁまぁ、良いじゃないか無事だったんだし」


「なっ、博士そうは言ってもですね」


「野次馬なんて、よくいる」


「フィリアさんまで」


そう2人の反応に困った様な表情を見せるトウヤではあったが、2人にそう言われたのであれば仕方ないと思い、顔を和らげた


「なら、次からはこんな事しないでくれよ、怪人との戦闘は安易に近付くと危ないんだから」


そう言うと天華は頷く


「よし、約束な」


「わ、ちょっとトウヤさん」


笑みを浮かべながらグシグシとローブ越しに頭を撫でるトウヤに天華が思わず抗議の声を上げる


その事に気が付きうわ、ごめんと慌てて手を引く


「すまん、なんか妹を思い出してつい・・・」


「いえ、別に気にしてないので大丈夫です」


何処となくぎこちない空気が2人の間を流れる

その光景を目にダーカー博士は呆れた様な視線を送るが、ふと傍から何か圧の様なものを感じ目を向けるとフィリアが何処か遠い目をしながら2人を見ていた


「どうしたんだいフィリア、そんな遠い目をして」


「妹、最近会ってないから会いたくなった」


「今のやりとりで会いたくなったのかい」


予想だにしない返答にダーカー博士は思わず吹き出し笑ってしまう


その笑い声に気まずそうにしていた2人もダーカー博士とフィリアに視線を送る


「博士、笑わないで」


少しばかり目を細めながら何処か居心地悪そうにフィリアが言う


ごめんごめんと言いながらひとしきり笑うとダーカー博士は目元の笑い涙を指で拭き取りながらフィリアへと顔を向ける


「それじゃあんた達はギルドに報告に行きな、ゼトアが待ってる。この子は私が預かっておくよ」


「え?良いんですか?」


「あぁ構わないよ、ほらほら行った行った」


急かす様に反応したトウヤの背を押してギルドへ向かわせた


その様子に不信感を覚えつつも報告に行かないわけにもいかないので、心配ながらも2人はギルドへ向かいだす


それを見送り2人の背が見えなくなった頃だろうか、その時天華はあまりにも付き合いが短く共通の話題もないダーカー博士と2人っきりでいるのに気まずさを覚えていた

何か話題はないか、ヒーローの話題はどうか、技術面のことについてはどうかなど、頭を悩ませていると


「ねぇあんた」


先に声を掛けて来たのはダーカー博士だった


彼女は天華へと顔を向けると笑顔で問いかけて来る


「鎧の勇者様がなんでこんな所にいるんだい?」


「え・・・?」


発された言葉は意外なものだった

自分の正体は何処にも公表されていないはず、それなのに何故


彼女の動揺に気が付いたのかニコリと笑いかける


「これでも私は大陸同盟に色々と納品している立場だからね、結構話が入って来るんだよ、それより」


ズイと顔を近付けると天華のローブを捲り上げると、ショートカットの幼い顔立ちが顕になった

適当なローブを拾って使ってたせいだろうか、顔や髪には埃や土で汚れている


顕になった彼女の顔をジロジロとダーカー博士は見ていく

何が何やらわからず困惑している天華を他所にうんと小さく呟くと顔を離し言った


「まずは風呂だな」


「え・・・?」


「とりあえず来な」


「ちょっと、やめて!」


そう言うと天華の手を掴み歩き出した

突発的な行動や自身の正体を知っていると言う点から彼女は警戒心を顕にしながら抗議の声を上げる


「なんだい、風呂は嫌いかい?」


「いや、そうじゃなくて・・・」


「なら良いじゃないか、私の工房には風呂があるからそこでサッパリしてから話は聞くよ、色々と事情はあるだろうしね、それでも嫌かい?」


そうニヒルに笑うダーカー博士に天華は再度困惑を顕にする


「・・・私を、連れ戻しに来たんじゃないんですか?」


「そんな事しないよ、勇者も人なら色々あるだろう、その事情も聴かずに本人の意思を無視して戻すつもりも無いよ」


信じて良いものがわからない

それが天華の本音ではあった


トウヤには異世界出身者仲間という共通点があり、尚且つ自身を助けてくれた特撮の中から出て来た様なヒーローだ

だが、彼女は違う

出会った事情が異なれば信用する為の時間もまた長くなる


だけど、それでも彼女の言葉を聞き、少しは信用しても良いのかと天華の心は傾き掛けていた

それ故に彼女は変わらず警戒心を持ちながらも、ダーカー博士についていく事にする


「わかりました。その、よろしく・・・お願いします」


「ん、じゃあ工房に行こうか」


そうして2人は工房へと歩き出す


その後、ある意味当然の帰結というべきではあるが、工房の中と風呂を見て彼女は別の意味で後悔するとは今はまだ思いもしていなかった




ーーーーーーーーーー



「あれが勇者かぁ、可愛かったね!」


「そうだね、とってもとぉーーっても、可愛かったね」


陽の光を背に、建物の上から覗く2つの影があった

それはどちらも幼く、そのどちらもが幼い外見に似合わぬどす黒い悪意を宿している


子供は笑い踊る

クルクルと2人で手を広げながら円を描き楽しげにあははと狂った様に声を上げ


やがて笑い声は止まり、目と歯を剥き出しにした口を大きく開けて歪な表情のまま、時が止まったかの様に微動だにしない


風の音だけが響く沈黙の時間が僅かに流れたが、思い出したかの様に不意に顔だけを横に動かし自身の目的たる人物

今なおダーカー博士に手を引かれ歩いている雨宮天華の姿を見る


「楽しみだ、ね?ビヨロコ」


「そうだね、とっても楽しみだよ、ね?クーラ」


組織の3大怪人、その一画を担う存在

かつてトウヤが初陣を飾った怪人を唆した悪意の権化

ビヨロコとクーラが動き出す


この街に暗い、仄暗い夜がその歩みを早め近付いて来た

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