勇者見参! 2

「なんじゃこりゃ!?」


ギルドへの報告から戻ったトウヤは目の間の光景に唖然とした


街の中にありながら陰鬱な空気を放つ幽霊屋敷、中に入れば蜘蛛が巣を張り虫が這う

一歩進めばゴミの山という、完全に初めて来た時よりも酷いあり様になっていはずの工房が掃除されていたのだ


とは言っても、まだその途中であるが


「あ、トウヤさんおかえりなさい」


制服の様なものを着た幼い顔立ちの少女がトウヤへと挨拶して来る

だが、声は聞き覚えはあるが彼にはそれが誰であるのか確信が持てなかった


「ひょっとして・・・天華?」


「はい!あ、ひょっとしてさっきまでローブ纏ってましたからわかりませんでした?」


頬を指先で掻きながらあははと困った様に小さく笑う

しかし、トウヤにはそれよりも気に立っている事があった


「なんか、さっきより元気?」


フィリアが小首を傾げながらそう言う

それこそがトウヤも気になっていた事であったのだが、その疑問に机に座り黒い液体の入ったコップを啜るダーカー博士がしたり顔で答える


「ま、大人の話術の賜物ってやつだね」


「いや、全然説明になってないよ博士、てか掃除くらい自分でやってくださいよ、なんで人に、それも今日あったばかりの子にやらせてるですか」


「良いじゃないか、手伝いたいって言うから手伝ってもらってるだけだよ、な?天華」


「ええ、色々と話を聞いてもらいましたからそのお礼にと思って・・・その、不味かったですか?」


不安げな顔を覗かせながら天華はトウヤを見つめる

その様な顔をされては彼としては何も言えなかった


「いやまぁ、天華が良いのならもう何も言わないけど・・・」


「押しに弱い」


「うっ・・・」


ズバリと放たれた一言がトウヤの心に刺さるがフィリアの言葉に、トウヤは何も言えず顔を逸らし微妙そうな顔をするしかない

顔を向けた窓からは夕陽が差し込んできている

そこでトウヤは気になる事を思い出した


「そう言えば天華、今日どこで寝泊まりするんだ?」


そう言われた天華も考えていなかったのかハッとした様な顔になり、ダーカー博士へと顔を向ける

だが、彼女は首を横に振りながら無理だと伝えて来た


「うちは客用の部屋もまだ片付いたないからね、フィリアは?」


「床に雑魚寝」


「あーそう言えばベッド無いんだっけか、それは辛いね」


考え込むダーカー博士ではあったが、何故誰かの家にお邪魔する事前提なんだろうと疑問を覚える


「宿じゃダメなんですか?」


「ん?あれ、天華言ってないのかい?」


「あ、はい・・・まだ博士以外には喋って無いです」


天華の言葉に、それならしょうがないねと頭を掻きながらめんどくさそうに椅子に座り直す


「こいつ鎧の勇者なんだよ、訳あってうちで匿う事にしたから安易に宿とかに泊めれないんだよ」


その言葉に場の空気は凍り付く

予想はしていたトウヤだったが、どういう事?と思い硬直するが、次第に事態の重大さに今更ながら気が付き嫌な汗がダラダラと流れる


勇者とはこの世界の主神たる創世神デアテラの加護を受けこの世界に降り立つのだ

その宗教的な意義や、歴代勇者の功績を鑑みれば普通の一般人や半端な貴族よりも強い権限が付与され、圧倒的な魔力量と加護の力により戦場ではその価値は戦略級とも言えた


そんな核ミサイルの様な価値の人間が目の前にいる


「ふぃ、フィリアさん・・・俺、今更ながらこれ結構・・・あれ?」


目を向ければ、話しかけているのにも関わらず、相変わらずの無表情で微動だにしない


「あの、フィリアさん・・・?」


まさかと思い、恐る恐る彼女の顔の前に手を翳して振ってみれば何の反応もなく硬直していた

そう彼女は無表情で感情表現が希薄ではあるが、無いわけではない

だからこそ、今のこの状況にどうしたら良いものかと感情の濁流が押し寄せ、処理出来ずに硬直しているのだ


そこまで深く考えてるわけでは無いが、トウヤもまたいつもと違う彼女の状態を察し驚き後ずさる

だが、そんなトウヤにダーカー博士はニヤリと意地悪い笑顔を浮かべた


「まぁそうなると・・・泊まれる場所はあんたの家だけだねぇ」


「え!?俺ですか・・・?」


「ヒーローになってから新しい家を買ったんだろ?あんたの事だ、客間とか人が泊まれる様にベッドとか用意してるんじゃないのかい?」


確かに彼は冒険者用の宿を出て中古物件を購入している

そして、泊まれる様な準備を用意しているかしてないかで言えば、トウヤはもしものために用意している


友人が出来た時の為のお泊まり出来たら良いなという軽い考えではあったのだが、まさか勇者を止めるとは思っておらず戦々恐々とした思いを内に抱く


確かに同郷かつ、年下の女の子であるから恐れることはない、以前ならばそう思えただろうが、この世界にある程度染まった結果、勇者という存在重要性と事の大きさをある程度まで理解できる程になってしまったのだ


会社の社長が家に泊まる。

通う学校の理事長が泊まりに来る。

そんな物よりもさらにランクが上の人間が泊まりにくるといった状況であった


「あの、ご迷惑ならその・・・どこか泊まるところを探しますから・・・」


オロオロとしながらも天華はこちらに気を使い穏便に済ませようとしてくるが、その様な姿を見せられると罪悪感が湧き、トウヤも断り辛かった


それに周りに人が居たとしても気が付いたら異世界に飛ばされていたのだ

同じ境遇を体験したからこそ、そのしんどさをトウヤは理解出来た

だからこそ、もう少し気遣ってあげるべきだと、トウヤは後悔の念を内に宿した


ーー腫れ物扱いみたい反応してしまったな


そう己の発言や行動を恥じた

思い立った日が吉日ならば、思い立った瞬間は大吉である

ならば思い立った瞬間やった方が良いと、トウヤは行動に移す


「よし、わかりました!天華、俺の家に泊まってけよ!」


胸を叩きながらそういうと、バツが悪そうに天華が口を開く


「あ、いやそんなの悪いですよ・・・」


「そんなの気にするなよ、困ったらお互い様だ!」


ニカッと笑いながらそう答えるトウヤ


そんな2人ではあるが


ーー流石にあったばかりの男の人の家に行くのはちょっとなぁ・・・


実は思い違いをしていた

そもそも普通に考えて、出会ったばかりの人間、それも異性の家に泊まろうと思えるのか否か

出来ると答える人はいるかも知れないが、天華には無理である


悲しいかな、トウヤにしてみれば年下の子供にお節介を焼いてるだけ、即ち100%の善意であったが、当の天華からしてみれば少しばかり返答に困る話だった


下心のない純粋な彼の笑顔は、逆に断るという選択を天華から奪ってしまったのだ


なお、ダーカー博士は完全にただの愉快犯であり、当の本人もトウヤの回答には驚いていた


そんな困り果てた状況の中、コンコンと工房の扉が叩かれる音が聞こえる


「誰だい?」


ダーカー博士がこれ幸いと、ノックに応えると高く幼い声が扉越しに聞こえて来た


「ここにトウヤにいちゃんがいるって聞いて来たんだけど、今いる?」


「チリ、ちゃんと名乗らないと、私はシリって言います。トウヤさんに渡したいものがあって来ました」


聞き覚えのある名前と声にトウヤが驚く

そんな彼の様子から知り合いと判断したダーカー博士は入りな、と一言だけ告げると、ドアノブが周り扉が開かれる


「チリ、シリ、なんでここに」


そこにいたのは貧民街でトウヤが知り合ったチリとシリであった

2人ともトウヤの驚く声にしたり顔を浮かべる


「施設のおばさんから手当てをいただいたので、せっかくならお礼しようかと思って」


「とは言ってもあんま良いもんじゃないけどな」


ん、と言い身体を回し背負ってる籠をこちらに向ければ一つの箱が入ってるのがわかる


「これ、俺に?」


呆気に取られた表情でそう言えば、2人はそれぞれ元気な声で応じた


彼女らの声に思わず眉が下がる

嬉しさのあまり泣き出してしまいそうな、そんな気持ちを抑え箱を手に取った


「開けても良いかな?」


「良いぜ、感想聞かせてくれよ」


思わず緊張で大きく息を吸ってしまう、今開けるのが勿体なく感じ思わず躊躇いそうになってしまう手を、箱へと近づけ蓋をゆっくりと開ける


そうして箱の中身に思わず感嘆の息を漏らしてしまう


「どうだ、かっこいいだろ!」


「お兄さんにピッタリな色味だったので買ってみました」


中には炎のマークが入った赤い帽子が入っていた

普段使いするには少しばかり恥ずかしく思える子供らしいデザインのそれは、子供達が自分たちの感性に従い選んでくれたのがわかる逸品である


その事を理解すると過剰に潤う目でその帽子をつい愛おしげに眺めてしまう


そうして徐ろに帽子を手に取ると、頭に被って見せる

やや小さいのは大きさを調整しなかった所為なのか、はたまたそれがもう少し年若い者むけなのか、だがそんなトウヤの姿にチリのおおーという声を上げた


「似合ってるよにいちゃん!」


そう言うチリに同意する様にシリも頷く

そんな2人にトウヤはとびっきりの笑顔を持って答える


「ありがとうな2人とも、この帽子大事にするよ」


へへと、無邪気に笑うチリとシリ

だがそこで、ふと疑問が湧き上がる


「ところで、なんでここがわかったんだ?」


不思議そうにトウヤが尋ねると、チリは扉の外、即ち彼女達の後ろを指差す

目でその先を追ってみれば、そこには1人の男の姿があった


「あのおじさんがここにトウヤさんがいるって教えてくれたんです」


無邪気な様子で告げるシリだが、その姿を見てトウヤは驚愕する

トウヤだけではない、彼を知ってる者は総じてなぜここにいるのかと驚くことになった


「おっちゃーん!もう良いぜ、案内してくれてありがとう!」


その声に呼ばれた男、オールバックの初老の男性がゆっくりと歩いて来る


男はチリへと顔を向けると、温和な笑顔を浮かべ、まるで孫を相手する祖父の様にチリ達へと語りかけた


「もう良いのかい?お嬢さん方」


「おう、渡すもん渡せたし、おっちゃんもトウヤにいちゃんに用があるんだろ?」


「そうか、ありがとう、なら交代させてもらおうかな」


筋肉質でありながら、皺が刻まれ始めた手でチリの頭をぽんぽんと撫でる


以前ギルドであった時よりも覇気が溢れ厳かな雰囲気を宿した姿はなりを顰めた姿を見せる男性に、ダーカー博士は忌々しげな声をあげた


「こんなところになんの様だい?ラス」


「義理とは言え父親に対して呼び捨てとは感心せんな、アイン」


不穏な空気を漂わせながら睨み付けるダーカー博士ではあるが、それを歯牙にも掛けない様子でラスは相対した


「なぁにいちゃん、あのおっちゃんってもしかして凄い人?」


「あ、あぁ・・・この街の長だよ、ってかなんか色々と情報量多い事ありすぎて俺もう訳わかんなくなりそうだわ」


そう嘆くトウヤを他所に、ラスは誰かを探す様にキョロキョロと顔を動かすと、天華の顔を見て深く一礼をする


「ようこそ、我らが世界へお越しくださいました鎧の勇者様」


「あ・・・その、どうも」


「あんた・・・この子を連れ戻しに来たのかい?」


立ち上がると傍に立つ天華の肩を掴み庇うようにして抱き寄せる


だが、そんなダーカー博士の考えとは様子とは裏腹に、顔を上げたラスの表情は穏やかな物だった


「そうかっかするな、別に連れ戻そうなどと思っておらんよ、私が今日来たのはトウヤくんが使うスーツの事についてだ」


「お、俺!?」


突然自分の名前を呼ばれて驚愕するトウヤ、何か注目される様な事をしたのか、思い当たる事がなく困惑する


だが、ダーカー博士は何か思い当たる事があるのだろう、わざとらしくため息を吐くと天華を離しラスの言葉に答えた


「あのフレアジェットとかいうやつのことかい?」


「それもあるが破陣式と空間魔法もだ、特に破陣式は危険性から理論はあれど実用化出来ずにいた。それを実用化して3人もの運用実績を出している。データは十分取れただろう?そろそろ軍に納品してくれないかと思ってな」


何気なく使われている破陣式ではあるが、それにより生成される魔力は破格だった

大きくてもブレスレット、小さくとも指輪サイズで勇者でも使用が難しく、まだ学会では論文の上でしかその存在を証明されていない膨大な魔力を必要とされている空間魔法を発動し、さらにその後戦闘まで行っている

それは軍にとっては、国にとっては喉から手が飛び出るほど欲しい物であった


だが、ラスの言葉にダーカー博士は首を横に振る


「何故だ?何が不満なんだ?」


「いや、破陣式とフレアジェットについては良い、あともう一つ新しい武器の開発もしたからそれと合わせて納品する予定だ、だが空間魔法、あれだけはまだダメだ」


空間魔法を扱う上で彼女なりの信念があるのだろう、その証拠にいつもとは違う真剣な眼差しをラスへと送っていた


普段使っているトウヤは、そのまだダメな理由がわからず困惑するが、ラスは知っているのだろう、彼女の言葉に悩ましげな表情を浮かべている


「広い範囲への知識流出による敵国、または敵性組織への漏洩の危険性・・・そんなに難しい問題なのか」


「前も言っただろう、空間魔法を組織の連中が使えば今よりも酷い事態になりかねない、だからこそ書類は燃やして今やデータは私の頭の中だけだって・・・空間魔法への阻害、感知魔法が出来るまで待っておくれ」


ダーカー博士の言う事はつまり、国の中に敵性組織への協力者がいる

そう暗に語っている様な物だが、ラスはその事を気にするそぶりを見せないどころか、納得までしていた


仮に空間魔法を使い街に爆弾を置く者がいたらどうなるのか、それが破陣式を応用した高威力爆弾ならばどうなるのか

大勢の無貌を空間魔法で突然出現させられたらどうなるのか


2人の会話を聞きそこまで思い至ると、シリとトウヤは顔が青ざめていく

先日の一件の重大性を再認識したのだ


シリとトウヤの固唾を飲む音が明瞭に聞こえるほど場が沈黙に包まれる


「ねぇ、まだ?」


その沈黙を破ったのは意外にもフィリアだった

キュルキュルと腹の音を鳴らしながら、2人の間合いに飛び込んで行ったのだ

無論、何も考えいない訳ではない

このままでは埒が明かない事、腹の音がちょうど良くなりそうな気がしたが故の行動ではある


その言葉にラスは口角を上げ笑顔を作った


「そうだな、ここで睨み合ったところで時間の無駄だな、お嬢さん感謝するよ、ありがとう」


「別に」


己の考えを見透かされたと、フィリアは無表情ながらに驚くと共に顔を横に背ける


ラスは天華へと再び顔を向けると口を開く


「鎧の勇者様、我らは女神デアテラ様の名に誓ってあなた様に危害を加えるつもりも、戦場に行く事を強制するつもりはありません、帰還のための転送陣も現在準備中です。もしあなた様が帰りたいと言うのであれば我々にお声がけください」


その言葉に天華の目が開かれ輝く

帰れるのかと、父や母の元に、家族や友人達と過ごすあの日常にすぐにでも帰れるのかと


そう感激する天華とは裏腹に、ダーカー博士は静かに立ち上がるとラスへと近付き耳打ちする


「ラス、それを伝えたって事は・・・」


「それ以上何も言うなアイン、ビヨロコとクーラの姿を確認した。状況は思った以上に悪いのだ」


ビヨロコとクーラ、その名前を聞いた瞬間ダーカー博士は思わず息を呑み目が大きく開かれた


「遊び半分で街を滅ぼす奴らが・・・?」


「お前も気を付けろ、近衛や防衛司令部が厳戒態勢を引いているが手が足りん」


「目的は天華か?それとも王女様かい?」


「まだその目的もわかっていないが、おそらく勇者様の方だろう」


それは今彼女が1番聞きたくない言葉であった

目的が天華である以上、他人事として切り離す事は出来ない

さて、どうしようかとダーカー博士は考える


「教えてれてありがとう、助かったよ」


ボソリと耳打ちされたそれは、彼女にしては珍しく感謝の念を込めた本気の礼だった


その事に彼もまた、普段見せることのない驚きの表情を浮かべるが、すぐに表情を戻すとフッと笑う


「何、私達もしても勇者様に死なれても困るだけだ、気にするな」


「そうかい」


如何に仲が悪かろうとも、言い合おうとも結局2人は家族なのだ

似た様な笑みを浮かべながら、言葉を交わす

気の知れた信頼関係を持つ、赤の他人では決して成しえない絆がそこにはあった


「さて、私はそろそろお暇させてもらおうか、勇者様、お嬢さん方にトウヤくん、お邪魔してしまってすまなかったね」


「あ、いえいえ全然問題ないです。はい」


「そうです。私達も助けてもらいましたし、ね?チリ?」


慌てふためき言葉を返すトウヤとシリに、チリは訝しげな目を向けつつも、ラスへと顔を向ける


「ん?お、おぉ・・・あぁおっちゃんまた会おうな!」


「そうだな、また会おう」


純粋無垢な笑顔から発された再会の約束、それはラスの顔も綻ばせた

チリの前へと行き、その小さな頭をポンポンと撫でると、何処か寂しそうな顔でダーカー博士へと無理返った


「何さ、私は何も言う気ないよ」


「いや、お前もそろそろ良い年だろう、早く孫の姿が見たいと・・・」


「早く帰れ!!」


腕を引き、背を押して追い出す様に外へとラスを放り出す


悲しい事に父親としてそいつ扱われた期間が長い所為か、それともただ彼の性格故か、恥ずかしがる義娘とバタンと勢いよく閉じられた扉を見ながらラスは元気そうで何よりと独りごちた


そうして歩き出し、ふと空を見上げてみれば夕日に焼けた橙色の空が目に映る


「ヴェロ、君と私の娘は元気にやっているようだ」


その頃、ラスを追い出したダーカー博士は怒りによる興奮の為かふうふうと息を見出しながらドアノブを握っていた


ーー知人の前でそう言うこと言われるの何気に辛いよなぁ


などとトウヤは思いながら何か気の利いた言葉を掛けねばと、いらぬお節介を焼こうとしていた


「あー博士、大丈夫ですよ、縁があれば良い人が見つかりますって」


「あんたもうるさいね!その事は良いだろう!」


「はい・・・その通りです」


触らぬ神に祟りなし、というよりもこれはもはやデリカシーの問題だと言えるのだろう


敢えて触れない方が良いこともあるのだと、トウヤは身をもって覚えた


「博士、何話してたの?」


「あーそうだ、その事があった」


掛けられたフィリアの言葉に正気を取り戻したのか、ダーカー博士は額を押さえ考える様な仕草をする


「そうだね・・・フィリア、悪いけどあんたも天華と一緒にトウヤの家に泊まってもらって良いかい?あと私も泊まるよ」


「ウェッ!?マジですか」


「良い」


突然の提案に家主であるトウヤは驚くが、フィリアは意に介する事なく了承した


天華はと言うと、ダーカー博士も来てくれるのかとそっと胸を撫で下ろしている


「え、3人ともトウヤにいちゃんの家に泊まるの?良いなぁ」


そんな会話に挟まる無邪気な声が一つ、チリが羨ましそうに声を上げたのだ


「ごめんね、私達はお仕事で泊まらないとダメなの、もしかしたら危険な事が起こるかも知れないから今度家に泊めてもらいな」


「えっ、良いのか!?」


そう目を輝かせながらトウヤの方を見るチリ

それに対して、トウヤは親指を立てながら答えた


「おう良いぜ、2人とも今度泊まりに来いよ」


「なんか反応早いね」


「多分姪っ子とかが泊まりに来る感覚なんじゃ無いです?」


「あぁ、そういう事ね」


思わずいらぬ疑惑を立てられ掛けたトウヤではあったが、天華のフォローにより事なきを得たことを彼は知らない

人当たりが良いのは良い事ではあるが、時に悪い事もあるのだ


「まぁ何はともあれ向かうとしようか、トウヤ、フィリア、お前達は先に向かってくれ、私は工房を閉めてちょいと用事を済ませてから向かうよ」


「わかりました。じゃあチリ、シリ、お前らも家まで送るよ」


「私達は大丈夫だよ、貧民街は意外と治安良いんだ」


「そうなのか?」


貧民街とは治安が悪いものという意識のあったトウヤは懐疑的な目でチリに向ける


「はい、夜中でも平気で歩けるくらいですから安心して下さい」


「うーん・・・わかった。なら気を付けて帰れよ?」


「おう!トウヤにいちゃんも気を付けてな!」


シリの言葉に一先ず信じる事にしたトウヤは、2人に声を掛けた

チリはその言葉に返事をすると、シリと共に去り際に手を振りながら帰っていく


「じゃあ俺達も先向かいますね」


「あぁ気を付けてな」


そうして一同は工房を出てると、家までに晩飯用にと市場で4人分の買い物をし、食事の入った紙袋を持ちながらギルドの最寄りにあるトウヤの自宅へと向かった


扉の前でポケットの中を探り、鍵を取り出すと鍵穴へと差し込む

ガチャリと音を立て鍵を開けて扉を開けば中からは金木犀の香りが漂ってくる


「ちょっと散らかってるけど、上がって」


そう促されるがままに天華はお邪魔しますと呟き中へと入った


中は洋風な作りが成されており、壁にはドライフラワーにしたホオズキが束ねられ飾りている


先をいくトウヤに続きリビングに入れば、新聞掛けに掛けられた新聞、机には纏められた備品達と彼の言葉に反して片付いていた


「トウヤ、これ並べる?」


「そうですね、机にもう並べちゃいましょうか」


そう言うと持っていた紙袋を机に置き、先ほど購入した料理を並べていく


焼いた丸く成形された小麦粉生地に赤いソースと発酵食品がトッピングされた物、鶏肉に照りが着いたソースを絡めた物、発酵させた小麦粉の生地を焼いた物など、幅広い品数の料理が並べられていく


ーーピザっぽいのに照り焼きっぽいもの、なんか食文化とか似てるなぁ


などと天華が思いながら見ていると、玄関につけられた呼び鈴がなる音がする


「博士かな?ちょっと行ってきます」


そう言いトウヤが玄関へと向かう

呼び鈴は未だ鳴っており、何やら話し声も聞こえた


「博士、お疲れ様で・・・す」


「何だその顔は」


ガチャリと扉を開けてみればそこにはセドの姿があった

彼はトウヤの惚けた顔を見てむすりとしながらそう言う


なぜ彼がいるのか、疑問に思うトウヤではあったが、その答えはすぐにわかった


「トウヤ、勇者の護衛の為にもう1人増える事になった」


「勇者って・・・博士、そういうのは最初に言って下さいと何度も」


「あーはいはい、今回急遽決まったんだから仕方ないだろう、さぁトウヤ中に入れておくれ」


セドの小言を流しダーカー博士は入れてくれとトウヤに頼む

事態を飲み込んだトウヤはどうぞ、と言い2人を家へと上げる


「すまんな、俺も何が何やらわかってないんだ、あとこれは餞別だ」


家に入ったセドがそうトウヤへと耳打ちすると、ひょいと手に持っていた縦に長い紙袋を渡してきた


「あぁ・・・ありがとうございます」


「良い家だな、これから頑張れよ」


そう言い家の中へと入っていく

意外と良い人なのか?などと思い紙袋を持ってリビングへと戻る







「あのトウヤさん、少し良いですか?」


そう天華から声を掛けられたのは食事と片付けが終わり、皆が思い思いの時間を過ごしていた時だった

机でダーカー博士とフィリアとで話をしていた天華が、話題が途切れた瞬間立ち上がりトウヤへと声を掛けできたのだ


「おう良いぜ、えーとほら、ここ座りなよ」


ソファに座り購入したレシピ本を眺めていたトウヤは彼女の言葉に快く返事をすると自身の横に置いている本を退け座る様に促すが、それに対して天華は首を横に振る


「あのすみません、出来たら他のところでお願いします」


何やら他の人に聞かれたく無い話らしい

だが、トウヤにとっては思い当たる節が無い為些か不思議に思いながらも場所を帰る事にした


「なら、そうだな・・・空いてるとしたら俺の寝室くらいだけど良いか?」


「はい、大丈夫です」


了承の意を示した彼女に、なら行こうかと声を掛けてソファから立ち上がると、寝室に案内する

リビングを出てすぐの場所にある寝室の電気をつけ中へと入ると、天華はすぐさま扉を閉めた


どうも余程誰にも聞かれたく無い内容らしい、ますます不思議に思いながらも彼女の話を聞く事にする


「それで、どうしたんだよ改まって話なんて」


「その・・・トウヤさんってどうやってあそこまで戦える様になったんですか?」


どう言うことかとトウヤは思い詳しく聞いてみれば、彼女は戦うのが怖い、例え魔物や魔人でも命を奪う行為が恐ろしく感じるのだ

だからこそ、トウヤが如何にして怪人を倒せる様になったのか教えてほしいとの事だった


その内容に思わずトウヤは顔を顰めそうになる


「なんで・・・戦おうと思ったんだ?」


敢えてその言葉に秘された本心、ならなんで逃げ出したんだと言う言葉は敢えて出さず、彼女へと問いかけた


すると、言い辛そうにしながらもポツリポツリと喋り出す


「私・・・戦う事が怖くて、だから逃げ出したんです。けど、トウヤさん達の戦いを見て、ダーカーさんから話を聞いて私も戦わなきゃってそれで・・・」


使命感、それが彼女の言葉の理由であった

やらねばならぬと思う事のために覚悟の理由を探す、そのあり様はトウヤの頭を悩ませた


中途半端なことを言っても彼女自身に響かなければ中身の無い覚悟を持ち途中で折れるだろう


だが、その事でうまい言い回しで力説出来るほどトウヤは経験を積んでいないし自信もない


そうであるが故にあるがままを話した


「俺は・・・そうだな、言い辛いんだけど軽い気持ちでヒーローになったんだ」


「軽い気持ちで・・・?」


何か訳があってヒーローをやっていたのかと思ってた天華だが、その意外な言葉に驚く


「そうそう、仮面パンチャーとか特撮ヒーローみたいで良いじゃんってノリ、だけど・・・時間が経つにつれ怖くなってきたんだ、ほら、あの作品でも人が改造されて怪人になるだろ?」


「そうですね・・・」


「だけど、いざその場面に出くわしたら自然と覚悟が決まっちまったんだよ」


どこか悲しげに笑うトウヤの顔に、天華は仄暗い気持ちが心のうちに宿るのを感じた


いざその場面になって覚悟が決まってしまう

それは成り行きでどうしようもなくなった諦めの様にも感じたからだ

だからこそ、天華は自分もそうなるのではと恐ろしさを内心宿しながら尋ねた

少しでも、自分の諦めのハードルが下がる様にと願いながら


「その・・・その時何で覚悟できたんですか?何か理由とか・・・」


そんなものはない、その言葉の幻聴を聞きながら緊張の面持ちでトウヤに問う


「そりゃ・・・この街の人の事を知ってたからさ、なんか許せなくなって、俺がやらなきゃ行けないって、誰がやるんだって思うと覚悟が決まったんだ」


それは天華が思っていた言葉とは全く真逆の答えだった

どこか内心彼女は期待していたのだ

諦めて戦いに赴いたと、あぁやっぱり彼もそうなんだと、だが答えは違った


どこまでも彼はヒーローだったのだ


「何でそんな・・・私にはわかりません・・・」


天華は思う

幾ら憧れを抱いていようとも、その存在になれる訳が無いと、同じ世界から来たのであればそれがわかるだろうと

だからこそ、トウヤの考えが理解出来なかった


だが、そんな暗い表情を浮かべる天華へと笑い掛ける


「俺もこうなるとは思わなかったよ、怪人を倒して、でもその正体が子供で俺は子供を殺した事になるのかって、人殺しなのかって、でも、誰かの命を生活を守る為に俺がやらなきゃ行けないんだって、まだ数回しか戦ってないけどわかってしまったんだよ」


その言葉に、笑顔に天華はただ黙って聞くしか出来なかった


「それだけみんなを守りたいって思っちゃったんだよ、きっと君にもそう思う時が来る」


「そんなの・・・わからないですよ・・・」


「そうだな・・・だからさ、もし辛いなら帰ったら良い、ラスさんも言ってたろ?帰れる準備はしてるって」


彼女の事を思うが故に発された言葉、その優しさが今の天華には苦しかった


「すみません、ありがとう・・・ございました」


そう言うと逃げる様に部屋から出る

今はただ、彼の優しさから逃げたかったのだ


部屋から出た天華の姿を見送るしかトウヤには出来なかった


「あんなので良かったのかな・・・」


「今の彼女には何を言っても無駄だ」


そう独りごちると、不意に寝室の出入り口から声が聞こえる

慌てて部屋の外に出て見てみれば、そこには壁な寄り掛かるセドの姿があった


「セドさん・・・さっきまでリビングで本を読んでたはずじゃ・・・」


「内密の話をするならもう少し静かに出ろ、勇者様・・・彼女の顔も暗かったからな」


「つまり心配してきてくれたと」


「うるさい」


おそらく照れ隠しであろうその言葉には、確かな優しさを感じ取り、トウヤは内心感謝の情が湧き出てくる


「しかし、無駄っていうのは・・・」


「そのままの意味だ、今の彼女は表面的には平静だが内心はどう見ても塞ぎ込んでいる。まぁ異なる世界に呼び出され戦えと皆から迫られればそうもなるだろう」


「だから、今はどんな言葉も響かないって事ですか?」


「別に気にするなとは言わん、だが、今の彼女には時間が必要なんだよ」


思えば、あの工房の掃除も彼女なりのガス抜きだったのかも知れない

壁から身を起こし、リビングへと立ち去る彼の背中を見てトウヤは呟く


「結構短い間に色んなこと見てくれてるんだな」


ヒーローの先達たる彼の背中は、何処までも大きく感じた

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