貧民街にやって来た! 3
現場から離れたシリは、大通りから路地裏に逃げ込み壁を背に息を整える
乱れた呼吸を抑えようと必死になりながらも落ち着きを取り戻して来た頭は、今の自分達の状況を理解させてしまった
「う・・・うぅ・・・」
ズルズルと壁に擦り滑る様に姿勢が落ちていく
今彼女の頭は後悔の念で満たされていた
なんで走って来たんだろう、本当に誰か助けてくれるのか、あのままみんなを守る為に何かした方が良かったのでは無いのか
駆け巡る後悔の念は止まるところを知らず、彼女の心を蝕んでいく
やがてそれは一粒の涙となり頬を伝い流れていった
後悔先に立たず、そうは言うがどうしても考えてしまうのが人間である
彼女もまた、その例に漏れず溢れ出る感情を抑えることが出来ずにいた
「ここで泣き、止まるのか?」
「え・・・?」
気付けば路地の奥の暗闇に誰かが立っているのがわかる
黒い服装をした男、そこまではわかるが顔は見えない
「誰・・・?」
「今ここで泣いても良いが、今も刻一刻と、お前の家族は苦痛に顔を歪めている、それで良いのか?」
無情な事実を突きつける言葉、それが彼女の胸に突き刺さった
チクリとした痛みと共に、ストレスからか吐き気が襲ってくる
だが、シリは歯を食いしばると壁に手を付きながらヨロヨロと立ち上がった
大切な家族が自分が助けを呼んで戻ってくるのを待ってる筈だと、一抹の希望に縋り立ち上がる
その姿を見て男は言う、慈しむ様にただ一言
「良い子だ、その家族愛、忘れるなよシリ」
次いで背後から聞こえて来たのは破断音だった
背後に目をやれば先ほどまで暗闇にいた男がシリへと手を伸ばしていた無貌の頭へと刀を突き立てている
頭を見れば、フェイスガードヘルメットの様な物を着けていた
そして男は、シリを一瞥すると言う
「行け!シリ!」
その言葉を頼りにまた駆け出す
愛する家族の為に、自身の行いを改める為に
施設はもうすぐそこだった
施設へと走り込んだシリが最初に見たのは、見知らぬ男に説教をされているトウヤの姿だった
はい、はい、すみません、そう言う彼の表情は暗く重い物で、それは自身が彼のブレスレットを取ったからだろうと言う事がわかる
すぐさまブレスレットを外すとそんなトウヤの元へと駆け寄った
「あ、あの!」
そう彼女が言うと、男とトウヤは共にこちらを向く
次に自身の差し出す様に伸ばされた手のひらに置かれた物に目を向けると驚きと共に声を上げる
「あ、これシリ!どこで見つけてくれたんだ?ありがとう!今めちゃくちゃ怒られててさ助かった」
「ごめんなさい、私が盗りました!」
発された声に被せる様に叫びにも似た声を上げると、トウヤは驚きのあまり押し黙ってしまう
彼女の声に釣られ周囲に居た人々もまた、何事かと視線を寄せ集まってくる
「本当にごめんなさい、これ、これ返しますからお願いしますみんなを助けて下さいお願いします!」
必死に頭を下げ悲鳴の様な声を上げながら謝罪するが、その声は集まった人々にも聞こえていた
僅かな静寂、そんな中、視線もまた鋭いものへと変わっていく
「そうやってまた騙すのか」
それは誰のものであったのだろうか?
男の声が静寂の中聞こえた声は一つの波紋となり広がっていく
「そいつ、助けてやると言ったら俺の事変態扱いしやがったんだ、ただ飯を持って行っただけなのに!」
「私もその子達に金をすられた!」
「そうやって叫ぶのも、どうせ周りを味方にしてにいちゃんの事が逃げられない様にする為に決まってる!」
断罪の連鎖は止まらない、どれが真実か嘘かはわからないが今までにシリの、シリ達のやった行いが今の彼女達へと災いを持って降り掛かる
オオカミ少年が嘘を吐き続けた結果誰にも信用されなくなった様に、彼女達もまた人々の好意を裏切り続けて信用されなくなった
そんな状況を静観していたトウヤの肩にポンと手を置かれる
見ればその主は調理場のおばちゃんだった
「にいちゃん言っちゃダメだよ、ありゃ罠だ間違いない」
首を横に振りながらそう言う彼女もまた、シリ達に石を投げられたうちの1人だ
それらの声は頭を下げているシリの耳にもしっかり入っている
何故信じてくれないのかと他責感情を出し思わず顔を歪めた
だが、同時に彼女にもその理由はわかっている、あの女怪人の言う通り人の好意を裏切って来た結果、欺いて来た結果、誰からの信用も失ったのだ
疑惑の目は今も深まり止まらところを知らない、それどころか彼女が今ここにいるのを鬱陶しく思う者まで現れ始めていた
トウヤもまた、ブレスレットを盗られた被害者の1人として行動を決めあぐねている
周囲の感情もまた理解出来た
そして同様に、彼女達の今までの姿を思い出す、チリと2人で自分達よりも幼い家族を必死に守ろうと行動していた姿を、だからこそトウヤはシリに近付く
何か言われると思ったのか、近付いた瞬間びくりと僅かに肩を振るわせた彼女に優しく声をかける
「返してくれてありがとう」
差し出されたブレスレットを手に取り嵌めていく
そんな彼の様子に恐る恐ると言った様子でシリは目に僅かな恐れの感情を浮かべながら顔を上げた
その様子に安心させる様に笑い掛けると、しゃがみ目線を合わせる
「よっしゃ、それじゃチリ達は今どこにいるんだ?案内してくれるか?」
「にいちゃんあんた・・・」
何かを言いたげにしているおばちゃんだが、こちらを心配して声をかけてくれているのだろうと察しがついているので、向き直ると笑いかけながら言った
「大丈夫だよおばちゃん、変身してから行くからもし襲われても対応出来るし・・・それに」
チラリとシリを一瞥する。見れば恐れではなくグチャグチャの感情を浮かべ今にも泣き出しそうな彼女の姿が目に映る
「罪を罪だと理解させるのが正義、コイツも自分のやった事は理解したと思うし、それなら正義の味方として護らなきゃだしな!」
私刑ではなく理解させる事を、嘘偽りか疑うよりも信じてあげる事をトウヤは選んだ、屈託のない笑顔でそれをおばちゃんへと伝える
その顔を見ておばちゃんは呆れた様に額を抑える。だが、そこにあるのは先程までのシリへの不信感ではなく彼の気持ちを尊重する晴れやかな感情であった
「なら言って来な、ヘマするんじゃないよ!」
「はい!」
送られた激励は心に熱く灯り、トウヤだけではなくシリにも希望の火を付ける
先程までの重たい空気は既に消え、明るい雰囲気へと変わっていた
それを感じ取ったが故に彼女の目尻には一粒の涙が溜まる
先ほどとは違う希望の涙、人を騙り後悔の念から流すのではなく、人を信じ希望の念から来る感謝の涙
次第に堰き止められていた感情は抑えが外れ溢れ出る
急に泣き出したシリの姿にトウヤは笑いかけた
「どうしたんだよ、落ち着けってほら行くぞ、みんなが待ってる」
そう言うと小さく頷くシリ
そして、静観し様子を見ていたセドへと声を掛ける
「すいません、セドさん、先にこっちの対応して来ます」
「勝手にしろ、お前の不注意が引き起こした問題だ、ならお前が始末しろ」
要は行って良いという事だろう
その事を理解したトウヤはありがとうございますと礼を告げると、ブレスレットに魔力を流す
流れた魔力により起動したブレスレットは暖気状態へと移行し光輝く
左腕を前へと突き出し折り曲げ拳を顔へと近付ける
右腕は大きく円を描くように回して左腕に装着したブレスレットと右腕に装着したブレスレットを重ね合わせた
両腕のブレスレットが干渉し、魔力回路が開通してダーカー式破砕陣へと魔力が供給される
『空間魔法、アクティベート』
「変身!」
『音声認識完了、アクシォン!』
トウヤの全身を光が包み込む、腕を振るうとその光がガラスの様な音を立てて光が砕け、中から雫頭の赤い強化装甲服を纏ったトウヤの姿が顕になった
「案内してくれ、シリ!」
「こっち!」
少女の案内の元、ヒーローは走る
「あんた、行かないのかい?」
その背中を見つめながらおばちゃんがセドへとそう言うと、彼は鼻で笑いながらさも当然の様に言った
「さっきも言いましたが、あいつの起こした問題です。あいつに処理させます」
「とか言いながら様子見について行く気満々なんだろ?」
そう見透かした様に言うと、セドは押し黙ってしまう
どうやら図星だった様だ
その様子を見ておばちゃんは大きく笑う
「全く、あんたらヒーローってのはなんでこう可愛い子しか居ないのかねぇ!」
「ええい!うるさい!失礼する!」
「気を付けて行って来るんだよ」
「なんで誰も戻ってこないんだ畜生!!」
癇癪を起こした怪人が臀部から伸びている触手を薙ぐと、それは近くのゴミ箱を粉砕し中の生ごみを四散させる
逃げたシリを追い無貌が放たれてから1時間と少しが経過していた
だが、幾ら待てども無貌が少女を連れて帰って来る事はなく時間だけが過ぎていく
大人の余裕などと言いチリへと暴行を加えながら待っていた怪人も流石に痺れを切らしたのだろう
「シリ・・・」
剥かれた衣服に青い打撲痕を浮かべ、力無く横たわるチリもまた、その事実に一抹の希望を浮かべつつあった
そっと前へと目を向ければそこには縛られながらも不安そうな目を向ける家族の姿がある
ごめん、と痛みで出さぬ声に変わり、痛む口を小さく動かしそっと呟く
シリしか助けられなかった。幼い家族達を助けられなかった
その事実にチリは押し潰されそうになる
「腹立つなぁ・・・1人くらい減っても、文句は言われないだろう」
そう言うと怪人は横たわるチリへと近付くが、彼女には既に逃げる力も残っていなかった
動かぬ身体でただ近付いて来る怪人の姿を眺める
目の前で立ち止まった怪人の振り上げられた拳を眺めチリはただ一言だけ、遺言を残す様に宙へと呟く
「ご・・・めん、みん・・・な・・・」
そうして振り上げられた拳はゆっくりと彼女の頭目掛け振り下ろされる
怪人の怒りの感情が乗った一撃は、数トンに及ぶ威力で持って周辺の空気を揺らす
怪人が幻視したのは頭を無くし胴体だけになったチリの死体だった
だが、彼女には確かに見えたのだ
赤い人影がチリを攫って行くのを、忌々しげにその方角に目を向ける
「あんた何者だい?誰なんだよ!答えろ!」
そっとチリを地面に寝かせれば、隠れていたシリがチリの名を呼び飛んできた
全身に酷い打撲痕を浮かべたチリはシリの腕の中に力無く治る
子供達に目を見れば縛られた状態で震え憔悴しきっていた
その光景にトウヤの心は熱く、激情を抑えきれずにいる
「無視するな!答えろ!!」
そう叫ぶ怪人はあの時の怪人と同じ様に地団駄を踏む
誰が来たかを知りたいなら教えてやろう、名を知りたいなら教えてやろう
怪人の方へと振り返ったトウヤは、怒りの眼差しを向け高らかに答える
子供達から貰った新たな名を
「ヒーロー、フレアレッド!お前を止める奴の名だ!」
そうしてヒーローは前に出る
悪意をもてど、それを正し、悔やみ、家族への愛を忘れなかった者の為に
人を人と思わぬ悪鬼羅刹を討つために
「フレアレッド?なんだいその幼稚な名前、馬鹿じゃないの!」
蔑む目を向け怪人が触手を振るう
フレアレッド、トウヤ目掛け飛んで来たそれは確実にトウヤの頭を狙うが、スーツにより強化されたトウヤの動体視力を持って掴み取りそのまま前に引く
引っ張られた怪人は掴み取られるとは思わず体勢を崩し前のめりに転倒した
「今だ、逃げろ!」
背後にいたシリが身体強化魔法を発動させるとシリを引っ張りながら集められた子供達の元へと避難する
「よし、これで・・・!?」
掴み取っていた触手から僅かに膨らみを感じとっさに触手を子供達とは反対方向に投げると先端から白い液体が飛び出た
それは空中で凝固し鋭利な刃物となり、家屋の立てかけられた鉄板を貫き壁に当たって砕けた
その光景に思わず冷や汗が出る
もしこれが子供達の方に向けば大惨事となる。それだけは避けなければならない
「チッ!避けるなよ!死ね!」
怪人が言い放った言葉を最後に変態を始める
服がビリビリと破れて行き胴体が異様に伸び始めた
臀部は細長く伸び先に行くほど細くなって行く
腕は細く伸びて行き手から指先に至るまでが薄く伸び鋭い両腕2本の刃となり、顔も半分に割れ目玉が肥大化し露出する。割れた顔は裏返り首元まで伸びたていき肥大化した目も相待ってT字の様な頭を構成した
そうして変態が終わるとそれは蟷螂の様な異形の姿へと至る
その姿を見て子供達から悲鳴が上がった
トウヤもまたその異形に怯み後ずさる
怪人との戦いは初めてでは無いが、まだ2回目でそれほど経験を積んだわけでも無い
また目の前で人の姿が異形の姿へと変態するというあり様を見せられその異様さに圧倒されたのだ
「だっさ!ビビってんのかよ!」
臀部の先から触手が伸び左右に揺れている様はまらで自分の意思があるかの様である
それはトウヤ目掛けて伸びて行くと彼へと突きを放ってきた
計3回の連続付きはトウヤの頭、喉、胸の中心と的確に急所を狙って放たれていたが、動体視力、反射神経、膂力が強化されたトウヤはすぐさま構えを取ると、頭を狙った一撃は首を傾ける事で避け、喉を狙った一撃は半身を捻り、胸を狙った攻撃は彼の腕で弾く事で攻撃を躱わす
たったそれだけの動作だが、下級怪人である女は動揺を顕にした
それを見逃さずすかさずトウヤも反撃に転じる
「フレアジェット、レディ!」
『イグニッション、プレパレーション!』
「イグニッション!!」
強化走行服の背中が競り上がり、一対の噴出口が顕になり、展開された噴射術式が魔力供給を受け噴流を生みトウヤを前へと勢いよく飛び出す
何をやろうとしているのか状況が理解できず、困惑で硬直する怪人の懐に一瞬で潜り込んだトウヤは、その勢いのまま拳を怪人の腹へと突き立てる
直線上にいるが故に繰り出した高速移動による回避不能の攻撃
付近に子供達がいる為、一撃でノックダウンさせる。その思いで繰り出された拳による一撃は見事に怪人を吹き飛ばし、壁へと叩きつけ跪かせる
強烈な一撃により、壁に寄り掛かる様に昏倒した怪人に最後の一撃を見舞おうと近付く
「お兄さん避けて!!」
警戒を怠っていた訳ではない
だが、敵は昏倒している。その意識が隙を生んだ
子供達の縄を切っていた筈のシリが悲鳴の様な叫びを上げ、トウヤへと避ける様に言う
だが、咄嗟に反応できなかったトウヤは上からの不意打ちを喰らう事になった
後頭部に強い衝撃を受けトウヤの身体が地面へと叩きつけられる
突然受けた衝撃に混乱する頭、だが離れていたシリには何が起こったのかがよく見えていた
未だ昏倒し壁に寄り掛かる怪人の臀部から伸びていた触手がトウヤを地面へと叩きつけたのだ
触手は何かを探す様に漂った後、怪人の頭を小突いた
「んぅ・・・お母さん・・・?」
幼なげな声で眠たげに呟くと目を擦り辺りを見渡す
そうして状況を認識したのか、あぁと言うと倒れ伏し嗚咽するトウヤを見て笑みを浮かべた
「なんだい、気絶したてたのか助かったよ」
顔に擦り寄って来る触手にそう告げるとトウヤに近付き踏み付ける
小さく悲鳴を上げるトウヤ、それに気をよくしたのか怪人は勝ち誇った笑みを浮かべた
「ヒーローってのも大した事ないね」
グリグリと足を押し付けながら上擦った嬉しそうな声でトウヤを見下す
「大きくて力が強く、賢い大人である私に掛かればこんなもんだ、あはは!」
「大人ってのを勘違いしてんだな・・・」
「何・・・?」
トウヤの一言で怪人の笑いが止まる
反論、それはこの怪人にとって最も許せない行為であり大人でない行為、それをされ顔を歪めた
だが、トウヤの言葉は続く
「デカいだけ、力が強いだけ、賢いだけなんて子供にだって当て嵌まる」
トウヤはこの世界で出会った人々に想いを馳せる
誰もが強かった
それは力だけでは無い、心が強いのだ
「自分を理解し、人を受け入れる器、助け思いやり、他人と協力出来て他人を助けれる。そんな当たり前の事ができる存在の事を言うんだよ!」
「そんなのただの社会構築の為の歯車じゃ無い、いやよそんなの」
怪人はトウヤの主張を鼻で笑う
だが、同時にトウヤもまたその答えを一蹴する
「歯車の大切さをわかってないんだな
誰かのおかげで自分がいることに気が付いてないんだな」
「そんなの負け組の理論じゃない、私は違う!こうやって強くもなった!」
他者の為に行動するのは負け組のする事、勝者は何者にも頼らないし助けない
そんな勝者になりたい、それがこの怪人の考えの根底だった
だが、それは同時に理解してない形無しの考えでもある
「その驕り方が子供なんだよ!人は誰かが作ってくれてる日常の中で生きているんだよ、お前の力も与えられたもんだろ!なんでそんな当たり前の考えを蔑ろにしてんだよ!」
「こいつ・・・足の下で偉そうに!」
そう言うと怪人は後ろへと跳び引く
突如解放されたトウヤは不信感を抱きながらも立ち上がる
「なら大人なあんたにはこいつらの為に犠牲になってもらおうか!」
先程の発言の意趣返しだろう
見てみればシリの喉元に触手の先端が向けられている
「おにい・・・さん・・・」
「やめろ!その子に手を出すな!」
「なら抵抗するんじゃ無いよ、お前は嬲り殺しにしないと私の気が治らないからね」
言い切るや否や、人の面影を残した口が大きく開かれ臀部と同じ触手が伸び出て来る
それはトウヤの方を向くと飛び出た部分が膨張し出す
そうして放たれたのは先の攻撃と同じ硬質化する液体だった
連続で放たれたそれはトウヤをズタズタに切り裂かんと撃ち込まれていく
甲高い怪人の笑い声と止まることのない射撃
遂にはシリに向けていた触手も戻してきてトウヤへと向け始めた
鬱憤を晴らす様に、過剰だと思えるほど撃ち込まれる射撃は怪人の気が済んだのだろう、不意にピタリと止んだ
弾丸が砕けて生じた煙の中、トウヤの安否は確認出来ず、だがその威力を知っているからこそシリは絶望する
「おにい・・・さん・・・」
未だ甲高い笑い声は止まらない
子供達もまた、そんな状況に意気阻喪といった様子であった
笑い声とは対照的に重い空気が彼らの中を流れる
「負けるなトウヤにいちゃん・・・頑張れ」
そんな状況で自身の膝に頭を乗せているチリが、傷だらけの身体に鞭打ち、腕にググッと力を込めながら起き上がり声を張る
「そんな奴なんかに負けるな!トウヤにいちゃん!」
煙が晴れない中、皆がもうダメだと諦めた中、彼女は信じているのだ
彼が生きている事を、力になれない自身に心を痛めながら、応援するしか出来ない自分に悔しさを覚えながら
その心意気は確かに子供達にも伝わったのだろう
1人、また1人が声を出す
「負けるなフレアレッド!」
「頑張れ!勝って!」
その様子は怪人にも聞こえていた
子供達の声援を鬱陶しく思い、苛立つ様な表情で子供達を睨みつける
だが、先ほどとは様子が変わりそれで静まる事はない
灯ってしまったのだ、彼らの心に希望の火が
ヒーローが助けに来たと言う希望が
「うるさいうるさいうるさいうるさい」
それは正しく効果覿面といった様子だった
トウヤに向けられた声援という大合唱は、孤立という認識で幼い彼女の内面を傷付ける
「うるさい!!お前らなんかもう全員いらない!もう死ね!死ねぇ!」
遂には幼なさを隠す事すら出来なくなった
怪人が癇癪を起こすと子供達に向け触手を向ける
それがわかるや否やシリは腕を伸ばし庇う様に前へと出た
これはマズイ、やっても無駄だ、頭ではそう思いながらも出ずにはいられなかったのだ
ーー助けが欲しい時は助けてって言えよ!
その時、彼女の脳裏を過ったのは、トウヤのこの言葉だった
「助けて!みんなを助けて!トウヤ!!」
純然たる願い、家族を想い助けを求める子ども達の声がヒーローを目覚めさせる
それはあまりにもあり触れた物であるが、そうであるが故に王道と呼ぶのだろう
『オーバーパワー、アクティベート!』
機械音声と共に溢れ出る魔力の奔流が煙を払い怪人も子供達も、纏めてその視界を奪い去る
広がった煙に思わず目を閉じる子供達だが、その心には確かに希望があった
「任せろ!」
ヒーローが来たのだから
怪人の攻撃により立ったまま気絶していたトウヤではあったが、スーツにより強化された聴覚と空間認識能力は先程よりも状況が悪くはあるが動き易くなっているのを確認する
「ッ・・・!?」
動かそうとすれば身体の節々から電流の様な痛みが流れた
だがそれでも彼は怪人のいる場所へと緑の魔力布をたなびかせながら一気に飛び込む
それがどうしたと、危険を冒してなお家族を守ろうと声援を送る子供達がいる
ならばそれに答えず何がヒーローか
「なっ・・・!?お前!?」
怪人の懐に飛び込めば、倒したと思ったトウヤが体色を黄色へと変え眼前に踏み込んできたことに怪人が驚きの声を上げるが、その言葉に彼が応えることはない
片足を踏み込みさらに強化された拳を下から振り上げる
突き上げられた拳をモロに顎下にくらい怪人は空高く殴り上げられ、それを追う様にトウヤもまた怪人目掛けて跳躍した
『腕部集中!一撃粉砕!!』
「ま、まって!許して!!」
右腕に魔力を集中させるとブレスレットを中心に高濃度の魔力が渦を描き、必殺技の準備が出来たと機械音声が告げる
それを聞いた怪人が許しを乞う様に言葉を投げかけてくるがトウヤは構わず拳を振るう
『フレアナックル!』
「セイヤー!!」
振り上げられた必殺の一撃は、怪人の身体に突き刺さり、放出された魔力によりその身体を、張り巡らされた術式をズタズタに引き裂く
「マ・・・マ・・・」
振り抜かれさらに高く舞い上がった怪人の身体は、引き裂かれた術式から魔力が逆流し、衝突し、暴発した魔力の流れにより身体がバタバタと暴れて出し爆散する
それは子供達の目にもしっかりと届いていた
自分達を守り、声援に応え助けてくれたヒーローの姿も
下に降り立ったトウヤは、膝をつき立ち上がると子供達へと顔を向け言った
「お前ら全員無事か?」
そう笑いかける彼も傷を負ってはいるのだが、トウヤは気にせず声を掛ける
「今の俺が無事に見える・・・?でも、他のみんなは無事だよ」
冗談めかした様な口調でチリが告げる。彼女の身体はボロボロだった
全身あざだらけで、今でも身体は痛む事だろう、だが彼女はその痛みを表に出す事なくトウヤへと心配させまいと気丈に振る舞う
それを理解したトウヤはチリに近付くと、シリの膝の上にいる彼女の頭をそって撫でる
「そうだな、家族を守る為に頑張ったんだな、ありがとう、おかげで間に合ったよ」
「よせよ、家族を守るのは当た・・・り前・・・だ・・・ろ・・・」
「チリ・・・!」
言葉が途切れ途切れになり、やがて意識を失う
そんなチリの姿にシリは驚き声を上げるが、聞こえてきた寝息から眠っている事がわかり胸を撫で下ろす
「お疲れ様・・・ごめんね、ありがとう」
慈しむ様にシリは彼女へと視線を向け、胸の内に溜めていた謝罪の言葉を彼女の寝顔へと送る
そうして現れた静寂の中、自身の過ちにより家族を危険な目に合わせた
そんな意識が徐々に大きくなり顔は次第に悔しげに歪み始める
「後悔してるのか?」
変身を解いたトウヤがシリの顔を見ながらそう言う
それにシリは懺悔する様に心内を吐露した
「後悔・・・してます。正直これからどうしようとか、みんなの側に居て良いのかなって・・・でも、どうしたら良いんでしょうかね、それも全然分からなくて・・・」
今回はチリが逃げる時間を稼いだおかげで助かった。トウヤが助けに来てくれたからなんとかなった
だが、もし結果が違ったらどうなっていただろうか
思慮深く考えたつもりでも考えが足らずに浅はかな行動をしてしまった
その後悔の念が、もしもの最悪の可能性を考えさせてしまう
こんな自分は彼らの近くにいない方が良いのでは無いだろうか?
「シリおねぇちゃん何処に行っちゃうの?」
止まることのない思考の円環に子供の声が挟まれた
見ればシリの言葉を聞いたのか、1人の女児が立ち上がり彼女へと近付いて来る
そうしてシリの顔をジッと見つめ、顔を顰めたかと思えばボロボロと涙の粒を落としていく
「言っちゃやだ、行かないで」
「ボーセ・・・ごめんなさい、聞こえてたのね、大丈夫私はどこにも行かないから」
ね?と言い腕を広げれば、ボーセと呼ばれた女児はシリの身体へと身を寄せる
ソッと腕を閉じれば優しい温かみが確かに彼女の傷心気味の心を静かに温めてくれた
そんな彼女へとトウヤは笑い掛ける
「シリ、みんなお前を必要としてるみたいだな・・・」
多くは語らない、その言葉の真意はすでに女児が見せてくれたからだ
行動で見せられ、言葉として形になった明確な事実
それはシリの心に染み渡った
ボーセを撫でながら彼女は小さく笑い言った
「そうですね・・・」
溢れないようにと閉じた瞳から涙を溢し
こうして事件は幕を閉じたのだ
数日後
施設では騒がしい毎日が続いていたが、その日からは特に騒がしくなった
「シリ!芋の皮剥き剥き終わったよ!」
剥き終わった芋の入ったカゴを厨房に置いていくチリは中にいた少女へと声を掛けた
長い髪を結った少女、シリはチリの言葉にはーいと返事をすると芋をとりに向かう
「ありがとうチリ、もう直ぐご飯の時間だから用意手伝ってもらって良い?」
「おう!任せとけ!」
元気よくそう言うと厨房へと入っていく
「上手くやっていけそうだな」
そんな2人の様子を食堂の入り口で見守る姿があった
篝野が隣に立つ2人の男に対して声を掛ける
「あぁ、良かった」
あれから直ぐに医務室に運び込まれたチリであったが、その際にシリが自分に何か手伝える事はないかと職員へと声を掛けたのだ
曰く、もう人に借りばかりを作るのは嫌との事だった
そうして後に傷を治したチリと共に施設で働く事になったそうだ
「先の一軒の様な間違いだけは起こさないと良いがな」
セドが嫌味ったらしくそう呟くが、そんな様子の彼にむけて、とある理由により2人は顔の表情を変えるのを止めれず思わずニヤけてしまう
へーとニヤけ顔で言う2人を睨み付けるセドだが、何を思われているのかわかっているのだろう
僅かな羞恥心からほんのりと顔が赤くなっていた
「その反応をやめろ」
「いやでもさぁ、ここ最近毎日2人の様子を気にしてたり、あの時あぁ言ったのに助けに来てくれたでしょう」
「坊ちゃん、心配なのはわかるがもうちょい抑えないと不審者みたいになってるぞ」
「うるさい、やめろと言っている!」
顔をそっぽ向けながら言う彼を見て2人は笑う
「でも、あいつらの事気にしてくれてありがとうございます」
「俺はヒーローとしての仕事をしているだけだ、感謝される謂れはない」
「素直じゃないな坊ちゃんも」
「うるさい、あとその坊ちゃん呼びをやめろ!」
「良いじゃねぇか、実際坊ちゃんなんだし」
「何やってんだよ2人共」
そんな篝野の言葉に今は違う!と言い合う2人の声でこちらの存在に気が付いたのか、チリが呆れた表情を浮かべながら歩いて来た
「あぁ悪い、邪魔する気はなかったんだ」
「いや良いよ、仲良いのは良い事だし」
ため息を吐きながらそう言うと指を立てながら、そんな事よりと言い厨房を指差す
「手が足らないんだ、少し手伝ってもらっても良いか?」
彼女のその言葉にトウヤは思わずニヤリと笑う
その笑みは人を頼ろうとしなかった彼女が、施設の手伝いをし、人手が足らないと頼ってくれた嬉しさから来る笑みだった
その言葉に彼は答える
「おう、良いぜ!おっちゃんもセドさんも、言い合ってないで行こうぜ」
「俺はただ様子を見に・・・いや、良いだろう手伝おう」
「おぉ良いぜ」
そうして一同は厨房へと向かう
状況は変わる
それは時に悪い方向に進むこともあるが、良い方向に進む事も同じくらいあった
そこに気が付けた時、人は言葉を送るのだ
「一皮剥けたな」
「俺とシリはまだ成長期だぜ、これからもっと剥かれて行くよ」
笑顔を浮かべ言葉を返す
そんな笑顔を見て、トウヤは思うのだ
守れて良かったと
蝋燭に灯された薄暗い室内の中、1人の華奢な少女が周りを見渡す
足元には輝く魔法陣、目の前には甲冑と言うにはあまりにも先進的過ぎる物を纏った者が数名並び、その前に1人の少女がいた
金色の髪を長く伸ばし、身に纏っている美しい装いから偉い人なのだろうかと少女は思う
「ようこそ、この世界へ」
そう少女が深々と一礼をすると、後ろに控えた甲冑姿の数人もまた胸に拳を当て敬礼する
そして、下げた頭を魔法陣の上にいる少女へ向けると言い放つ
「鎧の勇者様」
今宵、最後の12人目の勇者召喚の儀が行われた
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