こぼれ落ちる手、魔導学院に潜む悪意 3
あれから2日経ったが未だにレオの姿は発見されていない
「今回はお2人が怪人の姿を見つけてくださったおかげで、ただの行方不明ではなく怪人災害として処理出来そうです」
「あれから怪人の報告は確認できず・・・か」
学園長室で席を囲む3人は現状の報告を行なっていた
学園長の報告にセドは悲痛な顔をしながらも静かにそう言う
重い空気が室内に漂う
ただ黙るトウヤの脳裏にはレオの元気な姿が映し出されている
あれから改めて考えてみれば、ケイトと同じ様にレオも悩んでいたのだろう
ケイトにあの様に思われている自分を変えたいと、逆に守れる様になりたいと
もし自分があの時もっと話を聞いていればと、湧き出る後悔の念に押し潰されようとしていた
「トウヤ、あれはお前のせいだけではない、だからあまり背負いすぎるな」
「・・・はい」
自責の念に苛まれながらも、捻り出した様な籠った声を出す
リンゴーンという予鈴がなる
まるでいくら後悔に苛まれていようとも日常は続く、その事を告げるかの様に
「お2人とも、今回はありがとうございます。おかげで行方不明事件の原因を突き止める事ができました」
「いえ、俺達もレオを守れず申し訳ございませんでした」
「確かにレオくんの事は残念で仕方ありません、ですが、だからこそお願いします。この学園から生徒を、彼らの家族から我が子を奪われない様にして下さい・・・お願いします」
膝の上で震える拳を押さえながら学園長は頭を下げてくる
そこに宿るのは己の保身などではない純粋な願い
大切な家族を預かる身だからこそ宿る願いを前に、トウヤとセドは今度こそ守ると誓いを心に立て強く応じた
教室の扉の前にくれば中が明るい声で俄かに騒がしくなっているのにセドとトウヤは気が付く
レオがいなくなってからというもの教室の雰囲気は暗くなっていた
だが、そんな中でも明るい声を出せる様になっくれたのは嬉しい事ではあるが、どうしたのだろうかと疑問にも思う
「トウヤ、わかっているとは思うが」
「ええ、態度には出さない様に気をつけます」
「そうか、なら行くぞ」
「はい!」
そうして教室の扉を開けると、生徒達が1箇所に集まっているのが見えた
「お前達何をやっている?授業を始めるぞ席につけ」
「すみません、先生」
口々に謝罪の声を上げたりしながらも席に戻ろうとする生徒達
だが、それでも興奮の治らない生徒の1人がセド達に向け声を発する
「でも、見て下さいよ!レオのやつ帰って来たんですよ!」
「え・・・?」
その言葉に、セドとトウヤの思考は止まり青褪める
生徒達が各々の席に戻っていけば、そこには確かにレオの姿があった
行方不明となったあの日と変わらぬ金色の髪、幼さを残すあどけない顔は注目されている恥ずかしさからか、僅かに頬を紅く染め上げながらはにかんでいる
「レオ・・・お前何処に行ってたんだよ」
あり得ないと、だが確かにレオはここにいると視覚的に認め震える声でトウヤが尋ねる
「すみません、道に迷ってる人がいたので案内してたら戻るのが遅くなってしまいました」
そう謝罪して来た
だが、学園の中でそんな事があり得るわけがない、そもそもそれで2日間も姿を消す訳もない
だからこそ、トウヤは込み上げてくる感情に歯止めが効かない
「レオ、少し時間をもらって良いか?別室で話そう」
そんなトウヤを他所にセドがレオへと詰め寄る
彼の手を掴み立ち上がらせようとした瞬間、レオは勢いよく上半身を机の上へと落とした
意識を失ってしまったのか寝息を立てる彼の姿に、クラスメイト達は違和感を覚えつつも、こいつ寝やがったよ、という1人の声を皮切りに笑い声が広がっていく
だが、そんな訳がないと今までの経験から直感したセドはクラス中に響き渡る声で叫ぶ
「全員教室の外に避難しろ!急げ!」
焦る声は、しかし、突然その様なことを言われて反応できる訳もなく生徒達は困惑の表情をのぞかせる
「あの、先生どうしたんですか?レオが帰って来たんですよ?」
先程まで泣いていたのか、目元を真っ赤に腫れさせたケイトがセドへと問いかけるが、セドは何も答えない
答えようがないのだ
そうして変化は始まる
それはレオの身体から起こった
制服を突き破り、筋組織が肥大化していく
セドが掴んでいる腕も同様に肥大化し思わず手を離し後ろへと下がる
「お前ら!早く避難しろ急げ!」
捲し立てる様に叫んだトウヤの声を皮切りに、レオの変化から異常に気がついた生徒達が悲鳴を上げながら教室の外へと向かう為に扉に殺到する
その間もレオの変化は止まらない
肥大化した身体は人間ではおおよそあり得ない筋肉の塊となる
爪は長く鋭く伸び、丸太の様に太い腕と足、分厚い鉄板の様な分厚さと硬さを見るものに連想させる胴体
そして、顔を肥大化させ、中心の鼻から前へと突き出して目はそれに釣られて細く長くなった目、耳や唇は人の要素を残しながらもまるで猫科動物の様な様相となる
「何だよあれ!?」
「ば、化け物!」
その言葉がトウヤの心に突き刺さる
辞めろ、辞めてくれ、あれはお前達の友達のレオなんだ、だからそんなことを言わないでくれ
目を覚ませばレオは、身体を起こし長く伸びた金色の髪を振り乱しながらも、まるで匂いを嗅ぐ様に鼻をスンスンと音を鳴らしながら辺りを見渡していく
そうしてただ一言
ライオンの様な声を上げると扉に殺到する生徒達に向けて飛び掛かる
『空間魔法、アクティベート』
「変身」
『音声認識完了、エクスチェンジ』
指を弾く音が聞こえれば変身したセドが生徒達の前に躍り出る
爪を突き立てようと空中で振り上げられた腕を、振り下ろされる敢えて前に出て受け止めた
ズシンと言う重い音と共に教室の木製の床が軋む
「仕方あるまい・・・」
この状況で手加減をする余裕はないと判断したセドは掌へと風を集中させると、未だ振り下ろした体勢のまま宙に浮いてるレオの身体へと掌ごと押し当てた
瞬間、内包された風は一気に解放され膨大な風の刃と共にレオの身体を教室の奥へと押しやる
「あぁ・・・レオ・・・」
ただトウヤは吹き飛ぶレオを見ることしか出来ない
助けたかった普通の少年のレオ
それが今、金の髪を振り回す怪人とかし生徒へと猛威を振るっていた
壁にぶつけられたレオは頭を振りながら低く唸る
「レオ、レオ!レオなんでしょ?何とか言ってよ!」
そんなレオにかけられた少女の声、トウヤとセドが見ればそこにあったのはケイトの姿だった
彼女はレオに近付きながら必死に声をかけている
未だ自分の声は届くと信じて、幼馴染の声はわかると信じて
いや、寧ろ逆なのだろう
レオが怪人に、化け物になったと信じたくないのだ
「・・・ケイ・・・ト・・・?」
だが、奇跡は起こった
意識なく怪人と成り果てたと思われていたが、レオの意識は残っていたのだ
その事にセドとトウヤは驚き、ケイトは喜びレオへと駆け寄る
「レオ!」
「待て!不用意に近付くな!!」
意識が戻ったのだから大丈夫だ
そうだ、優しい彼が本心からこんな事をする訳が望む訳がない!
彼女の中に溢れるレオに対する信頼、レオに対する淡い想いが彼女を駆り立てた
「レオ、レオ!レ・・・オ・・・?」
「エ・・・?」
だが、そんな期待は裏切られる
ケイトの顔を見て僅かに微笑んだレオではあったが、それと同時に鉄すらも容易に切り裂くその鋭利な爪をケイトへと振るった
直前で振られた為、ケイトの身体は両断される事なく、ただ鼻先が削られるだけで済んだ
「エ・・・ケイ・・・ト?ナン・・デ?アレ?コレ?ダレ?オレ?ナンデ?ナァンデ!?ナンダヨコレ!?」
それはレオ自身も無意識の内に振るわれたのだろう
後ろに倒れたケイトの姿に、彼女の鼻から流れる流血に混乱を隠せずにいた
錯乱する彼はただナンデ?と言う言葉を繰り返す
「レオ・・・頼む、落ち着いてくれ!俺だ!トウヤだ!なぁ、レオ・・・頼む、きっとすぐ治るから、なぁレオ!」
「トオヤ・・・センセイ・・・トオ・・・ヤ」
錯乱しているのであれば手術による洗脳は行われていないはずと、今度はトウヤが一抹の希望に縋りレオへと近付く
だが、それが最後だった
「アアア、イヤダ、ソンナメデミナイデ!イヤダ、イヤダァぁぁ!!!」
「レオ!!」
レオは外側の教室の窓を破り、外へと逃げ出す
「待て!レオ!!」
「トウヤお前も待て!!くそっ!」
トウヤはそんなレオを追って彼が開けた窓から飛び出す
そんな彼の姿にセドも止めに入るが、止まる事なく飛び出して行った
「良いか、皆聞け、俺が後を追うから他の先生や学園長に事情を話せ、良いな!」
そうして、彼もまた2人を追って窓から飛び出す
トウヤがレオを追って走れば、そこには中庭があった
あのカウボーイ風の怪人と戦った中庭
なぜあの怪人がここにいたのか、確かにフードの男の存在を感じた時もここだったはず、そう考えれば中庭の中を今一度探してみる事にした
「これは・・・」
そうして見つけた
あのフードの男を追って見た中庭の壁にぽっかりと穴が空いているのを
どうやらそれは最初からではなく人為的に開けられた穴である事がわかる
「レオ・・・ここに、いるんだな・・・」
意を決して穴の中へと入る
中には地下へと続く階段があり、奥に行けば行くほど照明の灯に照らされ明るくなっているのがわかった
一歩、また一歩と踏み知れば階段を降りていけば靴音の反響音が段々とあたりに響く様になってくる
そうして降りてきた先には一つの扉があったのであろう大穴が開いていた
「レオ・・・やっぱりここにいたんだな」
穴の先に入ればそこにいたのはレオだった
より正確に言えばレオだった者である
彼は頭を掻きむしりながら、どこか悲しげに叫んでいた
「もう・・・戻れないんだよな・・・わかってる。わかってるけど、レオ・・・なんでお前が・・・」
目の前の存在とレオの姿が重なり、剥離していく
それはレオであってレオではないとわかっている。わかってはいるが心がその事実を拒否するのだ
ただ幼馴染の為に努力する。恋をしている優しい素直な学生
だからこそ思う、短いながらも共に過ごして来たからこそ、なんでお前がと
なぜこうなってしまったのかと
だが、こうなってしまった以上は止めるしかない
「レオ・・・お前の未練も後悔も、俺が全部断ち切ってやる」
流れる涙が冷たく、それでいて熱く頬を滑り落ちていく
唇を噛み、悲しみから来る肩の震えを抑えながら、トウヤはブレスレットへと魔力を流す
『空間魔法、アクティベート』
「・・・変身」
『音声認識完了、アクシォン!』
悲しみを背負った赤い戦士が、優しい少年を終わらせるべく前へと歩み出る
「レオ!お前の事は俺が止める!」
その声に反応し、レオがトウヤへと顔を向ける
「アアアアアアアアアアアア!!!」
それは既に言葉にならぬ獣の如き叫びだった
そして、レオだった怪人は4つの足で持ってトウヤへと向かって走り出す
「フレアシューター!」
取り出したフレアシューターに魔力を流せば、すぐさま稼働状態へと移行する
『フレアシューター、アクティベート!』
引き金を引けば迫るレオだった怪人へと赤い熱線が飛翔する
怪人の胴体へと命中した熱線は怪人の身体の表面を焼き白煙が上がった
「ガアアアア!!」
痛みに悶える怪人ではあったが、すぐさま体勢を整えると再びトウヤに向かい飛んだ
巨体からは想像も付かない速さで飛翔した怪人は大きく放物線を描きながらトウヤへとのし掛かろうとする
それをトウヤは横に躱わすが、着地と同時に横に振り抜かれた腕に当たってしまう
そのまま振り抜かれ叩き飛ばされたトウヤは、地下室の壁にぶつけられ煙が舞う
「フレアジェット、レディ!」
『イグニッション、プレパレーション』
「イグニッション!」
声が地下室に反響すれば、凄まじい吸気音と共に煙が吹き飛び、中からトウヤが高速で飛び出してくる
音に反応し耳を抑える怪人は、そんなトウヤの動きに対応出来ず、フレアジェットの高速移動の勢いのままに繰り出された蹴りをモロに喰らう事になった
「ガアアアア!」
振り払うように動かした右腕は、トウヤがジェットを逆噴射した事により躱され、逆に離れた事により次の一手を生み出してしまう
踵から生成されたフレアジェットによる独楽の如き高速の回転蹴り、怯む怪人の腕を引き寄せ掴むとトウヤは力任せに背負い投げを行う
「せりゃぁぁ!!!」
気合いの言葉と共に放たれた力任せの背負い投げは怪人の身体を宙に上げ地下室の奥へと放り投げる
空中に舞い上がった怪人、だがトウヤの猛攻は止まらない、ぶつけられるのは雑多なフレアシューターの乱射であった
狙いなど付けずにただ当たりをつけて、感情任せに撃ち放たれる熱線は、怪人の身体と地下室の壁を何度も焦がす
下に落下した頃には既に怪人の身体は虫の息と言った有様であった
「これで決める・・・」
ゆっくりと近付くトウヤは再度ブレスレットを擦り合わせる
『オーバーパワー、アクティベーション!』
スーツの色が赤から黄色へ変わり、魔力布も黄色から緑へと色を変えた
未だ悶える怪人の共へ近付けば、トウヤは敢えて考えないように拳を振り上げる
『腕分集中!一撃粉砕!』
「うわああああ!」
考えないように、ただ叫ぶ、自身の覚悟の甘さを隠すように叫ぶのだ
これで全てが終わると信じて、これでレオを楽にさせてやれると信じて
だが・・・
「・・・!?」
向けられた顔を見れば、あの時のレオの表情が幻視されてしまう
『俺、昔から身長が低くてみんなから馬鹿にされてきたんですけど』
『その度に助けてくれる子がいるんです・・・だから、その子の為に強くならないとなぁって・・・』
あの夜に交わした言葉が頭に思い起こされてしまう
振り下ろされた拳が当たり地面に累積していた土が埃が宙を舞い視界を奪った
だが、見えぬ視界の中でもはっきりとわかることがある
「やっぱ・・・俺には出来ねぇよ、レオ」
振り下ろした拳は怪人の隣の壁を砕いていた
それはトウヤの甘さから来る長所であり短所である
美点であるそれは、使い所を間違えれば自身の命を奪う
そうであるが故に今トウヤは、窮地に陥る
すぐさま体勢を立て直した怪人がトウヤの身体を殴りつけた
グハッと小さく悲鳴を上げトウヤの身体を床の上を転がる
「ぐ、レオ・・・!」
身悶えしながらもゆっくりと近付いてくるレオへと悲痛な声を上げる
だが、声は届かない
「レオ!いるの?レオ!!」
その声に怪人がピクリと反応し、動きが止まる
「まさか・・・なんで、ここに・・・」
会ってはいけない、今ここにいてはいけない少女の声へとトウヤが目を向ける
そこには階段を降りて来たばかりのケイトの姿があった
「ケイト!やめろ、こっちにくるなぁ!!!」
「えっ・・・?」
その瞬間だった
怪人がケイトを見つけると、まるで標的を見つけた猫の様にその身体を伸ばし、弾ける様にして彼女へと迫る
「レ・・・オ・・・?」
最後に彼女が見たのは、自身の首元へ食らいつく怪人の姿だった
「あぁ・・・ああああ!レオ!お前、お前ぇ!!」
守りたいと言っていた相手を、秘めたる想いを宿している相手の首に牙を突き立てたレオの姿に、トウヤは慟哭する
そして、同時に自身の冷静な部分が囁いてくるのだ
あの時倒しておかなかったからこうなったと
「だから、までと言ったのだ!」
怪人の口端から血が溢れ出る
同時に突き立てていたと思われた牙もまた、下顎と共にダラリと垂れ下がった
カツンカツンという音が聞こえる
風の音が聞こえる
階段から現れた男が言う
「トウヤ、貴様にはまだ荷の重い役割だ」
そうして、灯に照らされて男の姿が顕になる
「それは俺が引き受けよう」
セド・ヴァラドがやって来た
同時に地下室に風が巻き起こる
風は柱を、床を、壁を無作為に刻み我らここにありと、その存在証明を残していく
あまりの事態に訳も分からず右往左往する怪人にケイトを自身の元へ引き寄せたセドがただ一言告げる
「すまん、レオ」
瞬間、当たりを待っていた風が怪人へと集う
足を切り落とされ逃げる術を失い、腕を失い抵抗する術を失い
そうして残ったレオを連想させる顔を細かく刻まれた
そして、怪人は慟哭の声を上げる暇すらなく爆散する
こうして生徒連続行方不明事件と、それに連なる前線での怪人騒動は幕を下ろしたのだ
あの地下室は過去に学園で行われた生体実験の際に用いられた部屋であるとのことだが、そこを組織に利用されたようだ
あそこを抑えた以上、これ以上の行方不明者は出ないだろう
だが、解決はしてもこの事件がもたらした傷はあまりにも多かった
それはもちろん、怪人側にとってもそうだ
貧民街の路地裏で1人の男が激しく怒りを顕にしながら叫ぶ
「畜生!!あいつら許さねぇ絶対にゆるさねぇ!!特にあのフレアレッドとか言うやつ!あいつさえいなければ俺は見つかる事はなかったんだ!畜生!!」
元は自身がトウヤに対して無駄に調子に乗り戦いを挑んだのが原因だが、それを忘れ激しく怒り狂う
そうして男は言う
「こうなりゃ復讐だ、もうどうだって良い!あいつさえ殺せばあいつさえ・・・アヒャ、アヒャヒャヒャ!」
そう、まだ悪意は止まらない
『学習型術式からの新たな提案を確認、提案:ライトニング』
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