おいでませ異世界 2


それからどのくらい走ったのだろうか?

体感ではもう数十分は走った気がする

だが、後ろから聞こえてくる戦闘音がそれほど離れた訳でもないことを如実に示していた


「ウワッ!?」


恐怖に怯えがむしゃらに走った所為か足がもつれ湿った地面へと倒れ込む

早く逃げなくてはいけない


ーーだがどこへ?どうやって?


どこだかわからない未開の地で1人でどうやって進む?

幾らか落ち着きを取り戻した頭は、今の自分の状況を整理し、嫌でも現実を叩きつけてくる

だがそんな現実よりも胸の奥で燻る不安


ーーサラは1人で大丈夫なのか?


無論大丈夫な訳がない、ライフルを弾切れになるまでうち、魔法と短剣であの巨獣を倒せるのか?

そんな事、戦闘経験のないトウヤでもわかる。わかってしまう


今すぐ戻って助けなければ行けない、その気持ちの一方で助ける手立てがない、あんな巨獣の前に戻りたくないという気持ちもまた溢れてくる


「あぁ・・・くそ、俺に力があれば・・・」


誰もが思う、誰かを思うが故なら無力感にトウヤは沈む


ーーでも、あんたには力がある。だからそいつを使いな


「え・・・?なんだ今の」


トウヤの脳裏に映像が走った

過去の記憶を思い起こす様に、白衣の女性と声が

そして、視界の端に落ちているとある物が目に入った

それは1対のブレスレットだった

恐らくこけた拍子にカバンから飛び出たそれに倒れ伏していたトウヤは立ち上がり、ゆっくりと近づいて行く

覚えはない、だが知っている気がする

白衣の女性が言っていたそいつが、このブレスレットの事だと


「こいつの使い方、なんとなくわかる気がする」


拾い上げたブレスレットに謎の既視感と困惑を覚えながらおもむろに両腕に装着する


「なんかわからないけど、これならサラを助け・・・!!?」


その時だった


ーー身体が動かない


不意に世界が灰色に変わる

それどころか先ほどまで聞こえていた戦闘音も、葉擦れも生き物の気配すらも何もかもが消え去っていた


「お前の手にしてる物、それが何かわかるか?」


何もかもが止まった世界で、不意に背後から声をかけられる

老若男女の声が混ざり合ったような不定形な声、ここまでのに経験した物事の中で不気味で不可思議で恐ろしい事象、声に思わず肩がビクりと跳ねた


「誰なんだ・・・一体これはなんなんだよ・・・」

「お前の使おうとしている力はお前が世界を滅ぼす、きっかけになるんだぞ?」


トウヤの問いかけに声の主からの返事はない

ただ問いかけだけが返ってくる

今更ではあるが急な事に思考が追い付かない


「それでも・・・使う気か?」


どこか怒っているような声色で、だがどこか悲しそうな声音で、声の主が再度語りかけてくる

トウヤは顔を伏せ黙り込んでしまう

今自分の使おうとしている物はなんなのか、先ほど頭をよぎった光景と何か関係があるのか、考えれば考えるほど芋蔓式に思考が巡る。

魔法を使った時の光景も何か関係があるのではないか?

ザワザワと心の波が荒れだし、やがて今までの事柄への懐疑心が産まれてくる

思考の海の底へと沈んでいこうとした時、ふと顔を上げ前を向く

そこには灰色ではあるが縁取られた枠のような光景が少し遠くに見えた


ーーあそこでサラが戦っている


何も分からない自分を、助けてくれた

魔法という未知の技法を教えてくれた

トウヤを守る為に、囮になって戦っている

仕事だからと言ってしまえばそれだけだろう、だが逃げることはできた。

見捨てる事も出来た。

しかし、彼女はそうしなかった。


「・・・俺、あんたが何言ってんのかわかんねぇし、俺がこのまま行動したら悪い事になるのかもしれない」



先ほどまでの映像が真実ならば、この先にあの光景が再現されると言うのであれば、それは阻止せねばならない事である


「それでも俺を逃す為に残ってくれたサラを、やっぱり見過ごす事なんて出来ない・・・だから、行くよ・・・」


両腕のブレスレットに魔力を流す

流された魔力はブレスレット内のアメリス型3式魔力回路を伝いブレスレットを起動させる


『装着を確認、生体認証・・・承認。ユーザーを再登録、再登録名をお決め下さい』

「浅間灯夜」

『ユーザー名、ーー・トウヤからアサマ・トウヤへと変更、確認、空間魔法アクティベート』


機械音声がそう告げた後、ブレスレットは暖気状態へと移行し光輝く

左腕を前へと突き出し折り曲げ拳を顔へと近付ける

右腕は大きく円を描くように回して左腕に装着したブレスレットと右腕に装着したブレスレットを重ね合わせる

両腕のブレスレットが干渉し、魔力回路が開通して試製魔法陣破壊型空間魔力増幅陣へと魔力が供給される。


「そうか、ならば・・・ならば全てに後悔し恐怖しろ!!お前の旅路に呪いを!!呪いあれ!!!!!!!」

「なら俺が!その呪いも後悔も恐怖も全部ひっくるめてぶっ壊してやる!!変身!!」

『音声認識完了、アクシォン!!』


右腕を一気に引き抜くと魔力が充填された破砕陣が砕け散る

それにより充填された魔力が行き場を失い魔力暴走が発生しブレスレットへと増幅された大量の魔力が供給される

それの魔力を使用し空間魔法が展開される

展開された魔法はトウヤを包み込み光輝く

そして、上げたままの左腕を大きく振るうとまるでガラスが砕ける様な音と共に包み込んでいた光がバラバラと砕け散り5式試製強化魔導装甲服を着用したトウヤの姿が現れた


「よし・・・ってん?何これ?え!?何これ?どゆこと!?」


今のトウヤの姿は全身は黒い全身タイツで覆われ、頭には後ろに向けて流れる様な雫型のフルフェイスマスク、マスクには左右2つの外側を向くように配置された同じく雫型のバイザーが装着され目の位置には丸いオレンジの光が灯っていた

他に炎を思わせる頭の装飾、肩と胸には鈍色に光るアーマーが取り付けられていた

腕と足には同じく鈍色の籠手と脚絆がつけられている


無論、急にそんな姿になったのだから当の本人は大慌てであった

まさかこうなるとは思ってなかった。まるで特撮のヒーローみたいだというのが彼の気持ちである。

だが彼には慌てている時間はなかった

遠くから聞こえてくる打撃音がそれを如実に物語っていた


「・・・!サラ!!」


いつの間にか色が戻り動き出した時の中でトウヤは駆け出した。

自身を助けてくれた少女を今度は守る為に





高い志、情熱、仕事への誇りはあった

曰く付きのベオテの森、その中を走り回れるというのはある種彼女にとって昔からの憧れでもあった

そんな彼女が森に関係する職に着いたのは自明の理であった

だから、こうなっても後悔はないとそう思っていた


「あぁ・・・ダメだなぁ、やっぱ怖いや」


トウヤを逃してからサラは魔獣の気を引こうと絶え間なく攻撃をし続けた

だがそのどれもが通用しなかった

撃ち出した魔法は分厚い漏れ出した魔力の層により効果はなく

ナイフで切り裂こうにも毛皮に阻まれる

そんなナイフもすでに折れ、諦めずに身体強化した肉体で振るった銃床による死に物狂いの一撃も、ライフルと心を折れ曲げた

どうやっても倒せない相手になんで今日に限って来てしまったのかと漏れ出る後悔の念

だがそんな中でも誇りはあった

彼を逃がせたという誇り


「上手く逃げてね・・・」


無傷の魔獣が自分へと近付いてくるのが見える

抵抗する術を失い、意欲すら失った木に背を預け座り込む動かない餌に成り果てた自分へと


無謀な戦いを始めて10分足らず、だがこれからの事を考えると逃げるには十分な時間を稼げた

まだ成人すらしていない少女の公開の年の中には確かに、守り人としての誇りが宿っていた


座り込む少女の眼前へと迫った魔獣は、やがて鋭利な歯が並ぶ口を開き、喉元へと食らいつかんとしたその時であった


「セイヤー!!」


少女の視界の端から飛んできた黒い人影が魔獣を蹴り飛ばし僅かに宙を舞う

思いも知れない光景にサラの頭は混乱し、目を見開き口を開け呆然としてしまう


「・・・ぁう、なにこれ・・・」

「大丈夫か!サラ!」

「あえ?え?その声・・・トウヤ?え!?トウヤなの?何その格好!?」

「えぇっと、なんかカバンの中のブレスレット付けたらこうなった」

「こうなったって・・・あなたひょっとしてヒーローだったの?」


混乱するサラの捲し立てるような言葉にトウヤも思わず説明に困り果てた

正直トウヤ自身こうなるとは予想せず勢いのままやってみたからである

だがそんな彼らの言葉の応酬を遮るように恨めしく唸る様な声が聞こえてくる


「すまん、話は後で!危ないから下がってろ!」


そうサラに告げるとトウヤは先ほど蹴り飛ばした魔獣へと相対する

すでに蹴り飛ばされた衝撃から立ち直り、先程よりも全身から荒々しく火を噴き出す様は言うまでもなく怒り狂っていた


先程までは逃げるしかなかった相手

だが今は違う、その事実に僅かにだが胸が躍り掬う気持ちになる


「ぅし!行くぞ!」


大声で叫びそんな自分に喝を入れ走り出す

強化魔導装甲服に内蔵された本来人では発動し得ない複雑で強力な強化術式はトウヤの身体を極限まで強化する

一歩目はより大きく、二歩目にはより速く

トウヤの身体を前へと押し出させた

地面を抉り、舞い散った土を被ったサラの悲鳴が響くがすでに魔獣の眼前にまで来たトウヤには聴こえていない

拳を引き、その勢いのまま魔獣へと打ち込む

ゴンという硬い音と共に魔獣は大きくのけ反った


「いったぁ!!!?」


同時にトウヤは悶絶した

想像以上に魔獣の頭が硬かったのだ


「なんでこんな・・・いってぇ・・・」

「まだ・・・強化術式をちゃんと発動出来たいんだよ!さっきの魔力を流す感覚を思い出して!」

「んな!?ちょっと待て、うわ!?」


体制を立て直した魔獣が太い剛腕を薙ぎ払う

悶絶していたトウヤは崩れた体勢のままモロに腹に受けてしまい車に跳ね飛ばされたかの様地面へと叩きつけられた


「トウヤァ!!」


サラの悲痛な叫びが響く

巨木すら折ってしまうほどの一撃を受け身も取れず身体に受けたのだ

普通ならば無事で済むはずがなかった


「いたっ・・・くない・・・お?お?スゲェ!なんかわっかんないけどいた・・・い、ちょっとだけ・・・」


だが魔導強化装甲服を着用している彼には致命傷を与えるには程遠かった

魔獣の一撃が当たった場所には僅かな透明な波紋が生じただけで打ち傷すら負ってない

その波紋も数秒後には消え去っていた

これこそが魔導強化装甲服の防御機能、重結界魔法である


魔獣の一撃を喰らっても物ともしない姿を見てサラは胸を撫で下ろす

トウヤは先ほどの一撃すら防いだ事で安心感を得たのか、俄然やる気が出したのか

よし、と小さく声を上げると魔獣へと再度駆け出した

今のトウヤには怖いものはなかった

今の魔獣に対して有効な攻撃手段があり、対して相手の攻撃は不可視のシールドで防ぐことが出来る

これ程までに安心して戦える要素はない

だが逆にいうとそれだけであった


魔獣へと駆け寄ったトウヤは再度拳を振るう

先ほどよりも小ぶりの一撃

そして、体制を下ろし、拳を下から顎目掛けて振り上げた

僅かに持ち上がる魔獣の身体、そして、そのままの勢いで魔獣の胸へと肘鉄、殴ると連撃を繰り出す

連撃を受けた魔獣は後ろ足でヨロヨロと下がっていく

これなら行ける、そうトウヤは考えていた

だからこそ、そのままヤクザキックで押し込もうとしたその時であった


魔獣の身体から先程とは比べ物にならないくらいの炎が噴き出たのだ

噴き出た炎はある程度の勢いを持ってトウヤへとぶつかり、それに煽られる様に後ろへと転がる

まだ魔獣は本気を出していなかったのだ

炎に焼かれブスブスと燃える草木を尻目に二足となった魔獣はトウヤの頭へと拳を振り下ろした


「あがっ・・・」


魔力による強化と鋭利な爪を伴った一撃は、先程よりも強力になっており、結界魔法を通してトウヤの身体へとダメージを与える

地面へと叩きつけられた頭は僅かに地面へと沈む

衝撃で目の前が白く染まり、視界がぐらつく

そんなトウヤを魔獣は掴み上げる


動けなくなった獲物に対して、魔獣は掴み上げた後どうするのか

それは至ってシンプルであった

鋭利な牙を喉元へと喰らい付かせた

結界魔法により防がれた一撃だが、徐々に押されて牙を食い込ませていく


「がぁ、離せ!離せぇぇ!!ぐくぅぅ!」


掴んできている手を振り解こうと力を入れるが腕ごと掴まれ拘束身体は、全く広げられない

サラが先に言った通り、強化術式がきちんと発動されておらずその出力を十全に生かし切れてない今の状態では振り解く事が出来ないのだ


ーーーヤバイ!!!


先ほどまでの慢心は既に消え去り、焦燥感だけが残っていた

刻一刻と迫る牙、喉を振るわせ力を込めるが動かない身体

足を羽虫の羽が如く無様にバタつかせながら暴れるも魔獣の身体はピクリとも動かない


油断していた、その考えも最早後悔先に立たずであった


その時であった

ピューッという甲高い音が自身の後ろから自分達の間を走っていった


それと同時に魔獣は顔を離し、拘束が緩んだ

トウヤは好機と考え一気に力を入れ腕を押し除け、地面に降り立つとすぐさま距離をとった


「トウヤ!無事!!?」

「サラ、一体何をやったんだ!?」

「説明はあと!!それより勝てそう?」


サラの問いに答えられない

攻撃は通る、だがすぐに倒せるほどではない

時間をかければ倒せるかもしれないが、怒り狂った魔獣に持久戦を仕掛けるのは悪手であった

それは先ほどの攻撃が物語っている


「無理そう・・・」

「そっか・・・あー、奥の手とか何かない・・・よね?」

「ない・・・と思う」

「だよねぇ」


サラから僅かに失望の籠った声で返事を返してくる

魔獣は先程の笛の音が相当嫌だったのか頭を振っているがすぐに復活するだろう

その様子を見て思考を如何にして撃退するかではなく、如何にして逃げるかにすぐさま切り替えた

一方のトウヤは変身する前に脳裏に浮かんだ情景を再度掘り起こし何か状況を打破できる手段がないか考えた

だが、幾ら思い起こそうとしても出て来るのは先程の光景ばかりだった


「あ、もしかしたら行けるかも」

「え?なに?何かあるの?それどんなの?今すぐ使える?」

「すぐに使えるけど、出来るかどうか自身がないな・・・」

「なら試しちゃえば良いじゃん」

「簡単に言うなぁ」


あっけらかんと言った彼女に思わず苦言が漏れる

だが一か八か、それでも確率があるのであればやるしかないのが今の状況ではあった、それが故にトウヤの決断は決まっていた


「なら、試すしかないか」


そう笑いながら言うと気合を入れて構えをとる

変身した時と同じ様にブレスレット同士を身体の前で合わせた


ーーやってやりな、それでスーツの性能を限界まで引き出すんだ


またしても声が聞こえる。

先ほどと同じ白衣の女性と同じ声


「あぁ、やってやるよ」


一気に合わせた両腕を離した

その瞬間、ブレスレットから膨大な量の魔力がスーツへと流れ込む

初めは1本の赤い線で、やがてそれは5本10本と増え、黒かったスーツを燃える様な赤へと変え、雫型のバイザーは黒からオレンジへと色を変え、中心に黄色の光を携えていた

首の噴出口から黄色の魔力布をマフラーの様にたなびかせながら噴き出していた


「黒から赤いスーツに変わった・・・?」


全身へと力が満ちる

本来の性能を発揮したスーツがトウヤへとさらに強力な術式を付与していた

その一方で目の前で変化したトウヤの姿に、笛の音のダメージから復帰した魔獣もまた、トウヤの変化を機敏に感じ取っていた

感じ取ったからこそ魔獣の行動は早かった

全身の巨大な体躯に詰め込まれた筋肉と強化術式を全力で使い、その巨大さからは想像も出来ないほどの身軽さで腕を振り上げ飛び掛かる

たとえ振り上げられた腕による薙ぎ払いを避けても巨大な体躯と勢いに押し潰されて圧死する。まるで砲弾の様なものであった。

しかし、避けるには時間が足りない

僅かに放物線を描きながら魔獣の身体はトウヤへと迫り腕を薙ぎ払う。

薙ぎ払った腕がトウヤへと到達した際の衝撃の波が暴風という形で辺りへと巻き散らかされた

サラはその暴風に吹き飛ばされる

これはダメだ、吹き飛ばされた際のサラの脳内にはその言葉があった

地面へと転がり落ち苦痛に歪む顔を上げる


「うそ・・・」


そんな彼女の目に信じられなかった光景が映る



人1人が簡単に吹き飛ぶ暴風の中、トウヤは魔獣の腕を片手で、その巨躯すらも空いてる方の手で受け止めていたのだ


本来の性能を取り戻したスーツがその力を十全に使い魔獣の巨躯おも受け止める程の力を発揮した

先程までなら押し潰せるはずだった一撃を防がれ、魔獣は困惑するもすぐさま二の矢を放たんと態勢を戻し立ち上がる

その隙をトウヤはついた

籠手へと魔力を集めその力を解き放つ


『腕部集中!一撃粉砕!!』

「せいはぁぁ!!!」


高らかに響く音声と共に気合を入れたトウヤの腕部強化術式により強化された拳が魔獣の腹へと打ち込まれる


打ち込まれた拳によって生じた衝撃が銃弾をも弾く鋼鉄のような硬さの皮を、肉を撓み波打ち巨躯を浮かせ衝撃により勢いよく吹き飛ばす


打ち込まれた拳は正確に、確実に魔獣の体内の魔力の流れる魔術管を、身体に張り巡らされた天然の強化術式を砕く

砕かれた管から流出した魔獣の生命活動が終わる前に膨大な量の魔力を身体へと逆流させ、やがて体内の揮発性の液体が充満する火炎袋と呼ばれる臓器へと引火し

耳を劈くような爆音と共に魔獣の身体は爆散した


「トウヤ・・・!!?」


拳を叩き込んだ衝撃と爆発の衝撃により白く塗りつぶされた視界、サラはケホッと咳をしながらトウヤの安否を案じ声を上げるが、ゆらゆらと揺れる白煙の中に立つ1人の影を見つけた時、サラの心配は杞憂に終わる


スーツの色が再び赤から最初の黒色に戻ったトウヤの姿が現れたのだ


サラサラと光のチリとなりスーツが上から消えていく

顔が顕になった時、トウヤはサラの方へと向き僅かに笑いながら言った


「なんとかなった」


笑いながら言う彼に呆気に取られながらもサラは釣られて顔を綻ばせる


「助かったよ、ありがとう」










それから暫くして、トウヤたちは無事何事もなく森を抜けバスの停留所へと辿り着いた

遠くからは屋根部分に重装甲のパワードスーツのような物を纏った何かがいるバスがやって来ていた

もはや何も言うまいとその光景を眺めている


「今日はありがとう、助けるつもりが助けられちゃったね」

「こちらこそ、ここまで来れたのはサラが案内してくれたおかげだ、本当に助かったよありがとう・・・あのバスの終点で降りたらベガドって街に着くのか?」

「そうたまよ、終点まで待ってれば街に着くよ・・・」


僅かな時間のほんの少しの冒険を共にしただけだが、僅かな寂しさが心のうちに現れる

彼女のおかげでトウヤはこの世界の事をほんの僅かでも知ることができ、戦う術を教わり共に魔獣と戦った

いつかは再開するかもしれないが、それはすぐではない

そんな考えの中、無情にも別れの時間はやってきた

バスが目の前に止まり、扉が開かれる


「それじゃ、さようなら、頑張ってヒーローになりなよ」

「おお、サラの方も元気でな」


どちらが先かわからないが、お互いに拳を突き出しぶつけた


代金を支払い乗り込み2人がけの席に座るとバスが動き出した


サラと森の入り口が遠くへと去っていく

扉を開けた先で出会った少女とここまでの濃密な1日は、トウヤの今までの人生の中でも最も過酷で濃密な始まりだった

故郷の密林の姿を僅かに幻視しながらトウヤは決意する


この世界でヒーローになると














「そうだ、お姉ちゃんに連絡しとこ、多分研修終わりまでには届くでしょ」

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