異世界に行ったらヒーローになったSO!

@gatekeymonkey

第1話 おいでませ異世界

この世は正義に満ちている

守ろうとする正義

願う正義

倫理という正義


どれもが正しく尊い物

だが、それ故に人は狂う


しかし、誤った正義とは何か?

正しい正義とは何か?


人は言う

力こそが正義

揺るぎない信念こそが正義

正しき心を持ってこその正義


そのどれもが正しく、どれもが間違っている


だが、不完全だからこそ人は美しく素晴らしい、正義というのも同じなのだ


初代勇者フェイルの呟きより引用






陽光が降り注ぎ、穏やかな季節である春


昔の自分から脱し、新しい何かになるそんな季節

とあるアパートにて身支度を整える青年もまた、その1人であった。

真っ白なシャツに親からエールと共に送られた赤いネクタイを結ぶ

鏡を仕切りに目を向けながら、髪の毛を整えている。


よし!と小さく呟くと満足げな顔で黒いスーツを着用し、鞄を手に取り興奮とこれからの期待とわずかな不安を胸に扉に手をかけ・・・






「・・・え?」


勇ましく森の中へと歩みを進めた


「いや、え?じゃないよ!こっちが聞きたいんだけど!」


自身の隣から突然声をかけられる小さく悲鳴を上げながら肩を上げて驚く

慌てて目を向ければそこには茶髪の少女が立っているのが目に映る


「びっくりした!あんた誰!」


「えぇ・・・人を魔獣見つけた時みたいな反応して、酷くない?」


こちらを睨みつけながら少女はそう返してくるが、青年は今それどころでは無かった

先程までいた東坂街のアパートの付近とは全く違うあたり一面見渡す限り木しか見えない、言ってしまえば森の中

僅かに湿った空気、その中に漂う草花の青臭い香り、木々の間から差し込まれる光がカーテンの様に漂う森の中である

何故こんな景色が広がっているのか、何よりもよく見たら自身の服装も変わっていることに気付くと青年は混乱のあまり放心してしまっている


「お兄さんがさっきからずっとここでボケェーと突っ立ってるから、心配して声掛けてたのに、ずぅっと無視するのが悪いんでしょ!」


「この格好なにいつの間に着替えたの俺・・・あ、あぁ」


「聞いてる?」


「あ、うんごめん、混乱してそれどころじゃない・・・」


未だ理解が追いついてない青年はどこか心ここに在らずといった様子で力無く答える

その光景に少し呆れたように小さくため息を吐いた後、少女はポーチの中から小さな手板と鉛筆の様な物を取り出す


「あー、お兄さんもしかして神経系の毒とか食らったのかな?ガイド付けずに入って毒喰らうって勘弁してよ・・・ほら、ここに名前記入して」


「お、おう、わかった・・・」


少女から渡された物を受け取る。手板には名前、住所、登録魔力と書かれた紙が固定されていた


「なまえ・・・名前・・・あれ、何だっけ?」


「あーまだ毒が残ってるんだね、ほら腕出して、今から神経毒用の解毒札貼るから、あと魔力の出し方わかる?こう身体の内側から指先に向けて異物を流す感じイメージして、うん、そんな感じ、それで書けるようになるから思い出したら書いてね、あと札は剥がさないでよ」


「あ、あぁ」


手際よく腕に紙切れを貼り付けた少女に言われるがままである。

だが、頭にモヤが掛かったように名前が思い出せない

何故だ?と疑問に思っていると、ふと名前を呼ばれた気がした


「あ・・・さま・・・とうや?」


何か違うようで、しっくり来るその言葉の羅列

だが、それから頭のモヤが急激に晴れている様な感覚と共に先程までとは違う全身に血が巡る様な感覚を覚えた


「あ、思い出した?ならここに名前を書いてね」


「お、おうここだな、えーと、漢字でも・・・まぁ良いか、浅間灯夜と・・・ほら掛けたぞ読めるか?」


「ん?あーあなた和国人ね、良かった中央世界の人じゃなくて、和国語なら読めるから安心して」


何やら手に持つ紙と自分の書いた文字を見比べていた少女から和国なる単語が出たが、青年、浅間灯夜は考えても仕方ないと割り切る事にした。


「それじゃあこっちに来て、出口まで案内してあげる。それと今回は偶々私が見回りに来た時に生きてる状態で見つけたから良かったけど、次来た時は自己責任だからね、あと足元に入国許可証落ちてたから返すね、次は落しちゃダメだよあとガイドも付けてね」


「あーご迷惑をお掛けしました?申し訳ない」


「ん、じゃあ出口に向かいながら少し案内もしてあげるから着いてきて」


「あ、ちょちょ待って、待って!」


矢継ぎ早に話す少女に気圧されながら、灯夜が返事を返すと、少女は先に歩き出す

慌てて灯夜も追いかけるが、未だに今の状況を把握出来ず混乱していた。


何せ家の扉を開けたら服装も持ち物も変わり、見知らぬ森の中で急に現れた少女に怒鳴られているのだから仕方のない話である。


「なぁここ、どこだ?」


だが、いつまでもわからぬままではいられないと灯夜は思い切って少女に尋ねてみた


「・・・もしかして、札貼ったのにまだ毒抜けてないの?」


藪蛇であった


「あ、いや・・・ちょっと頭打ったせいか少し頭がぼんやりしてさ」


「・・・本当かなぁ」


いてぇと呟きながらぎこちない動きで頭をするトウヤ、そんなトウヤを少女は訝しげに見つめていた

疑惑の目は益々深まる一方である。


「軽度の記憶障害ってやつ・・・?あぁまぁこの森のキノコでそんなのは確かにあるけど・・・」


「あ、そうそう!なーんか腹減ったからキノコ食った覚えがあるんだよ!それのせいかもなぁ・・・」


「怪しい・・・」


そんな物があるのかとこれ幸いと食いついたが疑惑はさらに深まる一方であった

口は災いの元、とは言うが彼の口はまさにそれであった

そんなトウヤに対して疑惑を向けていた少女ではあったが、小さくため息を吐き悩み顔で顔を傾けながら喋り始めた


「あーわかんなくなってきた、まぁとりあえずここはブラシド大陸のフェイル王国ベオテにあるベオテの森だよ」


「ブラ・・・フェイ?」


「うん、まぁそうなるよね、これは重症かなぁ・・・名前も思い出せなかったみたいだし・・・とりあえずベオテ村だとどうしようも無いから、街までのバス乗り場まで送るね?」


「バス・・・バスあるの?」


無論、言われたところで理解出来るはずもなかった。

聞いたことの無い大陸名、国名に地域の名前、あーそうなのかととりあえず飲み込む事も出来ず頭から煙を吹き出しそうな勢いでフリーズしてしまう。


「あぁ、もういいから行くよ!ほら、案内するからついて来て」


「あ、ちょちょ待って!」


めんどくさくなり先に歩き出す少女を追いかけ駆け出す








ベオテの森は魔の森だと言われている。

中心に向かえば向かうほど魔素、大気中に浮遊する粒子化した魔力が濃くなり、細胞が壊死して死に至るか、魔獣へと変異すると言われている。

だが、外縁部はそれ程魔素の濃度は濃くなく、豊富な種類の魔獣や地面に滞留している魔素の影響で変異した植物により観光地としてや、高性能な防具、装飾品や各種魔道具の材料として需要を得ていた


その所為か密猟者も後を立たず、毎年の死亡者の過半数がこの密猟者のものであった。


「だから私みたいな村出身の人が毎回見回ってるの、そう考えるとある意味運が良かったんだよ?毒もらった時に私が通り掛かったのは、もしもあのままなら魔獣に食べられてたかも」


「へ、へー・・・」


街馬車の乗り場までの道中、トウヤはライフルを携えた少女、サラより森の説明を受けていた。

が正直何を言われてもどれも現実味に欠けるまるでファンタジー小説の様な内容にただただ混乱していた。

第一魔素やら魔力やら魔獣やらと説明を受けたところで信じれるはずもないのだが


「あ、ほら見て、あそこにいるのがポズア、あの蛇には気を付けてね、あれに噛まれると最悪死ぬから」


サラが指差した方向に目を向けると、とぐろを巻いている45cm程の太さを持つ巨大な蛇がいた


「うわぁ、でっかぁ・・・あれどんだけデカい蛇なんだよ」


「成体でだいたい12mくらいはあるらしいよ?」


「なんかあそこだけ地面が蕩けてるけど・・・」


「それはポズラの毒の所為、近付くと目から吹きかけてくるから気を付けてね」


唐突に突き付けられる現実で嫌でも信じざるおえないので嫌でも受け止めるしか無いのだ


「まぁ最悪雷魔法を使ったら撃退できるから、準備だけしとけば大丈夫だよ」


「ま、魔法?あの呪文唱えるやつ?」


「いやいや、なんで古式使おうとしてるの?現代魔法で十分だよ?」


「古式?現代?」


「えっと、和国人だっけ?それなら陰陽術の方が馴染み深いかな?」


わからない、そのどれもがわからない

そもそも古式と現代の差すらわからないのに陰陽術という単語を入れられるとさらに混乱に拍車がかかる。

頭が真っ白になり、沸騰しそうなほど頭が熱く、重くなる状況にトウヤは


「うん、そうだなぁ・・・でも陰陽術って、その・・・実際に見た事ないんだよなぁ」


諦め、受け入れる事を選択した。

どこか虚げな瞳でサラを見つめなんとなくそれっぽく答えた

もし彼がこれから赴いたであろう職場で経験を積み、営業について学べば違う答え方もあっただろうが、今のトウヤにはこの答え方しか知らなかった


「そっか、なら魔法の使い方すら知らないんだね・・・うーん、なら軽く使い方覚えてみる?初歩的な部分だけだけど、簡単に覚えられるし、何より街馬車乗り場までまだかかるから覚えてもらってた方がこっちとしても助かるし」


「えっ!?良いのか、なら頼む!」


「すごい食いつき方、まぁそれなら少し場所を変えよっか、ついてきて」


流石に魔物が近くにいるとやり辛いのでサラは場所を変えることにした。

トウヤは何も考えずに足早に場所を変えようとするサラの後を追いかけた。


先ほどの地点から移動し、少しだけ開けた場所に来た。

そこは魔物が居ない特別な場所というわけでも無い、むしろ魔素が満ちる魔の森で魔物がいないところなど存在しないのだ


だが、それは逆に存在しないのであれば作り出せば良いという事である。

彼女は腰に巻いたポーチから一枚の札を取り出すとそれを地面に置いた。


「・・・今何をやったんだ?」


「魔獣除けの結界、東洋の陰陽術って奴でこんな事もできるんだって、これだと普通の防御結界みたいに眩しく無いし、場所も大きく取れるし、何より魔物自体が勝手に遠くに行くから便利なんだよねぇー」


へーと呟く、これは言ってしまえば確実に効果のある獣除けのようなものである

それを設置したサラは、トウヤへと近付くと説明を始めた


「さて、それじゃこれから魔法を使う練習をするけど、一から十まで教えようと思ったら今からじゃ時間もないし、魔力の使い方と初歩的な身体強化の魔法を教えるね」


「おぉ!お願いします!」


「うむ、よろしい!それじゃあ少しばかりお手を拝借・・・」


元気の良い返事と年上の男から期待の眼差しを向けられ満足したのか、サラは少しばかり調子が良くなりながら彼の手を取る

そんな行動を緊張と少しばかりの恐れの混じった表示で見つめているとサラが笑いかけてきた


「少し手に魔力を流すだけだからそんな緊張しなくても大丈夫、私が魔力を流したら手の中に流れを感じるからその感覚を覚えて」


その言葉と共に触れてる手の中に何かが巡る感覚がする。

まるで自身の中で何か細い管が巡るようなキミの悪い感覚、あまりの気持ちの悪さにトウヤの首筋から背中にかけて震えが走る

そんな有り体に言うと気持ちの悪い感触が手から手首、腕と徐々に移動していきより強い嫌悪感を抱く

うわ、と手を離そうとするとガシリと手を強く掴まれる

驚いて彼女へと顔を向けると、鋭い目つきでトウヤを見つめ、動かないでと、額に汗を流しながら静かに強い口調で言葉を投げ付けてきた

そんな様子にトウヤは腕の中を掻き分け進んでいく感触に顔を歪めながら静かに耐える事にした。

そして、感覚は腕から胴、やがて頭にまで達する。

眉を顰め瞼と口を強く引き締めているとその感覚が突然フッと消え、ハァハァと激しく息を切らすサラの声が聞こえてくる。

その突然の感覚に恐る恐る目を開けると顔を汗で濡らし肩で息をするへたり込んだ姿のサラが目に映る


「サラ!?大丈夫か・・・!」


「ご、ごめ・・・ちょ、ちょっと待って・・・しんど、しんどい・・・、あなたどうなってるの、こんなしんどい魔力共鳴初めてなんだけど・・・」


「そんなにか・・・?」


「まぁその、さっきの魔力が通う感覚を思い起こして頭から掌に向けて魔力を巡らせて火を起こすイメージをしてみて」


「おぉ、やってみる」


今も息が絶え絶えのサラを尻目に指示通りに先ほどの感覚を再度思い起こしてみる

あまり良い感覚ではないがこれで魔法が使えると思うとトウヤは少し楽しみではあった

先程の身体の中を管が這い回る感覚を思い起こし頭から手に到達させる

イメージするのは火、父が使っていたライターの様な仄かな暖かみのある小さな火種

そうイメージすると手のひらの中心に小さな火が起こった

隣からサラの出たねという声が聞こえるが、トウヤは少し物足りなさを覚える

火といえばもっと煌々と燃ゆる物ではないかと、更にイメージをしていく

それは火、原初の火、全てを燃やす全てを灰燼へと帰す増悪の火

なんか違うくね・・・、そう考え思考を戻そうとした時だった


「お・・さ・いな・・ば!!!」


「え?サラ、何かしゃべ・・・」


目の前に映る光景に絶句した

燃え盛る炎、赤く染まる空

建物を照らすは縦3尺、4尺ほどの2本の枝が付いた松明

道を照らすは折り重なるように道に並べられた火のついた薪達

黒い腕が3本脚4本の怪物が街を練り歩き人々を刈り取っていく

肌に感じる熱気が、周りから聞こえて来る悲鳴が叫声が、目の前に映る吐き気を催す光景が何故か重く心にのしかかる

俺のせいだ、そう流した涙は誰の涙か

お前のせいだと、内から聞こえる叫びは誰に向けての声なのか

わかるけどわからない、湧き出る矛盾に心がザワつく


「あ・・から・やく!」


また別の声が聞こえて来る

内からの声ではない、空間全体に響く外からの声


「ねぇ!・・く消し・!!」


どこか焦る声を聞くたびに心が落ち着きを取り戻していくと同時に、どこか胸中がくすぐったい感覚がする


「何笑って・・・!!あっついって!」


小さくふっと息を漏らすように小さく笑うと外からの声は怒ったような声を浴びせて来る


「熱いから早く消してよ!もぉ!!」


「いったぁぁ!!」


頭に響く衝撃に我に帰る

一瞬視界が白染を起こし、意識が僅かに抜け出る感覚がした後に、緑の森と自身の手のひらから噴き出る炎が目に入る


「うぇあ!アッツ!!!」


「ちょっと早く止めて止めて!」


「これどうやって止め、アッツ!!」


「あぁもうほら水だすからちょっと待って」


「いったぁ!!」


サラの手から吹き出た水はそのままの勢いでトウヤごと火を吹き飛ばし少し宙に浮いたあと地面に落ちた

手の熱さから解放されたかと思えば今度は背中の痛みに身悶えする

少し勢いが強すぎたと僅かな反省の念を携えサラが大丈夫かと聞いて来た

これが大丈夫な様に見えるかと内心トウヤは思う

だが本気で心配してくれてる様子にその気持ちも収まってくる


「ごめん、魔法の威力強過ぎた・・・頭大丈夫?」


「あぁ大丈夫ありがとう、にしてもこれが魔法かぁ・・・普通はこんな火って出るもんなの?」


「・・・まぁ覚えたての頃は魔力を過剰に流し過ぎる事もあるけど、さすが先魔、魔力量が桁違いだね・・・ねぇ!ひょっとしてヒーローになるつもりでこの国に来たの?」


「え!?あーうん、まぁ先魔?ヒーロー?についてはちょっとまだ思い出せないけど多分そうかな?」


「うーん、そっか、先魔は先天性魔力過剰障害っていう先天的に魔力量が多い人のこと、トウヤの持ってた入国許可証にも書いてたよ?」


「そっか、なら後で読み返してみるか」


「まぁそのうち思い出すだろうし、良いんじゃない?」


「まぁな」


また知らない単語が出たよ

そう思い少しばかり遠い目をしながら空返事を返す


そんな時だった

サラとトウヤの間を煌めく粉のような物がパラパラと落ちてくる

それを見てトウヤは何だと思い顔を顰め、サラはサーッと青褪めていく顔を引き攣らせ、同じタイミングでゆっくりと上を見上げる


「あっ・・・」


その言葉はどちらから発された物なのだろうか

見上げた先にあったのは快晴な青い空と空にヒビが浮かんでいる光景だった

魔獣除けの結界にヒビが入っているのだ


本来であれば魔獣除けの結界にヒビが入ることなど無いのだが、トウヤの魔法により結界が損傷したようだった


「これ俺のせいか・・・?」


「・・・とりあえずここからすぐ離れよ、このままだと空気中に残留してる魔力に反応した魔獣が集まってくるから・・・」



そう言った瞬間だった

ヒビは一気に空から地面へと落ちていき、まるでガラスが割れたかのような音ともに粉々に砕け散った

その光景を見たトウヤは呆然とし

サラは咄嗟にトウヤへと走って、と叫ぼうとしたその時だった


森中をビリビリと震わせる大きな爆発の様な咆哮が響く

思わず耳を塞ぎ口を開けるトウヤとサラ


「なんだよこの声・・・」


「この爆発音みたいな咆哮・・・多分、ここら辺で1番厄介な奴が来るかも・・・」


咆哮が鳴り止み、辺りを見渡しながらサラは自身の考える中で最悪な部類の魔獣が来る事を考えた

そして、その予想は仄かに明るく照らされる遠くの木々の合間を見る事で確信へと変わる


木々を薙ぎ倒し、燃やし大地を耕しながら小さな"炎"が勢いよく迫ってきていた


「・・・何だ、あれ」


「結界札を貼るからトウヤは私の後ろ!」


呆然としているとサラが叫びポーチから札を取り出し地面へと叩きつけた

その瞬間トウヤとサラを包む様に半透明の壁が出現する

ついでサラは背負っていたライフルを迫る炎へと向ける


彼女は自分の思っている通りなら自分の持っている小型種用の銃では効果が無い、だからといって魔法攻撃はより効果は見込めない

だからこそ、結界にぶつかり勢いが弱まったあと、至近距離から首の隙間めがけて撃つ

その事を頭の中で反芻する

ライフルを握る手が力む

幾ら安全な結界の中とはいえ、迫ってくる炎に身体は強張り、息があがる

トウヤは状況を理解できておらず、逃げ出したい衝動に駆られるが身体が動かない


ここに来て彼は思い知らされることになったーー


炎との距離が近付く

35m・・・30m・・・20m


近付くにつれ周りの空気が熱を孕んでいく

小さかった炎は近づくにつれその熊のような姿の巨体を露わにする

中心に浮かぶ厳つく血走った鋭い目をした赤い顔

開けた口からは鋭い牙が自分たちを噛み切らんと涎を垂らしている

身体を包む様に燃え盛る火とは別に、四肢の関節部から噴き出る炎は辺りの木々へと火を写しながら、地面を力強く蹴り抉り迫ってきている


ーー自身がいるのは紛れもなく異世界であり、生半可な思いで来て良い場所ではなかったのだと


それが恐怖であると自覚した時、すでに炎を纏った巨獣は目の前にいた

まるで鉄の塊が落ちてきた様な重い衝撃音が響く

視界に広がる獣の巨大な体躯は薄い透明な膜に阻まれ勢いを失うが、なおもこちらに牙を突き立てようと結界に噛みつき前脚を振るい火の粉を撒き散らし辺りを焼いていく


「嘘でしょ・・・ここまでなんて思わなかった」


「サラ・・・サラ!早くその銃を撃ってくれ!」


焦る様に彼女へと言葉をかけるトウヤ

すでに何度打ち付けられたかわからない巨獣の牙が展開された結界へと突き立てられる

防ぐたびに防がれるたびに、同じ高さにある巨獣の憎たらしげな顔と目が合う

急くように、己らを肉としか見てないであろう捕食者の目と

その目を見る度にトウヤは益々身体が強張り、震え、目の前の少女の肩を掴み隠れるように萎縮する


だからこそ気がついてなかったのだ

煙の上がるライフルに

容赦なく間髪入れずに連射された12.7mm×9mm弾をモノともせずに暴れる巨獣に


「くそ、くそ!」


だがそれでも少女は守り手なのだ

その事実を目の当たりにしても後ろで震える1人の庇護者を守る為に、叫び声をあげ自らを奮い立たせる

ライフルに装填された魔結晶が尽きるまで引き金を引き続けた

射撃の反動を身体強化の魔法で抑えて、無駄かもしれないという一抹の不安を覆い隠すように叫び撃ち続ける


やがてライフルの引き金がカチカチと虚しく弱々しい声を上げた頃

痺れを切らした無傷の巨獣が立ち上がった

空を覆い尽くさんばかりの、先程の倍はあろうかという長大な体躯がトウヤ達を見下ろしてくる


「嘘、だろ・・・あ、はっ・・・」


チリチリと肌に感じる熱気と共に、恐怖は既に灰色の絶望へと変わっていた

サラの持っていたライフルが弾切れになるほど撃っても効果がないのであれば、もう打つ手は無いのだろう


「トウヤ、逃げて」


「え・・・?」


全てを諦めかけたその時だった

サラがそう言ったのは


「逃げてって、サラはどうするんだよ!」


「私は大丈夫、適当に足止めしてから逃げるし魔法も武器もあるからね・・・だから、逃げて」


腰に備えた短剣を抜き、トウヤに笑って見せる

だがそれが虚勢である事はわかった

魔法ではなくライフルを使い、それでも身じろぎすらしなかった巨獣に、サラ1人で立ち向かえるわけが無いと、無事で済むはずがないと

だが逆に自分が居ても意味が無いことに、自分が居るからこそ余計に危険な事にも気付いてしまっている

巨獣は結界へと覆い被さり、全身の力を使い結界を割ろうとしていた

既に結界にはヒビが入り、魔力の粉がパラパラと舞っている

長くは持たないのは目に見えてわかった


「逃げて!!」


その言葉を皮切りにトウヤは駆け出す

ただひたすらに、真っ直ぐ走る

巨獣の雄叫びも、サラの悲鳴に似た叫びも置き去りにして

前へ前へと走る

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