第7話こぼれ落ちる手、魔導学園に潜む悪意

大陸中央部には資源算出地であるエリアA9が存在する

そこは豊富な炭田や鉄鉱山、天然の魔結晶鉱山が存在しており魔王軍との戦いにおいても互いにその地を獲得、維持すべく大規模な軍派遣が行われている激戦区とされていた


昼夜問わず砲弾が降り注ぎ、中型魔獣、魔法兵器、大型魔獣が襲撃を繰り返すその地を兵士たちはこう呼んだ


冥府への入り口と



目の前で起こる爆発を男は忌々しげに見ていた


「クソッ、魔王軍の奴らバカスカ撃ちやがる」


現在戦況はこう着状態にある

遊撃部隊を編成しての攻勢を繰り返しているが、敵前線を突破できずにいた


男がヤキモチした気持ちになっていると、兵士が走り寄ってくる


「隊長、良い知らせと悪い知らせがあります」


「なんだこんな時にさっさと言え!」


「では、良い知らせから援軍としてフェイル王国から第7空挺団と66飛行隊がきます」


「なっ、マジかよ・・・」


フェイル王国の第7空挺団と66飛行隊

それは先鋭中の先鋭であり、1部隊による大型魔獣の撃破実績を持つ部隊であった


それが援軍に来ると聞き、男は歓喜に震える


「なら、ここを持たせないとな!んで、悪い方は?」


先程から謎の喧騒が聞こえてくるが、構うものかと食い入る様に兵士に尋ねる


だが、兵士は喧騒の方を指差し動かない


「あれです。補充要員が怪人になって塹壕内を暴れ回ってます」


纏っているMRAの中で心底嫌そうな顔をしながら、男は指さされた方を見れば、確かに触腕を振るい暴れる怪人の姿がある


そうして、空を仰ぐと静かに言った


「次からは悪い事を先に言え」


前線は混乱状態に陥っていた




ーーーーー


怪人が前線に出現、荒れる前線兵士たちは今

そんな見出しの新聞を眺めながら、トウヤはうーむと唸り声を出す


「前線は大変そうですねぇ、大丈夫かな天華」


「大丈夫も何も、まだ勇者の部隊は前線には出て来ていないだろ、これで何度目だ」


呆れる様なセドの声に、バサリと新聞を下ろし膝の上に敷いたトウヤは、気まずそうに頬を掻く


「いやまぁそうなんですけどね、それでも心配というか」


「なら今回の任務で原因を駆除すれば良いだけだ」


今回彼らはとある任務を帯びて馬車に揺られとある場所を目指していた

それは新聞にも載っていた前線に出現する怪人の発生原因の調査、そして、怪人の元となった素体が行方不明になった場所こそが、彼らが目指している場所なのだ


「見えて来たな・・・」


セドの声に反応し、トウヤが窓を除いてみれば目的地がその姿を表す

ベガドの街では唯一と言って良い高等教育施設


魔導学園の姿が





ベガド高等魔導学園、設立から実に500年以上の歴史を持ち多くの傑物を輩出して来た実績と名誉ある学園である


その学園から生徒の姿が消えるのだ


1人目は2ヶ月前に、2人目は1ヶ月前に、3人目は1週間前、4人目は3日前に

合計で4人の姿が消えているのだ


最初は身代金目的の誘拐かと考えられたが、その誰しもが己の魔力を付与した魔力ペンで持って手紙を書くのだ


探さないでください、と

そうなれば年頃の子供の家出の様なものだと保護者も含め考えられてしまい、その様に処理もされてきた


だが、その考えがひっくり返る事態が起こる


「それが前線での怪人騒ぎ」


「そうだ」


カツカツと小気味の良い音を立てながら学園の廊下を歩いていく


「突如として行方不明になった子供が怪人となって現れたのだ」


そう言うと僅かに歩く速度が速くなり、目が鋭くなっていくのをセドは感じていた


幾ら単機の性能が劣るMRAとはいえ、複数機で掛かれば怪人の討伐など造作もない

では何故前線に怪人を単機で送り込むのか?

それは単純に兵士の間に不和を呼ぶ為である

隣にいる人間が怪人になるかもしれない、そんな恐怖を誘う為に使い捨てられるのだ


要は捨て駒である


何も罪のない子供を連れ去り、怪人に改造するだけでなく捨て駒として使い捨てる所業に、セドは感情の波を荒立てた


「セドさん・・・大丈夫ですか?」


不意にかけられたトウヤの声にハッとする


「あぁ・・・大丈夫だ・・・」


ーー俺とした事が怒りに飲まれかけるとはな


己の未熟さを恥じる

だからこそあの様な事故を起こしたのだろうと自身の過去を思い起こしながらも歩き続け、2人はとある部屋の前にたどり着く


茶色の塗装がなされた扉には学園長室と書かれていた


コンコンコンと三度扉を叩けば、中から返事がある


ガチャリと扉を開ければ中には初老の男性が1人立っていた


「ようこそおいで下さいました。お待ちしてましたぞ」


「本日付けでこの学園の警備を担当するセド・ヴァラドだ」


「同じく、浅間灯夜です。よろしくお願いします」


2人は軽く挨拶を済ませると、促されるままに席に着く


「お2人とも紅茶はお好きですかな?」


後ろの棚に置いてあるティーセットを手に取りながら学園長が笑い掛けて来る


「はい、大好きです」


「茶はいい、本題を早く話せ」


遮る様なセドの声に開いた口のまま固まる

どうすれば良いのか、気まずいと思いながらもとりあえず口角をあげ微笑む事にした


そんなトウヤの様子を見て、ため息を吐きながら学園長が口を開く


「セド様、お連れ様が困ってますぞ、もう少し周りに気を遣っては如何ですかな」


「様付けはやめろ、今の俺はただのセドだ」


「その割に律儀に家名を名乗っている後様子で」


そう言って学園長がクスクスと笑えば、セドから赤い怒気の様なものが溢れ出し、学園長はおぉこわいこわい等と戯けながらも席に着く

そんな様子から2人は結構親しい間柄なのだろうかとトウヤは思った


「さて、本題に入りましょうか」


学園長の声を皮切りに本題へと話は変わる

彼は席に置いていた鞄に手を取ると中から数枚の書類を取り出し、トウヤとセドの前にそれぞれ1枚ずつ置いた

手に取ってみれば、それが何らかの報告書である事がわかる


「まず我々学園と警察の調査記録から君たちに共有しようと思う」


報告書に書かれている内容を以下に記す

1.行方不明になった生徒の素行に問題はない

2.寮を含めた学園内に争った形跡が見当たらない為、抵抗を許す事なく連れ去ったか、自分から一緒に行った可能性が考えられる

3.学園の警備システムに異常は無い


そして、最後にトウヤとセドの目を引く一文が記載されていた


4.行方不明になる直前に謎のフードの男に会っていた


その文を読んだ時、トウヤは思わず眉を顰め奥歯を噛み締める


奴だ、奴がいる


確信はないが、直感がそう伝えた


天華を守る時の戦いで、市民を人質に取り意味もなくその命を奪った憎き怨的がここにいる


自身の怒りを抑える様に深く息を吸うと、ただ一言、学園長へと尋ねた


「それで、俺たちは何をすれば良いんですか?」


あの畜生から生徒を守るために

喉まで出かかったその言葉を、場にそぐわないという理由からトウヤは飲み込む


「君たちにお願いしたいのは生徒の護衛だ、と言っても誰が狙われるかわからない、だからこそこの学園に研修に来た学生として振る舞ってほしいんだ」


「・・・はい?」








騒めく教室

あれは遥か遠き過去の思い出だろうか、学友たちとふざけ笑い合い過ごした懐かしき学舎の記憶

文化祭、体育祭、音楽コンクール、様々な催し物があったなぁ

などと物思いに耽りながら目の前の光景へと目を向ける


「トウヤ先生、この問題でこの解き方で問題無いですか?」


「どれどれ、見してくれ」


そう言って手渡されたノートに目を通してみれば、そこに映るのは懐かしい数式ばかり、うわっ懐かしいなどと思いながらもここはこうやって解いていくんだと指摘すると、生徒は礼を言うと笑顔で席に戻っていく


「まさか学校の先生みたいな事やるとはなぁ」


「まさかってどう言う事だよ、先生」


「こっちの話だよ、気にしなくて良いよ」


そう言い視線を僅かに下せば声の主が目に映る

年頃の男子にしては背の小さな彼は見上げる様に此方に目を向けていた

彼の名はレオと言う


「レオ、先生を困らせたらダメでしょ」


「困らせて無いよ!ただ先生が悩んでる様だったから声をかけただけだって、それよりさ」


女生徒、ケイトの声に反応し歩き去っていくレオの後ろ姿を眺めつつ、トウヤはどの様にして調べていくか、守っていけば良いのかと考える


彼の言う悩んでいるというのはある意味で当たっていた

トウヤはどの様にして、彼らの学園生活を守りながら彼ら自身の身を守るべきなのか


「悩んでいる様だな」


そんな彼に声がかけられる


「俺そんな悩んでる顔してますか?さっきレオ君からも言われたんですよ」


「そうだな、顔に出ていると言うよりも雰囲気として滲み出ている」


「滲み出ている・・・」


それは態度に出てるって事で良いんだよな、とトウヤは今度は分かりやすく腕を組み、顔を顰め悩む


そんなの様子にセドはため息を吐く


「あのなトウヤ、俺たちが守るべきは生徒の命であって学園生活では無いんだぞ」


「なんでわかったんですか!?」


「お前の性格的に考えればわかる事だ」


驚くトウヤにさも当然の如く放たれた言葉に、納得した様なしてない様なそんな微妙な感情を表情に浮かべる


なんだそれ、とは思いつつも彼がトウヤの事の言っていることは間違っておらず、かつ彼がトウヤをそれだけ見てくれていると言う証明ではあったので何も言えない


「生徒の命を守る事は日常を守る事にも繋がる。事学園に置いては特にな、そこを履き違えるなよ」


そう言うと彼は教室内を歩いていく

壇上に手に持っていた手板を置くと、教室内を見渡す


リンゴーンと言う鐘の音が鳴れば、彼は教室内にいる生徒に向け声を掛ける


「これから授業を始めるぞ、皆席に着け」


教師として弁を振るう彼を補佐しつつ、トウヤは彼の言葉に内心感謝を示す

それは取り返しの付かない事態になる前に自身の考えを察し改めてくれた頼りになる先輩への感謝だった


だが、それと同時に思う事はある


「なんで・・・ちゃんとした先生やってるんだあの人・・・」


ヒーローであり、貴族でもあり、教師も出来る

一体何者なんだよ、と浮かんだ疑問は敢えて心に留めておく事にした






その夜、彼らは学園主催の交流会に参加する事になった

それは彼らへの歓迎会も兼ねてはいたが、高等学校の夜会ということもあり出された料理の殆どは菓子類が主である


テーブルに並べられたマフィンの一つをトングで取り更に入れていけば、トングを置き空いた手でそれを掴み口に運んでいく


サクリとした感覚に次いで訪れるしっとりした食感

ほんのり甘くもあるが焦げの優しい苦味もあり良い塩梅で口の中で混ざり合う


「うっま」


思わず漏れた言葉に、隣に立つレオは笑みを浮かべる


「そうでしょう、交流会で配られる食堂のマフィン、めちゃくちゃ美味いでしょ!」


「美味いなこれ!」


興奮気味に語る男2人は菓子類に夢中な様だった

レオがおすすめの菓子を教え、トウヤがそれを取り舌鼓する。夜会が始まってからずっとこの調子だった


そんな交流会を堪能する2人の姿に、額に手を当て呆れる姿もまた2人


「あいつ・・・」


「レオ・・・」


セドは任務中に何をやっているのかと、ケイトは教育実習に来た人と一緒にはしゃぎ回っているレオの姿に、各々の相方の姿に呆れていた


「セド様」


そうしていると不意にセドに声が掛けられる

また自分を様呼びする奴が来た、何者だ?と思い睨みを利かせながら振り向けば、そこには学生服に身を包んだ1人の美麗な少女の姿があった


何処か儚げな印象を受ける少女の姿に、セドは息を呑む


「先生・・・?どうしたんですか?」


セドの異変に気が付いたのか、ケイトは不思議に思いながら声を掛けるが、彼はただ推し黙る


「外に行きませんか?セド様」


「・・・あぁ、そうだな」


苦々しげな表情を浮かべつつ、セドは少女と共にバルコニーへと歩き去っていく


「どうしたんだろ・・・あっ、レオー!ちょっと待ちなさーい!」


その姿に違和感を覚えつつも、ケイトはレオを制止しに向かい歩き出す



バルコニーへと出たセドは、その扉が少女により閉じられるのを確認すると手摺りにもたれ掛かりながらも口を開く


「何故お前がここにいるんだ、リーゼ」


「それはもちろん、この学園に通う様にとお義父様から言われたからです。お義兄様」


リーゼと呼ばれた少女は薄く笑みを湛えながらセドへと言葉を返す

だが、納得していない様子のセドはリーゼに食い掛かる


「ここはヴァラド家の領地から離れた学園だ、わざわざここを選ぶ理由はない、本当の理由はなんだ?」


ヴァラド家、それは大貴族に名を連ねる家の名であり、彼らの領地にはベガド高等魔法学園よりも大きな学園があるのだ


それ故にセドは疑問に思う


「それはきっとお義父様もお義兄様が心配で・・・」


「だとすれば、それをやる様では貴族失格だ、そんな事やると思うか?」


例え子供を思おうとも、その身を領地に、国に捧げるのが貴族の使命

息子が心配だろうとも、義理とは言え娘を自領の学校よりも程度の劣る学校に通わせる意味も無いし、わざわざ領地から離す理由にもならない


「それが次期当主なら、より一層理由がない・・・リーゼ、貴様何かしたのか・・・?」


その言葉にリーゼは目を開き驚くと、顔を俯かせ推し黙る


やはりか、セドはそう思うと俯くリーゼを横目に見ながら足早にバルコニーを去ろうとした


「お待ち下さいお義兄様!ヴァラド家にはあなたが必要なんです!今一度お戻りになって、その拳を・・・!」


その瞬間、セドの様子が変わる

ギュッと拳を握り締め、溢れ出る怒気は学園長との戯れの際に出したものとは比にならず敵意すらも混ざっていた


「俺にその話をするな・・・!」


普段の威風堂々とした立ち振る舞いを捨て声を荒げるあり様に思わずリーゼも肩を跳ねさせた


そうして荒げた声に、感情にセドが気が付き平静を保とうとリーゼに背を向けたまま息を大きく吸う


「お前も知っているだろう、俺は技を・・・己の拳を捨てたのだ」


静かに平静を保つ様に放たれた言葉には様々な感情が宿っているのをリーゼは感じた


悲哀に満ちた男の背中にただ、彼女は見つめることしかできない


扉を開けバルコニーから立ち去る彼の姿を、自分から離れていく事をただ震える手を小さく伸ばすしか出来ない

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