こぼれ落ちる手、魔導学院に潜む悪意 2
それはトウヤが夜間の警備をしている時だった
昼間とは打って変わり暗い廊下を、ライトと足元の非常灯の黒と混じり合った仄暗い緑の灯りを頼りに、一歩、また一歩と足を踏み出す
その度にコツ、コツと自身の靴の音が響き渡り、この廊下の先の長さを実感する
広大な廊下に自分1人、春も過ぎた頃合いというのに僅かに寒気がしブルリと身体が震え上がった
「・・・!!?」
今にも何かが出てきそうな暗闇の奥で何かの音が聞こえた
まるでそれは叫び声の様にも聞こえる
ごくりと唾を飲み込めば、自身の足が止まり震えているのがわかった
なおも遠くから反響する声にこのまま帰りたい気持ちも湧くが、それでもと意を決して音の正体を確認すべく勇気を振るい前へと歩み出す
一歩、また一歩と前へ進めば声は大きくなり、ついには声が目の前の明かりのついた部屋の中から聞こえてくる事がわかる
扉の前まで来たトウヤはブレスレットへ少しずつ魔力を流す
機械音声が流れない様に、ギリギリのところですぐさま変身できるようにと
そうして意を決し、扉を開け放った
「やああぁ・・・!あっ・・・」
「・・・えっ?」
扉を勢いよく開けば、部屋にいたのはレオだった
お互いに時間が止まり見つめ合う
そうして、最初に動き出したのはトウヤだった
「レオ・・・何してんの?」
「あー・・・あっーこれはデスネェ・・・」
ぎこちない様子のレオの姿に、トウヤはひとつの事実を思い出す
「そう言えば、今消灯時間だけどなんでこんなところに・・・いや、本当に何してるの?」
その言葉にレオの方がびくりと跳ねた
目が細まっていくトウヤに対してレオは目を右へ左へと泳がせていることから察するに、わかっていながらもルールを破ったのだと言うことが理解出来る
そう思えばこそ、楽しくなってきた
口角が自然と上がってしまうのをトウヤは実感してしまう
「レーオー、お前中々やるなぁ」
「あ、いや違います!違わないけど・・・」
破ったのには理由があると言いたげな物言いだが、ルール違反はルール違反と受け入れたのか矛盾した答えをつい口走ってしまう
その素直さも彼の良いところだと思い、トウヤはニヤニヤとした表情を崩さない
「いや良いよ、ただ今回見つけたのが俺だったから良かったけど、もしセドとかなら大分怒られたと思うから次からは気をつけろよ」
「えっ!?良いんですか?」
「おう、良いよ良いよ」
驚くレオ、それは自身も悪い事をしたと思いながらもやっていた証左ではあるがトウヤは気にする事なく良いよ良いよと言い笑う
学園のルールを破り何かをするのも学生の特権、社会に出れば中々出来ない青春の思い出を作っているのだからと、彼は考えている
「しかし、なんでこんな時間に木剣なんか振ってんだよ?」
そう言えばレオは少し恥ずかしそうに頬を掻く
今の彼は木剣にパジャマには見えない動きやすい服装をしており、どう見ても眠れなくて散歩に来たと言うわけではないのがわかる
自身から意図して空き教室に来たのであれば何か目的を持ってきたはず、持っているものと掛け声からして違うと思いながらも、トウヤは笑顔の裏で一抹の不安を覚えたのだが、どうやらそらは杞憂に終わった
「いや、その・・・俺、昔から身長が低くてみんなから馬鹿にされてきたんですけど、その度に助けてくれる子がいるんです・・・だから、その子の為に強くならないとなぁって・・・」
「ほうほう、どんな子なんだのその子、気になって来た」
青春の1ページに興味津々と言った様子で、湧き上がる好奇心から先ほどよりも強く笑みを浮かべながらトウヤは尋ねた
そんなトウヤの様子にほんのり頬を赤くして、落ち着かない様子で手を上下に振りながらしどろもどろと言った様子になる
「ちち、違いますよ!あの、あれです!その・・・とっても優しくて頼り甲斐のある人で、俺の事をいつも気にかけてくれる・・・そんな人です」
「ほほう、ほーう?んー?あー」
なるほどと納得し、手をポンと叩く
いつも気に掛ける優しくて頼り甲斐のある人物、それはトウヤが此処に来てから該当する人物と何度も話して来たからかだ
そうして察した人物の名を意地悪げな顔でボソリと呟くけば、先程もよりも真っ赤にした恥ずかしげな顔でトウヤを見る
「な、なんで知ってるんですか!?」
「そりゃお前、あんだけ仲睦まじくやってたらなぁ」
そう指摘すれば、あわあわと慌てる様子を見せる
良いなこういうの、そう思うとたった一度しかない青春を謳歌しているレオに眩しそうに目を細め笑顔を浮かべ見つめた
「だけど、消灯時間に鍛錬するのは褒められた行為じゃないな」
だが、それはそれとして今はヒーローとしての仕事があるし、何よりも行方不明事件で学園内も安全とは言えない
あまり強く言う気はないがそう言えばレオは肩を下ろしすみませんと謝って来た
「おう、素直でよろしい、それじゃ行こうか」
そう言うと教室の電気を消し彼を部屋へと送った
ともに連れ添い歩いた時に彼らを見つめる視線に気が付かないまま
そうして夜は明け、また朝が来る
その翌日トウヤはセドの授業が終わり、教師としての仕事も特に無いので校内の見回りをしていた
学校の校庭を抜け中庭の様な所に出た時だろうか、視界の端に何かがチラリと映る
すぐさま視線を向けてもその場所にはもう何もいない
平時ならばそれで終わりの話だったが、今は行方不明者が出ているヒーローにとっては非常時である
だからこそ、その映った何かを確認すべく向かう事にしたが、着いてみればそこには何も無く、灰色の校舎の壁があるだけだった
見間違いなのか?そう不思議に思っていると、彼の背中に悪寒が走る
すぐさま横に飛んでみれば、発砲音が聞こえて来た
「おいおい、なんでこんな所にお前がいるんだ?ルーザー」
「お前は・・・!?」
その姿を直視した瞬間、トウヤの頭に血が登り沸騰しそうなほど熱くなるのがわかる
忘れもしない、あの時の怪人
黒い紐で構成された帽子型の頭、腕と足からは長い毛がしなだれているカウボーイ風の姿をした怪人
奥歯を噛み締め必死に平静を取り繕うとするも、憎い敵が目の前にいればトウヤは感情的になり荒々しく問い掛ける
「なんで・・・お前がここにいるんだ、生徒を攫ったフードの男はお前なのか?」
言葉すらかけたく無い、反吐が出る思いを堪えながら言葉を紡いでいく
そんなトウヤに対して、怪人は至って平静に答えた
「あぁそりゃ俺だな、それがどうしたんだ?」
それがどうした。その言葉でトウヤの感情の沸点は限界を迎える
「此処でお前を倒す!」
『空間魔法、アクティベート』
「変身!」
『音声認識完了、アクシォン!』
全身を包む光を振り払えば、ガラスの砕ける様な音と共に赤いヒーローの姿が現れる
そんなトウヤの言葉に怪人もまた両手に持つ銃を構え啖呵をきる
「やれるもんならやってみろ!」
そう言い怪人からトウヤ目掛けて放たれた銃弾を、トウヤは高く上に飛ぶ事で躱わす
「馬鹿かよ!」
空中では動きが取れず銃弾を避ける術がない
そう考えた怪人は嘲笑の言葉と共に拳銃を高く舞い上がったトウヤへと向ける
「フレアジェット、レディ!」
『イグニッション、プレパレーション』
そうして放たれた弾丸は無防備に落ちて来ているトウヤ目掛け放たれる
「イグニッション!」
放出された燃焼ガスがトウヤの身体を前へと押し出す
放たれた弾丸はかつてトウヤがいた場所を通り抜け遥か彼方へと飛んでいった
「そうか、しまった!?」
過去の出来事を忘れ空中は無防備であると言う常識に囚われた結果、怪人は高速で移動するトウヤに銃弾を躱わされる
すぐに思い出したが既に後の祭り
フレアジェットを展開したトウヤは弾丸をかわすとすぐ様怪人の元へと突撃し、その勢いのまま腹に拳を埋める
轟音が響くと同時に、腹部に感じる激痛に怪人が悲痛の叫びを上げた
だが、トウヤの連撃はまだ終わらない
すぐに腕を引くと続け様に踵にジェットを展開し猛烈な勢いで蹴り上げ、身体を宙に浮かせながらもう片方の足で裏回し蹴りを行う
このまま押し切る
感情に押し切られるがままに憎しみを込めた拳を、蹴りを放ち続け、怪人はなすがままに攻撃を受け続けた
「何あれ・・・」
不意に2人の耳に女生徒の物らしき声が入る
見れば偶然通り掛かったのだろう、ケイトとレオがこちらに目を向け固まっていた
なんでこんな所に?
湧き出る疑問が彼の動きを鈍らせる
怪人はその隙を見逃さなかった
一瞬の隙をつき怪人がしゃがみ込むとトウヤの懐に入れば、全身を使い背中に背負う様にして身体を持ち上げ、立つと同時に後ろへと放り投げのだ
空中へと舞い上がった身体を、なんとか全身のフレアジェットの術式により姿勢を正す
「おおい、ヒーローこいつも見てみろよ!」
「なっ・・・!?」
怪人の声に反応し目を向ければ、そこにはケイト達に拳銃を構えた怪人の姿があった
怪人は挑発する様にトウヤに向かって言う
「こいつらの事、守れるかなぁ?」
その瞬間、嫌な想像がトウヤの頭をよぎる
怪人の凶弾により、身体を貫かれ物言わぬ屍を晒す事になるレオとケイトの姿
そうはさせてなるものかと、すぐ様フレアジェットを稼働させると2人の元へ文字通り飛び出す
それを見た怪人は顔に残る人の形を保った唇をニヤリと歪め引き金を引く
拳銃内で弾丸が生成され、銃口から飛び出す
「・・・!」
「先生!」
撃ち放たれた弾丸は阻むもの無くまっすぐに飛び込んできたトウヤの背中へと突き立てられた
以前よりも強い痛みが背中に走る
「どうだ?今回用意した特殊弾の威力は?」
怪人が声を掛けてくるが答えられない
ただ今は目の前にいる2人を不安にさせない為に痛みに耐えただ推し黙ることしかできなかった
「先生、大丈夫ですか!?」
だが、逆に黙っていた事により、2人は心配になり声を掛けてくる
そんな2人に申し訳なく思いながらも、トウヤは平静を取り繕いながら答えた
「おう、心配するなってこの程度大丈夫だ・・・!」
トウヤが言葉を言い終わるかどうかの時だった
2射目が放たれたのだ
今度は通常の弾丸だったのだろうが、それでも以前と同じ痛みが、衝撃が特殊弾により悲鳴を上げる身体にダメージを与える
それからも何度も撃ち込まれた
終わる事のない射撃音に堪らず小さく悲鳴を上げる
発砲音にレオとケイトは伏せて悲鳴を上げるが、幸い弾は当たっていない様子だった
「先生、俺たちの事は良いから戦って下さい!」
「私たちは自分で身を守れるから!」
そんな言葉を受けても尚、トウヤは怪人に背を向け自身の身を盾にし続ける
「あーほんと馬鹿だね、お前らほんと馬鹿、頭おかしいのかよ、ほっとけるわけ無いだろ?こんな銃撃の中で少しでも離れたら弾が手でくる中でお前らみたいな雑魚の事を、そこのアホヒーローが放っておくと思うか?なぁ!そうだよなぁ!あの時の家族みたいになるかもしれないしなぁ!アヒャヒャ!」
中庭に聞くに耐えない品の無い笑い声が響く
「そうだな、俺たちヒーローの役割は牙なきものを守る事にある。時として自己犠牲も厭わないが、今回はあまりにもお粗末だなトウヤ」
一陣の風が吹く
全てを吹き飛ばす、淡い青い魔力色を含んだ風が放たれた弾丸も怪人すらも切り刻み吹き飛ばす
風が吹いたかと思えば銃撃が止んだ
何事かと2人が顔を向ければ、そこには1人の男の姿があった
胸に風の刺繍が施されたぬばたまの貴族然とした服装に身を包む男の姿
その姿を見た瞬間、レオは叫ぶ、安心した様に大きく
「セド先生!!」
「セド・・・あぁ、あの時ビヨロコ様に手も足も出なかった雑魚か・・・よ!」
明らかにセドの事を下に見た発言、かと思えば喋っている間に銃弾を放つ不意の一撃を放つ
だが
「事実だから好きに言え、だがその様な攻撃で俺を倒すつもりなのか?」
気を衒った不意打ちのはずだった
しかし、放たれた銃弾はセドの操る風によりその勢いを殺され、やがて止まった
止まった銃弾を器用に手元へと運ぶと摘み見る
「なるほど、原理的には普通の拳銃と変わり無いんだな」
「グクッ・・・なめるなぁ!!」
怪人は怒りのままに、今度は両手の拳銃を連射し出す
見るものをあっとする連続射撃、何度も発される発砲音に思わずレオ達は耳を塞ぐ
だが、そんな攻撃もセドの操る風の前に流し逸らされあらぬ方向へと飛んでいく
側から見れば防戦一方、しかし、当の怪人からしてみれば攻撃に転ずる必要がない様に見受けられた
それはまるで、お前の攻撃など意味がないと、そうわざわざ示しているかの様なそんな威圧行為
しかし、なぜその様な事を?
その答えはすぐに出た
「セド!俺がレオ達を運ぶから目一杯やってくれ!」
トウヤがレオとケイトを抱え走り出す
なるほど、怪人はセドが攻めに転じない理由を理解するとすぐ様銃口を向けた
さっきと同じやり方でこいつも嬲ってやる!敵を倒すのでは無く、ただ子供じみた仕返しがしたいという願望から生まれた思考、それをこの怪人は抱く
だからこそ、敵を見誤る
「おい、こいつらの・・・」
「こいつらの・・・?どうするつもりだ?」
怪人の耳元から声がする
それと同時にトウヤ達へ向けた銃口を上へと押し上げられた
ありえない、確かに音は無かったし近付く気配もなかった筈だと
ならばなぜ自分を掴むこの手は何なのか、すぐ近くから聞こえる声は何なのかと
答えを見る前に前に怪人の視界はトウヤ達にむいたまま後ろに下がる
グアッと嗚咽の声を上げれば腹部から自身を切り刻む風の音と痛み、遠ざかる視界に懐で手を伸ばすセドの姿があった
「残念だが、やらせる訳にはいかんのでな」
油断なく抜かり無く、人質が居ようとも関係ない
守りながらも粛々と行われる戦闘、その堂々とした立ち振る舞いは正に貴族としての有り様を表していた
放たれた風の刃は弾丸が通る事すら許さず、その全てを吹き飛ばし民の敵を切り刻む
戦闘の主導権はセドにあった
「さて、どうする?貴様に選ばせてやる。ここで惨めに死ぬか、それとも貴様らの目的と今まで攫った生徒を何処に連れ去っていたのかを白状してから、人としてまだマシな死を望むか」
まるで強者の驕りにも聞こえる言葉だが、セドは決して油断している訳ではない
それは彼の焦りからくる言葉、上級怪人とは言え下っ端を倒すのは簡単だが何処に生徒を連れて行き改造処置を行ったのか知らなければ、この学園の様に生徒が連れ去られ怪人に改造される
そうなれば犠牲になるのは生徒だけでは済まない
だからこそ、彼は怪人を倒す前に問いかけを行う、それが無駄だとわかっていても
「ククッ・・・」
「何がおかしい?」
不意に怪人が笑い出す
それを不審に思いながらもセドは問いかける
「いやなに・・・考える隙を与えて下さるなんざ、ヒーロー様はお優しいねぇ」
そのわかりやすい挑発にセドは答えない
大方、隙を縫ってレオ達に攻撃を仕掛けるつもりなのだろうと考えると、静かに魔力を練り上げる
だが、怪人の行動はセドの予想に反したものだった
「わかったよ・・・武装解除すれば助けてもらえるんだな」
拳銃を片手に纏めると、降参する意思を示す様に両腕を上げた
「そうだ、それと拳銃もこちらに渡して人間体になってもらうおうか」
その事に不審に思いながらも、セドは警戒を怠らずにそう告げれば怪人はへいへいと言いながら素直に銃身を持ちながらセドに向けて差し出す
「ヤケに素直だな」
「いやぁ俺たち怪人は素直なのが取り柄なのでね、それよりほら、早く取ってくださいよ、あぁそれともこっちから渡しましょうか」
「それは下におけ」
「へいへい、おっとと!」
怪人がセドの言う通りに拳銃を下に置こうとした時だった
拳銃がつるりと指先からこぼれ落ちていく
だが、怪人は声を上げながらも落とした拳銃を特に気にすることもなく、掴もうと言うそぶりもなく
ただ2つの拳銃は下へと落下して行き、ガンという音を上げて地面とぶつかる
その時だった
拳銃から光が漏れ出し、中から弾けるように爆発したのだ
セドは咄嗟に風魔法により爆発により飛散する破片や熱を防いだ
「それじゃあな、馬鹿なヒーローさんよ」
「なっ・・・まさか、待て!」
すぐ様風を前へと飛ばし怪人のいる場所の煙を払うが、既に怪人の姿はなかった
「逃げられたか・・・」
辺りを見渡すと顔を顰めながらそう言うと、すぐ様踵を返しトウヤ達の元へと向かう
「トウヤ、怪我の方は大丈夫か?」
「えぇ、スーツのおかげで大した怪我じゃないです。助けてもらってありがとうございます」
「気にするな、それより医務室に行こう、念のために見てもらっておけ」
そう言うとトウヤへと手を差し出し、引っ張り起こすと、次にレオ達に顔を向ける
「さて、君達はどうする?出来ればこの事は秘密にしておいてほしいのだが・・・」
僅かに困った様な顔をしながらいった言葉ではあるが、その返事は素直なものだった
「大丈夫です!この事は絶対に誰にも言いませんから!ねっ、レオ!」
「あ・・・あぁ、うんそうだね、誰にも言いません」
「そうか、それは助かる。ありがとう」
ケイトから発された言葉に僅かに口どもりながらもレオも同意した
その言葉を信頼しセドは笑顔で礼を述べる
「では、俺はトウヤを医務室に連れていく、君達はすぐに自室に戻りなさい」
「・・・あ、あの!」
そう言いセドが立ち去ろうとした時だった
ケイトが僅かに言いにくそうに、だが気合いを入れて発した為か大きな声でセドへと話開けて来る
「私もついて行っても良いですか?色々と先生方にはお話を聞いてみたいです!」
その言葉にトウヤとセドはお互いに顔を見合わせる
どうするべきかと一瞬迷いはしたが、特に断る理由もないのとヒーローという職業はその行いから話を聞いてみたいと言う申し出をしてくる人はそれなりにいることから同行を許可する事にした
その事を伝えれば満面の笑みを浮かべながらケイトは喜ぶ
「ありがとうございます!ね、レオも行く?ヒーローから話を聞けるなんて中々無いよ!」
「いや・・・俺は、良いかな」
「そっか」
「すまないが、そろそろ医務室に行こうか」
「はい!それじゃ後でねレオ!」
その返事にケイトは残念そうな顔をしながらも、セドの声に反応しレオに小さく手を振り医務室に向かって歩き出した
「ケイト・・・」
レオは彼女の後ろ姿を見つめ続けていた
レオは身長は低く、恵まれた体型という訳でもなく華奢である
それ故に昔からその事で弄られ嫌な思いをして来た
その度に幼馴染であるケイトが助けに来てくれたことも彼のコンプレックスを増長させる事にも繋がっている
しかし、それでもケイトには感謝していると同時に仄かな秘めたる思いも宿していた
それ故に彼は焦っている
日に日に鍛え上げて成長するが、それでも小さい自身の身長に、ケイトよりも弱い自分に、いつか男である自分が彼女を守らねばならないのにと、名前負けしない男らしい大人になりたいと焦りを募らせていた
その焦りが先の怪人との戦いをへてさらに増したのだ
今の自分ではケイトは守れない、それを聞いた誰しもはこれから先の長い人生であり未だ齢16の子供なのだから焦る必要はないと、そう言い聞かせようとするが若さ故なのか早く強く、今すぐにでも強くという生き急ぐ様な願望をレオは抱いてしまう
1人中庭のベンチで項垂れ座るレオの表情は何処となく重い
トウヤの誰かを守ろうとする信念の強さを、セドのベテランヒーローに相応しい経験により培われた戦闘能力
2人のヒーローとしての高い魔力に嫉妬したのだ
そんな感情を抱くべきではないと思いながらも、うちから出る負の感情は止まらない
「やぁどうかしたのかい?」
不意に声が掛けられた
下に向けていた顔を上げて、声の主を見てみればそこには爽やかな笑顔を向ける黒髪の青年の姿があった
レオはこんな人学園にいたかなと思いながらも自身の隣に座って来る青年の姿を見つめる
「俺で良かったら話を聞くよ?」
「あぁ・・・いえ、そのお構いなく」
「そう警戒しないで、僕はこの学園に勤める心理カウンセラーの先生だからね、安心して話してほしいんだ」
「心理カウンセラー・・・」
そう言えばと思えば、赴任してから誰も顔を見た事の無いカウンセラーの存在を思い出す
学園の隅に置かれた教室には、誰も近寄らない様な場所にある為か人気はなく不気味な雰囲気すら漂っていた
もちろん使う人の姿を見られない為の配置だろうが、近付かないのであればそこに勤める者の姿も見ようが無い
何となくだが納得したレオではあったが、それでも初遭遇した相手に喋るにはあまり気乗りしない内容なので、それとなく流して立ち去る事にした
「あの、俺そういうの大丈夫なのでそれじゃ」
「あの子を守る力・・・欲しいんじゃない?」
「えっ・・・?」
間の抜けた声と共になぜその事を知っているのかと驚愕の念を露わにする
「やっぱり、バレバレだったよ?交流会の時も仲良さそうだったし」
「あぁあの場にいたんですね」
「そうそう、一応俺も学園所属だからね、みんなからは顔覚えられていないけど・・・」
たははと悲しげな表情を浮かべ笑う、何処か日陰者の様な印象の男の姿に己のコンプレックスが和らぐのを感じ親近感を抱いてしまう
「さ、座って話を聞いてあげる」
医務室に着いたトウヤは背中に打撲痕があった為、駐在医の手当を受ける事になった
「あの、先生達ってどうやって強くなったんですか?」
その言葉はケイトのものであったが、突発過ぎて質問の意味を測りかねてしまうが、僅かな困惑をセドとトウヤが抱くとケイトは続けて言う
「私、レオをもっと守れるぐらい強くなりたいんです。あの子私より背が低いし魔力の使い方も良くない、私だって良くないけど・・・」
最後は自傷気味に呟かれた言葉にトウヤは思わず笑ってしまう
「焦る必要は無いよ、魔力の使い方は2年生になってからだろ?まずは基礎を知識としてしっかり覚えてからだよ」
「そうだな、だがもしその時も気になる様なら俺達に相談すると良い、ギルドに行けば俺達に会うくらい出来るからな」
「でも、私今からでも強くならないと・・・もしまたあの怪人が現れた時、レオを守れない・・・」
何処か食い気味に返って来た言葉、そこには若さ故の焦りが見えた
早く強くならないと行けない、今すぐにそうで無いと未来は無い
まるでそう言っているかの様にも見える言葉にセドは疑問を覚えた
「怪人であれば俺達が相手をするし、何か急がなければならない理由があるのか?」
そう聞いてみればケイトは少し考えた後に、自信なさげに首を小さく横に振る
「いいえ、特にすぐにやらないといけないなんて事は・・・」
「ならば焦る気持ちはわかるがまずは理論から覚えなければ話にならない、別にやりながらでも良いがそれだと君の身体に負担が掛かる」
その言葉にケイトは何も言わない、何も言えない
まだ自分の中で言われた言葉が纏まっていないのだ
「フィリアさん連れて来た方が良かったですかね?同じ女性だし」
「それは関係ないぞ、トウヤ、それにあいつはあいつで問題ありだ、生徒受けも良くないだろうしな」
その言葉にトウヤはあぁと納得の声を漏らす、見た目麗しい彼女ではあるがコミュニケーション能力は最悪と言っても良い
優しくはあるが、その欠点故に今回の任務にも彼女ではなくトウヤが選ばれたのだ
「良いかケイト?俺は何も強くなるなとは言ってない、君もわかっているとは思うが強くなる為には何よりも基礎が必要なんだ、魔法の理論と攻撃魔法の基礎、防御魔法の基礎、それらを覚えて初めて応用やその先に取り組める」
「それは・・・そうですね・・・」
感情で否定したい気持ちにはなるが、彼女の頭はセド言う事実に納得してしまう
そんな彼女の様子に気が付きながらもセドは慎重に言葉を掛ける
「俺達は確かに強いが人に教えるのは下手だ、だが、ここにいる先生方は人に教えるプロだ、寧ろ俺達に学ぶよりも早く覚える事が出来るだろう」
「つまり、学校から教えてもらえる様になるまで待っていろと言う事ですか?」
「そうだが考え方が間違っている。それはネガティブな考え方だ、良いか?お前は今牙を研ぎ澄ませている状態だ、理論とは覚えているだけで武器になり得る。その磨いた牙を実際に攻撃魔法を扱う際に発揮すれば良い」
口を結う様にキュッと押さえ付け合えば、次の瞬間には大きなため息と共に脱力する
「わかりました。それじゃあ私が魔法を覚えた時にまた相談に行かせて貰います!夏休みの時期になるでしょうけどその時はお願いします」
そう言う彼女の声はやる気と決意に満ち溢れていた
「おう、頑張れよ待ってるぜ!」
「トウヤ先生、あんまり動かないで下さいね」
「あっ、すみません」
何処か情けない姿を晒すトウヤの姿に、セドもケイトも笑みが込み上げて来る
「よし、それでは自室に戻ると良い、君が強くなる為には今は兎に角勉強をする事だ」
「はい!ありがとうございます!さようなら」
「さようなら、気を付けて戻るんだぞ」
セドがそう言えばはーいと声と共にケイトは医務室から飛び出していく
開けられたままの扉を見て、セドは扉を閉めていけとは思いながらも新しい世代の芽吹きを感じ、未だ若輩ながらも胸の高鳴りが押されられずにいた
「ねぇあの人見た?」
「見た見た!すごいイケメンだったよね!」
開けられた扉から廊下の喧騒が医務室に伝わってくる
どうやら女生徒が目撃した何者かの事で話し合っている様子であった
興奮冷めやらぬと言った様子で、楽しそうでなによりではあったが、ここは学園であり自身は今は教師であるという事から注意しに行こうと、セドは廊下へ向けて歩き出す
「でも、レオと一緒に歩いてたのは何でだろ?」
「さぁ?でも黒髪と金髪が並んで歩く姿ってなんか良いよね・・・」
「良い・・・の?それ」
楽しげな様子についセドはため息を漏らすが、トウヤは彼女らの言葉に違和感を抱く
黒髪のイケメン、それは別に良い
レオと共に歩いていた。それも別に良い
だが、黒髪の男性教員なんてこの学園にいたか?
その言葉を思い浮かべれば一つの嫌な事実が頭に浮かぶ
「あ、ちょっとトウヤ先生!また手当ては終わってませんよ!」という言葉を無視してトウヤは立ち上がると、歩いていくセドを通り過ぎて扉から廊下に出た
慌てた様子のトウヤにセドは疑問を覚え声をかけようとすれば、先にトウヤが廊下の女生徒へと声を掛ける
「なぁ!そのレオと一緒にいた黒髪のイケメンって、何処にいるんだ?ひょっとして中庭か?」
「あ、トウヤ先生・・・なんて格好してるんです?」
「あの、その、中庭の中を歩いてましたよ・・・」
鍛え上げられたトウヤの身体を、顔を赤ながら見る女生徒がそう言えば、トウヤはセドに顔を向ける
「俺ちょっとレオを探して来ます!」
「何を焦って・・・そういうことか!?行ってこい!」
どうやらセドもトウヤと同じ考えに至った様で、顔を青褪めさせながらも焦った様子でそう言えば、トウヤはすぐさま廊下に飛び出し走り出す
セドは医務室にあった学園の内線を手に取ると、急ぎ学園長に連絡を入れる
「学園長、レオが怪人と思わしき男と接触したかもしれません」
その時から学園は慌しくなる
急ぎ体育館へと集められる生徒達、学園内を慌しく走り回る教員や警備員の姿
そんな中でトウヤは真っ直ぐに中庭へ向けて走っていく
「レオ、ダメだレオ!そいつについて行ったらダメだ!レオ!!」
悲痛な叫びは心で処理しきれなかった感情の残滓だろうか
焦る気持ちがトウヤを支配する
『空間魔法、アクティベート』
「変身!」
『音声認識完了、アクシォン!』
走りながら変身すれば、スーツに書き込まれた強化術式によりトウヤの身体はさらに加速する
だが、それでも今のトウヤには足りない
「もっと早く走れよ!くそ!このままじゃレオが!?クソッ、クソッ!!」
廊下にトウヤの悲痛な声が響く
そうして、また1人生徒がこの学園から消えた
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