第5話 貧民街にやってきた!

第5話


事の発端は初の怪人戦の翌日へと遡る

ヒーローとしての仕事の詳細を改めてフィリアから学ぶ事になったトウヤは、街の見回りを終えた後ギルドにて戦闘時の注意点を学ぶ事になった


「それがこれですか?」


目の前に置かれた冊子を手に取り、そこに書かれている内容をペラペラとめくりながら読んでいく

内容としては大項目で3つあった


1.住民の生命を第一優先にする

2.住民の生活に必要な建造物並びに物資の保護を行う

3.第1条が守られるならば非常時は自身の生命を優先する


との事だった

第1条は言わずもがな、ヒーローとして当たり前のことである

第2条、第3条についても理解は出来たが、第2条の詳細を見て僅かに小首を傾けた


「理解出来た?」


「出来ました。ただこの第2条に書かれてる怪人、無貌撃破時の対処方法についてってなんですか?」


紙をフィリアに向けとある一文へと指を刺す、そこには彼の言った通り怪人並びに無貌撃破時の対処方法についてと書かれていた

そこには飛ばす方向、場所、爆発範囲などが図とともに描かれている


「いや書いてる内容はわかるんですけど、飛ばす方向についてだけがわからなくて、なんで飛ばすんですか?」


そう聞くとフィリアは質問の意味がわからないと言った様子で首を傾げた


「書いてない?」


「飛ばし方しか書いてないです」


「書き忘れた。ごめん」


そう言って無表情ながらも顔を下ろし謝ってくる彼女の姿に、今初めて彼女が作ったのだと知ったトウヤは僅かに申し訳ない気持ちになる


「これフィリアさんが作ってくれたんですね」


「そう・・・飛ばし方については物を壊さないため」


「物・・・あ、第2条で書いてる建造物や物資を守るためって事ですか?」


その事を聞くとフィリアは頷きと共に答える

そして、同時に無貌との初戦闘時に彼女が言いたかった事が漸くわかった


「あー、だから無貌と初めて戦った時何を気を付けたかって聞かれたわけですね」


「そう、そう、それが言いたかった」


余程言いたい事だったのか、何度も首を赤べこの様に振りながらトウヤの言葉に同調する

心なしかそれが嬉しそうに言ってる様にトウヤには映った


「私たちはヒーロー、だから生命の他に日常も守らないとダメ」


「日常・・・」


「そう、それがないと心が死ぬ、その後が続かない」


命あっての物種ではあるが、それは今まで通りの生活が出来ればの話である

突如として日常が奪われると言うのはある意味拷問に等しい

家が無くなり、一文無しになればその日は助かっても翌月には死ぬ事もある

商売道具が無くなれば生活水準が落ち、今まで通りの生活ができなくなり、維持しようと身売りや強盗へと身を落とす事例少なくない


最優先すべきは生命だが、生活基盤というのもまた大切ものなのだ


そこまで言われると確かにとトウヤは思うと同時に、その行動指針には思い当たる節があった。とは言ってもそれは画面の向こう側のヒーローのものではあるのだが


「そういえばあのヒーローも日常を守ろうとしてたっけなぁ・・・そっか」


そこまで言うと僅かに頬が緩む

そんなトウヤの様子に気が付いたフィリアは、不思議そうにトウヤへと声を掛けた


「なんで笑ってるの?」


「あれ、笑ってました?すみません、なんか自分が好きだった物語世界のヒーローと同じになれたと思うと嬉しくて・・・」


「太いね」


「ふと、何がですか?」


「神経」


確かに前日はあの様な事を言ってた身ではあったが故に、おそらくその事を考え指摘して来た彼女の一言に思わず言葉が詰まった


「いや、まぁ確かに昨日あんな事言いましたけど、引きづり続けるのもアレじゃないですか」


「別に怒ったわけじゃないよ、気持ちの切り替えは大切、だから関心してた」


「はぁ、そういうものですか?」


「うん、それが出来ないで死ぬ人は、たくさんみて来た」


そう僅かに目を伏せながら語るフィリア、思わず場の空気が重くなってしまう


どうしたものかとトウヤが思っていると、コンコンと扉が叩かれる音が聞こえる


これ幸いとトウヤが返事をすると、そこにはゼトアとその後ろから2つの赤と栗色の人影が見え隠れしていた


「やぁ2人とも、勉強は順調かな?」


「順調」


「それは良かった。2人に用事があると言う人がいるんだが案内しても良いかな・・・とは言ってももう私の後に続いているんだけど」


「大丈夫」


「そっか、2人とも入って良いそうだ」


呼び掛けるためにゼトアが後ろを向くと入れ替わる様に後ろに控えていた2人、ラーザとシスが姿を現した


「ようお2人さん、調子はどうだ?」


「これから私たちエオーネのところに行くけど、そろそろ終わりそうなら一緒にどう?」


詰まるところ飲みの誘いであった

トウヤとしては是非とも行きたいところではあったので思わず顔を輝かせて返事をしそうになるが、勉強会はフィリアに開いてもらったものだし勝手に返事をしてはいけないと自制し、横目でフィリアの様子を見ようとする


「大丈夫、言いたい事は紙にまとめた」


「おっし、そう来なくちゃな!」


「なら行きましょうか、私たちエントランスで待ってるから焦らずゆっくり来てね?ゼトアさんも如何ですか?」


「私はまだ仕事があるから遠慮しておくよ、みんな楽しんでおいで」


こめかみを掻きながら申し訳無さそうに言うゼトアを尻目にトウヤは紙を手板に挟みリュックへと詰めていく

そんな彼へと椅子を押し入れながらフィリアが話しかけて来た


「トウヤ、説明書で、わからないことがあれば店でも聞いてね」


「わかりました。ありがとうございます」


そう笑顔でトウヤは応対し、2人は部屋を後にする


一行が向かったのはbarエオーネ

トウヤがこの街に来てから夕食に困った際はいつも来ているのでほぼ定番の馴染みの店となっているこの店では、ほとんど変わることのない顔ぶれが集まっていた


「聞いてくださいよ、俺、俺めちゃくちゃ悩んでるのに、なぁんで甘いとかそんな言われ方されなきゃ行けないんですか!」


そう言うと手に持ったコップを持ち上げると、一気に中に入っている上が深い赤、下がオレンジのカクテルを混ぜる事なく飲み干す

飲み干す間息が止まっていた為か、コップから口を離した瞬間大きく息を吸う


「まだ言ってる」


「だって、相手子供じゃないですか、人殺すのだって初めてだから勢いに任せてやったのに子供だなんて、そんな・・・ねぇ」


「わかるぜトウヤ、お前の気持ち、辛いよなぁ何でもそうだが命を奪う行為って、俺も最初は辛くて辛くて」


「わかってくれますか先輩!」


そう言うとラーザが自身の腕で目を覆い泣き始めた

トウヤはラーザに顔を向け感嘆の声を発するが、そんな彼の隣に座っていたフィリアは僅かに彼から距離を置く


その様なチンドン騒ぎをやっているとテーブルにドカンとジョッキが勢いよく置かれた

僅かに目を見開きラーザとトウヤが置いた人物へと顔を向けると、僅かに御立腹なのか眉間に皺を寄せるシスの姿がある


「もうあんた達何メソメソしてるのよ、別にやっちゃったもんは仕方ないしやるしかなかったんだから、ここは男らしくドーンと胸張って敵を倒したぞーって威張ってれば良いのよ!」


「シスさん・・・?」


「大体トウヤ、あんたその子供怪人の命と街の人の命、どっちを守りたかったの、後者よねぇ!!」


「もちろんです!」


普段よりも圧のある態度に、思わず上を向きながら肩を強張らせ答える


「だったら良いじゃない、それにああなった以上私達が出来ることは介錯をしてあげることぐらい」


やたらとアルコールの刺激臭が強い、透き通るオレンジ色の液体が入ったジョッキをカラカラと音を立てさせながら回しそう言った


「良い?だからこそあんたがやるべきは男らしくそのこと認めて、倒した相手がこんな奴に負けたのかって後悔なく召される様に胸張ってなさい、それが戦士の供養の仕方ってもんよ」


「姉さん・・・」


「姉御・・・俺一生着いて行きます」


それが正しい戦士の供養方法なのかはさておき、どこか男らしいシスの姿に同じテーブルの男2人は尊敬を眼差しを向けている

ラーザに至ってはシスの空いた手を両手で握り締め一生着いていくとも行った


「なんか、いつもより、様子が変だね、あはは!」


カウンター席から笑い混じりに途切れながら発された言葉は茜のものである

彼女はジュースの入ったコップを片手に面白そうに3人の奇行を見物していたのだ


「戦士の・・・供養?何それ知らない、エオーネは知ってる?」


未だ笑う茜の隣で、困惑した様子の雫が目の前でコップを拭いているエオーネへと声を掛けた

エオーネは美しい微笑みを携えながら言ってみせる


「知らない、というかそれ煽ってるだけじゃないの?」


「だよね」


「あ、でも言ったらダメよ、あれで一先ずは解決してるみたいだから、言われた本人も納得してるみたいだし放っておきましょう」


いつの間にかカウンターへと移動して来ていたフィリアがエオーネの言葉に頷く

彼女がチラリと後ろを振り向けば、何故か一気飲み大会が始まり、自分のいた席には茜が座って混ざっているが何も見なかったかの様にそっと前へと向き直る


「あ、そうだ」


何かを思い出した様に茜が呟く


「ねぇトウヤ、もし気になるんなら貧民街ボランティアに志願してみなよ」


「貧民街ボランティア?」


「そうそう、貧民街での炊き出しや就職支援とかやってる公的団体が運営するボランティアなんだけどさ、今のトウヤにはピッタリかなって」


朗らかに笑いながらそう茜は告げる

今トウヤの胸中に渦巻く問題、あの子供のことを思えば、第二第三と続く者を出さない為にも貧民街の人達に何かをするという事は必要だろう


「良いんじゃないか、貧民街の実情に触れる良い機会にもなる。これも社会勉強という事で行って来ると良い」


不意にトウヤ達の後ろから声を掛けられた

その声に思わずラーザとシスが勢いよく振り向く


「いいい、いたんですかオータムさん!?」


「ほ、本日もお日柄よく・・・」


「だよね、やっぱそうだよねオータムさん!」


明らかに動揺しているラーザとシスを他所に、朗らかな笑みで持って茜はオータムに応対する

対してオータムは微笑みを持って"3人"へと答えた


「あぁ良いアイデアだと思うぞ茜、あぁそれとラーザとシス、前にも言ったがあまり飲み過ぎるなよ」


「すみませんでした!!!」


「もうしません!!!」


顔だけは微笑んでいるオータムは2人にそう告げると、2人はきゅうりを見た猫の様に飛び上がっている

それを見た茜がまた大きな声を上げて笑っていた


「貧民街ボランティアか・・・」


「行きたい?」


「えぇ興味あります。もしあの怪人みたいな被害者を減らせるかも知れないですし」


「そう、やる気なら頑張って」


「頑張ります!」


希望に満ちた表情をフィリアに向け言うが、一方の彼女は、彼の悩みを解決する力になれなかった事に心を痛めながらも後輩である彼の挑戦を祝福した





そうして時は立ち、現在へと戻る

エオーネの店で言った通り、彼は貧民街ボランティアの支部へと足を運んでいた

事前に電話にて連絡していたのもありスムーズに受付を済ませると彼はボランティアの新米として活動を開始する


「はいよ新入りさん、そしたらこのジャガイモ全部剥いてもらって良いかい?」


「わぁ!」


ドサリと下された高さ50cmの籠にはジャガイモがこれでもかと詰め込まれていた

その畏怖堂々たる有様に思わず声を上げる正直何十個あるのかわからないが、終わるのにどれくらい時間がかかり手首が死ぬことになるのかわからない

籠を持ちながら思案しながらトボトボと歩くとやがて座りジャガイモの皮を剥き始める


「これ新米には多いな?俺も手伝うよ坊主」


そうしていると後ろから聞き馴染みのある声がかけられる

後ろを振り返ってみるとそこには見覚えのある男が立っていた

乱れた短めの髪に無精髭、小袖に袴を履いたその姿をトウヤは徐々に思い出していく


「あ!バスにいたおっちゃん!」


「おう、あと俺はおっさんじゃ無い、お兄さんだ」


男との再開はトウヤにとって喜ばしい事だった

久しぶりというには期間が短い気もするが、この異世界という地において比較的最初に知り合った人物の1人であったというのが主な理由である

そんな思わぬ再開に喜びながらも、男はトウヤの隣に座ると2人で並んでジャガイモの皮を剥き始めた


「最近どうよ、なんかこの街も色々あったけどさ元気にやってんのか?」


ジャガイモの皮にピーラーの刃を当てると、力を込めずジャガイモを動かしながら皮を剥いていく

剥がされた皮は、ピーラーの刃により短く切断され細々とした小片となりながら下に引いたバケツの中へとボトボトと落ちていく


「あーまぁ色々あったけどなんだかんだやっていけてるよ、ヒーローにだってなれたし、おっちゃんの方こそどうなんだよ、仕事とか見つかったのかよ」


ピーラーの輪っかの様な突起でジャガイモの芽を抉り取っていく

皮も芽も取り除かれた薄い黄色の素肌をさらしたジャガイモ達は足元に置いてるのとはまた別のバケツへと入れられて、ガコンという音を響かせる


「とりあえず冒険者やってる。まぁ俺くらいの実力者になれば冒険者ギルドに入って一攫千金も夢じゃ無いん訳だしな、今のところ草むしりしかしてないけど」


そう自信満々に言い放つ男の姿においおいと呆れながら笑うトウヤではあるが、なんだかんだ別れてから数日の間、元気に生きて来れたこの男なら大丈夫だろうという安心感があった


そうして喋りながらも黙々と作業をしていると、俄かに辺りが騒がしくなって来ているのに気が付く

騒音の元となっているのは自分達の後ろのからだったので、2人して何事かと後ろへと顔を向ける

そこには集まったであろう子供達によって小さな人集りが出来ており、その中心には金色の長髪を結った先端が尖った長耳の男がいた


「なんだろ、耳長い人がいるな」


そう眺めながらトウヤが呟くと男はどこか不機嫌そうな雰囲気になる


「あーそりゃエルフだろ、ほっとけどうせ点数稼ぎに来たクソ神父だ」


普段は温厚で人当たりが良いと思っていた男から発された不躾な言葉にトウヤは驚いた


「おっちゃん神父嫌いなのか?」


「あいつだけは別だ別」


理由が気になるが、聞こうにも返ってきたぶっきらぼうな言葉からこの事には触れない方が良いのだろうと思いトウヤは口を噤む

だが、そんな2人の思いを知ってか知らずか、男が神父と呼んだ長耳の男がこちらへと目を向けると一瞬驚いた様に目を開くと、薄く笑みを浮かべながら2人の元へ歩み寄ってきた


「こんにちは、もしかしてお二人が新しく入ってくださったというボランティアの方でしょうか?」


優しい笑みを浮かべながら問いかけて来る

思わずその笑みに同じ男ながら見惚れてしまう

長耳、エルフと呼ばれる人種は長命で顔立ちが精霊由来の出自を持っているが故か、整っている者が多くこの男も例外では無かった


「はい!俺は今日からここでボランティアをさせていただく事になりました浅間灯夜って言います!」


「そうですか、元気があって良いですね、私はマインと言います。これからもよろしくお願いしますね、そちらの方は?」


「名乗る程の者でも無いさ、神父さんよ」


僅かに肩に力が入りながらもトウヤが返事をした一方、男が何処か威圧的な態度で神父へと応対する

だが、そんな男の対応とは別にマインは少し残念そうな顔をしている


「そうですか、それは残念です。名乗れる様になってからで良いのであなたの名前、いつか教えて下さいね」


「そんな時は・・・まぁいつかな」


何処かツンデレの様な対応をする男の姿にトウヤは呆れた

だがそんな男の態度にマインはコロコロと笑うと2人を見渡しながら言った


「さて2人ともこれから私達は多くの方と接して多くの事を知る事になるでしょう、しかし、献愛とは時に苦痛を伴う物です。その事を忘れずに慈悲の心を持って人々を共に救いましょう」


「神父様!一緒に遊ぼ!」


「すぐ行きますね、それではこれで失礼しますね、これから頑張って下さい」


そう言うと呼んできた子供達の方へとマインは歩いていく

その後ろ姿を見ながら男はまたしても悪態を吐く


「ケッ、何が救いましょうだ偉そうに」


「おっちゃん、あんたそんなにあの神父さんが嫌いなのかよ」


「あぁ大っ嫌いだね!あんなロクでなし、良いかトウヤ、世界にはあんな人の為に尽くしますって顔をして悪事を働く奴なんざいくらでも居るんだ、態度や見てくれで騙されるんじゃねぇぞ」


そんなものなのか、とトウヤは男の主張に首を傾げるも、黙り込み作業を続ける男の姿にトウヤもこれ以上は聞かない方が良いと思い作業に戻るのであった





「もう出来たのかい、ありがとうね!はいこれお昼の賄い!ここ置いとくからしっかり食べて午後からも頑張ってね!」


「わぁ、ありがとうございます!」


2人で作業をしたおかげだろうか、滞りなく終える事ができた


「追加で籠が2つ来た時は時間掛かりそうだと思ったが、案外すぐ終わったな、ほらよ」


男がそう言うと背負っていた籠を渡して来る

それを手に取りながらトウヤも言った


「おっちゃんが手伝ってくれたおかげだよ、ほんと助かったありがとう」


「そうかい、そりゃ良かったよ」


配給された膳を手渡しながらそう言うと男は膳を受け取りながらニヒルに笑いそう言う

そんな男を見ながらそう言えばと、トウヤも疑問に思った事を、歩きながら口にした


「そう言えばおっちゃんの名前、俺聞いてなかったな」


「俺の名前?良いだろ別に知らなくても」


「いやよく無いだろ、いつまでもおっちゃんおっちゃんって言うのもなんだし」


「まぁそれもそうだが、うぅむ、あと俺はおっさんじゃ無い、お前よりまだ2歳年上なだけだ」


トウヤにとってはこの男と自分が2歳差なのが驚きなのか思わず目を見開くが、そんなトウヤを他所に男は余程言いたく無いのだろうか、うぅむと唸りながら考え込む

そして、ため息を吐きながら言った


「篝野、それが俺の名前だよ」


そう告げられた名前は、何処か聞いた覚えのある名前だった

その既視感に思わず首を傾げる


「篝野の・・・なんか聞いた事ある名前だな、おっちゃん」


「おっさんじゃ無いっての、そうなのか?結構珍しい名前だと思ってたが」


「いやそうなんだけど、なんだろうこう頭に引っかかるって言うの?なんか後頭部で詰まって出てこない感じ」


思い出せそうで思い出せない感覚になりながらも頭を捻りなんとか思い出そうとするが、思い出せない

何とも気持ち悪い感覚に陥りながらも考える事を辞めない

そんなトウヤの様子に男、篝野は付近の椅子に腰掛け笑いながら言った


「そんな悩むならもう良いじゃねぇか、ほれお前も座れよ、せっかくのスープが冷めちまうよ」


そう言い膳に乗っている保存用の硬いパンを千切り、スープに浸してふやかしてから口へと運ぶ


「まぁ・・・こんだけ考えても思い出せないからいくら考えても無駄か」


「おう、無駄だ無駄、だからさっさと食って気持ちを切り替えろよ」


あっけらかんと言われ少し腹が立ったが、彼の言う通りいくら悩んでも仕方が無いので気持ちを切り替え食事を取る事にした

椅子に座ると膝に膳を置き、パンへと手を伸ばす


「あ、それめっちゃ硬いからスープに浸してから食えよ」


「マジで?あ、ほんとだめっちゃ硬い」


硬く焼かれたパンに驚きながらも千切りスープに浸していく

パンがスープを吸い取り色が変わっていく様を眺めながら、元の世界の柔らかいパンへと思いを馳せる

あんなのが災害時でも届けられる日本って凄かったんだなぁなどと思いながらふやけたパンを口に運んだ

薄味のスープに浸ったパンはスープの優しい味に包まれ非常に味気なかった


「いたいた、トウヤ!様子見に来たわよ」


名前を呼ばれ2人がピクリと反応し、声の主へと顔を向けるとそこにはエオーネとオータム、フィリアの姿があった


「あれ!?みなさんどうされたんですか?」


「どうって、そりゃ心配だから様子を見に来たのよ」


「先日あぁは言ったが、ボランティア活動には不慣れだろうしね」


「どう?無理してない?」


「ありがとうございます。篝野のおっちゃんも手伝ってくれてるので大丈夫です!」


「篝野?」


「えぇ、隣の・・・」


そう言い横に座っている篝野へと目を向けると、彼は食べる手を止め口を開けたままフィリアを凝視していた


「フィリア・・・リース・・・」


どこか心ここに在らずと言った様子で呟いた一言に、どうしたのかと疑問符を浮かべる


「どうしたんだよおっちゃん、ぼーっとして」


何処か様子が変な篝野にトウヤは心配になり声を掛けるが、当の本人はハッとした様子を見せると気まずそうな表情を見せた後にトウヤへと顔を近づけ言った


「お前フィリア・リースなんてこの辺じゃ有名人じゃ無いか、いつ出会ったんだよ、あと後ろの2人も!」


「いやそりゃ俺もヒーローなんだから、フィリアさんとはギルドであったんだよ、エオーネさんとオータムさんはその前の研修の時に先輩が連れてってくれた店で知り合ったんだ」


「そういうのは早く言えよ、俺ミーハーなんだから」


そう言うと立ち上がり膳を椅子に置くと、篝野はフィリアへと向け直り緊張しているのだろうか、声を震わせながらフィリアへと話しかけた


「どうもこんにちは、私は周辺を流浪している篝野と申します。フィリアさんお噂は予々聞いております。怪人溢るるこのベガドの街で大変ご活躍されているとか」


「ありがとう」


「なんだよおっちゃん、緊張してるの?」


「うるせぇ、お前みたいに有名人に会える立場じゃないんだよこっちは」


いつもよりも違和感があるくらい丁寧な言葉遣いにトウヤが茶々をいれ、それに声を荒げた後、コホンと咳払いをする


「それでは私は仕事がありますのでこれにて失礼します。みなさんどうぞごゆっくり、では」


「えっ、おっちゃん!?」


そう言うと篝野は椅子に置いた膳を取り、そそくさと足早に立ち去って行った

今までとは違う様子に違和感を覚え驚きながら呆然としてしまう


「ごめん、邪魔だった?」


「あぁいえ、多分ミーハー過ぎるだけだと思いますよ」


「まぁそういう人もいるという事よ、特に有名になればね」


「あの・・・」


足早に去っていく男の背中を眺めつつ思い思いに呟いていく

だが、いつもの彼らしくない姿にトウヤはあぁ言いつつも何処か違和感を感じられずにいられなかった

だが、そんな疑問もやって来た1人の来訪者により中断されることになる


掛けられた声へと顔を向けると、そこには1人の長髪の少女が立っていた

長髪の少女は何処かオドオドとした様子でトウヤ達を見渡している


そんな姿を見て、エオーネはしゃがんで目線を合わせると安心させる様に母の様な温和な笑顔で持って話しかけた


「あら、あなたどこから来たの?こんな所にどうしたのかしら?」


「え、あの、その」


「大丈夫よ、ここにいる人達は良い人ばかりだから、オネェさん達に話してみなさい」


ね?と微笑みながら首を傾け言うと、女児はエオーネの母の様な雰囲気に安心したのだろう

自身の言いたい事をぽつり、ぽつりとカタコトながら話し始めた


「あの、私たち家族がいて、ご、ご飯が必要なの」


「あら、なら簡単ね、トウヤ良いかしら?」


「あ、あぁちょっと待ってください、今すぐとりに行って来ます」


昼時ということもあり、配給はすでに始まっている

その事を理解しているトウヤは、すぐさま自身の食べかけの膳を椅子に置くと、厨房へと駆け足で向かっていく


「それじゃここでオネェさんと待ってよっか、すぐにあのお兄さんが・・・」


そう言いエオーネが目を離した瞬間だった

少女は前へと駆け出し、トウヤの膳に乗っている半分ほど食べかけていたパンを掴み上げる


「あ、おい君、それはトウヤの食べかけ・・・」


オータムがそう言い切る前に少女は全速力で走り去っていく

待っていれば新しい膳を持って来るのに、わざわざ食べかけを掴んで持っていくという奇行に、一同は茫然とした様子で彼女を見送るしかなかったのだ


「あれ?あの子は?」


そうこうしている間に新しい膳を両手で2つ持って来たトウヤが帰って来た

自分が膳をとりに行ってる間に何があったのか把握出来なかったトウヤは、茫然とした様子で少女が走り去った方を見る一同に声をかける


「すまない、トウヤくん」


「え?え?どうしたんですか?というかあの女の子は?」


「トウヤのパン持って、走って行った」


「え!?あれ食べかけで半分くらいしかなかったですよね?」


「本当にごめんなさい、何というか予想外過ぎたわ」


「あ、いえいえ、俺は大丈夫なんですが・・・」


申し訳無さそうに謝るエオーネだが、正直予想外の出来事過ぎて未だに頭がついて行けていない

一方のトウヤはというと、もらって来たばかりの膳を眺めながらどうしようかと思案していた


「えっと、じゃあとりあえずこの膳も持って行ってみますね、あの子どの方角に走って行きました?」


「あっち」


「ありがとうございます!ちょっと俺行っています」


自分で食べるわけにもいかないし、待っていた所で何も解決しないので、取り敢えず持って行くことにしたのだ

フィリアが指差してくれた方角へと、取り敢えず歩き出す


「おーい、膳を持って来たよ、いたら返事してくれ!」


女児が走り出した方向へと歩いては来てみたが、当人の姿は何処にも見えなかった

トウヤの声は虚しく空を切り霧散して行く


「困ったなぁ、スープが冷めちまうよ」


手に持つ膳を眺めながらそう1人で焦っていると、何やら前の角で誰かが言い合っているのが目に入った

そこにいたのは件の少女と他数名の子供達である

何やら少女が持っているパンを分けようとしている様だが、何人かが癇癪を起こし取り合いを起こしている様だ

その様子を目に見ると早歩きで持って集団へと近寄る


「おーい!お前ら喧嘩しちゃダメだろ、ほら新しい膳を持って来たから・・・」


そう言い切る前だった

トウヤの姿を見つけた1人の少女が、足元に落ちていた石を拾い上げ此方へと投げつけて来たのだ

慌てて身体を捻り投げられた石を躱わすが、次に集団へと目をやると全員が木の棒や石を持って、明確な敵意を持ってトウヤへと目を向けていた


「待て待て!?俺はただ新しい飯を持って来ただけだぞ、やめろって!」


「うるさい!お前らの施しなんか受けるかよ!あっち行け!」


投げられた木の棒や石を身体強化魔法で強化した背中で受け止め膳を守ろうとするが、当の子供達にはその事はどうでも良いらしい

膳の中身が溢れる事も厭わず物を投げて来る


「いてて、痛い、いやお前らの持って行ったの俺のパンだろ、そんなちっさいのじゃなくて無理せずこっちを食えよ!」


「うるさいうるさい!お前らの施しなんか受けてたまるか!それ置いてとっとと失せろ!」


「あぁわかったわかった!置くから取り敢えず投げるのやめろ!溢れる!あと痛い!」


施し受ける気満々じゃないかと内心思いながらも、物が飛んでこなくなったのを見計らい足元に膳を置く


「とりあえずここに置いとくから、後でも良いから取りにこいよ!」


「わかったから早く失せろよ!どっか行け!」


このクソガキ、とあまりにもヒーローらしくない事を思いながらも、トウヤは足早にこの場を立ち去る事にした


そうしてある程度離れた頃、後ろから喧騒が聞こえ振り返ってみると子供達が膳へと群がっているのが目に映る


「食いたいなら食いたいって言えよ、全く」


自分にもあんな時があったな等と思いながら、その光景を見て思わず笑みを浮かべていた

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