母の愛 子の愛 3
地面が黒く滲みがトウヤの顔の横、縦に伸びる下水道の壁に現れる
それに気が付くと、警戒し後ろへ飛んだ瞬間、滲み出た黒が僅かに泡立ち、多種多様の装飾を施された無数の槍が飛び出してくる
「なんだこれ・・・」
目の前で飛び出して来た槍の壁を見てトウヤは冷や汗を流す
「これは私の権能、死んだ者達をこの世に呼び戻す」
いつもとは違う流暢な言葉でそう言ってくる
その姿にトウヤは違和感を覚えた
いや、彼にとってはある意味でこの姿の方が馴染み深いだろう
何故なら市場でいつも会っていたのだから
だからこそ、トウヤは問い掛ける
今でも感じる異物感の正体を探る為に、少女の事を知る為に
「権能ってなんだよ・・・お前誰だ!」
各所に滲み出てくる黒、そこから溢れる剣を飛び上がる事で躱し、次いで天井足を付ければ足元から新たな黒が作り出される
休む時間を与えずに繰り出される連続攻撃に、トウヤは下水道内を飛び回りながらも、そう言葉を発した
そして、その言葉に少女は答える
「私はハーデ、冥界の神にして人に堕ちた存在」
「ハーデって・・・!」
驚き声を上げながら、壁の小さな黒から飛び出したナイフに気が付き、ギリギリで顔を逸らし躱わすと、スーツの表面をナイフが撫でるのが伝わってくる
ハーデ
それはこの世界の神話における冥界の神の名前であった
その見た目は夜空を切り取ったかの様な美しい黒髪に、青白い肌を持つ絶世の美女といわれている
その神の名を少女は名乗った
平時であれば、正直それは親の趣味嗜好の範疇だろうとしか言えないが、今の状況を考えてしまえば信じそうになってしまう
「出て来て、浅間灯夜に未練を持つ子達、あなた達の未練晴らしてあげる」
少女、ハーデがそう呟く
その言葉に嫌な予感がして後ろに飛べば、その位置を1発の銃弾が通り過ぎて行く
次いで銃声が聞こえ、再び飛んできた弾丸を身体を逸らして避けると、銃声のした方に目を向ける
トウヤの目に映ったのは少女の隣の地面から伸びる腕だった
腕には拳銃がひとつ握られていて、徐々に腕は伸びやがて身体を、顔を露わにして行く
黒い帽子に人の形を残した唇、腕や足から伸びる紐、両手に握られた2つの拳銃
その姿に、トウヤは見覚えがあった
「お前は・・・!」
そこに居たのはかつてトウヤが倒したカウボーイ風の怪人だった
だが、姿を現したのはそいつだけでは無い
今度は少女の前にピエロ型の怪人が黒の中から湧き出てくる
「これは、どういう事だよ!」
「私の権能で、冥界からあなたに対して未練を持つ子達を召喚したの」
くっとトウヤは歯噛みする
この状況での上級怪人2体との戦闘、それは間違いなくトウヤに取って最悪の状況だった
さらに悪い事に、また追加で2体現れ始めているのがわかり、状況は最悪を通り越してますます酷くなっていく
そして、出て来た追加の怪人はトウヤの思いもしないもので、それを見た瞬間トウヤは驚きの声を上げる
「なんで・・・レオ!」
猫科動物の様な顔をした怪人、レオの怪人体が黒の中から現れたのだ
「レオ・・・!なんで・・・お前!!」
信じられないと言った様子で幾ら叫ぼうともレオは何も答えない
ただ少女の周りに現れた3体の後ろで控えているだけだった
そんな中、1体の怪人が前へと歩み出てきた
「久しぶりだなフレアレッド」
「ゲキコウ・・・お前まで・・・」
声をかけて来たのは追加で召喚された最後の1体であるゲキコウだった
彼もまた今回の召喚に応じたのだろう
手強い敵の登場にトウヤの肩に力が入る
だが、彼は腰に携えた剣を抜く事なく、トウヤと相対し挨拶をした後、クルリと振り返り彼に背を向けてハーデへと顔を向けた
そんな様子を疑問に思い、ハーデは声を掛ける
「どうしたの?」
「いえ、少し挨拶と質問をと思いまして」
そう言うとゲキコウは片腕を腹の前にやり、腰を折り頭を下げる
「この度はこの様な機会を設けていただきありがとうございます。ハーデ様、ひとつ質問があるのですがよろしいでしょうか?」
ゲキコウの言葉にハーデは頷きながら答えた
「良いよ」
「ありがとうございます。それでは、此度の召喚に際して私達は好きに動いても良いのでしょうか?」
「うん、あなた達の好きな様に戦って」
その言葉を聞き、未だ頭を下げたままのゲキコウはニヤリと笑みを浮かべる
「左様でございますか、それでは遠慮なく」
その瞬間、鈍銀の輝きが横一文字の線を描く
前に立つピエロ型怪人の首ら辺でほんの一瞬映った線は、その光跡を辿る様にピエロ型怪人の首に切れ目を入れて行く
誰が何をしたのか、それはゲキコウの手に握られる血塗れの刃が物語っていた
「は・・・?」
惚けた様な声を漏らす怪人は、そっと首に手を当てれば、血潮の熱と首元から感じる激痛により、自身の状態を認識してしまう
「なんで・・・」
そう言うとピエロ型の怪人は崩れ落ち、それを見下しながらゲキコウは怒りの籠った目を向けて、ただ淡々と言う
「貴様らはラーズ様の領土を穢した報いを受けてもらった・・・ただ、それだけだ」
カウボーイ風の怪人が、ピエロ型怪人の首を斬ったゲキコウに両手の銃を構え叫ぶ
「お前!何を!」
「そうだろう?レオくん」
しかし、怪人の声をゲキコウは聞く耳を持たず
ただ囁くのだ、もう1人少年に
突然カウボーイ風の怪人の背中が押され前のめりに倒れる
背中に感じるのは食い込んだ鋭利な刃物の感覚と重量級の重さ
近付く地面、しかし、待てども顔を地に触れさせることはなく、首に走る激痛と共に怪人は吊られることになる
「ガアアアア!こいつっ!こいつぅ!!」
喉元を噛みつかれ、熱く燃える様な痛みを感じ怪人が悲鳴を上げ叫ぶ
ジタバタと暴れ、当たる事のない銃を乱射し自身に噛み付いたレオに対して必死の抵抗を行うが、レオは決して離さない
「なんで・・・?あなた達も浅間灯夜に恨みがあるんじゃ・・・」
その光景を信じられないものを見た様な目でハーデは見つめ、ゲキコウはさも当然の様に語り出す
「残念ですが、私たちが抱くのは未練です。私はラーズ様のお力になれず散った未練、あちらの彼は」
そう顔を向ければ、すでにカウボーイ風の怪人は事切れたのだろう、レオの脚元でダラリと腕を伸ばし倒れている
「あの通り、復讐・・・というよりかはアサマトウヤに迷惑を掛けた事を悔やみ、守る為に来た様ですが、まぁ私たち2人は彼を守る為に来たと思っていただければよろしいかと」
その言葉を聞き、納得がいったと微笑みながらゲキコウに言った
「そう・・・好かれてるのね、彼」
そんなハーデの言葉にゲキコウは首を横に振る
「好かれている・・・というよりも、私に関してはほっとけないのですよ、同じ街の守り人として」
仕方無さそうにゲキコウは答える
敬愛するラーズの障害になる事は確かだろう、もしかしたらいつか倒すかもしれない、だからといって同じ志を持つ者をほっとけなかったのだ
そんな彼の様子に、ハーデは慈しむ様な目で持って言った
「そっか、でもあなた達は私が召喚した亡霊の写み、私が解除すればあなた達は冥界に帰ることになるけど、それで良いの?」
「その時は彼に任せます。元々彼と貴方様の戦いですので」
「さっぱりしてるのね」
「えぇ、それが我らの流儀ですので」
「なら、貴方達を帰すね・・・」
そう言い手を横に振ろうとした時だった
『ハーデ、準備が出来た。もう大丈夫だから帰っておいで』
声が下水道内に響き渡る
その声に呼ばれたハーデは、振ろうとした腕をゆっくりと下す
「残念だけどここまで、私は帰るけどあなた達はどうする?最後に彼と話す?」
「いえ、私は結構、彼にかける言葉はありませんよ・・・ただ、あの少年には時間をあげて下さい」
「わかった」
そう言うとハーデは腕を横に振るう
するとゲキコウの身体は灰色の光の粒となり、徐々に消えて行く
だが、ゲキコウにはなくともトウヤには掛けたい言葉があるのだろう、彼にも聞こえる様にトウヤは叫んだ
「ゲキコウ・・・ありがとな!」
そんなトウヤの言葉にゲキコウはやれやれと言った様子で首を横に振り、振り返る
「アサマトウヤ、達者でな・・・」
その言葉を最後に、ゲキコウは完全に光の粒となり消えてしまう
それを見届けたハーデは、レオに顔を向けると笑い掛けた
「偶々こうなったけど、私がしてあげられる最後の時間・・・悔いのない様にね」
そう言い、彼女は下水道の闇の中へと消えて行く
残されたトウヤとレオは互いに見つめ合う
お互い最後の瞬間が瞬間だけに何を言えば良いのかわからない
しかし、悩む時間もない
だからこそ、トウヤはあの日から今日まで、彼に言いたかった言葉を掛ける
「レオ・・・ごめん俺のせいで、こんな姿になっちまって・・・でも助けてくれてありがとう」
直接話せる最後の時、だからこそトウヤはレオに謝りたかった
教会で女神を通して言葉を伝えれたかもしれない、見ていたかもしれない
それでも、直接会って謝罪したかったのだ
しかし、その言葉にレオは猫科動物の様な頭を金色の髪を乱れさせながら横に振るう
「・・・セン・・セ」
口をまごまごと動かし、必死に言葉を紡ぎ出して行く
生前レオが、最後に言いたかった言葉を
「ア・・・リガ・・・ト」
そう言ったレオの顔は、笑っている様に見えた
学園で見せた無邪気な笑顔を
その笑顔を見て、トウヤは込み上げて来る感情を必死に押さえ込もうとした
スーツを着ているから見えない、それはわかっているが本当の最後の時間くらい、涙ではなく笑って送ってやりたいのだ
だからこそ、額を伝う物の存在を自覚しない様にしながら彼は笑う
スーツ越しに彼に伝わる様に
「こっちこそ助けてくれてありがとうな、レオ!」
その言葉を聞き届けた後、レオは消えて行く
あの無邪気で優しい笑みを浮かべながら、灰色の光の粒となって
後に残されたのは何も無い、静まり返った闇とトウヤのみ
ひとしきり声を出す事なく、ただ涙を流しトウヤは改めて決意する
もう二度と、彼の様な犠牲者は出さないと
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