唸れフレアナックル! 2

その日トウヤはフィリアに呼び出されギルドに来ていた

なんだろうと思いながらギルドへと入ると多くの冒険者達による喧騒が目の前に広がる


「お、トウヤじゃねぇか」


そんな中トウヤへと声が掛けられた

声の方へ目を向ければラーザとシスの姿を見つける


あの日からまだ2日しか経ってないが、トウヤは懐かしい思いと共にラーザ達の元へと向かう


「ラーザさん、シスさん、お疲れ様です」


「おうお疲れさん、ヒーローになって2日になるけど、上手くやれてるか?」


「あー、まだまだわからないことがあるのでボチボチって感じです」


「そうだよね、なんかヒーローった大変そうだし、もし何か悩みがあったら私達でも良いから話してね?悩みを自分の中で溜め込み過ぎると身体に悪いし、判断力が落ちる原因にもなるんだから」


「ありがとうございます。その時はお願いします」


そう心配そうに言うシスに、トウヤはそう返事をする

やっぱりこの人達の元で学べてよかったなと改めて思う

そうしていると人混みの中にフィリアの姿を見つけた

待ち合わせ時間の10分前にも関わらずもうギルドで待っている彼女に驚く


「すみません、ちょっとフィリアさんに呼ばれていて、もういらっしゃるみたいなのでここら辺で失礼します」


「おっと、そりゃ悪い事したな、これからも頑張れよ」


「怪我しちゃダメだよ」


「ありがとうございます。それでは」


そう言うとラーザ達の元を離れフィリアの元へと歩き出す

フィリアはギルド内の椅子に腰掛けながら床のシミを数えながらトウヤを待っていた


「すみません、フィリアさんお待たせしました」


「ううん、私も今来た、大丈夫」


そう気を使ってくるフィリアへ申し訳なさを覚えながらも、トウヤは気になっている事を口に出した


「今日の呼び出しって、昨日の事ですか?」


昨日フィリアから言われた一言、あの後その意味について考えてしまい結局聞けずじまいで終えてしまった事について何かしらあるのだろうかと思い当たりをついて聞いてみると、フィリアは正解だったのか縦に頷く


「そう、ヒーローとして大切な事、それを教えておこうと思って」


「フィリアさん、新人の教育って初めてで少々不慣れな所もありますので、今回私も同行させていただきますね」


そう後ろから言われて、後ろを振り返るとそこにはゼトアの姿があった


「ヒーローとしての心構えですね、わかりました!勉強させていただきます!」


「うん、相変わらず良い返事ですね、今日はよろしくお願いします」


さ、2人ともこちらへ、そうギルドの奥へと案内される

そんな3人の元へバタバタと足音が近付いてきた


「ゼトアさん街に怪人が!」


その一声はヒーローの受付の女性から発されたものだった

声を聞いた瞬間フィリアはいつもの無表情のまま指を弾く


「変身」


『音声認識完了、エクスチェンジ』


青色のドレス調の戦闘服を見に纏うと女性へと問いかける


「場所は?」


「中央広場で下級怪人1体と特殊ゴーレム10体確認しました。広場にいた人達が人質に取られてるみたいです」


そう聞くや否や、フィリアは弾かれた様に走り出す

トウヤもまた、彼女の後に続いて中央広場へと急ぐ






当時中央広場では昼の最繁時に向けて多くの屋台が準備を進めていた

辺りには肉や魚、野菜の焼き煮込まれる匂いが漂い出している


サンドイッチ屋の店主もその1人だった

彼は昼に買いに来るであろう人々に思いを馳せながら、サンドイッチを一つ、また一つと作り保存用の魔道具へとしまっていく


そんな彼がふと顔を上げると広場の端から外套を被った一団が歩いて来ている事に気がつく

1人は2mはあろうかという大柄で先頭を歩いていた

他10人は身長が同じで、先頭を歩く人物の後を全く同じ足跡で追っている

ただ黙々と歩いてくる一段に不気味さを覚えながらも店主は調理を続ける事にした


だが、ほんの一瞬、その一瞬目を離しただけで事態は一変したのだ

先頭を歩いていたら人物が広場の中央に辿り着く手前で外套越しに大きくなっていく

モリモリと大きくなる身体に外套が伸びていき、ついには広がりに限度が来たのだろう、ぶちぶちと音を立てて引き千切られていき、糸の様に細くなった外套越しに隙間から灰色の背中が見えてくる


それを見た者は気付かれないように、声を立てずに去っていくがすでに手遅れだった

広場の中心へとたどり着いた一団は外套を脱ぎ去る


「お、おい、アレなんだよ!?」


その声に異変があったと思い店主が顔を上げると、そこで事態に気がつく


目を向けた広場の中心には、赤い瞳孔を持つ1つ目を胴体から光らせ、丸太の様な太い足、腕の代わりに1本の触手を左右に生やした灰色の異形の化け物、怪人がいた

その後ろには昨日広場を襲った無貌の人型が並び控えている


怪人は前へと歩み出ると声高々に宣言した


「ここは僕達が占領した!命が惜しければ僕の指示に従え!もし逆らえばその命を持って償ってもらう」


低い声で怪人がそう告げる

その光景に恐怖したのだろう、1人の男が走り逃げ出した

怪人はそれを見つけるや否や配下の無貌へと命令を下す

それはあまりにも慈悲のない言葉だった


「全員捕まえろ、生死は問わない」


そのほんの一言だった。その言葉を聞いた者から堰を切ったように走り出す

風魔法により空を飛び、獣人種特有の足の速さで駆け、ゴブリン種は潜み逃げ出した

力に自信のあるオーク種や居合わせた冒険者は人々の盾となる為に武器を持ち殿を務めようと、迫る無謀へと果敢に立ち向かう


だが、全てが無駄だった

風魔法で空へ飛んだ者は、空高く飛んでき無貌により足を掴まれ地面へと叩きつけられる

獣人種特有の足の速さを持ってしても無貌に追いつかれ組み伏せられた

果敢に無貌へと挑んだオークも鉄をも切り裂ける魔剣を携えた冒険者達も剣と共に折られ沈む


そんな者達の腹を満たす為に、くつろぎの時間に、大切な人と共に過ごす為の時間は虚しくも破り去られ、今は恐怖と悲しみの支配する場へと変貌した

逃げれた者は少なく、逃げきれなかった被害者達は物言わぬ屍となった冒険者達や民衆の亡骸と共に一ヶ所に集められる


血に濡れ、大切な人の屍を抱き恐怖に震え助けを求めた



だからこそ、ヒーローが来るのだ





目の前に広がる惨状を見てトウヤは吐き気を覚えた

広場中央には一つ目の怪人が声高らかに何かを誇らしげに叫んでいる

内容は聞こえ辛いが、苦しむ民の声も聞かずや貧困に喘ぐ者をという内容が聞こえた


その後ろには民衆が集められ座らされており、震え怯えているのが遠目からでもわかった

そして、その中に見知った顔を見つける

それは昨日世話になったサンドイッチ屋の店主だった

それを見つけた瞬間トウヤは今すぐ助け出そうとするが、フィリアに静止させられる


トウヤの前に手を出したフィリアはトウヤの顔を見る事なく、いつも通りの無表情で広場へと目を向けたまま言う


「今行ったらダメ」


「なら、どうしろって言うんですか!このままだとあのおっちゃんも!」


「だから、気付かれない様に倒す、今はそれが大事」


そう言った瞬間、フィリアの身体が消えた

目の前で起こったそれをトウヤは驚愕するが、よく見れば目の前の景色が人型に歪んでいるのがわかった

トウヤがそれを見ていると目の前から声が聞こえてくる


「人質がいるなら、無闇に手を出したら危ない、私が先に行く」


そう言うと目の前の歪みは前へと進み高く飛び上がった


フィリアは屋根の上まで移動すると、そのまま屋根伝いに広場まで走っていく

そうして、広場近くの家屋の屋根までくるとより鮮明に状況が確認出来た


おそらく戦闘があったのだろう、屋台の多くがバラバラに崩れ去り広場の広範囲に血が付着している

1ヶ所に集められた民衆の中には力無く倒れ伏す者も多くいる事から既に事切れた者もあの中にはいるのだろう


その行いを確認すると思わず眉を顰めた

感情を出す事が苦手な彼女ですら、その有り様には不快感故に顔が動く

今なお大切な者の亡骸にしがみ付き嗚咽を上げる者達の姿を見れば嫌でもそうなってしまう

その傍で高らかに演説を行う非道の輩の姿もまた滑稽に見えてくる


そんな湧き上がる感情を抑え込み、フィリアは武器を構えると構えを取った

狙いは怪人の首、切断した瞬間に魔力の逆流により無貌とは比較にならない程の爆発が起こるので切断した後は空高く蹴り上げる


その算段を整えて、その場で後ろへと飛び跳ね、両足が後ろへと回すと彼女はとある魔法を発動させた

足裏から防御結界の膜を小さく展開させたのだ

空間を軸に発動された結界魔法は、軸である空間に固定されるので動くことはない

瞬時に発動したそれを足場に膝を折ると身体強化術式を全開にして前へと一気に飛び出る


凄まじい勢いで加速した彼女の身体は弾の様に打ち出された

そのまま怪人の首を狙い刃を振るう


「そうはさせないぞ、フィリア・リース」


だがその刃は突如として目の前に現れた別の怪人により受け止められた

驚愕の目を持って怪人を見つめるフィリアは受け止められた刃を押して後ろへと飛んだ


「上級怪人、なんでここに」


「ラーズ様麾下上級親衛隊怪人、名をダライチと申します。この度は我が配下の怪人がご迷惑をおかけ致しました。」


そう柔らかい丁寧な物腰でフィリアへと烈勢面をつけた様な様相の白い怪人、ダライチは語りかけてくる


「何様だダライチ、俺は大義のために・・・」


「貴様は黙っていろ、ラーズ様から受けた恩を忘れ民草に対してこの様な仕打ちをし、本来であればこの場で私が処刑したいところだぞ」


抗議の声を上げる怪人をダライチは、睨みにつけ怒りを抑えきれぬと言った様子で黙らせた

だが、フィリアの方へと向き直るとこほんと咳払いをし話を続ける


「この怪人はラーズ様の静止を聞かず、勝手にゴーレムを持ち出して広場にて虐殺行為を働きました。この者の処分は私どもの方で行いますので、この場はどうか引いていただけないでしょうか?」


「それは出来ない」


この場を穏便に済ませたいダライチにとっては最大限譲歩しての交渉だったのだが、公的機関に所属するフィリアにとってはそれは出来ないことだった


「その怪人には住居破壊、器物破損、暴行並びに殺人を含めたテロ行為の処罰が必要、あなたにもその容疑で討伐依頼が届いている。何より、前例は作らないしいらない」


「なるほど、テロ組織とは取引しないと言うことですか、合理的な判断です。前例は人を堕落させ脅威の種を育む物ですからな」


1回の前例、されどそれは人に甘えを生む

前任者がやったのだから、他でこの様な判断が行われたから、これはそれで対処すれば良い、そうやって人は前例を何度も何度も繰り返してやがてそれは常識になる

それを作ってはいけないのだ


ダライチは理解できるからこそ、残念に思う

隆々とした身体を闘争に湧き立たせながら、拳に向かうほど太く、大きくなる拳に力を込めた

目の前のヒーローを粉砕する為に


「ゴーレム隊、民間人を解放し下がりなさい、残念ですフィリア・リース、貴方のようなヒーローをここで叩き潰さねばならないのを」


「解放してくれるんだ」


「もちろん、我らが求めるのは全ての民衆の平穏であり、その平穏を害してまで他者の為の安息を強制させる気はありませんので」


意外そうなフィリアの声にダライチは至極当然のように言ってのけた


「理想論」


「えぇ、理想論です。ですが、実現出来なくとも理想に近付けることは出来ます。それを時間を掛けて繰り返して行けば良いのです」


まるで夢物語の様な話だが、それ故にその想いは崇高で純粋なのだ

だが、彼らは現実を見ていない訳ではない、現実を知ってるが故にすぐには届かない理想に、時間を掛けて近づいて行けば良い


しかし、それが我慢ならない者もいる

たかが理想、何故すぐに出来ない事をやろうとするのかと、すぐにやらないとダメなのだと、行き場のない焦りが憤りが爆発する


「そんな理想・・・すぐに出来ないなら意味ないじゃん」


そうボソリと怨嗟の籠った呟き聞こえた


「何度も言っているでしょう、急な変化は過激な反発を生みます。それを力で押さえ付けていては取り返しのつかない事になりかねません。ですから・・・」


「そんなの知らないよ、認めない奴らが悪いんだ!僕たちのやってる事が正しいのならやって何が悪い!お前も、ラーズも!やる気がないだけだろ」


下級怪人は触手を振り回しながら、まるで駄々を捏ねるように地団駄を踏み喚き散らす

発される言葉は現実を見ない他責の罵倒

その様子に興が削がれたとばかりにダライチはやれやれと首を横に振りながら深くため息を吐く


「このままでは埒が開かないな」


「何気取ってんだよ!お前なんか後ろで偉そうにふんぞり帰ってるくせに!なんで僕の邪魔をしようとするんだよ!ビヨロコ様とクーラ様とは全然違うじゃんか!」


彼の様子に辛抱ならなかったのだろう、遂には広場中に響く声で癇癪を起こし始める


それは遠く離れた位置から見ていたトウヤにもわかった


「あれ、ヤバくないか」


未だ広場で人質に取られていた民衆の退避は怪我人もいる事もありそれほど進んでいない、そんな中での広場の異変にトウヤは嫌な予感を覚える


まずい、どうすれば良い

自分に出来る行動は何かを考える

そんな中、一体の無貌の動きが鈍い事に気がつく、どうやら下級怪人の声に反応し痙攣している様だった


その光景を見た瞬間トウヤの頭に無貌の先にいるサンドイッチ屋の店主が血に塗れ崩れ落ちる、そんな光景が脳裏に浮かぶ


嫌にリアルな情景にトウヤはたまらず走り出す


そんな事があってはならない


「フレアジェット、レディ!」


『イグニッション、プレパレーション』


強化走行服の背中が盛り上がり、一対の噴出口が顕になり、内部の学習型術式によって新たに構築された噴射術式が魔力供給を受ける


「イグニッション!!」


その声と共に術式は目覚め雄叫びを上げた

術式により生み出された噴流はトウヤの身体を持ち上げ前へと押し出した


「ゴーレム、誰でも良いこれは正義だ、奴らを殺せ!」


それと同時に下級怪人が命令を下す

自分の思い通りにならない現状への八つ当たりの様に、上位の命令権を持つダライチの命令に従う無貌達は本来であれば下級怪人の命令など意に返さない

その事をわかっているからこそ、ダライチは下級怪人の言葉に呆れ返り、故に行動が遅れる

一体のみは違ったのだ

先ほど下級怪人の言葉に反応し痙攣していた無貌のみその言葉に従い動き出した


驚愕し、一瞬身体の動きが止まる

それは怪人の命令系統を理解していたフィリアもそうだった


彼らがもし動揺しなければ防げていただろう

だが、そうはならなかった

怪我人の方を持ち避難する民衆へと駆け寄り、無貌は握った拳をその中でも1番後ろにいた男

サンドイッチ屋の店主へと伸ばす


「させるか!!!」


高速で飛翔してきたトウヤの揃えた両足によって繰り出された刺す様な飛び蹴りが無貌の脇腹へと突き刺さり食い込む

トウヤは膝を折りもう一度伸ばして無貌を押し込みながら後ろへ1回転しながら飛ぶ

蹴り押され弾き飛ばされた無貌は蹴りが直撃した脇腹から閃光を上げ爆散した



「おっちゃん無事か!?」


「あ、あぁ・・・」


店主へと顔を向けると、驚いた様子でトウヤを見た店主がどこか上の空といった様子で見てきていた

彼の無事を確認するとトウヤは下級怪人へと目を向ける

最後の足掻きが失敗したのが気に食わないのだろう、首の無い肩をワナワナと震わせトウヤを一つ目で憎たらしげに睨み付けていた


ーーーあれはなんだ


それはダライチが内心浮かんだ言葉である。この世界において空を飛ぶ方法は2つあり、1つは風魔法による飛行、もう1つは有翼人種の様な翼による飛行である

だが、今トウヤがやったのはそのどちらにも該当しない

火を吹きながら飛ぶなど


「いや、1件だけ事例があるな・・・」


それはかつて召喚され、強力な装甲服でこの世界を護った4代目勇者、彼は背中から火を吹きながら空を飛び熱線を持って敵を撃ち倒して来たという

思い出して行けばいく程、彼の鼓動は強く、早くなる

もしそれを再現出来たのであれば


ーーーその闘争は、とても楽しそうだ


そこまで考えると、逸る気持ちを抑え込む様に深く息を吸う


「フィリアさんはこっちは気にせずそいつの相手に専念して下さい、こいつは俺が相手をします!」


「わかった。でも、時間を稼ぐだけで良い」


「はい!」


猛々しく声に感情の乗らない声が返答する

これにて数は同数、市民は逃げる事が出来たのでフィリアは再度武器を構え直しダライチと相対した

一方のトウヤも、初の怪人戦ではあるが臆すことなく憎たらしげに一つ目で睨みつけてくる下級怪人と向き合う


「来い、お前の相手は俺だ!」


「ふざけんなよ、何がお前の相手は俺だだよ調子乗ってんじゃねぇ・・・よ!」


下級怪人にとってのありったけの罵倒を言い終わる頃に、左手の触手を縦に振り下ろしてくる

トウヤはすぐさま左に軽く飛び避けると、身体強化術式を発動しそのまま怪人へと駆け出す

強化された身体によりトウヤを一瞬で怪人の懐へと潜り込むと拳を打ち込む

蹌踉めき怯む怪人にトウヤはさらに拳を打ち込んでいく


このまま行ける、そう思ったトウヤだったが、彼の連撃への抵抗として怪人がむしゃらに両腕の鞭を振り回し始めた


「痛いだろ、やめてよ!」


そう叫びながら暴れる様に振り回された鞭はトウヤを直接狙っているわけではないが、その一撃は重くトウヤの気を散らす結果となった

このままだとまずい、そう感じたトウヤは後ろへ飛び退き距離を取る


「なるほど、彼中々良いですね」


フィリアの3次元機動から繰り出される連撃を避けいなしながらダライチが言った

空中に結界を展開、それを足場にダライチへ向かい突進する

それに対してダライチは向かってくるフィリアに片腕を振るいカウンターを狙うが、突き出した拳は空を割く

目前でフィリアが前に結界を展開し急制動を掛けたのだ、そうして展開した結界を足場に上へ飛び別に展開した結界を用いて急降下しすれ違いざまに刃を振るった

刃は防御の構えをとったもう片方の腕の表面を火花をあげて削りとる


「余裕ね」


「いえいえ、これでも結構いっぱいいっぱいですよ、ただ輝く星というのはどうしてようとも目についてしまうものなのですよ」


「意識が分散してるだけ」


淡々と続けられる掛け合い、だがそんな中でも連撃の応酬は止まらない

だが、決め手もなし

ダライチの攻守を交えた堅実な戦いにフィリアは決めきれないでいた


決めきれない、奇しくもトウヤもまた同じ事を考えていたのだ

下級怪人の暴れ振り回す触手に翻弄され避けることに専念している

横から迫る触手は上へ飛ぶ事で避け、斜めに振り下ろされる触手は横に飛び、時折飛んできた冒険者達の亡骸を避け、踏まぬ様に動く

そうやっていると触手の動きが止まりぐったりとした


何事かと思い触手から下級怪人へと目を向けると、ワナワナと肩を震わし黙り込む怪人の姿が見える


「お前何をやってるんだ!なんで正義の邪魔をするんだ!」


下級怪人がトウヤに向かい言葉を荒げ叫ぶ

当のトウヤ本人はその言葉の意味がわからないでいた

急に何を言ってるんだと、困惑する

続け様に下級怪人は言う


「こうしなければ社会は変わらない!いつまで経っても弱者は虐げられたままだ!」


まるで悪に立ち向かう正義のヒーローの様に前へと歩み出しながら声高らかに叫ぶ

付近に散らばった冒険者達の亡骸を踏み付け、途中屋台を八つ当たりの様に破壊しながら前へと、トウヤの元へと歩み寄る


「この行為を止める事自体、ヒーローの価値を貶めてる事に気が付いていないのか?今まで民衆の為に戦って来たヒーローの価値をこれ以上下げるな!」


何を言ってるのかわからない

それは常識の範疇の外からの発言、それも良い意味ではなく悪い意味でのだった

思わず思考が止まり、目の前の怪物を凝視する


「お前、これが正しい行いだって言うのか・・・?」


「そうだ、僕の行為で行政を動かし貧民街の人たちを救うんだ」


「なら、なんでここに居た人達にあんな酷い事をしたんだ・・・?死人だって出てるんだぞ」


「そんなの知らない、言う事を聞けと言ったのに聞かなかったからやった、反抗しなければ死なずに済んだのにな、それに今まで平穏に暮らして来たんだからこのくらい良いだろう」


怪物は言葉の羅列を並べるが、その意味を理解出来ない

トウヤの常識ではそもそも他人に平然と暴行を振るうのを良しとしたり、今までに良い思いをしたら今の日常を壊しても良いという思考には至れない、だからこそ理解出来ない


「何言ってんだよ、お前・・・」


「子供の話なんて聞かないで、倒して」


「フィリアさん・・・わ、わかりました!」


ダライチと戦闘をしているフィリアの声が届く

彼女は連撃を加え、拳を避けながらトウヤへと声を掛けたのだ

その言葉を聞き、悩む頭を振るいトウヤは下級怪人から目を逸らしフィリアを一瞥した


下級怪人はその隙を逃さなかった

両腕の触手を振るい、まずは左腕の触手を右から左へと横に振るうがトウヤもそれに気が付き僅かに反応が遅れながらも上へ飛んで避けるが、すかさず右手の触手が振り下ろされる

彼が気が付いた時にはすでに遅く、避け切れずに直撃した

触手による強烈な殴打を受けた身体は、そのままの勢いで地面へと打ち付けられ、ガハッと肺が押し潰され口から空気が漏れ出る


「ザマーミロザマーミロザマーミロ!!!」


打ち付けられ呻くトウヤ目掛けて何度も何度も、両腕の触手が打ち下ろされた

打ち下ろされる度にドゴンという音が響き地面が僅かに揺れる

その度に広場の地面に展開されている家屋保護結界にヒビが入り広がり、やがて結界は触手の打ち下ろしに耐え切れず粉々に割れた


「トウヤ」


「このままだとまずいですね」


フィリアとダライチが心配そうな声を発した直ぐ後である

渾身の力を込めて振り下ろされた両腕の触手が、地面へと転がり動かないトウヤに向けて振り下ろされた


凄まじい打撃音が響き、衝撃が石畳が割れ砂埃が舞い散らせる

やがて煙が晴れると、割れ盛り上がった石材とその中に身体を埋めたトウヤの姿があった

未だ装甲服は展開されたままだが、流体排出機能が正常に機能した結果、彼の物であろう血液が口から漏れ出ていた


「トウヤ」


フィリアが彼の名を呟く

表情を表には出していないが、失意の感情が僅かに含まれている


「やったやったザマーミロ、僕に逆らうからこうなるんだよ!」


その光景を見た下級怪人は肩を振るわせると、腕の触手を上下に振り回しながら足をバタバタと動かして踊り出す

自分のやる事に逆らい、自分の意見に反発の意思を見せた邪魔な存在を排除できて相当嬉しかったのだろう、その踊りは怪人の発した言葉もあって非常に醜悪な物に見える


「そのはしたない踊りを今直ぐ辞めなさい」


そう声をかけられ目を向けると、そこには一時的に戦闘が止めたのであろう、警戒したまま構えを解かずトウヤの方へと視線を送るフィリアとダライチの姿があった

だが、下級怪人はそれを気にする素振りを見せない

それどころかダライチに食ってかかる


「うるさいな、僕はヒーローを倒したんだぞ、いつまでも手こずってたお前と違って僕は倒したんだからこのくらい良いだろう!」


「その考え方がはしたないのです。良いですか?敵とはいえ相手が人ならば相応の敬意を持って接するべきなのです」


そんな言葉に下級怪人は理解出来ないとうんざりした様子を見せる

他人は他人、ならばそこに対して敬意は不要である。それが怪人の考え方なのだ

繋がりを重要視せず己という個のみを重要視する

どれだけ崇高な目的という仮面をつけようとも、その本来の目的というのは行動や言葉の節々に現れる物だが、それがこの怪人の今の行動に現れていた


「うるさいな、お前も僕がギタギタにしちゃうよ?されたくなかったら早くどっか行ってね、僕は勝利の余韻にもう少し浸ってから帰るから」


その言葉にダライチは思わず呆れてしまう

なぜ初戦の新米ヒーローに勝っただけでここまで調子づけるのか、ダライチには理解出来なかったのである

さらに言われずとも処分する予定である事を忘れているのか、それとも理解出来ていなかったのか、なぜ帰れると思っているのだろうか

そうしてダライチが喋ろうとした


「なぁもう一回聞いても良いか?」


下級怪人へ向けて声がかけられる

それは倒れ伏していたトウヤが発した物だった

彼は蹌踉めきながらもゆらりと立ち上がると今一度下級怪人へと問いかける


「なんで、お前はここにいた人達にあんな酷い事をしたんだ、あのおっちゃんも他の人達も悪い人じゃなかった、ただ毎日を過ごしてただろ、なのになんで!」


「うるさいうるさい、そんなの知らないよここにいたのが悪いんでしょ、貧民街では今も人が死んでるんだよ、それなのにあいつらは普通に暮らしてるんだからこんな目にあっても別に良いでしょ、どうなろうと僕には関係無いよ」


関係ない、それが怪人の行動の理由だった

広場にいた人たちの生活には無関心だからこそ破壊する

その行動の先に彼らにどの様な苦難が待ち受けているのか無関心だった

僅かな良心は痛みはすれど、貧民街の為なら暴力を振るう無知故の行動

そして、それが正義であるという驕りと増長

その事を理解したトウヤの胸の内に沸々と湧き出る情動を覚えた


「関係ない、こうしなければ弱者は救われない、その結果がこれなのか?殺して怪我させて、日常を奪って、これがお前の正義なのか?」


湧き上がる情動の中で口から溢れる様に言葉をポツリポツリと漏らしていく

ここにいた人々の、大切な人の亡骸を抱え泣く人達の事を思えばこそ痛む胸を抑えながら


「そうだよ、というか何なんだよさっきからうざいな、雑魚はとっとと寝てろ、死んでろよ!」


ーーーあぁ、こいつは許せない


心の内に湧き出た感情に火が灯る

何処までも熱い炎が、トウヤの感情を支配した

それは怒りだ、残忍酷薄で人の道から離れた外道、それが正義を名乗り人々を傷つけたというのであれば許し難い行いである


「そうか、これがお前の正義なんだな」


そう言いながら右腕を上げると顔の前に強く握りしめた拳を置き、そこに左手のブレスレットを右手のブレスレットに合わせた

ブレスレット同士が干渉した事により、相互に魔力が干渉しあい光が溢れ一つの魔法陣を形成する


「なら俺がお前を、平然と誰かを犠牲にしようと考えられるお前の正義を否定してやる!」


一気に腕を引く、それにより破壊された魔法陣が膨大な魔力を生み出す

本来であれば空間魔法が発動して消費されるはずだが、すでに発動しているので行き場を失った魔力がトウヤの装甲服へと流れ込み一時的に身体強化術式を劇的に強化する

身体を覆うスーツの体色は赤から黄色へと変わり魔力布も黄色から緑色へと変わった


『オーバーパワー、アクティベーション!』


「なんだよ、色変わっただけじゃんか!」


そんなトウヤの様子に怯む事なく、下級怪人は触手を振るう

だがトウヤは半身を捻り躱わすと即座にそれを掴み引っ張る

下級怪人は足腰を踏ん張り耐えようとするが、膨大な魔力が供給された身体強化術式によってもたらされた強靭な膂力は下級怪人の踏ん張り虚しくその身体を宙に浮かせた


触手の縮小と合わさり弾のようにトウヤの元へと飛んでいく怪人は何もすることが出来ず待ち構えていたトウヤの拳を腹に受ける事になる

タイミングを合わせて放たれた右ストレートは怪人の勢いも相まって強烈な一撃となり腹部に拳を埋めた

次いでトウヤは、腕を引くと腹を抑えながらよろよろと後退りをする怪人の頭目掛けて上半紙を捻り、足を鞭のようにしならせながら上段蹴りを喰らわせた

頭に蹴りをもろに受けた怪人はそのまま倒れ込んだ


ふらつきながら立ち上がる下級怪人へトウヤはトドメの一撃を構えた


『腕部集中!一撃粉砕!』


拳に魔力を集中させると、ブレスレットから機械音声が流れる

集中させた高濃度の魔力がブレスレットを中心に渦を描く


「セイヤーー!!!」


『フレアナックル!』


機械音声に合わせトウヤが叫び拳を振るう

渦からは過剰魔力を噴射し一撃に勢いを付ける

体制を崩し、未だ先の蹴りから回復出来ていない下級怪人に必殺の一撃が直撃した

勢いを乗せて放たれた拳は50tもの威力を発揮し怪人の身体へと深く打ち込まれる

打ち込まれた拳は同時に供給された魔力を前方へと放出し怪人の身体を巡る術式をズタズタに引き裂いた


「なんで・・・やだ、僕はみんなのヒーローに・・・」


怪人の身体から力が抜け後ろへと倒れ込む、引き裂かれた術式から魔力が逆流し、衝突し暴発する

やがて身体がバタバタと暴れ出し中枢の魔結晶供給機関を中心に過負荷による無貌とは比べ物にならないほど大きく、激しく爆散した


構えを解くと、トウヤは顔を上へと向けた後、フィリアへと顔を向ける

すでにそこにはダライチや無貌達の姿は無く、相も変わらず表情の無い顔を向けているフィリアが立っていた


「やりました。倒せましたよフィリアさん」


強敵を倒した達成感から出た言葉ではあるが、少し悲しげな感情を乗せて発されたその言葉にフィリアは一言だけ返した


「お疲れ様」







「初めての怪人討伐お疲れ様でした。ダライチも出て来たと聞きましたが、無事に帰って来てくれて何よりです」


場所は移り、トウヤ達はギルドへと怪人討伐の報告へ来ていた

ギルドでは慌しく、怪人案件の処理を行なっていたがそんな中、ゼトアが嬉しそうな声をあげて出迎える


「今回の身元は?」


「あぁ、今回怪人を倒したのはトウヤくんですよね?聞かせるにはちょっと早い気がしますが」


余程言い辛い事なのだろうか、ゼトアが口籠る


「良い、言って」


だが、関係ないとばかりに彼女は言い放つ

なんのことだか理解してないトウヤではあったが、これから覚悟が必要な話が出てくるのだと思い息を呑む


「身元って・・・誰の身元なんですか?」


「怪人」


「良いですか?トウヤくん、これを聞いても絶対に考え過ぎないでください、今回の下級怪人の身元は先月から捜索願いが届いている貧民街2番地出身のヤナムくん、7歳です」


「は・・・?」


思考が止まる

あの巨躯の怪人が子供?俺は子供を殺したのか?

思えば節々に子供らしい仕草、言葉を吐いていた

フィリアのあの言葉、子供の言うことを聞くなと言うのは比喩では無くそのままの意味だったのか

考えれば考えるほど行いに対する後悔の念が深く、大きくなっていく


「トウヤくん、君は正しい事をしたんです。あのままあの子が暴れならどれ程の犠牲者が出たかわかりません、ですから」


「でも・・・それでも俺、人を殺したんですよね?それも何もわかってない子供を・・・」


ヨロヨロと蹌踉めきながら近くにあった椅子にドサリと倒れ込む様に座り込む

残酷な真実に動揺し、彼は頭を抱え自分の行いを懺悔した


「薄々人を殺してるんじゃないかって思ってたんですよ、でも止めるためなら仕方ないってそう割り切ろうとしたんですよ」


「大人でも子供でも関係無い」


「関係ありますよ、あの子はきっと自分が何やっているのか理解しないまま暴れてたんですよ、それなのに俺」


「なら大人なら良いの?」


「そ、そう言うわけじゃ!」


「まぁまぁトウヤくん落ち着いて、君の気持ちもわかるがそれでも君がやらなければ」


トウヤとフィリアの言い合いに見かねたのかゼトアが止めに入る

だが、ある程度予想し覚悟していたとはいえまさか子供を殺す事になるとは思わなかったトウヤは冷静ではいられず、なおも感情の火は強く燃え上がった

そこに含まれるのは悲しみ、後悔、八つ当たり気味な怒りであり、



「何事かね?」


そんな折に、強く意志の籠った重低音の問いかける声が彼らへとかけられた

ゼトアが声の方へ顔を向けると強張った面持ちをあげ、フィリアはいつも通りの無表情ながら僅かに雰囲気が強張っており、それに気が付いたトウヤもそっとそちらは顔を向ける

そこにはオールバックの厳かな雰囲気を持った男性が、若い男を連れて歩いてきていた

ギルド内にいた冒険者や職員達もその男にある者は強く憧れの籠った眼差しを、ある者はゼトアの様に緊張した面持ちで、様々な表情の色を持って男を迎えている


「これはラス市長、本日は一体どの様なご用件で?」


「あぁいや、今回の怪人の件の報告を聞きにきたのと礼を言いにきたのだ」


「礼ですか?」


緊張の為か声が強張るゼトアの言葉にラスは表情を緩め温和な笑顔で持って頷いた

一方のトウヤはと言うと、目の前にいる男がこの街の長である市長だったのかと納得と共に驚く


「なにやら今回の怪人を倒したのは新人と聞いたのでな、初陣で怪人を倒し街の平和を守ってくれた礼を様子見も兼ねてしに来たのだが、何やら取り込んでる最中だった様だな」


「怪人の正体が子供だと言ったら混乱した。それだけ」


そうフィリアが告げると、ラスはそうか、と呟きトウヤへと顔を向ける


「君はトウヤくんだったかな?先の怪人討伐ご苦労だったな」


「いえ、俺は・・・大したことは」


「いいや大した事だよ、そう自分の行いを卑下するな」


そう言って苦笑すると、ラスは座り込むトウヤの前へと膝を折り目線を合わせ、トウヤの目をジッと見つめた

芯のこもった真っ直ぐな赤い目に見つめられたトウヤは少し居心地悪そうに僅かに目線を逸らそうとする


「君はなぜあの子を、怪人を止めた?」


「それは・・・あの広場にいる人達を助けたかったから、です」


その答えをラスは笑みを持って受け取った


「そうだ、その心は大切だ、良いか?君がいなければ今頃広場は罪のない市民達の血により赤く塗りつぶされていただろう、怪人を倒したことは君の仕事の範疇であり何も不安に思うことはない、だが君は別の事が引っ掛かっているのだな?」


怪人を倒した事よりも、子供を殺してしまった事、確かにそれが引っ掛かっているトウヤは頷く


「ヤナム君はな、とても家族想いな子だった」


そうポツリとポツリとラスが話し始めた

怪人となったヤナムの事を


「貧民街の視察をしている時に、大きくなったら家族を楽にしてやるんだと息巻いて見せていたよ」


先程の怪人の真実の姿というあまりにも酷く刺々しい刃がトウヤの心に突き刺さる

だがラスは言葉を止めることは無い


「だからこそ止めねばならなかったのだ、人の夢を醜く歪め身体を歪に改造して弄ぶ、そんか組織の目的を達成するための駒へとさせられたあの子を止めてやらねばならなかった」


悔しげに眉を顰め膝に置いた拳を握る

その目には憤怒の感情が色濃く宿り、目の動きはトウヤへと向いてはいるが、意志だけは遠くのトウヤが未だ見ぬ者へと向けられていた


「だからこそ礼を言いたい、ありがとう、君のおかげであの子の暴走を止める事が出来た」


その言葉にトウヤは何も言えない

未だどうすれば良かったのか、目的が定まらず全てを救おうとしたトウヤは何も言えずにいた

だが、気持ちは幾分か晴れてしまう

ラスの言葉は心の傷から奥へと入り込んでいき染み込んでいく

死人に口無しとは言うが、罪悪感に苛まれていたトウヤの心はヤナムを救えていたのかも知れないという、自分が欲する願望で持って自身の行いを正当化させる事ができた

それが偽善なのはトウヤもわかっている

だが、未だ踏ん切りの付かない心には、酷く染み渡り持ち直すのには必要な理由だった


「市長、あなたも甘いですね」


不意にラスの傍にいた男が声を掛けてきた

言葉自体はラスに向けて発せられたものではあったが、男の視線がトウヤに向いていることからその中に含まれている侮蔑的な感情はトウヤへと向けられた物なのだろう


「セド、彼には落ち着く為の時間が必要だ、急いては事を仕損じると言うだろ?」


そんな男、セドの様子に咎める様にラスは言葉を返す


「ですが、この調子で戦われては街の平和を守るどころか人1人すら守れない」


そうラスへと返すとトウヤの事を探る様に見ながらも顔を向ける


「トウヤとか言ったな、貴様ヒーローの仕事が何かわかっているのか?」


「えっとみんなの平和を守る事・・・ですよね」


「詳しくは、どんな平和を守るんだ?」


「命とか、平穏な暮らしとか」


そう聞かれしどろもどろになりながらも答えるとセドは頷きを持って答えた


「そうだ、市民の生活に関わる資産並びに命を守る事、それ即ち穏やかな暮らしを守る事にある。俺達は常に後手に回り続ける役職だからこそ迅速な対応が必要だと言うのになんだあの体たらくは、それはフィリア、お前もだぞ」


「ごめん」


怒気をぶつけられながらも、相も変わらぬ表情の無さで答えるフィリアであったが、わずかに肩を下ろしている

なんだこいつは、そうトウヤは思いながらも何も言えない

それは確かにトウヤも思うところがあったからであった

そんな彼女の様子にため息を吐きながらもセドはラスへと再度顔を向けた


「市長、私は後処理に向かいますのでここで失礼します」


「そうか、気を付けてな」


「はい、フィリアその新入りにきちんと教育をしておけ、いつも通り言葉足らずな説明しかしていないのだろう?説明する時は詳しく話せ、良いな?」


そう言うとセドは足早に立ち去っていく

囲う様に集まった人混みの中へと消えていく彼の背中をトウヤは見つめ続けていた


「なんだよアイツ」


「彼はセド、この街の古参ヒーローで君やフィリアの先輩だよ、まぁ責任感が強くてあんな感じの物言いにはなっているけど、君や街のことを心配しての言葉だろうからあんまり気にしないで欲しいな」


ゼトアはそう言うが、トウヤは納得が行ってなかった


「だからってあんな言い方」


「でも本当のこと、受け止めないとダメ」


でも、と食い下がろうとするトウヤだったが、当のフィリアにそう言われたのとセドの気持ちが理解出来てしまうが故にそれ以上言葉が続かなかった

纏まらない感情から顔を下に向け唯一出てきた言葉をポツリと呟く


「ヒーローって、案外大変なんですね」


「それだけやる意義もある」


真っ直ぐな目をしたフィリアがそう返す

その目を見ればトウヤはもう何も言えなかった

ただ彼女の言葉にそうですねと小さく返す


「君達には苦労をかけるが、これも街の市民のためなのだ」


そう言うとラスは立ち上がる

そして、トウヤへと顔を向けると微笑みを携えながら言った


「これからの働きに期待しているぞ、ヒーロー」


「わかりました。これからも俺、頑張ります」


そう言ったトウヤの顔はわずかな蟠りはあれど先と比べれば晴れ晴れとしていた

こうして一悶着がありながらも、トウヤの初の怪人戦は幕を下ろしたのだ





初の怪人戦から数日が経過した後、トウヤはとある場所に来ていた

そこは貧民街の一角に存在する建物の前であり、建物には「社会復帰支援協会ベオテ支部」と書かれている


怪人となった子供は救えない、ならヒーローとして彼はそうなる前に救って見せようと思い至りこの建物の前に来ていた


「うし、行くか!」


そう気合を入れると意気揚々と建物へと入っていく

それがまた別の事件を呼び込む事になるとも知らず

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