第11話 母の愛 子の愛

それはこの街に魔王軍が侵攻してきた時の話だった


トウヤが初の人工魔法兵器との戦いを経験している最中、動き出す物語が一つあった


「お願い・・・メーテル、お願いだから目を開けて!ああ、あああ!」


それは愛に満ちた親子の話


それは愛故に狂った母親の話






それをトウヤが市場を散策してる時に見つけた


たった1人で道行く人を眺める少女の姿

着ている服からして浮浪児ではないのは確かだが、何かおかしいと違和感を覚える少女だった


ただ何もする事なくジッとして、道行く人を眺めながら、堂々と真っ直ぐ立っているのだが、それ自体おかしな行為ではない


誰かと待ち合わせをしているか、ただの迷子

それだけで終わる話である


しかし、トウヤが感じた違和感は異物感とも言うべき感覚であった


あの少女は本来ならここにいて良い人間ではないと言う異物感


その感覚故にトウヤは気が付けば声をかけた


「こんにちは、君1人でどうしたの?お母さんは?」


「ああ・・・たは・・・」


小学校に行き始め見た目に似つかわしくない、まるで歯抜けの子供の様な舌ったらずな言葉でトウヤの顔を目を見開き凝視し、走り去っていく


そんな少女の後ろ姿を見ながらトウヤは思う


ーー俺そんなに怪しかったかな






次の日、トウヤはフィリアと共に街の巡回に繰り出していた


「あれ・・・?あの子・・・」


「どうしたの?」


トウヤが周囲に目を向ければ、また同じ場所で昨日と同じ様にあの少女が佇んでいるのが見えた


「いえあの子、昨日もあそこに経ってたんですよ、ちょうどあんな感じでじっと道行く人を見ながら」


そう指差しながら言えば、そこでフィリアも少女の姿に気が付いたのか「気が付かなかった」と呟く


「気になるの?」


「えぇまぁ、親御さんに連れられている訳でもなくただ1人でじっとしてるし・・・正直心配ではありますね」


「わかった」


そう言うと、フィリアはスタスタと少女の元へ歩き出す


少女は近付いてくるフィリアの姿を認識出来ていないのか、道行く人を見つめ続けている


「あ・・・りぃあとう・・・わがっ・・・た」


「あなた、どうしたの?」


そうフィリアが声を掛ければ、少女はフィリアの顔を見る

その瞬間、フィリアは背筋にオカンが走った


ぬばたれの美しい髪に、整った顔立ち、だがその目は、目だけは違った


どこまでも深い海の様な鮮やかな青色だが、その中心には奈落を思わせる暗さがある

どこまで、どこまでも落ちていってしまう様なそんな恐ろしさを含む目


「おね・・・さん、どうした・・・の?」


辿々しい少女の声が聞こえ、フィリアはハッとする


意識を取り戻した時、フィリアの前にはあどけない顔で小首を傾ける少女の姿

その目は鮮やかな海の様な青い目をしている


ーーあれは何?


そうフィリアは思いながらも、しゃがみ目線を合わせ少女に問いかけた


「あなた、親は?」


「お・・・や?おかさんならいるよ?」


「ならお母さん、どこ?」


フィリアの問いかけに少女は下を指差す


「ここ」


「下?」


そんな疑問の声に少女は首を縦に振る


「フィリアさん、どうでした?何か聞けました?」


会話の内容が気になったのか、トウヤがフィリアの後ろから少女へと近付く


「今聞いてる」


「そうですか、えっと君名前は?」


トウヤは笑顔を浮かべながら少女に尋ねるが、少女は何も答えないし、何も喋らない


ただトウヤを睨みつけていた


その様子に彼は困り果てた様な顔を浮かべる


「えっと、俺君に何かしたかな?もしそうなら謝るけど・・・」


「あなたがデアテラの・・・」


「え?なんて言っ・・・あっ」


言い切る前に少女は立ち去っていった


「俺やっぱりなんかやったのかなぁ?」


「・・・とりあえず、ギルド戻ろ」


やはり避けられているあり様にトウヤは少し悩むがフィリアの言う通り、とりあえず巡回を終えてギルドに戻る事にする


ギルドに戻ってみれば彼らを迎えたのは珍しい客人だった


「やぁ浅間さん、お久しぶりです」


「あれ!神父さん、どうしてギルドに?」


そこにいたのは嘗て学園での騒動の懺悔を行った教会の神父、マインだった


意外な人物を見つけ驚くトウヤだったが、なぜ彼がギルドに来ているのかと疑問に思う


「実は気になる本が見つかったと、ゼトアさんから聞いてその調査に来た次第です」


「本?生物学のって事ですか?」


「そうですが、正確には次元因子収束論に基づく人体生成法についての本ですね」


「因・・・収束?」


なんだそれは、と疑問を浮かべた顔をしながら考えてしまう

収束因子という言葉は聞いたことはあるが、次元因子収束論なんて聞いたことがない


「まず次元因子収束論とは、人の営みを司る因子は各次元によって異なるが、ある物を基点に生まれた因子だから術式を使い纏められるのではないかと言う理論です」


「はい・・・」


「例えばこの鉛筆、この鉛筆と同じ因子を受け継ぐ物体が並行世界には存在します。例えばダイヤモンド、炭石、木材と状況が異なれば全く別のものになっていますが、条件がそろえば同じ鉛筆になりえた存在、ならばこの鉛筆に含まれている因子を解析できれば別次元の物を同一存在として纏められるのではないか?という理論です」


「おお・・・お?」


「そして、それを応用した人体の生成、別次元の条件がそろえば私やトウヤ君と言えたであろう存在の因子を、解析複製収束させて人を作ることが出来るのではないかという理論ですが・・・どうやら難しかったようですかね?」


頭からブスブスと煙を上げていそうなトウヤの姿にマインは苦笑する


「まぁ簡単に並行世界に干渉する方法を分析した本があったので調査に来たと覚えておいてください」


「・・・わかりました」


「それと君も何かあったらまた教会に来てくださいね、悩み愚痴、別に世間話でも構いません。意外と話をすればスッキリする事も多いですからね」


「ありがとうございます。またその時はお願いします」


「ええ、それでは」


この異世界に来てからも、トウヤは出会う人に恵まれていると感謝の念を改めて抱く

このマインもそうだった

自身の悩みを快く聞いてくれて、また何かあればと声を掛けてくれる

仕事だからと、言う人はいるがそれでも感謝の念が絶えることはない


トウヤが感謝の念を込めて言葉を発せば、マインは頷きながらニコリと笑い、その場を立ち去っていく


「良い人だなぁマインさん」


そう独りごちるとフィリアもまた小さく頷くのであった








ベガドの街には下水道が整備されている

上水道はない、これは水自体は魔法で生成されるので排水のみを考えた作りで十分という理由からであった


そんなベガド市内を巡る下水道の中には、多くの魔獣が生息していた


1番ポピュラーな物で言うならスライムがその典型例だろう

その他にも小型種に分類されるモップ虫や、新大陸入植時に付いてきた通常の動物であるネズミなどが多く生息している


その下水道を棲家にしている生物が、下水道内にある通路の端に集まり一つの塊を形成していた

ネズミ達は一心不乱に何かを貪り、モップ虫達はそのネズミを目当てに、僅かにでも群体から外れたネズミを1匹、また1匹とモップな様な多脚で持って絡め取り僅かに魔力が含まれている体液を吸い取っていく


その光景をたまたま下水道の見回り依頼を引き受けた冒険者達が見つける

それはある意味不幸だったのかも知れない


「なんだこれ?気持ち悪!?」


手に持つ光源で照らしてみれば、無数に蠢くネズミとそれを捕まえに来たモップ虫達の姿が目に入り、怖気のあまり冒険者の1人は悪態をつく


ネズミ達が群がるそれは、大部分が食された後なのだろう

何か布切れの様な物が所々に見えるが擦り切れて何なのかは見るだけでは判別できない

しかし、想像する事は出来る


「なんか・・・服見たいなのが見えないか・・・?」


「お、おい、脅かすなよ、こんな所に死体があるわけ・・・!」


その時だった

ネズミ達の喧騒の中に、小さくボトという水音が聞こえる


下水道の水の中に何かが落ちたのだ


それと同時にバシャバシャと水面を掻き泳ぐ音も聞こえてくる


なんだ、ネズミがドブに落ちただけか、そう安心した冒険者が水路に目を向けた


「あ・・・おい、あれ!」


その声に隣に立っていた冒険者はビクリと肩を震わせ驚く


「な、なんだよ、驚かせやがって・・・」


そう言い声を掛けてきた冒険者の顔を見ると、彼は目を見開き青褪めた顔で水路の方を見ていた


何事かと思い、冒険者は水路へと目を向けると言葉を失う


そこには人間の下半身と思わしき物が浮いていたのだ


「・・・!!警察とギルドに緊急連絡!」


「・・・あっ、あぁ・・・!ダメだ、繋がらねぇ!」


「なら今すぐ走って状況を伝えてこい!急げ!」


「お、おう!」


矢継ぎ早に発された指示に従い、警察とギルドの報告を入れるべく冒険者は走り出した


その足音が遠ざかっていくのを聞きながら、1人残った男はネズミとモップ虫の群へと魔法をぶつけ吹き飛ばしていく


使うのは風魔法、想像はしたく無かったがもしもの事を考えて火と水と雷魔法は使わずに、できるだけ丁寧にネズミの群れを剥がしていく


「マジかよ・・・最悪だ畜生!」


男が悪態をついた先にあったのは、死体だった

既に大部分が食い散らかされた後なのだろう、酷く欠損していて、僅かに遺された髪や顔の輪郭から人間だったのであろう事がわかったが、それが何者であったかはおそらくもうわからないだろう


「とりあえず現場保管からだな、札・・・どこにしまったかな」


そう言うと男は自身のポーチを探り出す


「あなた・・・冒険者ね?」


不意に声が掛けられる

急ぎ男が前を向いてみればそこに居たのは1人の中高年の女性であった


女性は長杖を携え、男を真っ直ぐ見つめている


そんな状況から、男は咄嗟にまずい状況だと判断して腰に下げたショートブレードへと手をかけ、探していたのとは別の札を取り出す


「あんた・・・何者だ?」


男が問いかけるが、女は答えない

ただ、ゆっくりとした動作で長杖を男へと向ける


「コオト・キマキツ・ケヤ・ノオホ、死ね」


打ち出されたのは炎

魔法言語を4節唱えて打ち出されたのはそれは、赤い蛇の様なうねりを持って男に迫る

だが、それで死んでやれる程男は素直ではない


手に持っていた札を地面に叩きつけながら叫ぶ


「そう簡単に死ぬかよ馬鹿野郎!!」


展開されたのは防御結界、空間を曲げ作り出された膜がされ炎を防ぐ


目の前で弾けた古式魔法の炎を見て、次に男が取った行動は逃走であった


男の任務はあくまで下水道の見回りであり、古式魔法を使う者との戦いを想定した物では無かったからだ


ーー心持たないが、少しでも時間を稼げればそれで良い!


そう考えながら、さらに追加で防御結界の札を2枚取り出し、それを等間隔で下水道の壁に貼り付けて防御結界を展開していく


3枚目の展開が終わった頃だろう

ガラスが砕ける様な音が聞こえるが、男は気にする事なく走り続ける


「あなた、なかなか優秀ね、古式魔法を相手に結界札程度じゃ力不足なのをよく理解している・・・ハーデやれ」


その瞬間だった

男の足元から黒い影が浮かび上がると、中から何かが伸びる

それは剣、それは手、それは槍

様々な武器が男目掛けて突き出され男の身体をズタズタに刺し刻む


「ごえんなさい・・・」


突き出された武器により、物言わぬオブジェと化した男の傍らには1人の少女が立っていた

ぬばたまの黒い髪、整った顔立ちに海の様に美しく青い目をした少女は、亡骸にボソリと声を掛けると女の元へと歩き寄る


「おかーさん、出来ました」


下から見つめる様に顔を上げて言う少女に、女は不快感を露わにした目を向ける


「そう・・・うぅ・・・」


冷たい返事、その後に僅かな苦悶の声と共に女は、まるでこれではダメだと言わんばかりな様子で首を振る

そうして、改めて目を向けた

今度は有り余らん程の慈しみの感情を目に無理やり浮かばせながら


「ありがとうハーデ、良い子ね」


少女の頭に手を乗せ撫でる

我が子の様にと、必死に取り繕ういながら、己の内から湧き出る悲鳴の感情を無理やり抑え込みながら




愛、それは時として人を狂わせる

それ故に愛は恐ろしいのだ

それ故に、事件は終末を迎え始めた

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